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第18話 最悪の義父

 そんな、急に逃げろと言われても。

「えっ?」

 意味が分からずライマは首を傾げる。


「いいから、逃げるんだ!」

 ラフォラエルはライマを突き飛ばした。 だがライマは立ちすくむだけだ。

「ライマ……! ああ、もう、時間がない!」


 船はもうすぐ眼下の岩場に着こうとしていた。

 ラフォラエルがとても厳しい声で叫んだ。


「ライマ! 早く家の中に入って隠れろ! 書斎の床に隠し扉がある。 そこに入って内側から鍵をかけるんだ。 俺が迎えに来るまで絶対に物音立てずに静かにしてろ!」

「え?」

「早く!」


 ラフォラエルが怒鳴る。

 ライマは訳が分からないまま頷き、慌てて家の中に入る。

 リビングを抜け、寝室に入って窓から外を見た。

 すると船は着岸し、でっぷりと太った中年の禿げた男が一人と、ゴリラのようにいかつい体つきの男が一人が降りてきていた。 その二人にラフォラエルが作り笑顔で近づいていく。

 禿げた中年の男がこちらを向いた。

 そのねっとりと脂ぎった視線に嫌悪感を感じ、ライマは慌てて窓から離れて書斎の扉の側に行くが、裏庭側の小さな窓に「それ」を見つけて動きを止めた。

  

+


「おうおう、ラフォラエル! 双眼鏡で見えたぞ! 銀髪とはお前もやるじゃあないか!」

 成金趣味の洋服を着たその義父はギラギラと汗をたらしながら、満面の笑みで小走りにやってくる。

「あ、いえ、あの……」

 口ごもりながら、ラフォラエルは進路を塞ぐかのように立つ。

 そんな彼を見て義父は下品に口元を緩めて笑う。

「でかした」

「ち、違います。 アレは、患者で、治療中で……」

「治療? まだお前はそんな酔狂な事をしておるのか? しかし外に出ていたということは、もうほとんど元気なんだろう?」

 そう言って押しのけようとするが、ラフォラエルは道をあけない。

 すると義父は邪魔くさそうに睨み、お付きの男に目配せをした。

「父親として、挨拶をしないとなぁ」

 すると、その声を聞いたお付きの男が、ラフォラエルの腕を掴んで引き寄せた。

「ご主人様のご要望だ」

 それを聞いたラフォラエルの顔が青ざめる。

「離せ!」

 そう言って手を振りほどこうとするが、お付きの男はびくともしない。

 それを横目に、禿げた義父はニヤリと笑っていそいそと家へと向かう。

「離せっ!」

 ラフォラエルが再度叫んだが、お付きの男はただ無表情に遠くを見ていた。


+


「さぁって、お嬢さんは、どこかなぁ〜?」

 ラフォラエルの義父が、嬉しそうに家の扉を開く。

 居間には誰もいない。

 きょろきょろと見回して、汗でベタベタした手を洋服でこすりながら、寝室の方へと歩いていく。

 上着を脱いで床に置き、舌なめずりをしながら男はズボンのベルトを少しゆるめて寝室の扉の前に立った。

「寝室とは手間が省けていいわい」

 そう言いながらノックもせずに扉を開ける。

 寝室の窓際に立つ、銀髪の少女の姿が見えた。


「おうおう♪ はじめましてお嬢さん……」


 そう言いながら寝室に足を一歩踏み入れた時だった。

 驚いてこちらを向くライマと目が合った。

 そして白く細い羽が、一枚、舞う。


「あっ……」


 ライマが困惑した顔で見る。

 同じく義父も目を丸くした。

 彼女の背中に、白い翼が輝いていた。


「ぅっ……うわぁあっ! つ、翼族!」

 大きな悲鳴をあげる。


「あっ、あの……」

 ライマは慌てて声をかけた。


「ひ、ひいっ! 近づくなぁっ! ば け も の っ!」

 義父は寝室の入り口の側にあった小さな置き時計をわしづかみにするとライマに向けて思いきり投げた。

 時計はライマの頬の当たり、床に落ちてガシャンと大きな音をたてる。


「寄るなっ! わ、ワシに手を出したら、ゆゆゆ、ゆるさんぞっ!」

 声を裏返しながら慌てて家を出て行く。


「ジョロマ! か、帰るぞ!」

 転げ落ちるように丘を降りてきながら、義父は叫んだ。

 ジョロマと呼ばれたゴリラのような体格の男が、やっとラフォラエルの腕を離す。

 義父はラフォラエルに向かって上着のポケットに入れていた封書を投げつける。

「ラフォラエル! 道楽もほどほどにしろっ! きちんとこれを読んでおけっ!」

 そして返事も待たずにさっさと船に戻っていく。

 ラフォラエルは状況が分からないので戸惑っていたが、ふと家を見て我に返り駆けだした。


「ライマっ!」

 家の扉を乱暴に開け放つ。

 寝室の扉が開いている。


「ライマっ!」

 再度、名を呼びながらラフォラエルは寝室へ駆ける。

 返事がない。


「ライマ!」

 悲痛な声で名を呼びながらラフォラエルが寝室へ足を踏み入れる。


 寝室には、うつむいたライマが壊れた置き時計を握ってぽつんと寂しそうに立っていた。


「……ライマ?」


 ラフォラエルが小さな声で呼びかける。

 呼びかけられたライマの背中に、綺麗な白い翼が生えていた。

 まるで翼族のように。

 ラフォラエルがゆっくり近づくと、やっとライマが顔を上げる。

 その瞳には涙が浮かんでいた。


「ごめんなさい……。 お父様、驚かせちゃった」

 ライマがゆっくりと口を開く。

 ラフォラエルは首を横に振り、翼を指さす。

「それは……?」

 その言葉を待っていたかのように、翼がごそごそと動き、ライマの肩越しに猫が顔を見せる。

「ニャア♪」

 猫は嬉しそうに一声鳴いた。

 猫鳥だった。

「この子が……やってきてて……。 隠そうって背中に回したんだけど……」

 ライマの背中に貼り付いていた猫鳥が肩へ登る。

 腹部に包帯を巻いている。

 あの、ラフォラエルが治療した猫鳥だった。

 猫鳥がライマの背中にしがみついていたため、正面から見ると翼だけが見えていたという訳だった。


「そ……それで、アイツは驚いて……?」

 ラフォラエルの言葉に、猫鳥が誇らしげにニャアと鳴いた。

 ライマも頷いた。

 次の瞬間。

 ラフォラエルの目に涙が浮かんだ。

 そして両手をライマに差し出す。

「ニャ」

 猫鳥がピョンと退ける。

 同時にラフォラエルの両手がライマの体に回された。

 そして、きつくきつく抱きしめた。

「ラ、ラフォー?」

 ライマが尋ねる。 ラフォラエルが小さく呟いた。

「……ああ、よかった……」

 そしてより強くライマを抱きしめ、絞り出すように続けた。

「好きだ」

と。 





 


「好きだ」

 再度繰り返して、ラフォラエルはライマを抱きしめる。

 その回された手は、痛いほど、力強く。

 ライマはただ訳が分からずに抱きしめられていた。

 この状況が理解できずに抱きしめられていた。


――好き、って言ってるの? 私を?


 それ以上考える余裕も、意味を理解する余裕も無かった。

 ただ、ラフォラエルが自分を抱きしめている。

 これは本当に現実なのだろうか?

 その時、ラフォラエルの手の力が弱まり、やっとライマは顔を上げることができた。

 顔を上げると、そこにはラフォラエルの顔があった。

 泣きそうな、そんな瞳の彼がいた。

 彼の片手がライマの頬にそっと添えられた。

 そしてライマの顔を優しく引き寄せる。

 同じように近づく彼の顔。

 彼はそっと瞳を閉じ、自分の唇をライマの唇に重ねようとしたその瞬間――


「ライマ! ラフォー! 大丈夫かっ!?」

 寝室の扉が勢いよく開いて、ウズにカレン、トガールが飛び込んできた。

「!」

 ライマとラフォラエルは慌てて離れる。


「ああ! ライマ! 良かった! 無事だったのね! ごめんなさい、私が口を滑らせたばっかりに……」

 カレンがライマに抱きついた。

 ウズとトガールがホッと胸をなで下ろした。

 そこにメーションと封書を持ったタートゥンが入ってくる。

「大丈夫なの?」

「あいつが逃げ出すなんて……何があったんだ?」

 窓から見ると、父親はお付きの男と船に乗って島を去っていた。


+


 全員がリビングに集まり、何が起こったのかを聞いた。

「猫鳥が!」

 そう驚くタートゥン達。

 ライマの膝の上でニャアンと誇らしげに鳴く、猫鳥。


「助かったよ」

 そう言いながらラフォラエルは猫鳥の喉元を撫でる。

「包帯、外しに来て下さいって言ったけど、まさか本当に来るとはな」

 猫鳥は嬉しそうに喉を鳴らす。


 メーションが反り返りながら言う。

「も〜っ! 運が良かったわねぇ。 猫鳥様々だわ」

 皆が頷く。

「猫鳥一匹であいつが逃げ出すのなら、100匹でも200匹でも欲しいわ」

 その言葉に、アハハとカレン達が笑う。


「えっと……あの」

 ライマが口を挟んだ。

 さっきからみんな「アイツアイツ」呼ばわりだが。


「あの方……お父様、なんだよね?」

「義理のね」

 ラフォラエルが強く即答する。

 カレンも吐き出すように言う。

「お父様なんて呼びたくないわ。 アイツで十分」


「でも、あの人って……」

 ライマは考えた。

 どこかで見たことがある顔だった。


 その時、タートゥンが封書をラフォラエルに向けて放り投げた。

「とりあえずきちんと目を通しておけよ」

「分かってる」

 ラフォラエルが封書を軽く握りしめた。

 その封筒にはご丁寧に家紋と名前が印字してある。

 ライマはそれに視線を向ける。

 書かれた文字は……


「ドノマン……」

 ライマが口に出すと一斉にみんながライマを見る。

「あっ! 思い出した! あの人、実業家で学者のドノマン氏!」

 ライマがポンと手を叩く。


「知ってるの?」

「うん! 凄い人よね! 肖像画でしか見たことなかったから、いまいちピンとこなかったけど……ベベロン国でかなり手広く事業を行っていて、ここ4年ほど前から国連科学雑誌に研究論文も投稿してる。 その論文がすっごく良いから遅咲きの科学者として今一番期待されている方でしょ? 慈善事業にも力を注いでいらして……素晴らしい方だわ」


 ライマが目を輝かせて一気に言うのと反対に、メーション達はみな、げんなりとした表情を見せた。

 ライマが残念そうに付け加える。


「一度お会いして、ドノマン氏が投稿した論文についてじっくりお話したかったのにな。 残念」

「へぇ? ライマ、アイツの論文、読んだことあるの?」

 ラフォラエルが尋ねた。

「うん! 全部読んだ」

「で、どうだった?」

「全部すっごく興味深い! 時空間に関する論文では時間と空間がともに入り交じる事に着目してあえて相互の運動速度を変えることにより人工的に時空のコントロールの可能性を見いだしたところとか」

「ふんふん」

「科学魔法の杖で起こす消えない火の構成式を解明してたのも凄いと思った!」


 ラフォラエル以外はポカンとライマを見つめる。

 ライマは続ける。


「でもあの構成式では安定性に欠けるから、そこのところはどうするのかなって疑問があって……」

「ああ、それはβの波動が降りてくるから差し引き問題なし」

「βかぁ。 うん、それなら平気。 でもθαの方が効率良くない?」

「θα! それ、面白いな! ってことは単純にvθでもいいってことか?」

「あっ! そっちがあったっ!」


 二人は目を輝かせながら議論を交わす。

 オッホン、とウズが大きな咳払いをして二人の会話を遮る。

「いやー、お前達が何の話してるか、俺、まったく分からない。 頭いいんだなぁ、ライマは」


 同じくタートゥンが微笑んだ。

「ライマが読んだ、その論文はね。 全部ラフォーが書いたんだよ」

「えっ?! だってドノマン氏の名前で……」

「手柄横取りってこと」

 タートゥンが苦笑する。

「ええっ?」

 驚くライマを見て、メーションがイライラを誤魔化すように髪をかきあげる。

「あいつは何も分かってないわよ。 ラフォーが全部、研究してるの。 発表するときだけ自分がしたかのように出てくるけどね。 ラフォーが助手として解説や回答をしているからバレてないけど」

「科学者って肩書きが欲しいんだろうなー」

「偉そうな肩書きなら何でも欲しいのよ」

 みんな、ぶうぶう言っている。


「でも、良かったじゃん、ライマ。 あの論文で聞きたいことはラフォーにここで聞けばいいんだし」

 トガールが笑った。


 ライマはラフォラエルを見る。

 ラフォラエルが微笑む。


「語り合おうぜ♪ ライマ」

「うんっ!」


 ライマの目が輝く。 そこに慌ててタートゥンが口を挟んだ。


「ま、待て待て。 お前達二人の話はさっきも言ったけど俺達には全く訳が分からないから、語り合うなら明日、俺達が帰った後にでも思う存分やってくれないかな?」


――明日?

 ライマの胸がどきんとなる。


 ライマはラフォラエルを見る。

「そうだな。 そうするか? ライマ」

 彼がそう尋ねる。


 そうするか、と、いうことは、明日帰らなくていいという事だ。

 ここを去らなくていいということだ。

「うんっ!」

 ライマは大きく頷いた。 






 そしてその話が一段落すると、カレンがライマに向かって頭を下げた。

「でも本当に、ごめんなさいね。 私のせいで危険な目に遭わせちゃって……」

 心底申し訳なさそうに謝る。

 しかしライマは正直、面食らう。

 ドノマンと会うことがそんなに危険なことなのだろうか?

 私のせいとはどういうことなのか。


「別に、そんな危険……な訳、無いと思うんだけど……違うの?」

 ライマは尋ねた。


 するとみんなが押し黙って目配せをする。

 一番最初に口を開いたのはメーションだった。

 メーションはソファーの背もたれに寄りかかり髪をかきあげながら吐き出すように言った。


「あのオヤジはね、最悪と超の文字をいくつ付けても足りないくらいの女好きで変態なのよ」

「へ、変態って……。 いくら何でも引き取って下さった方に対して失礼じゃないの?」

「引き取って? はん、引き取ってもらわない方が幸せだわ!」


 メーションが声を荒げた。


「あいつはね、毎年何人も孤児を引き取っているわ。 それは何故だと思う? それは自分の思い通りになる生き物が欲しいだけ。 格安な労働力! そして国から支給される手当が目当て! 社会的に慈善家だというアピール! それがすべてよ」


 メーションは足を組み直し、両手をお手上げのポーズで憤慨する。

 ライマはうろたえる。


「で、でも、トガールやカレンは学生なんでしょ? 学費とかも全部面倒見てくれてるのでしょうし、国から手当があっても当然じゃないの? 義理でもお父様なんだから多少は事業のお手伝いを格安でやっても構わない……なんて思わないの?」

「あんなヤツ、お父様なんかじゃないわっ!」


 メーションは激しく怒るが、ライマにはその心境が理解できなかった。

 親とは――ライマにも「親」に育ててもらったことはないが――親とは、子供にとって口やかましい存在ではないのだろうか? その子を正しく育てるために嫌われ役を買って出ることもあるのではないだろうか?

 ライマを育ててくれた老師も、いけないことをしたら叱った。 新世も、諭してくれた。

 しかしそれはライマのためを思ってのことで、愛だった。

 甘やかすだけが、愛ではない。

 こう言っては悪いが、メーション達がドノマンを嫌うのは彼女達の我が儘が先にあるのではないかと思ったのだ。

 メーションはかなり怒ったまま言葉を続けた。


「ま、そもそも、孤児を好意で引き取る人なんて、存在するわけないのよね。 偽善もいいところだわ。 子供のためじゃなくて自分の世間体のために利用してるだけなんだから」


――偽善?

 ライマはその言葉にカチンときた。

 老師、そして一夢や新世と重ねてしまったのである。


「メーション。 みんながみんな、そんな人じゃないわ。 訂正して」


 ライマがとても厳しい口調で言い返した。

 その鋭い物言いにみんなが驚く。

 だがメーションはため息をついた。


「ライマ。 あなたには分からないでしょうけどね、世の中なんて所詮そんなものよ。 だって考えてもみてよ? 血が繋がってないのにどうして親身になれて? どうして大切に扱えて?」

「扱えないって決めつけないで!」

「扱えないわよ! そんなヤツの元で私達は生きてきたんだから! それが現実だわ!」

「それが現実でドノマン氏がどんなに最悪な人間だとしても、そんな人ばかりじゃないわ。 きちんとその孤児達を愛して育てている人だっている!」

「そんな理想が現実にある訳ないでしょ!?」

「あるものっ!! 私――私を育ててくれた人達がそうだもの!」


 ライマが立ち上がって叫んだ。

 メーションが目を丸くする。

 ライマはメーションを突き刺すように、しっかりと見る。


 そこに静かに、ラフォラエルが口を挟んだ。

「ライマも孤児なんだ」


 その言葉でみんなが息を飲む。


「……ライマもなの?」


 メーションがゆっくりと尋ねる。

 ライマが頷く。

 メーションは後悔するかのように片手で顔を隠して天井を見た。

「羨ましいわ……」

 そう、ぽつりと言う。


 ラフォラエルがライマの手を軽く引っ張り座らせる。

 ライマも、寂しげなメーションを見て少し戸惑う。

 メーションがきちんと座り直して、頭を下げた。


「ごめんね。 あなたを育ててくれた人を侮辱するつもりはなかったの」


 その口調はとても寂しげだった。

 ライマは小さく頷いた。

 頷いたライマを見て、ラフォラエルが静かに言った。


「ライマはラッキーだったと思う」 


 ライマは彼の顔を見る。

 彼はライマを見ず、自分の膝元を見ながら言った。


「ドノマンは最悪だ。 拾われなかった方が何億倍もマシなんだ」


 でも、と口を開こうとするライマの手を、彼はぎゅっと握る。

 聞いて、と、その手が告げていた。


「奴が拾った孤児は、今いるだけでざっと50人以上はいるんだが――ヤツは国内で親に先立たれたり、孤児院である程度大きくなった子供をメインに引き取るんだ。 10歳以上の子供だけな。 幼児や赤ん坊は手間がかかるから引き取らない。 ある程度ものの分別がついて、自分は拾われるから立場が下だと理解できる年齢の子。 とりあえずきちんと学校にも通わせてくれるし、衣食住は満たしてくれる。 それだけならいいけど」


 一呼吸おく。


「男は大きくなったら奴の経営するカジノやバー、炭坑で労働力としてこきつかわれる。 そして女は13才以上は例外なく、奴のハーレムに入れられる」

「え……?」

「女はみなハーレムで奉仕する。 最終的に使えなくなった女の子は売春宿に売られるか、死だ」


 それにメーションが付け加える。


「私は踊りが得意だったから、ハーレム引退後もストリッパーとして奴の店で働けてるから今もこうしていられるけどね。 同期――同期ってのもおかしいけどね、ハーレム引退した仲間はみんな、三流売春宿で薬漬けで生計たててるわ。 今も、カレンは現役で奴のハーレムにいるのよ」

「えっ?!」


 ライマはカレンを見る。 カレンは目を伏せて寂しげに頷いた。


「私が女物の洋服を持って行こうとしていたから、ライマの事気づかれて……」

「ライマ。 言わないと拷問まがいで無理矢理問いただされるんだ。 だからカレンを責めないでくれないか?」

 トガールが一緒になって頭を下げた。


 ライマはゾっとして鳥肌が立つ。

「なんてこと……」

 ライマが震える声で言った。

 確かに、そんな奴、アイツと呼ぶことすらもったいない。

「何も知らずに、ドノマンの肩もつような事言って、――ゴメンなさい……」


 ライマはそう言うのが精一杯だった。

 ラフォラエルが優しくポンと頭を撫でる。

「気にすんな」

「いいのよ、気にしないで?」

「そうよ、ライマが謝ることないから」

「悪いのはあの変態じじいだもんね〜♪」

 みんなが慰める。


 ライマは悩みながら、ラフォラエルを見た。

「どうにかできないの?」


 すると意外にもラフォラエルは微笑んだ。

「どうにかするために、俺達は定期的にここに集まって計画を立ててたんだ。 あと9日もしたら俺達や他のみんなも、奴の支配下から逃げられる」

「9日? 9日後に何があるの?」


 一瞬、言ってよいものかとラフォラエルは戸惑うが、他のみんなが頷いて後押しする。


「……ドノマンはテノス国に行くことになってる。 そこで国王に拝謁したり、著名人と会ったり。 とにかく奴は初めてこの国を離れるんだ。 重要なお付きの奴らも連れてな。 奴の管理が弱まるまたとないチャンスなんだ。 そこで俺達は奴が持っている俺達全員に関する情報を処分して、爆弾も解除してそれぞれ逃げるんだ」

「爆弾?」

「ああ。 奴は俺達を逃がさないために遠隔操作のできる小型爆弾付きネックレスを全員に着けているんだ。 その管理機械を破壊すればネックレスが外れるからみんな安心して逃げられる」


 ライマはみんなを見回す。 だが、誰もネックレスはつけてない。

 タートゥンが説明した。


「さっきも言ったとおり、ラフォーは論文を代わりに書いているせいもあって絶対死なれたら困るんだよね。 それで俺達はここに来る時だけ外してもらってるの。 誤作動で爆発して、ラフォーを巻き込んだら困るのはアイツだし。 そもそも俺達がここに来るのを許された名目は監視なんだ。 奴の命令でね」

「監……」

「ま、奴は監視って思ってるけど、実際はドンチャンやってるだけだけどな♪」


 ラフォラエルがそう言って、ウズ達がどっと笑う。


「でもあと九日! あと九日でみんな自由になれるのよ! ――みんなと二度と会えなくなるのは悲しいけどね」

「どうして二度と会えないの?」

「万が一のためよ。 ドノマンが帰ってきた後とか、他の腹心が追ってこられないように、みんなバラバラで逃げるの。 行き先はお互いに秘密なの。 そうしたら万が一追っ手に捕まっても他の人に手は伸びないでしょう?」


 ああ、とライマが頷く。 ウズ達が話す。


「でもマジ、寂しいなぁ」

「縁があったらどこかで会えるさ。 そう思って生きるのも悪くないよ」


――ああ、そうか――

 ライマはちらりと横目でラフォラエルを見た。


 ラフォラエルも、ここにはあと九日しかいないのだ。

 九日。

 その後は二度と会えないのなら

 ならば、たった九日、テノス国に帰るのを遅らせても――


「いいよね、新世」


 ライマはぽつりと呟いた。

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