第17話 逆に器用だよ
朝になり、カーテンの隙間から注いでくる日光に導かれてラフォラエルは目を覚ました。
「ん……」
寝返りをうち、隣に寝ているはずのライマを見る。
いつもなら気持ちよさそうに無防備な顔して寝ている彼女がいるのだが。
「あれ?」
今日はライマの姿が無い。
ラフォラエルは体を起こして頭を軽く振る。 するとリビングの方からカタカタ、とかゴトン、という日曜大工のような物音が聞こえてくる。
「……ああ、俺より先に起きただけか」
一瞬、ライマとの日々が夢だったような気がしたラフォラエルはホッと安心する。
ベットから起きてパジャマのまま寝室を出る。
――俺より先に起きて何してんだ? あいつ……
寝ぼけ眼で扉を開けると、微妙な香りが鼻に届く。
「あ、もう起きちゃった?」
ライマの声が台所から響く。
「あー」
ラフォラエルはそう言いながら背伸びをしつつ、朝食を作るために台所に行くが――
「おお」
テーブルの上には既に朝ご飯が。
ご飯と目玉焼きと焼き魚と漬物。
「ライマが作った?」
椅子に座りながら尋ねる。
そこにいそいそとライマが味噌汁を持ってきた。 きちんと三角巾で髪をまとめ、メイド風の白いエプロンをして、格好だけは一人前である。
「お世話になった御礼の……つもりだったんだけど……」
味噌汁をテーブルに置きながら、ライマが頬を染めた。
「いーじゃん、エプロン姿」
ラフォラエルは思わず褒める。
「……う、うん」
しかしライマは微妙に視線を逸らす。
なのでよく見ると、ライマはこともあろうか島民がくれた、あの超ミニなスカートをエプロンの下に着ていた。
――どうしてミニスカートなんだ?
ラフォラエルは考えた。
――あ、そっか。 今日はタートゥンが来るからか
「スカートも似合ってるじゃん」
一応褒めると、ライマが慌てる。
「え、ま、とりあえず、ご飯どうぞ」
「おう♪」
ラフォラエルは朝食に箸をつけた。
+
ライマは朝食を食べる彼をドキドキしながら見つめた。
彼女が考えた、ちょっとしたサプライズ。 それはこの朝食とミニスカートだった。
彼はミニスカート「が」好きなのだ。
なら、ミニスカートをはけば、喜ぶのではないかと思ったのだ。
しかし最初に褒めたのはエプロンだった。
――スカートは……スカート「も」扱いだからなぁ……意外とヒットしなかったみたい
ライマはちらりと自分の足に視線を向けた。
かなりのミニなので、太腿から殆ど丸出しである。 ここまで短ければ喜ぶだろうと思っていたのに、予想していたほど彼は感動しなかった。
そして、朝食。
ここに来てからというもの三食全部お世話になっている。
さすがにそれはどうかと。
いくらか作れるような気がしたので、作ってみたのだ。
まぁ、理想としては、美味い!と喜んで食べてくれるとそれが一番なのだが……
「……」
朝食を食べる彼はただただ無口だ。
ああ、胃に悪い、とばかりにライマはちらりと上目遣いに見た。
するとラフォラエルは食べながらクスッと笑う。
「どうかしたの?」
ライマが尋ねる。
ラフォラエルは最後の一口を食べおわって、優しくライマを見た。
「これだけ不器用に作れれば、逆に器用だよ、お前って」
ライマ、撃沈。
ラフォラエルは笑う。
「外が生で中が火の通っている砂糖味の焼き魚なんか、作ろうったって絶対無理」
火加減に自信が無かったので、魔法で焼いたのが仇になり、ライマ、沈没。
そんなライマを見ながら彼は再度、暖かく微笑む。
「でもライマが作ってくれたから、うまかったし、嬉しかったよ」
それを聞いてライマの顔がぱっと笑顔になる。
それを見て、ラフォラエルが元気よく立ち上がって腕まくりをした。
「さって、そんじゃあ、最後に俺が料理の作り方ってのを教えましょうかね。 今日の夕食のご馳走、俺が教えてやるから一緒に作るぞ? いいな?」
「うんっ」
ライマはとても元気に返事をした。
+
二人はさっさと夕食の下ごしらえに入る。
彼の指導のもと、ちゃくちゃくと作業をすすめていた。 とりあえずシフォンケーキから。
「あ、グラニュー糖切れた? んじゃ、そこの棚の一番上にあるから、脚立使って取って」
ラフォラエルがボウルでメレンゲを泡立てながら告げた。
「はーい」
ライマは素直に脚立を使って、一番高い棚の中を探す。
「無いよぉ? ラフォー」
「無いわけないよ。 丸い瓶があるからその奥に……」
ラフォラエルがそう言いかけて目線をライマに向け、黙り込む。
なぜならそこには、ミニスカートから伸びるライマの生足がはっきりと。
「……」
ごくり、とツバを飲む。
「あ、あった、あったよ♪」
ライマはそんなことには気づかず、無邪気に砂糖を見つけ出して脚立を降りてくる。
「50グラムだっけ?」
そう言いながらライマがスケールで計る。
「……どうかしたの?」
ボーっとしているラフォラエルを見てライマが尋ねる。
「!」
ラフォラエルが我に返って頭を振る。
「い、いかんいかん、また俺……」
「どうかした?」
「い、いや! 別にちょっと……考え事を」
ラフォラエルは雑念を振り払うかの如く、メレンゲを泡たてる。 そして頬を染めながら言った。
「なぁ、ライマ。 スカートはさ、タートゥンが来てからでもいいんじゃないか?」
「えっ?」
それを聞いたライマは首を傾げ、少し不安そうな目をした。
「……ミニスカート、だめだった?」
「いや! そうじゃなくて! タートゥンに見せるつもりだったんだろ?」
「はぁ?」
ライマが目を丸くする。
ラフォラエルがメレンゲの泡立てを再度行いながら視線を逸らして言う。
「だって、ライマ、タートゥンの事、好きだろ?」
「はぁ?」
「スカート褒められた時だって凄く喜んでたし、すっげー仲良くずーっと話してたじゃん」
「あー。 タートゥン、スゴイよねぇ。 褒め上手っていうの? 言葉がすぅっと届くっていうか、安心感があるっていうか。 会話の引き出しも色々あって、感心する! さすがバーテンダーとしてお客様をもてなすプロなんだなぁって尊敬したけど……でも、私、別に好きとか思ってみたこともないよ」
それを聞いた彼は手を止めて、ゆっくりライマの方を向いた。
「……でも、スカートは、アイツに見せたくて着てるんだろ?」
「違う! 私は……ラフォーに見せたかっただけだもん」
思わず白状する。
「ラフォーはメーションと超ラブラブだから、スカート好きなんだろうなぁ、って思って……」
「はぁ?」
今度はラフォラエルの声が裏返る。
「ちょっと待てライマ。 俺がスカート好きなのは認める。 でも、メーションとラブラブって、そりゃ何だ?」
「えー? だってこの前、ずーっとイチャイチャしてたじゃない」
「嘘っ! いつ?」
「いつって、ずーっと。 メーションを膝に乗せて頬から首からあちこちにキスマーク付けてたじゃない」
その言葉にラフォラエルが黙る。
ほーら、やっぱり、とライマは少し憤慨する。
「でもいいんじゃない? メーションはスタイルもいいし、美人だし、色っぽいし、いい人だし」
少し悲しくなりながらもそう言う。
ラフォラエルといえば。 黙ったあと――
「ああっ!」
と、大きな声を出して両手をポンとたたく。
「キスマーク? あれなぁ? あー、違う違う。 全然違う。 メーションってな、キス魔なの。 特に酔うと」
あっけらかんと言う。
「それにメーションは兄弟みたいなモンだし」
「ええー? だって兄弟でも、私の兄と姉は愛し合って結婚したから……」
信じられないとばかりに反論するライマの言葉をラフォラエルは慌てて遮った。
「ちょっと待てよ、勘弁してくれよぉ。 そっちはともかく、こっちはそんな目でメーション見たこと無いってば。 あいつもな」
ラフォラエルは頭をかきながら言う。
「あいつなぁ、酒癖悪いんだよ。 脱ぐの好きだし、本当に誰彼かまわずキスするんだ。 俺、慣れすぎて全然意識もしてなかった」
「だって……」
ライマはいまいち納得いかない。
ラフォラエルが仰々しい顔をして尋ねる。
「もしもしライマさん。 ライマさんは確か瞬間記憶能力保持者でしたよね? よーっく思い出して下さい。 あの日の俺以外! カレンやウズ、タートゥンにも絶対どこかにキスマークついてたはずですよ?」
ライマは黙って、あの日に記憶を戻す。
ついついラフォラエルの姿ばかり見ていたくなる気持ちを抑え、じっとあの日を観察する。
すると。
「……カレンの首筋……ウズのおでこ……帰る間際のタートゥンの左腕内側……」
本当だ。
たしかにチラホラとキスマークが。
「だろっ?」
満足げにラフォラエルが胸を張る。
「でも、ラフォーが一番たくさん……!」
「俺は慣れすぎて無関心っていうか拒否しないから、やられやすいの。 いわば人身御供みたいなもんだって」
「でも……」
「今日はちゃんと逃げるから」
断言した彼の言葉を聞いて、ライマは彼の瞳をのぞき込みながら尋ねた。
「……ホントに、メーションを好きじゃないの?」
「うん。 ただの兄弟」
ラフォラエルが今度は瞳をのぞき込む。
「さっき言った、タートゥンの事、別に何とも思っていないってのと、……スカート、俺に見せたかった、って……本当?」
ライマの頬が微かに染まる。
「……うん」
ライマはこくりと頷いた。
数秒の間、二人は視線を合わせたまま、ただ見つめ合っていた。
ところが柱時計が大きな音でボーンと時を知らせたので、二人はびっくりして作業を再開する。
「さ、砂糖、50グラムよね」
「そ、そう。 きっちり50で」
二人とも声がうわずっている。
「あ、あとはミントの葉も欲しいんだけど」
ラフォラエルが早口で伝えた。
「どこに置いてあるの?」
「外。 外の広場にある。 おいで。 案内するから」
ラフォラエルはそう言って家を出て行く。
この家は島の中でもポツンと離れたところにあり、海岸そばの小さな丘の上だ。 緑が豊かで小さな花やハーブ等も自生している。
「うわ♪ 風が気持ちいい♪」
ライマは後をついて家を出て丘の上に来ると、地面にひざまずく。
それを背後からラフォラエルが見る。
近所に家もなく、目の前は海だけなので、なんだか世界中に二人だけしかいないような錯覚すら覚えそうだ。
「……」
ラフォラエルが不意に動きを止める。 その視線の先には四つんばいになってミントの葉を物色するライマがいた。
「いい香り」
そう言いながらどの葉にしようか悩むライマ。
ラフォラエルにお尻を向けたまま。
短いスカートから、白い太腿の裏側が見える。
それはもう、無防備に。
「……」
「ねぇ、ラフォー?」
いきなりライマが振り向いた。
「……ns@lid\efq@ff5.tofr@tdt@ouh……ってあっとっそそ、そうじゃなくて、な、何? ライマ!?」
妙に慌てながらラフォラエルが返事をする。
「どうしたの? ラフォー?」
ライマが立ち上がり首をかしげる。
「あ、いや、ちょっと妄そぅ…じゃなくて、何? ライマこそ、何?」
「ねぇ、あれ、船じゃない? 島に向かってきているような気がするんだけど」
ライマはそう言って海を指さす。
「え?」
見ると確かに小型だが7〜8人は乗れそうな立派な船が一隻、もの凄い勢いでこの島に向かって来ていた。 外からは誰が乗っているのかは分からない。
しかしラフォラエルの顔は青ざめた。
それと同時に船は速度を上げる。
「ね、やっぱりこっちに来てるでしょ? プライベートで来てるのかしら?」
次の瞬間、ラフォラエルがライマの手首を強く握って引き寄せた。
「きゃ。 ……ラフォー?」
ライマは手首を掴まれたまま彼を見上げる。
しかし彼は視線を海上に向けたままだ。
その唇が動く。
「……親父だ」
「えっ?」
ライマの胸がどきりと鳴る。
――お父様がお見えになるのなら、気に入ってもらわないと!
一瞬にして、やる気全開。
しかし。
ラフォラエルは掴んだ手首を離すと海上に視線を向けたまま、ライマを家の方に手で押して呟いた。
「ライマ、逃げるんだ」