表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/57

第2話  謹慎処分

 クララはドキドキしながらラムールを探す。 ラムールは多くの人達と挨拶を交わしながら立っていた。 どこかのご婦人がダンスの相手を求めるが、ラムールは丁重に断る。

 

 ああ、私を待っていて下さってる。


 クララはそう思うと頬を染め、できるだけ平静を装うために深呼吸しながら近づく。

 もうすぐ、ラムールと目があう。 そう思った時だった。

 キャ、と会場の一部で小さな悲鳴が聞こえてざわつく。

 クララは騒ぎのした方を向いた。 


「!」


 そこには身なりも整えず平服のまま、素手でご馳走を持ったデイが立っていた。


「デイ王子!」

 ラムールが慌てて駆け寄り、ひざまづいてデイの手を掴む。


「何をしているのですか! 髪もボサボサ、服も汚れっぱなしで……。 あなたの着替えはきちんと用意していたでしょう?」


 ところがデイは悪びれるでもなく、ツンと、そっぽを向く。


「デイ!」

 ラムールはデイの頬に手を当てて自分の方を向かせる。

「ここは公の場です。 あなたがこのような格好ではお客様に対して失礼です。 今から僕と一緒に王宮へ帰って着替えてきましょう」


 デイの視線が助けを求めるように宙を泳ぐ。


「おやおや。 王子は教育係の言うことなど聞きたくないようですな」

 みんなの視線を引きつけるような口調で、右大臣がやってきた。


「それでちゃんと教育係としての任務を果たしていると言えるのかね? ラムールくん」


 ラムールは立ち上がり、近づいてきた右大臣に軽く頭を下げた。

「僕の教育が至らないことをお詫びします」


 そして顔を上げ、「デイ、行くよ」と促すが……


「やだっ!」

 デイは大きな声ではっきりと言った。


「デイ?」

 ラムールは訳が分からないという顔でデイを見る。


 デイは大きな声で、そう、わざと注目を集めるかのように大きな声で言った。

「ボク、せんせいの言うことなんか、ぜーったいきかないっ!」


 デイがあんまり大声で言うので、国王はじめ、来賓者が一斉に注目する。


「デイ」

 ラムールが諭そうとするが、デイは聞く耳をもたない。

「やだやだやだ! ぜーったい、やだ! せんせいがボクの教育係っていっても、やだ! なんだよ、せんせーなんか貴族でも何でもないくせに」


 その言葉に周囲がざわめいた。


「せんせいは頭がいいってだけで、えらくもなんともないんだよ? なのにどうしてせんせいの言うこときかなきゃいけないの? おかしいよ、それって」


 ラムールは黙って聞いていた。


「せんせいって、お父さんもお母さんもいない孤児なんでしょ? どうしてそんな人がボクの教育係なの?」


 ラムールがため息をついた。

「分かったよ。 デイ。 君の話をきこう。 とりあえずここでは他の人の迷惑になるから一旦外に――」


「や だ っ !」

 デイは叫んだ。


「それに、せんせいの家って、翼族ってのがいるんでしょ? そんなのと一緒にくらした人が、どうしてこんなところにいるの!?」


 そんなの、という言葉にラムールが反応する。

「デイ。 僕の家族をそんなの呼ばわりすると、怒りますよ」


 そう言ったラムールの瞳は、かなり怒っていた。

 しかしデイは引かなかった。


「なんで!? どうしてそんなの呼ばわりしちゃいけないの? 翼族だよ? 翼族っていったらバケモノでしょ!ニンゲンを食べるバケモノのことをどう呼んだって……」


 パ シ ン


 乾いた音が辺りに響いた。

 デイの言葉は最後まで発せられなかった。

 デイは自分の右頬を押さえて目を見開いて立っていた。

 ラムールが右手の甲で頬を叩いたのだった。


新世(しんせ)は確かに翼族の血が混ざっていますが僕の大事な姉であり、家族です。 誰であろうと新世を愚弄することは許さない」


 そう言ったラムールは今までデイが見たどの瞳よりも怒りに満ちていた。


――本気で怒らせちゃった


 デイはその事に気づくと目に涙をいっぱいためた。


「ご、ごっ……ごめ……」

 デイが口を開こうとした時だった。


「ラムール! 皇太子に手を上げるとはなんたる不心得者!」

 右大臣の大声で、デイは出しかけた言葉を飲み込む。

 ラムールの側に右大臣をはじめ各重臣が詰め寄る。


「皇太子に暴力など、あってはならぬことだ!」

「そんな事だから王子が言うことを聞きたくないのも当然だ!」

「教育係の資質に欠けるのではないか!」

「反逆罪だ! 処罰だ!」


 ラムールは大声でがなりたてられるが、黙っていた。 


「これこれ、どうしたと言うのじゃ」

 そこにテノス国王がやってきたのでラムールは床に跪く。

「大変申し訳ございません。 陛下。 僕は皇太子手を上げてしまいました。 これは言い訳出来ない事実。 処分は覚悟の上でございます」


 ラムールは胸に付けていた教育係の記章を外して両手で差し出す。

「つきましては陛下より賜りました教育係の記章を返納させて頂きたく……」


 次の瞬間、右大臣がラムールの手を蹴り上げ、記章は弾かれて人ごみの中へと転がった。


「こぉの、不届き者めがっ! 陛下に直接返納しようなど、恐れ多いにもほどがあるわっ!」

 右大臣が叫び、テノス国王がまぁまぁとなだめた。


 ラムールは黙って床に跪いてうつむいていた。

 国王は少し考えて口を開いた。


「教育係。 確かに我が息子に手を上げたことは法で定められた見過ごせない重罪じゃ。 よって処罰は免れん。 2ヶ月の自宅謹慎処分に処する」

「御意」


 ラムールは素直に頷くと立ち上がって会場を後にした。

 出入り口でラムールはクララと目が合った。

 涙目になり顔を横に振るクララに向かってラムールはゴメンネ、と小さく謝った。

 ラムールがいなくなると会場は途端に騒がしくなる。

 デイは我に返って出入り口へと駆け出す。

 カツン、と何かが足に当たった。

 見るとそれは教育係の記章だった。


「あれ? 記章はどこにいった?」


 クローク卿の言葉に思わずどきりとして、デイは記章を自分のポケットに押し込んだ。

 そしてゆっくりと出入り口まで来る。

 扉の側で、クララは泣いていた。

 デイはそれ以上近寄る事ができずに、きびすを返してパーティー会場を後にした。

 たくらみ通り、ラムールをぎゃふんといわせたのに。

 デイはちっとも気が晴れなかった。









 翌日。

 スイルビ村の孤児院である陽炎の館にウキウキした足取りで歩いていく、一人の男がいた。 その男は山男のようにがっちりした体つきで、ボサボサな黒髪を肩まで伸ばし、顔つきもゴツゴツしていて眉毛もボウボウに太い、錬金術師・佐太郎。


「おっじちゃーん、おはよー」

「おう♪ 坊主共、隣村まで学校か? 気をつけて行ってこいよ」

 陽炎の館に住む、デイ王子と同じ年の羽織達がきゃあきゃあ言いながら駆けていく。

 佐太郎は優しい眼差しで彼らの後ろ姿を見つめる。


「さってと」

 佐太郎は気を取り直して頷くと、陽炎の館の門を叩いた。


「おぅ、佐太郎!」

 すぐさま扉が開き、二十歳を少し過ぎた位であろうか、茶色のくせ毛がライオンのたてがみのような、少し太めの眉と、まっすぐな視線を持つ、引き締まった体つきの青年が顔を出した。

 この館の主である一夢(いちむ)の表情はいつも通り晴れやかだ。


「ぉう、一の字っ! いーモン持って来たぜ。 ヤツはいるか?」

 佐太郎はにっかりと笑う。 一夢が苦笑する。

「いるんだけどさぁ……」


 二人は館の中に入り、階段を登って3階を過ぎて4階に向かう。


「ライマの部屋は3階だろ? 4階はお前と新世のラブラブ部屋じゃねぇか?」

「そーなんだけどさぁ」


 一夢はつまらなさそうに口を尖らせる。 4階の扉をノックして「佐太郎が来たぞ」と告げて入る。


「あら、おはよう。 佐太郎」

 そこには一夢と同じくらいの年頃で長い金髪を一つ三つ編みにした女性が、ベットで起きあがって微笑んでいた。 美しい普通の人間の姿でありながらもその背中には天使のような大きな翼を持っている。 彼女こそが翼族の血を引く新世だった。

 

「どうした新世?! 具合でも悪いのか?」


 すると新世が人差し指を口に当てて、しいっ、と告げる。 見ると新世の隣にもごもごと動く固まりがある。 佐太郎はそっと近づく。


「おやおや。 よく寝てらぁ」

 佐太郎が笑った。


 そこには男のラムールの姿から、結んでいた髪を解いて銀髪の少女の姿に戻ったライマが、新世の翼にくるまり極楽にいるかのように満たされた表情でスヤスヤと寝息を立てていた。 新世の手が優しく彼女の髪を撫でる。


「あー、これが一の字がつまらねーって顔した理由か」


 一夢が頷いた。

「ライマが帰ってくると、どーしても俺の寝場所、取られちゃうんだよな。 おかげで昨日は俺がライマの部屋で寝ることになったし、朝も新世の翼を離さないから俺が羽織達の準備だし……」


 新世が笑う。

「たまに帰ってきたライマなのよ? 文句言わないの」

「分かってるって」

 一夢も軽く笑う。


「ほら、ライマ。 起きて。 佐太郎が来たわ」

 新世が軽くライマをゆする。 ライマはゆっくりと目を開けて。四肢を伸ばす。


「んー、オハヨ。 新世。 一夢。 佐太郎」


 ライマは微笑み、体を起こす。 少しまだ寝ぼけた眼を手でこする。


「もーちょっと寝てたいよぉ」


 幼児のように呟くライマを見て3人は顔を見あわせて微笑む。


「なんだなんだ? 新世の前ではまたえらくガキだなライマは」

「佐太郎には分からないよねー。 新世の翼って気持ちいーんだよ? ……だーいすき♪」


 そう言って新世の翼を頬に当てる。 その頭を佐太郎が軽くデコピンする。


「いーもん完成したぞ♪ 起きて新世に試着させてもらえ」

「いーもん?」

「人工皮膚だ」


 そう言って佐太郎は持っていた紙袋を新世に渡す。 新世とライマはついたての向こう側に行ってそれを試着することにした。


「うわっ。 見た目、なんか生皮みたいで気持ち悪っ!」

 ついたての向こう側からライマの嫌がる声がする。


「バーッカ。 生皮に見えなかったら身につけた時にバレっだろーがよ。 この俺様の会心の作だぜ? 質感、匂い、どうよその出来は?」


 佐太郎が反論する。 ライマと新世の声が漏れてくる。


「うわうわうわっ! 伸びる!」

「でも髪の毛を巻き込んじゃいそうね……。 ほら、結んで。 うん、いい感じよ」

「新世ぇー。 後ろー。 変に寄ってない?」

「はいこれでOK」

「うわぁ〜」


 ひとしきり感動した声を上げた後、ライマが上半身裸のまま出てくる。 そこには少年の体つきをした彼女がそこにいた。


「どう? 男の子?」


 ライマがくるんと回って見せる。 一夢が感心してうなる。


「おい佐太郎。 よっく作ったなぁ。 全然男の体だ」

「だろうがよ」


 佐太郎が満足げにパイプをくゆらす。


「で、ライマよ。 どっか改良してほしいトコってあるか? 一応試作なんでな」

「うん。 まず匂い。 ほんの少し機械油っぽい。 次に伸縮率。 伸びすぎて何かに引っかかった時に普通の皮膚より伸びすぎ。 掴まれたりしたらアウトかな」

「厳しい事いうなぁ」

「でも、サラシで押さえてる今と比べたら、すっごく楽だし、使い勝手もOK! やるじゃん、佐太郎!」


 ライマがバシっと親指を立ててウインクし、佐太郎を讃える。 佐太郎も満足そうだ。


「それじゃあ改良して、また持ってきてやるかな!」


 しかし、それを聞いたライマの顔が曇る。 一夢と新世も少し目を逸らす。


「……どうかしたか?」

 佐太郎が尋ねた。


 ライマはため息を一つついて言った。

「教育係、クビになった」

「何だってぇ?!」


 返事は一夢がした。

「王子様をぶっ叩いちゃったんだってさ。 みんなの前で」

「み、みんなの前っ…て、ライマ、おいおまえ、それって!」


 ライマが頷いた。

「王族に手を上げた罪で、そのうち処罰が下されるだろうね。 死刑か一生牢屋に幽閉」 

「そんなに酷くぶっ叩いたのか?!」

「まっさか。 手の甲でだよ。 だけど法律で定められているからね。 処罰は間違いない」

「ガ……王は!? 王は何て?」

「二ヶ月の自宅謹慎処分だって。 その間に重臣会議で処分を決められちゃうと思う。 まったく、死刑でも幽閉でも何でも来いってんだ!」


 ライマは鼻息荒く答えた。

 一夢と新世が肩をすくめた。

 佐太郎だけが慌てる。


「ライマ、お前、自宅謹慎処分って……そりゃあ、王がお前に逃げろって言ってるんだ。 普通なら即逮捕なのに自宅に帰してくれたってことは、そういう事だ。 そうとなったら早く逃げる用意を……」


 しかしライマははっきりと言った。


「いーやーだっ!」

「い、嫌って、お前……」


 ライマは腕を組んで仁王立ちになって言った。


「嫌! 逃げるなんて、絶 対 嫌だからね。 僕はいつもデイに自分のしたことに責任を持ちなさいって口をすっぱくして言ってたんだよ。 その僕が処罰を恐れて逃げたらそれこそデイの教育上、良くない! 断っじて、良くないっ! しかも僕は悪いことをしたとは微塵も思っていないんだからね。 潔く胸を張って処刑台の上にでも地下牢にでも行ってやる!」


 まるでメラメラと火が燃えているかのような気合いの入れよう。

 佐太郎は一夢と新世に視線で助けを求めたが。


「無理! ライマがこー言い出したら、絶対引かねー」

 諦めたように一夢が言った。


「一夢に同じ」

 だだっ子のワガママをきく母のように、新世が答えた。 ライマの目が輝く。


「よぉしっ! よく言った! 一夢! それでこそ、さっすが僕の兄!」

 ガッツポーズつきである。


「だから自宅謹慎中の二ヶ月間は、新世にたーっぷり甘えておくの!」

 ライマはピョンと跳ね、新世に抱きつく。 あああ、と一夢が狼狽えたので、佐太郎が横目で見る。


「そーいう訳で一の字は様子がおかしかったって訳だ。 ライマがただ帰ってきただけにしちゃあ、ちょっと変だと思ったんだ」

「二ヶ月も新世をライマに取られるのかと思うと……俺、目まいがしそう」


 佐太郎はそれを聞いて笑う。 こうなってはもはや、佐太郎には何もしてやれることはなさそうだ。

 ライマの頭を撫でていた新世がそっと優しく言った。


「ねぇ、ライマ。 この自宅謹慎期間中に、一つだけお願いがあるの」

「何?」

 ライマは目を輝かせた。

 新世は優しく微笑んだ。





 髪に綺麗にブラシをかけ。

 小さなレースフリルがついたキャミソールと、ショートパンツ。 少し甘めのジャケット。 ミュールも履いて、はい完成。


「ライマ、かわいい〜〜♪」

 新世がとても嬉しそうに声を上げた。


 そんなに嬉しそうにされたら、嫌だとは言えないではないか。

 でも、褒められて悪い気はしない。

 そんな顔でライマは立ち上がると、「その姿」を一夢と佐太郎にお披露目した。


「おお」

「ほうほう」

 二人が感心した声を上げる。

 肩より長いサラサラの銀髪と、知的だが愛らしい幼さも残したままの少女がそこにいた。


「ね? 似合うでしょ?」

 ブラシを手にしたまま新世が微笑む。


 新世のお願い。

 それはこの謹慎期間中の間、女の子にもどって欲しいということだった。

 髪も茶色に染めなくていい、上げ底のブーツを履かなくて良い、何より、男のフリなんてしなくていい。 普通に、普通に素のままのライマにもどって欲しい。 それが新世の願いだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ