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第21話 ファーストコンタクト

 羽織はとても自然にデイに接した。 脱衣場に案内し、さっさと服を脱ぎながら、呆然と立っているデイに向かって告げた。

「入ろうよ。 もう先にみんな入ってるよ」

 羽織の言うとおり、確かに扉の向こうには何人かの気配がする。


――みんな入っている?


 しかしデイは羽織が言った言葉の意味が分からない。

 風呂というものは、専属女官や護衛の者が隅に10名ほど控えている大浴場にて一人で入るものである。 勿論、服を脱いだり体を洗ったりは係がしてくれる。

 だから羽織が自分で服を脱いだことも、みんな入っているよ、の意味すら分からない。


 デイがただ黙って立っていると、

「羽織、先に入ってろ」

 そんな声と一緒に、デイの背後から褐色の腕が伸ばされて、服のボタンを外しはじめた。

 羽織は頷き、先に風呂場に入る。 褐色の手はさっさと服を脱がしてしまい、デイは裸になった。


――あ、ここでアリガトウって言わなきゃいけないのかな?


 今まで見たことのない「褐色の肌」というキーワードが、他の人から何かをしてもらったという事実を思い起こさせた。


「――あ、ありー」

 デイは思いきって口を開きながら背後を振り向き、そして絶句した。

 そこには腕を6本も持つ少年がいるではないか。


 6本腕で褐色の肌の少年――アリドは、デイの服をポイと脱衣場から外の部屋に放り投げた。

「新世さーん、こいつの服、ここに置いとくねー」

 アリドはそれだけ言ってデイと向かい合う。


「ねぇ、どうして腕がたくさんあるの?」


 デイは思わず尋ねていた。

 アリドが真面目な顔をして言った。


「オレはな、人の腕を自分のものにできるんだ。 だからお前の腕も、もらっていいか?」

「え、う、嘘だぁ!」


 そう言いながらもデイは思わず自分の両手を後ろに回して隠した。


「おいおい、アリド、何言ってるんだ?」

 そこに翼を持った片腕の少年――巳白が入ってきた。

 アリドは巳白の無くなった左腕を指さして言った。


「ほらこれ見てみろ。 こいつの左腕が、オレのこの一番下の左腕になったんだ……」


 低い声で囁きながら、アリドが腕を一本だけヒョコヒョコと動かす。


「ひっ……!」

 デイは真っ青になって首を横に振った。


 アリドがニヤニヤしながらデイに近づき、巳白が呆れた感じでため息をついた。 そのときだ。

「こらアリドっ! バカな事やってないでさっさとソイツを風呂に連れてこいっ!」

 風呂場から発せられた一夢の大声が脱衣場に響きわたる。


「あーい♪」

 途端にアリドは明るい返事をしてデイの頭をポンッとたたく。

「ほら、行け」

 デイは言われるがまま風呂場の扉を開けて中に入る。


 デイにとってはとても狭く感じたが、そこの風呂は大人が4,5人は同時に入れそうな大きさなので一般家庭から見ればかなり大きい方だろう。 

 だがそこに、大人の一夢と、羽織を含む子供が4人。 さらに。

「おまっとさん♪」

 そう言いながら入ってくるアリドと巳白。

 デイまで入れたら総勢8人。 さすがにこれでは、狭かった。

 全員で湯船に浸かることはできないので、体を洗う者と入れ替わり立ち替わりだ。

 ここでもデイは呆然と立ちつくす。


「何してんだ? お前」

 さっさと体を洗いながら、アリドが尋ねた。


「え、……っと」

「かかり湯して体洗えよ」

「あ……」


 デイは困った。

 かかり湯の意味も、体の洗い方も、分からない。

 デイにとってお風呂はただ身をまかせていればいいところであって……


「王子様なのに、そんな事も知らないの?」

 まごつくデイに声をかけたのは、片眼の子供、清流だった。

「ボク、王子様っていったら、もっと頭いいと思ってた」


「あっ、オレもそう思ったぜ!」

 便乗したのは黒髪を中央分けしている、世尊。

「なんてったって王子だぜ、えらいんだろ?」


「偉くなくても普通は知ってるはずだけど、この王子サマは知らないね」

 そう言い放つのは栗色のおかっぱ髪の、来意。

「僕の勘ではもうすぐ怒り出す。 この王子サマは」


 デイはかなりカチンときた。


「王子だ王子だって、うっるさいなぁ! おまえたち」

「だって王子様でしょ?」

「王子のくせに口が悪いぜ、こいつ」

「ホントの事言われて怒るようじゃ、あーあ、全然ダメだね」


 あっさりと沢山言い返されて、デイがかなり頭にきた時だった。


「そんな言い方しなくていいじゃん。 王子っていっても、ヤな子じゃないよ」

 助け船を出したのは風呂場まで案内してくれた羽織だった。

 えっ、と意外な顔をしてデイが羽織を見る。

 羽織は真面目な顔をして言った。

「だってさっき、泣いてたもん」


 デイはガクッと肩を落とす。

 それを聞いて清流達が馬鹿にする。


「えー、王子様のくせに泣いてたのー?」

「王子のクセに泣くなんて弱っちいぜ」

「ぼくの勘じゃ、こんな王子じゃ先が不安!」


 再び散々言われてデイが怒鳴った。

「なんだよ、お前達! 平民のくせに王子王子ってうるさい! ぼくは王子って名前じゃない! デイって名前がある! 王子って呼ばれても嬉しくないんだからな!」


 カコーン!

 次の瞬間、一夢が洗面器を叩きつけるように床に置いた。 何も言わせぬその迫力に、デイは体がすくんだ。

 

 一夢が怒りを抑えた口調で告げる。

「デイ。 それじゃあ言うが、俺達だって平民だのバケモノだの言われて頭にこないと思ってるのか?」


 デイを睨み付ける一夢の眼差しは鋭い。

 デイは真っ青になって口ごもる。 そこにアリドが割って入った。


「一夢さん、デイは清流達が王子王子って言うからキれたんだぜ? そんなに責めんなよ」

「アリド」

「育ちのせいで知らないことをさ、みんなにどうこう言われて嫌な気持ちはオレわかるし」

「……」


 一夢は少し黙って、ため息をついた。


「分かった。 この話はここまでだ。 デイ、ここに来い」


 一夢はそう言ってデイを自分の側に座らせる。 そしてタオルに石鹸をつけて泡立て、デイの体を洗い出した。

 デイは係の者達がそうしてくれるように、ただ身を任せる。


「うっえー? デイって体の洗い方も知らないんだぜ?」

「体も、髪も? ほんとう? 信じられない!」

 世尊と清流が再度ブーイングを起こす。

 デイはカッと赤くなり、一夢の手からタオルを奪い取って離れる。

「自分でするっ!」

 だが、そういったものの、背中に手が届かない。

 デイは半泣きになった。


「ぼく、おしえるよ」

 すると隣に羽織が座る。

 同じようにタオルに石鹸をつけて、泡立てる。 ……少しだけだが。

 腕や腹を洗って、次にタオルを背中に回す。 ……泡がついていない部分が多いが。

「こ、こうして……」

 羽織がするのを、デイも見よう見まねで洗う。

 すると更に隣で。 

「こうなんだよ♪」

 清流がきちんと座って体を洗う。

「こうだぜ!」

 と、世尊まで洗い出す。

 来意が湯船につかったまま、呟いた。

「みんな下手」


 それを聞いた一夢が小さく笑う。

「お前ら、ぜんっぜん洗えてない!」

 そう言って一番近くにいた世尊を引き寄せる。

「アリド、そっち頼む!」

「ええ〜?」

「腕は6本あるから、3人ちょうどだろ!?」

「ぁ〜?」

 そう言いながらもアリドは羽織、清流、デイの3人を引き寄せる。

 一夢はたっぷりの泡がのったタオルで世尊の体を洗う。

「ほら、耳の後ろ洗えてない! アゴの下、わきっ!」

「背中も全員ダメだな、こりゃ」

 アリドは6本の腕で器用に3人を洗う。 みんなくすぐったくてキャキャと笑う。

「おい巳白〜。 こいつらに湯をかけて」

 3人を完璧に泡だらけにしてから、アリドが巳白に助けを求めた。 巳白は優しく微笑みながら手桶でお湯をすくって3人の頭からお湯をかける。

「来意、世尊にも……って、用意済か、勘がいいなぁ♪ お前って」

 一夢が来意の方を向くと、来意は得意げに微笑み、既に手桶にお湯を汲んで並べていた。

 4人はたっぷりのお湯をかけられて、つるんと洗い上がった。

「なんかお前ら気持ちよさそーだな。 オレもたまには翼を洗おうかなぁ」

 巳白が呟く。 みんなそれを聞き逃さない。

「お前、た ま に かよっ!」

「うわぁ、僕が洗ってあげるね」

「あっ、ぼくもしてみたいっ!」

 言うが早いか彼らは泡を立てたタオルで巳白を洗いはじめた。

 きゃあきゃあと騒ぎながら。

 いつの間にか、その中にデイも混ざっていた。






 外の嵐が大分おさまった。 が、陽炎の館の中は反対に大騒ぎだった。

「いっけぇ、羽織!」

「そっちだ、デイ!」

「来意、捕まえたぁっ!」

「でかしたデイ! これで連敗リーチストーップ!」

 陽炎の館の扉が開いて、おずおずと佐太郎が入ってくる。

 リビングの扉を開けると、館中を子供達と一夢が一緒になって駆け回っていた。


「あら佐太郎。 早かったのね。 ありがとう」

 新世が佐太郎に気づいて寄ってくる。

「お、おぅ、新世、なんだこの騒ぎは? デイ王子がここにいるから城に連れて帰ってくれって話だろ?」


 その時、子供達と一夢の笑い声が重なって、どっと館中に響き渡る。 見ると全員が団子状態のもみくちゃになっていた。

 それを見て新世が愛おしそうに微笑む。

「ふふふ。 枕投げスペシャルバージョン、缶蹴りの要素も混ぜてみました、なんですって。 最初は子供達だけでやってたんだけどね、途中から一夢まで始めちゃったから、収集がつかないの」

「一の字まで……って、あいつがよく、デイ王子と遊べてるな」

「子供達があんまり楽しそうに遊んでいるから我慢できなくなって混ざっちゃったみたい」

「で、遊んでるうちに楽しくなって、相手がデイとか、どうでもよくなったって話か。 一の字らしい」


 再度、笑い声がこだまする。

 沢山の枕を転がしたまま、一夢達は床で大の字になって笑っている。

「あー、面白〜い!」

 デイが頬を上気させながら言った。

「これが城だったら、絶対、せんせーが怒るだろうなあ。 頭をのせるものを投げるなんておぎょーぎが悪い!って」

 それを聞いた巳白とアリドが身を乗り出した。

「あー! 言いそー! あいつだったら絶対言うよな!」

「すごく口うるさいもんな。 偉そうでメンドーったらありゃしないよなぁ。 デイ、お前も大変だなぁ〜」

 言われたデイは、軽く驚く。 ラムールの事に関して同意が得られるなんて予想外だった。

 そこに一夢が不思議そうに尋ねた。

「へぇ? ライ……あ、あいつって、そんなに口うるさいのか?」

『口うるさいっ!』

 デイと巳白とアリドが見事に声をそろえる。

「絶対いつかボコってやるんだよな! 巳白」

「ああ、あの、自分は絶対間違ってない、正しいんですって態度、最悪だよな」

「わお! お兄ちゃん達、わかってる!」

「話が分かるじゃんか! デイ! お前は今日からオレと巳白が結成するラムールをぎゃふんと言わせてやる会の会員だっ!」

「おおっ!」

 盛り上がる三人を見て、一夢が苦笑する。

「あいつも確かに細かいからなぁ」

「ええっ? マジ? 一夢さんもそう思う!?」

「ああ。 あと、言い出したらきかないし」

「そう! しかも、自分は怒られたことなんかありませんって顔してるし!」

「いや、アイツもガキの頃は悪戯ばっかりやるんでオレから叱られてたんだぜ?」

「うっそだあ!」

「ホントだって。 なぁー? 新世」

 一夢が新世の方を向くと、新世が笑いながら頷く。

「お尻ペンペンしてたわね」

『すっげー!』

 3人は声を揃えた。

「ふっふっふっ」

 一夢はデイ達から注がれる尊敬?の眼差しにご満悦だ。

 そのときやっと、佐太郎が彼らの視界に入った。


「ほらデイ、帰るぞ」

 佐太郎が告げる。


「えーっ。 おじちゃん、どうしてここにいるの?」

 デイはつまらなさそうに返事をし、ごろんと横になる。

 デイの顔のすぐ側に羽織の顔があった。

 羽織の瞳を見ながら、デイが呟いた。

「羽織たちって、いいなあ。 毎日こんなに遊んでるの? ボクなんか、城で遊んでくれる友達っていないもん」

 それを聞いた羽織がニコっと笑う。

「じゃあまた遊びに来たらいいじゃん。 今度は釣りしよ?」

「ホント? いいの?」

 デイが跳ね起きる。 羽織も起きあがって右手を前に出した。

「男と男のやくそく」

「おー♪」

 デイと羽織は手をぱちんと合わせた。






 雨はだいぶん小降りになっていた。

 デイは着替えて、佐太郎と一緒にリビングを出る。 新世がボタンを付け直してアイロンをかけてくれた服は体になじんで気持ちが良かった。

 また来いよ、と羽織達が言ってくれたのが嬉しかった。

 玄関で、新世がしゃがんでデイの服の襟をなおす。

「それではお気をつけて」

 新世の手が優しくデイの肩を撫でた。

「んじゃ、行くぜ?」

 佐太郎がデイの手を引いて行こうとした時だ。

 デイは佐太郎の手をぎゅっと握って離し、一夢達の方をきちんと向いた。

「あ、あの――きょうは、ありがとうございました」

 そしてペコリと頭を下げた。

 一夢が目を丸くする。 

「それと――バケモノとか、平民とか、言って、ごめんなさい」

 そこまで言って、デイは頭を上げる。

 一夢と新世が優しく微笑んだ。 

 デイは服の胸元から、教育係の記章を取り出して、新世に差し出す。

「これ……せんせーに……。 ぼくが来たって、証拠」

 新世はそっと受け取る。 デイはまっすぐ新世を見つめて言った。

「せんせーが帰ってきたら、これを渡して、城にきてくれるように、言ってくれる?」

 新世が頷く。

「ぼくね、せんせーに聞きたいことが、沢山あるの。 せんせー、来てくれる?」

「ええ。 参りますとも」

 新世が微笑んだ。

 デイも頷く。

「んじゃ、本当に行くぞ」

 再度、佐太郎がデイの手を引いて館を出る。

 館の窓から羽織達が顔を出して、また来いよー!と、手を降っている。 デイもちぎれんばかりに手を振り返した。

 佐太郎に引かれて小さくなっていくデイを見つめながら一夢が呟いた。

「処刑……。 されたくないな。 処刑されたら、せっかく芽生え始めたあついらの絆がズタズタになっちまう」

 新世は黙って教育係の記章を見つめ、心でそっと呟いた。

――ライマ。 デイは良い子よ。 そしてあなたを待っているわ。 ……早く帰ってきてね。



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