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第13話 便利だと思うと人間は

 法術治療にかかる時間は通常1人30分から1時間。 だから1日に10人治療できれば花丸ものだが、島の集会所には30人ほどの島民がラフォラエル達が来るのを今や遅しと待っていた。

 集会所の扉が開き二人が入ってくると、島民達はにやけた視線を交わし、ボソボソと言葉を交わして座り直した。

 ラフォラエルとライマは並んでみんなの前に立つ。

 ラフォラエルがコホンと咳払いをした。


「えーっと、紹介します。 彼女が今回法術治療してくれる、ライ……」

「先生! えらくべっぴんさんのお嫁さんじゃねぇか!」


 いきなり一人の島民から叫ばれる。 すると次々に。


「銀髪が綺麗だねぇ」

「若いわぁ〜! 羨ましい!」

「だけどよ、ズボンだぞズボン! もしやまだ仲直りしてねぇのかい!? 仕方ねぇ先生だなぁ!」

「何言ってんだよアンタ! 今仲良く入ってきた所を見たろ? もう熱々だよ!」

「奥さまっ! 今日は宜しくお願いします!」


 ライマはそれらの言葉を聞いて赤面してうつむいた。

 正直、ちょっと嬉しい。

 ラフォラエルはどう感じているのかと考えた時に、彼がそっと耳打ちした。


「ここの島民はかなり警戒心強くてさ、俺も信用してもらうまで大変だったんだ。 赤の他人だと信用してくれないと思うから――奥さんってよばれても否定しないで」


 オクサンッテヨバレテモヒテイシナイデ


 ライマは心で彼の言葉を反すうしながら冷静なフリをし頷いたが、実際は、激しく否定されると思っていたのでかなり嬉しかった。 もっとも否定しない理由が理由なので両手放しで喜んだりはできないのだが。


――ゴメンね、メーション。


 心の中で手を合わせて謝っていると、隣にいた彼はいつの間にかその場を離れて島民数名と何やらもめている。

 順番がどうのとか、クジがどうのと。


「どうしたの?」


 ライマが尋ねると、ラフォラエルは憤慨しながら言った。


「できるだけ早くに治療をした方が良い人を早い順番にしていたのに、それじゃ喧嘩になるからって皆でクジ引きして順番を変えたらしいんだ。 タチの悪い寄生虫に感染してる人もいるのに、早い順番を引き当てたのは胃潰瘍のおっちゃんや水虫のじっちゃんや……」


 あらら、とライマは肩をすくめる。

 確かに高価な法術治療が無料で受けられるのなら誰だって受けたいだろう。


「だから! 法術治療はめっちゃ体力使うんだって! 具合の悪い人を先にしないと法力もたないし、軽い人は後だってば!」

「いやでも、軽くてもワシらだって苦しんでるのだから……!」


 ラフォラエルが島民と言い争う。

 どうも双方引く様子はない。


「――まったく!!」

 仁王立ちになったライマが大声を出した。

 会場が、しぃんと静まりかえる。


 会場中の視線がライマに集まる。

 ライマはみんなを見回すと、ニコリと優しく微笑んだ。

 その笑顔に島民は飲み込まれる。


「時間がもったいないから、さっさとやっちゃいましょう♪ 静かにしてて下さいね。 まずは一番のかた」

「あ、は、はいはい、ワシじゃ」


 出てきたのはラフォラエルと言い争っていたおっちゃんだった。

 ライマは口の中で呪文を詠唱する。 両手の平がぼんやりと銀色に光った。

 そしてその光を「一番」のクジを握りしめて立っているおっちゃんの胃のあたりに押し込むと光が割れるように弾け、ライマはにっこり笑った。


「おっしまい♪ じゃ、次の人っ!」

「はああああ?」


 会場全体がざわめき、ラフォラエルが呆然と見つめる。


「本当に治ったのか?」

「おい、どうだ具合は??」

 おっちゃんに島民が尋ねるが、おっちゃんは首をかしげる。

「ど、どうって腹の中のことだから……」


 次の瞬間、ライマの側で再び歓声が上がる。

 ライマの手が老人の足の裏をさすると荒れ腐った水虫がみるみる治っていった。


「はーい、終了」

 ライマの声が響く。


 ざわめきはどよめきに変化する。

 ライマはみんなを見回して言った。


「きちんとみんな治療するから、安心して待ってて。 だから、できたら痛みや苦しみの激しい人から順に楽にしてあげたいのだけど……」


 すると島民達が顔を見あわせた。

「じゃあ……外れのじいさん……とか」

 誰とも無しに言った。


「じゃあ、その方はどこに?」

 ライマが尋ねるが島民は顔を見あわせて何も言わない。


「俺が連れてくる。 ライマは先に他の人の治療をしてて」

 ラフォラエルが告げた。


+


 まもなく彼が連れてきた「外れのじいさん」は体が腐り皮膚がただれ、動けなくなって後はただ死を待つだけの初老の男だった。

 病気がうつっては困るので、島のはずれの家にぽつんと寝かされていたのだ。

 ラフォラエルはその老人を抱きかかえて入ってくる。

 島民はそれを見て驚き、病気への恐れから全く近づこうとしない。

 だがライマは迷わず近づき、老人を床に寝せて診察をする。


「先生! 病気がうつりますが!」

 島民がさけぶ。

 しかしライマもラフォラエルも気にしない。


 ライマは老人の頬を優しく手で撫でた。

 老人は申し訳なさそうに首を横に振りながら涙を流した。


「触らねぇでくだせぇ。 こんな、腐った体……。 いつも先生が包帯を替えて下さるだけでワシは十分で……」


 ライマは微笑んだ。

「何言ってるんですか。 この病は相当劣悪な環境で働いたから感染したのでしょう? きつかったですね。 今、楽にします」

「しかし……ワシは寿命が延びたって……」

「法術治療では寿命は延ばせませんよ。 法術治療は本来の正常な体に波動を戻す手伝いをしているだけ。 健康になるから一見寿命が延びたように感じるでしょうけど。 だから医学と同じなの。 法術治療したからといって絶対病気にならないとか、長生きできるって勘違いだけは止めて下さいね」


 ライマが呪文を詠唱する。 

 光と闇と炎と水が老人を包む。 さすがにライマの額に汗が浮かぶ。

 腐った肉が消え、新しい肉が生まれ、皮膚のただれが消えていく。 治療の途中で何匹かの寄生虫が叫び声を上げながら炎に巻かれ消えていった。

 それは30分は続き、終わった時には、ただやせ細った老人がそこにいた。

 ライマは優しく告げた。


「もう痛みはないでしょう? でもずーっと寝ていたから筋力は落ちてますよ。 あとはおじさんの努力次第だわ。 リハビリ頑張って下さいね」


 老人は泣きながらライマの手を握った。

 老人は島の商店街からさほど遠くない家に移されることになった。


「さて、次の人!」

 ライマは元気よく言った。


+


 結局ライマは休憩もなしにぶっ通しで夕方まで治療し続けた。

 ただ見ているだけの周囲の方が疲れてダウン寸前だった。

 ライマに疲れが見えてきたと思ったら自ら治癒魔法をかけて体力を回復し、後から後から押しよせる島民達の治療にあたっている。

 誰彼かまわず、望む者みんなに。


 そのうち、島民に変化が生じた。

 最初は無料での法術治療を受け損ねては大変とばかりに押し寄せていた彼らだったが、ぶっ通しで治療する彼女を見て心配する者が現れた。

 あんなにずっとぶっ通して、奥さんは平気なのかと。

 ライマは笑顔で平気だと言った。

 確かに見た目は平気そうだった。

 望めば彼女はいつまでも治療してくれそうだった。

 だから逆に。


「今日はもう、ライマは疲れたから終了っ!」


 夕方になって、ラフォラエルが怒った口調で治療を遮った時、逆に島民はホッとしていた。

 まだ平気だよと言う彼女を叱るような目で見て言うことを聞かせた彼を見てホッとした。

 このままでは歯止めがきかず、力尽きるまで法術治療をさせてしまいそうな気がしていたからだ。

 それはこの島に来る前まで、無理して無理して無理させられた自分達の生き方を思い出させた。

「便利だと思うと人間はひどいことをするね……」

 何人かの島民が呟き、何人かの島民が反省した。

 そんな一日だった。






 帰り道、ラフォラエルは機嫌が悪かった。

 ライマは申し訳なさそうに上目遣いで彼の背中を見ながら後をついていく。

 ライマは正直、今日はとっても頑張った。

 頑張って一人でも多くの島民を治療すれば、彼が喜ぶと思っていた。

 なのに彼は時間がたつにつれ、見るからに不機嫌になった。

 最後は治療を遮った。

 ライマはしゅんとしながら頭を垂れる。

 報告したいことがあったのに。

 驚かせたいことがあったのに。

 何が悪かったのかと考えるが答えは見つからない。

 褒めてほしかったのに。

 そう考えるとライマの瞳にじんわりと涙が浮かぶ。

 涙に気をとられて、立ち止まった彼に気づかずぶち当たる。


「?」


 ライマは顔を上げた。 そこにはこちらを向いて怒った顔の彼がいた。

 彼は強い口調で言った。


「ほらっ! やっぱりっ! 泣くくらい疲れてた!」

「?」


 ライマは驚く。 ラフォラエルが続ける。


「無理しすぎだバカ! 手を抜くとか、断るとか、知らないのかお前はっ! ったくもう……」


 そう言ってライマの目にうっすら浮かんだ涙を指でぬぐう。


「今日のでよーっく分かった! 法術治療がどうして高額で敷居が高いのか。 すぐ治るから楽、くらいに考えてみんなが押し寄せるからだ!」


 その言葉を聞いてライマは彼が自分にというよりも島民に怒っていることに気づく。

 彼が心配してくれていたことに気づく。


「えっと、あの、ラフォー? でも私、ホントに平気なんだけど……」

「だってお前、あんだけぶっ続けで――平気って?」


 眉を寄せる彼に説明する。


「私、法力のキャパシティが数十倍にアップしてる。 ううん、まだ成長してる」

「はっ?」

「えっとね、だから、ラエル3を発症してる時に法術を使い過ぎた事とかが、修行したみたいな感じで上手く働いたみたい。 この三日間、法力の戻りが遅かったんじゃなくて、容量が大きくなったから満タンにならなかった……っていうの?」


 ライマは手のひらで光を出した。 光の七色を自在に操る。 これもかなり高度な魔法だった。


「あ、あのね……。 練習したら、きっと空も飛べるようになると思うの」

「マジでっ!?」


 目を見開いて驚くラフォラエルにライマが頷く。


「すっげぇ」

 ラフォラエルが感心する。


 すっげぇ、と言われてライマはちょっとだけ嬉しくなる。

 彼が怒ってなければ、それだけで嬉しくなる。


「飛べるようになったら見せてな」

 ラフォラエルはそう言ってライマの頭をくしゃっと撫でる。


 ライマはもっと嬉しくなる。

 そんなライマを見てラフォラエルはとても不安そうな顔をした。

「無理して自分を追いつめるなよな」

 ラフォラエルがぽつりと漏らした。

 そして翌朝。


「ぬぁんじゃこりゃぁあっ!」


 ラフォラエルが玄関を開けると、そこには山のような御礼の食べ物が届いていた。

 一枚の葉書が目に入る。

 そこには


 昨夜の島民会議で、先生が診察をして法術治療するべきだと判断した者のみ、法術治療を受けることが全員一致で決まりました


 と書かれていた。

 ラフォラエルは嬉しそうにその文字を何度も目で追った。








 

「こんにちは!」

 クララが元気にパルドラクリーニング店の扉を開けた。

「おう、クララ。 今日も集配が山のようにあるぞ! 用意ができたらさっさと行け!」

 ぽってりと太った、団子鼻とつぶらな瞳で人の良さそうな店主パルドラが帳簿の整理をしながら声をかける。

「はぁい♪」

 クララは足どりも軽やかに集配の商品が置かれているスペースに行く。


 パルドラクリーニングの歴史はまだ浅い。

 だが、その丁寧な仕上げが評判を呼び少しずつ業績を伸ばし、先日オープンした3店舗めも売り上げ好調で、貴族や王族から平民まで気軽に利用されていた。

 特に最近は王宮内の配達物が異常に増え、クララを担当に望む声が多かった。

 なぜならば――クララはデイ王子のお気に入りだということが公然の秘密だったからである。

 パルドラは帳簿を見ながら口をモゴモゴと動かした。

 クララが王子に気に入られているおかげで業績はうなぎ登りだ。 それは確かに経営者としては嬉しい。 だが、パルドラの勘はこのまま順風満帆にいくはずがないと告げていた。

 目立てば叩かれるのが世の常である。

「じゃあ、行ってきます!」

 その時、扉を開けて出て行くクララの声がした。

「ああ、ちょっと待て。 たまには俺もついていこう」

 パルドラは立ち上がった。





 荷物が多すぎて、王宮までは馬車だった。

 馬車の中でパルドラは真っ直ぐ前をみつめて隣に座るクララを見た。

 クララはラムール教育係がクビになってからというもの、かなり塞ぎ込んでいたが、どういう訳がここ数日機嫌が良い。 しかしその方が彼にとっては嬉しかった。 クララには笑顔と甘いお菓子の香りがよく似合うからだ。

 王宮につくとクララは手際よく集配をする。 丁寧に、愛想良く。 クララの態度のどこにも天狗になっている雰囲気はない。 近衛兵達にも好かれていた。

 

――こりゃあ、クララの態度が悪くて嫉みや恨みをかってたら、という俺の勘は外れだな。


 自分の勘が外れたことを内心喜びながらパルドラは一緒に回る。


「ねぇ、こっちにも来て頂ける?」

 その時、財務大臣の侍女から声がかかる。


「はい!」

 クララとパルドラは喜んで財務大臣室に行った。 財務大臣は国一番のお洒落で派手好き。 案の定、執務室のクローゼットには、いかにもな服がそろっていた。


――財務大臣がお得意様になってくれたら、こりゃああっという間に国外へも店を進出できるぞ!

 パルドラの目が輝く。


「お前の所は仕上げが丁寧だと聞いたのでな。 一度試してみようかと思ってな」

 財務大臣はそう言って一着の礼服を出した。

 それは沢山の宝石が縫いつけられている、まるで宝石博覧会のような派手派手しい礼服だった。 生地は当然シルクだ。

 それを手にしたクララが、あまりの豪華絢爛さにため息をつく。

 パルドラもまじまじとそれを見た。


 二人が目を丸くしたのを見て、財務大臣は満足そうに頷く。

「見てわかるだろうが、とても高価なものだ。 そして真珠なども縫いつけているから簡単には洗濯はできん。 パルドラクリーニングの腕を見込んでこの服を預けたいが、どうだね?」


「はい! 確かに責任をもって、お預かりいたします!」

 クララが笑顔で返事をする。


「ねっ、パルドラさん!」

 クララがパルドラに笑顔で話しかける。

 彼の腕にかかればこの服も十分満足のいくクリーニングが施されるだろう。


「あ――ああ、じゃあ、お預かりいたします。 なんと……光栄な。 クララ。 貴重な品だから先に馬車に運んでおいてくれるか?」

「はい!」

 クララは頷いて服を持って去っていった。

 そのとき、パルドラの顔色は青かった。







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