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第20話 ただ、翼があるだけ

 デイは来た道を走って戻った。

 どんどん雨風は激しさを増し、小さいデイはときおり風に足下をすくわれそうになって立ち止まる。

 村を何個か通り過ぎて、城下町に入る。 一度来た道は予想以上に近かった。

 ここから入り組んだ路地に入り、秘密の穴から城に帰らなければならない。 しかし、デイは帰りたくなかった。 それでも、帰るしか方法は無かった。

 そしてどの位歩いたのだろう。 デイは立ち止まって周囲を不安そうに見回した。

 帰り道が分からなくなったのだ。

 出てきた小さな路地を見落としたのだ。 いや、本当にひっそりとした小道を一度で覚えるなんて、この悪天候の中、大人にだって無理だったろう。

 幼いデイは城下町の中をうろうろと歩く。 そしていつの間にか治安の悪い西地区に入り込んだ。

 西地区には家無しの大人も大勢いる。 彼らは建物の影で身を潜めて雨風をしのいでいた。

 そこへ身なりの良い子供が紛れ込んできたのだ。 彼らがその子に優しく近づき誘拐して金をせしめようと考えるのは有る意味当たり前だった。

 デイの周りを6人ほどの男達が取り囲む。


「おう! どうした坊主! 迷子か?」


 一人の男が明るく話しかけたが、デイは警戒して口を開かず、男達をにらみつけた。


「おじさん達がな、家に連れて帰ってやるよ」

 他の男が口元だけで微笑んで、優しくデイに触れようとした。


「無礼者! 汚い手で触るな!」

 デイは荒々しく男の手を小さな手で払いのけた。 一気に男の頭に血が上る。

「なんだこの野郎!?」

 男はデイの襟首を捕まえて宙に高々と持ち上げた。


「何をする! 離せっ!」

 デイは暴れるが大人の力には叶わない。 地面に叩きつけられて押さえ込まれる。


「こいつ、えらく上等な服着てるナァ」

 男がそう言ってデイのボタンを一つ、引きちぎった。

「ひょお! 金ボタンだぜ?」

「メッキだろ?」

「いや、重い! 本物だ」

「本当かっ!」


 男達はそれを聞くと我先にとデイに掴みかかり、服のボタンを引きちぎった。

「何をするっ! やめ、やめろっ!」

 必死に抵抗しながらデイが叫ぶ。

「ああ、ギャアギャアと、うるせぇな! このガキちったぁ黙って……」

 男の一人がデイに向けて拳を振り上げた。 デイは思わず目を閉じた。

 その時。


「そン位で止めとけ」

 男達を制する声がした。 


――せんせー?


 デイは一瞬期待したが、その声はラムールではなかった。 しかし、聞いた声だった。

 デイが目を開けた。

 一人の男が近づいてくる。


「そいつはデイ王子だ。 そいつの物を盗って売ってもすぐ足はつく。 ワリにあわねぇぞ?」

 その男を見て、デイを取り囲んでいた男達が呟く。

「一夢」

 そう、助けに来たのは他でもない、先ほどデイを門前払いした一夢だった。 


+


 一夢は傘もささず、ずぶ濡れだった。

 しかし雨など全く気にせず、堂々とそこにいた。

「思ったより足が速いんだな、お前は」

 一夢はそう言ってデイの側に近づき、言う。

「迎えに来た」

 そう言った一夢の表情は、デイの事が心配というよりも、渋々といった感じだった。


「一夢! お前、何言ってんだ? こいつが王子? もしそうだとして、どうしてお前がコイツを助けなきゃいけねぇんだ?」

「王族? ジョートーじゃねぇか! 俺達みたいな奴らがどんな思いで毎日生活しているか、こいつには体で分かってもらうぜ!」

「俺達は毎日食うものにも困ってるってのに、なんだコイツの金めのもんばっかりの格好!」

「王子の命でも貰えば国だって自分達のやり方が間違っているって分かるんじゃないのか!?」


 男達はデイが王子だと知って怒り出す。

 その容赦のない口調にデイは恐怖する。

 一人の男が更に続ける。

「それに一夢! こいつのせいでお前の弟は処刑されんだろ?」

 黙って聞いていた一夢の眉がぴくりと動いた。

 他の男達も口々にわめいた。

「ラムールが死ぬってのは本当なんだろ?!」

「あいつが国に入ってから、少しずつ国がマトモになってきてたって言うのに……」

「四角四面な奴だっだけど、アイツは誰にでもそうだった。 だから俺達はそんなアイツに期待してたんだぜ?」

「ラムールがいなくなったら、また貴族達のデタラメな政策ばっかりにもどっちまう!」

「それもこれも、この王子がみんなの前でラムールをはめたからだって言うじゃないか!」


 デイはその言葉をきいて青くなる。

 しばらくの間、一夢は男達が吐き出す国への不満を黙って聞いていたが、ため息をつくと頭をかいて口を開いた。

「実は俺も、めちゃくちゃ頭にきてるし、助けるつもりは全然無かったんだけどさ」


 そうだろうそうだろう、と男達が頷く。

 しかし一夢は男達をキッとにらみつけた。

「だからといって大の大人で寄ってたかって子供をどうにかしようとは思わない」


 男達は一夢の眼力に押され、一歩後ずさる。

 一夢が一歩近づく。


「お前達の事は国から聞かれても絶対言わないから、とりあえずソイツ、俺に返してくれないか?」


 男達は顔を見あわせる。

「なぜ……?」


 男達の問いに一夢が頭をかく。

「ソイツがさぁ、一人でウチにやってきたの、新世にばれちまってな。 こんな雨風のなか、子供を一人で歩かせるなんて危険だ、天気が落ち着くまで館にいさせるべきだ、連れてこい、って言われちまった」

「……新世にか?」

「ああ、新世にだ。 でなきゃ誰が!ってところだ」

 まるで親に弟のおもりを命ぜられて渋々従う兄のようにふてくされる一夢を見て男達は表情を和らげた。

「ははは。 相変わらず新世には逆らえないあたり、お前らしいというか……。 仕方がないな、分かったさ」

 男達はそう言うとデイをそっと一夢に渡した。 一夢はデイを小脇に抱えて、片手を差し出す。

「盗ったボタン」

 一夢がそう言うと男達はそれぞれ、デイの服から引きちぎったボタンを渡す。

「助かるよ。 これで新世に叱られなくてすむ」

 一夢の言葉に男達が笑った。


+


 デイは一夢に抱えられたままスイルビ村へと向かう。

 デイは、不思議だった。

 風雨はよりひどくなっているのに、一夢はびくともしていなかった。 そしてデイを抱く手は力強くて、とても安心感があった。

 ただ、一夢の表情は怒ったままだった。

 自分が歓迎されていないことはデイにも分かった。

 だから余計、不思議だった。

 さっき、一夢が現れなかったら自分はきっとひどい目に遭っていただろう。

 いや、あそこにいる誰もが自分がひどい目にあっても当然だと怒っていたのに。

 そんななか、自分の事を心配してくれた「新世」

 新世

 皆から聞かされた、人を喰うといわれる翼族の血を引く「バケモノ」

 ラムールの姉。

 ラムールが何より大切にしている、家族。

 そして恐れられし、「バケモノ」

 だけど自分のことを心配してくれた、唯一の。



 デイは、不思議だった。




+



 一夢は陽炎の館に入ってすぐの倉庫部屋にデイを放り込んだ。

「ちょっとここで待ってろ」

 そう言って床にデイの金ボタンを置き、倉庫部屋を出て行く。

 倉庫を出て進んだ廊下の突き当たりの部屋からは、ワイワイと騒がしい子供達の声がする。

 その騒がしさが、デイには少し新鮮だった。


「オレはもう、知らないからなっ!」


 一夢のかなり怒った声が聞こえてくる。

 なんとまぁ、狭くて声が通る家だろうとデイは思った。

 実際には陽炎の館もかなり大きな館なのだが、デイの生まれ育った環境の規模が違いすぎた。


「だってさ、新世?! あいつ、ありがとうの一言も無いんだぜ!?」


 一夢の声が再度響く。

 あっ、とデイは思った。

 そういえばよく、ラムールが言ってなかったか。

 何かしてもらったら、「ありがとう」くらい言うんだよと。

 デイとしては幼い頃から”してもらって当たり前”だったので全く気にしてなかったが。


「いや、御礼が欲しかった訳じゃないけどさ、なんかもう、俺、腹がたちすぎて次にムカっときたら本気でアイツの尻、叩きそう! だからこれ以上アイツと話すのは絶対無理っ!」


 そんな声が聞こえて、しばらく静かになる。

 すると突き当たりの部屋の扉が開く気配がした。

 そしてゆっくり、誰かが廊下を歩いてくる。

 デイは身構えた。

 倉庫部屋の扉がゆっくり開いて、隙間から女の子のパペット人形が姿を現す。

 手作りであろうその人形は、両手を可愛らしく動かして言った。


「えっと。 こんにちは。 はじめまして」


 それはとても澄んで綺麗な女性の声だった。

 デイはその人形をにらみつける。

 人形は話す。


「あのね、ごめんなさい。 ラムールはいま、出かけていていないの。 でも外は雨がひどいから……」

「よせよ!」


 デイは女性の声を遮って叫んだ。

 人形がびくりと反応する。


「人形なんかで、子供扱いするな! ……ぼくは平気だ。 お前、翼族だろ! 出てきてみろよ!」


 デイが怒鳴ると、人形はスッと扉の隙間から消えた。

 そして、扉がゆっくりと開く。

 デイはごくり、とツバを飲む。

 扉の向こう側には、黄金の長い髪を一つの三つ編みにした女性がいた。 その背中には積もったばかりの雪のように白い輝きを放つ大きな翼。

 そう、新世が現れた。

 新世は少し緊張した表情で、デイと向かい合った。

 デイは目を逸らさずに食い入るように新世を見ていたが、やがて手をフルフルと小さく震えさせて、うつむいた。

 新世が困ったように眉を寄せる。

 そのとき、デイの足下に、ポトリと涙の滴が落ちた。

 新世が小さく驚く。 

 デイが小さな声を絞り出した。


「……なんだよ……」


 新世は困惑しながらデイを見る。 デイは、泣いていた。


「なんだよ……。 みんなが、バケモノだバケモノだって言うから……どんなバケモノかって……思ってたのに……」


 デイの言葉に反応するように、新世の背後でガタリと音がする。 しかし新世が音のした方を向いて軽く目で制した。

 デイはそんなことに気づかず言う。

「ただ……翼があるだけじゃないか……」


 新世はうつむいたままのデイを見つめた。

 デイの肩が、小刻みに揺れる。


「せんせーに、あいたい」


 デイが言った。

 それを聞いて、新世が一歩、デイに近づく。


「せんせーに、会いたいっ!」

 デイが叫んで顔を上げた。 涙の粒が宙に散った。


「ぼく、せんせーに会いたいんだ! ききたいことがあるんだ! ねぇ、せんせー、どこにいるの?! 会わせて! 会わせてよ! せんせーに、会わせてよっ!」


 涙をポロポロとこぼしながら、デイが叫んだ。

 新世が驚いた顔でデイを見ていた。


「せんせぇ……」

 デイはしゃくりあげながら唇を噛んだ。


 そのとき。


 ふわり、と優しい両手がデイを包んだ。

 まるで綿毛で包むかのように優しく、お日様でくるむかのように暖かく。

 新世の甘い香りがデイに届く。


「もう泣かないで?」


 新世の優しい声が響く。

 デイは体を少し離して、新世の瞳を見つめた。

 それはとても優しい輝きだった。

 新世が微笑む。


「ラムールは用事があって、今はここにいません。 でも、必ず帰ってきます」

「……かえってくる?」

「ええ。 そうしたらデイ王子に会いにいくよう、伝えます」

「ホント?!」

「ええ、ほんと」


 新世の笑顔は一瞬でデイを安心させた。

 デイの顔が明るく輝く。


「涙をお拭きなさいませ」

 そう言って新世はハンカチでデイの顔を優しく拭く。 そしてデイの両手をとる。

「雨に濡れたから、こんなに手が冷たくなってます。 このままでは風邪をひきますわ。 洋服のボタンもつけてあげますから、服を脱いでお風呂で暖まってからお帰り下さいますか? でないと、ラムールが帰ってきた時に心配いたしますから」

 新世が優しい息をふうっとデイの手に吹きかけた。

 その暖かさは、なんだか心にまで染みる気がした。

 

「羽織、デイ王子をお風呂場まで連れて行ってさしあげて」


 新世が扉の向こうに向かって声をかけると、少し長い黒髪の男の子、羽織が顔を出した。

 羽織は王子に動ずることなく近付くと、デイの手を掴んでニコッと笑った。

「お風呂はこっちだよー!」

 デイは手を引かれて倉庫部屋から出る。




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