表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/57

第16話 その事実

 夕食時。 ラフォラエルが唐突に言った。

「そういや、島のみんなの治療も終わったな。 ライマの体調も良くなったし、もう帰さなきゃな」


 フォークとナイフを扱うライマの手が止まる。


「……そうだね。 もう帰らなきゃ、兄も姉も心配してるし……」

 ライマはそう告げて再び手を動かし始めた。


「舟の時間は朝しかないのよね?」

「ああ。 一日一回だからな」


 ほんの少しの間、ナイフとフォークを扱う音だけが部屋に響く。


「……じゃあ、夕食食べ終わったら、帰り支度しなきゃね」

「……だな」


 その後はコチコチと時計の音が長い間、響く。

 何か言ってはくれないかとライマは思ったが、怖くて視線を彼に向けきれなかった。

 彼はナイフとフォークを皿に置いた。


「感謝してる」


――感謝してる、か。

 ライマは黙って頷いた。


「法術治療だって無料でやってくれたし、本当に助かった。 それに飯だって、ライマが美味しそうに喰ってくれるから作りがいもあったし、楽しかったよ」


 ライマは再度、ただ黙って頷いた。

 彼に嫌われていない、それだけで嬉しいはず――なのに。

 感謝してると、助かったと、楽しかったと言われて嬉しいはず――なのに。

 ライマは何も言えなかった。

 口を開くと泣きそうな予感がした。

 私も楽しかったよ、ありがとう、そう言えばいいだけなのに、口を開いたら泣くと思った。

 泣いて、何かがどうにかなるとでも?

 ライマは軽く頭を横に振って立ち上がった。


「ごちそうさま?」

 尋ねたラフォラエルに、ライマは頷く。

 ライマは皿を下げる。


「俺、しようか?」


 彼の言葉にライマは首を横に振る。

 皿を洗った後、紅茶はいるかと尋ねる彼に、やはりライマは首を横に振る。

 本当は、これで最後の日になるのだからいい思い出になるように、笑顔で楽しく過ごしたいのに。

 昨日までの数日間のように、他愛のない話を交わして笑っていたいのに。

 せっかくここまで嫌われないように頑張ったのに、こんなに無愛想な態度では最後の最後にイヤな思い出になるではないか。

 だけど、それでも、何も言えなかった。

 今の気持ちと記憶をファイルに移し替えて一時的に「忘れる」ことは不可能だった。

 忘れたはずのファイルに、すぐ意識が向く。

 意識はファイルをすぐ開く。

 一緒にいたいという思いで、心があふれる。

 理性でこの感情をコントロールすることは不可能だった。

 だけれど、何をどう言ってよいのか、その答えは見つけきれなかった。

 ライマは部屋に入って洋服の整理をする。

 島の人からもらったバックをあけて、そこに次々と荷物を放り込む。


「結構あるのな」

 壁際に立って荷造りを見ていた彼が言った。


「……そうね」

 ライマはやっとのことで口を開いた。


 泣きそうになる感情は、今はちょっと疲れたのか、なりをひそめていた。

 ライマは島の女達が選んだワンピースを手にした。 そして丁寧にたたむ。

 次に、膝丈のスカートが出てきた。


「この位の丈が、半端でイヤなんだっけ?」

 ライマは気持ち明るめに、そのスカートを持ち上げて言った。


「そうそう! だってほら、なんかこう、微妙!!」

 ラフォラエルが指さした。


「そう? 結構、ベストな長さと思うけどなぁ。 トップス次第じゃガラッとイメージ変わるんじゃないかなぁ?」


 ライマはそこまで言って、動きを止める。

 ラフォラエルも、動きをとめる。

 そして二人で顔を見あわせて同時に言った。


『明日って、みんなが来る!!』


 それはまるでこの重い空気を吹き飛ばす魔法の言葉だった。

 その一言で、二人とも顔を輝かせた。


「まだあいつ等、ライマがいるって思ってるかも!?」

「カレンが、このスカートに似合うトップス持ってきてくれるかもしれないわ」

「あるある! カレンって気がつくから!」

「やっぱり?」

「そうだよ。 特に急ぎじゃないなら、別に明日の朝に帰らなくてもいいじゃん。 明日みんなが来るからさ、そこで賑やかにやってから帰っても遅くないだろ?」

「うん!」

 ライマは嬉しかった。

 少なくともあと一晩は、一緒にいれるから。



 夜。 二人はいつもの通り一つのベットの端と端で寝た。

 ライマは目を閉じて色々考えていた。

 明日が最後なら、ちょっとしたサプライズをしよう。

 そう考えながら目を閉じていた。

「ライマ?」

 不意にラフォラエルが呼びかけた。

 ライマは返事をしそこねて黙っていた。

 彼が寝返りをうって、こちらを向く。

 背中が気配を感じて熱くなる。

 ライマは黙って目を閉じていた。

 ラフォラエルの口がゆっくりと開く。

「md6;t@<tet@yiut@;zeqgnnqsgto<ckd(Ytytorgq@ZqZweZqo<gnfs@46m4yq@e?」

 その口調は優しかった。

「おやすみ」

 言うだけ言うと彼は再び寝返りをうって寝息を立てる。

――もおっ! 古代語で話すことないじゃないっ! 何言ったか、わかんないっ!

 しかし彼の声を聞けたことが嬉しくて、ライマは、何度も彼が言った言葉を頭の中で眠りにつくまで繰り返していた。 



+



「おら、お前達、枕投げもホドホドにして、いーかげん寝ろってんだ!」

 夜も更けた陽炎の館のリビングで、佐太郎が羽織達に向かって優しく叫んだ。

 階段や柱の影から枕を胸に抱いた羽織達が顔を出す。


「えー? だってまだ、アリドにぶつけてないもん」

「負けたまんまじゃ、ねむれないぜ!」

「なんか無理な勘じはするけどね」

「おにいちゃんが寝なさいっていうなら、ぼくはねる」

 デイと同じ年の4人の子供達は、まるでツバメの雛のようにきゃあきゃあとわめく。


「……」

 佐太郎が黙って羽織達の背後に視線を向ける。

 天井近くに、羽織達より少し年上の少年二人がいた。 片腕で、翼を持つ巳白と、巳白に抱きついて浮かんでいる、6本腕のアリドだ。

 アリドは佐太郎に向かって人差し指を立てて黙っているようにお願いする。


「!」

 4人の子供のうち一番勘が鋭い来意が、その気配に勘づいて背後を振り向いた。


「残念ッ! 遅っせー!」

 すかさずアリドが手に持っていた枕をそれぞれ羽織達に投げつける。


「うわ」

「げっ」

「ぶっ」

「わあ!」

 羽織達が目を白黒させる。

 あっはっはっは、とアリドと巳白が楽しそうに笑う。

 するとその二人の背後から、枕が二つ投げられて彼らの頭に命中する。


「え?」

 アリド達が振り向くと、そこには肩より長い黒髪の可愛らしい女の子、弓がニヤニヤして立っていた。


「ゆみの、かちー♪」

 弓が誇らしげに言う。

「えらいっ! 弓っ」

「やったぜっ! さっすが、来意のかん!」

「まかせてくれたまえ」

「ぼく達の5にんの、さくせんがちだね!」


 羽織達は万歳して弓を囲む。

 みんなとても楽しそうだ。

 佐太郎はそんな彼らをみて優しく微笑む。

 そこに風呂から上がった一夢が、髪の毛を拭きながらやってきた。


「おまえらー! もう寝る時間だぞ。 さっさと新世におやすみを言ってから寝にいけー」


 すると今度は佐太郎の時とは違って、全員で『はーい』と返事をする。


「おーら、お前等、こい♪」

 アリドが片手だけで巳白の首につかまり、残りの5本の腕を羽織達に差し出す。 羽織達は駆け寄り一人づつアリドの一本の腕にそれぞれ抱かれる。 巳白に6人がしがみついた形だ。


「んじゃ、おやすみなさーい」

 巳白はそう言うと6人にしがみつかれたまま、宙に舞う。 廊下や階段の幅が広いのでこのまま3階の新世達の部屋まで飛んでいくのが常だった。


 巳白達が階段の上に消えていくのを見て佐太郎が感心する。

「なんか、すっげーなぁ。 ちゃんと父親だなぁ、一の字」

「お兄ちゃんじゃなくて、なんで父親なのかって不満はあるんだぜ?」

 しかしそう言いながらも一夢の顔は幸せそうだ。


 階段の上から今度は子供達がきちんと足で降りてくる。 その後ろをついて新世もやってきた。

「みんな、おやすみ」

 新世からお休みのキスをもらって子供達は嬉しそうに各自の部屋に入っていく。

 朝から晩まで力の限り遊んでいる子供達が寝付くのにさほど時間はかからなかった。

 それぞれの部屋で子供達が寝たのを暖かい眼差しで確認してから、新世がリビングに降りてきた。


「佐太郎は、お紅茶でいい? ハーブティー?」

「紅茶ヨロシク」


 佐太郎の返事に新世は頷き厨房に消える。

 佐太郎は家の中を見回して尋ねた。


「そーいや、ライマは?」


 するとその一言で一夢の動きが止まる。


「なんだよ、まだ帰ってきてないのか?」


 その言葉で、一夢が佐太郎にものすごい形相で襟元につかみかかる。


「なぁ! どう思うよ!? 佐太郎? すぐ帰って来られるように移動羽を渡したにもかかわらず、帰ってこないんだぞ!? な? どー思う!? なぜだ!?」


 一夢は佐太郎の体をがくがくと揺する。


「お、おい、落ち着け一の字」

「これが落ち着いていられるか?! しかも一緒にいるのは男だって言うじゃないか!? 男、男と二人きりだぞ!? あぁあぁっ! どこの馬の骨か分からない男と、どーっして一緒にいるんだライマはっ!」


 そこに半ばあきれ顔の新世が紅茶を持ってやってくる。

 一夢は佐太郎を掴んでいた手を離して頭を抱えた。


「ちっくしょう。 ライマが俺たちの所に帰ってこないなんて……。 ライマが可愛いもんだから男の奴が何かしたに決まってる……! 監禁? 脅迫? 誘拐……洗脳っ! やっぱり俺が助けに行くべきじゃ……」


 佐太郎が苦笑いする。

「まーまー、一の字ぃ。 男っつってもガキかもジジィかもしれないだろっがよ」


「えーっ? どうせなら私はライマと同じ年頃のほうがいいわ」

 新世が言う。


「新世っ! ダメだっ! ライマに男が近づくなんてっ!」

 泣きそうな顔で一夢が言う。


 佐太郎は呆れながら新世の注いだ紅茶を飲む。


「一の字、そんなんじゃ、ライマを嫁に出す時はどーすんだよ?」

「嫁っ!? そんなのまだ早いッ! つーか、嫁になんかやらんっ!」

「ダメだこりゃ」

「うん」

 そう言って佐太郎と新世は顔を見あわせて笑った。


「――ところで、一の字。 今日、俺をわざわざ呼び出してまで頼みたかった事ってなんだ?」

 落ち着いた口調で佐太郎が尋ねた。

 一夢も真面目な顔になって頷き、新世が持っていた封書をテーブルの上に置く。

 佐太郎はその封書を手に取り中を確認する。 中に入っていたのは、この陽炎の館の権利書と権利譲渡に必要な書類だった。


「こりゃあ……?」

 佐太郎が怪訝な顔をして二人を見る。

 一夢と新世が並んで佐太郎をまっすぐ見つめた。


「頼みってのは、他でもない。 俺たちがライマと一緒に処罰された後、この陽炎の館と坊主達の事を頼みたいんだ」

「な? 何を? 処罰って、なんでお前……あ!」

 驚いた佐太郎が気づく。 

「そう。 ライマが処刑される時はヤツの秘密がばれるって事だ」

 一夢の声が低くなる。

「そうしたら、佐太郎や坊主達はともかく、俺と新世が知らないって訳にはいかない。 俺たちも国家反逆欺罔罪で処罰されることになるだろう。 まず死刑だな」


 佐太郎は一夢の言葉が真実だったので何も言えなかった。

 一夢は子ども達が寝ている2階を見上げながら続けた。


「坊主達は本当に何も知らないし、道連れにする訳にはいかない。 それにあいつら、佐太郎にはきちんと心を開いてる」

「ち、ちょっと待てよ、一の字」

 佐太郎が口を挟んだ。

「どうして馬鹿正直に処罰を受けなきゃならねぇんだよ? 一の字が言ったことは確かに本当だ。 ライマが処罰されたらお前達も秘密を知っていた罪で殺されるだろう。 だがよ? 他に唯一、国王だって知ってるんだぞ? だからライマは自宅謹慎処分になったんだ。 これは逃げろっていう王の配慮だぞ?」

「だろうな」

「なら、さっさとライマを説得して、坊主達も連れてみんなで逃げればいい! その為なら俺はどんな手を使ったって確実に、安全なところにお前達全員を逃がしてやるから……!」


 佐太郎は必死に言った。

 みんなに生きて欲しかった。

 しかし、新世と一夢は穏やかな表情で首を横に振った。

 そして新世が口を開く。


「ありがとう。 佐太郎。 でも私と一夢は……ライマの好きにさせたいの」

「なぜっ!!」


 声を荒げる佐太郎に、新世が寂しそうに微笑む。


「あの子が嘘をついたのは、私のためだから。 ――もちろん、嘘をついてまで教育係になることは、私が望んだことじゃないけど、でも私達はとても助かったし、感謝してるし――あの子には色んな事を背負わせ過ぎたから」

「……」

「あの子がいなかったら、今の私達は無いわ。 子供達だって引き取りきれなかった」


 それを聞いた一夢が目を伏せて続ける。

「新世の保護責任者もやってくれてるしな。 俺には、無理だった……」


 新世が頷く。


「ずっと、ずうっと、あの子には負担をかけてばかりなの。 あの子ね、ワガママを言ったことがないの。 私達に、どうしても譲れない本心からのお願いをしてくれたことがないの。 ライマが処罰を受けたくない、生きたいと言うのなら、私達はそれを尊重するわ。 佐太郎じゃないけれど、どんな手を使ったってあの子を助けてあげる。 でも今回はそうじゃないもの。 処罰を受けたい……って意志、私達は、ライマが心底望むなら、なんだってしてあげたいの。 させてあげたいの」    


 佐太郎は反論できなかった。

 それだけ一夢と新世の覚悟は固かった。

 しかし、死へと向かうこと、それを尊重することは正しいことなのだろうか?

 いくらライマがそうありたいからといって、処刑を素直に受け入れるのが正しいのか?

 黙って考え込む佐太郎に一夢が言う。


「佐太郎に迷惑かける形になるけど、俺たちのわがままを分かって欲しいんだ。 俺たちは自分達が生きたいからといって、ライマに信念を曲げて俺たちと一緒に逃げろとは言いたくないんだ。 そして……坊主達は俺たちにとって、本当に可愛い坊主達なんだ。 だから信頼できるヤツに面倒みて欲しいんだ」

 その言葉に偽りは無かった。

 一夢が頭を下げた。

「佐太郎、頼む」

 新世も下げた。

 佐太郎は黙って二人を見ていた。

 親友からのお願いだった。


「……しゃーねぇ、なぁ……」


 佐太郎が息を吐く。


「わかったよ、一の字。 処刑された後のことは任せろ」 


 それを聞いて一夢が顔を上げる。


「助かるよ」

「……だがな、俺はライマにこのことを話すぜ? それでも奴が罰を受けると言い張るのなら俺も腹をくくろう。 それだけはひけねぇ。 いいな?」

「ああ。 ライマの好きにさせてくれ。 生でも死でも、俺たちは受け入れる」

 一夢は真っ直ぐな眼差しで佐太郎を見た。

 佐太郎は手元の封筒に視線を向けてライマの事を思った。

――なぁ、ライマ。 お前はこのことに気づいているのか……?


+ 


「ぁっ!」

 ライマはベットから跳ね起きた。

 まだ周りは真っ暗だ。

 心臓がドクドクと大きな音を立てる。

 ライマは胸を押さえて、今、「その事実」に気づいた。

――どうしよう。 ……私が処罰を受けるときは、一夢と新世も処罰される時だなんて……!


 一夢と新世の事を考えるなら、当然このまま逃げた方が良いのだろう。


――でも、それじゃデイがどう思う? 逃げるようなことを見せて、デイのためになる?


 辞めさせられても、デイのために、彼の元教育係として恥ずかしくない行動を示すことが、彼に残してあげられる最後の教育ではないのか? 


――でも、それじゃ新世と一夢が……! ねぇデイ、ボクが君にしてあげられることで、一番君のためになるのは、一体何?


 ライマは答えを求めるかのように、窓から静かな星空を眺めた。


+


 一方、デイは華やかな場所にいた。

 もう時間は真夜中だというのに、この場所は大勢の人間が集っている。

 客はみんな色とりどりの仮面を被っているので、相手がどこの誰は分からない。 

 仮面舞踏会だろうか? いいや、違う。

 客はみな、華やかなショーを観、酒を飲み、そしてポーカーやスロット、ルーレットにクラップス等で遊んでいた。

 ここは大型クルーズ客船内の巨大カジノだった。

 バカラのテーブルにデイの姿がある。

 バカラ。 トランプゲームの一種で、「プレイヤー」側か、「バンカー」側、どちらが勝つかを賭けるゲームである。

 デイは大勢の覆面の者達に囲まれていた。 もちろん、デイも仮面を被っている。

 そこで今晩何度目かの大きな歓声が上がる。


「またD様が!」

「おお! すごい!」

「なんて幸運な御方だ!」


 デイは一人で大勝ちしていた。 みんなからチヤホヤされて、デイはご満悦だ。

 デイは右大臣の紹介でここのところずっと、このカジノに出入りしていた。

 最初は掛け金が無いと言ったのだが、ここでは物をお金に換えることができますと言われ、デイは自分の礼服のカフスをまず金に換えた。 それからずっと、ほぼ負け無しの大もうけである。

 カジノはとても楽しかった。

 コインが奏でる大きな音や独特の緊張感。 歓喜の雄叫び、歓声……。


――クララも連れてきたら喜ぶよねー♪


 デイはそんな事を思いながら好きなだけカジノで遊ぶ。

 それを、少し離れた特別室で右大臣とそこの支配人がニヤニヤと笑いながら見つめていた。


「思いきりのよいお客ですな。 D様は」

 支配人が言った。

「カフスを換金した僅かなお金で莫大な財をお作りだ」


 右大臣が鼻で笑った。

「フ……。 カジノは一夜で巨万の富を得ることもあれば、一文無しになる事も可能だ」


 すると支配人が真面目な顔つきで首を横に振る。

「それは違いますな。 我がカジノは手持ち金の無いお客様や、より高額で賭けたいお客様に貸し付けも行っております。 特に高貴な方なら、信用でポン……と。 ですから、巨万の富を得るか、莫大な借金を背負っていただくかの、どちからです。 ほら、御覧下さいませ」


 支配人がデイを指さす。

 デイの側に一人の男が近づいて何やら話している。


「現在儲けていらっしゃる分の2倍の金額を貸し付けできると案内係が説明しております」


 それを聞いて分かった風な口調で右大臣が尋ねた。

「貸し付け? どうして儲けているのに金を借りなければならないのだ?」


「お客様が類い希なる幸運の持ち主だからでございます。 次、賭けられても手持ちのお金”2”は2倍でも”4”にしかなりませんが、手持ちのお金が”6”なら一気に”12”になります。 12−4は分かりますね? 8のもうけです」 

 丁寧に支配人が答える。


 右大臣は巻きたばこを嬉しそうにくわえた。

「しかしな、私はD様に、貸し付けは大変な事になるからやるなと言っておる」

「ですが、幸運の女神が微笑んでいるうちに、より効率の良い方法をご決断出来る方こそが、この世で最も男らしく立派な方でございます。 D様にはそれだけの器がおありです」

 支配人が恭しく右大臣の巻きたばこに火をつける。

「上出来だ」

 右大臣は頷いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ