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第12話 テノス城にて

 テノス城では今日もまた、デイが好き勝手に遊んでいた。

 朝からなんとなく暇だったので、城内に貼られた科学魔法のお札を何枚か破ってみると、案の定、家臣達は上へ下への大騒ぎである。

 城内で慌てふためく彼らを見ていると、アリの巣の観察を思い出した。

 観察といえば、ラムールがいなくなった後もヤン先生達はきちんとデイに勉強させようとしていたが、デイは勿論、やりたくない。 右大臣達と一緒に遊んでいる時は彼らがかばってくれるので堂々と遊べるのだが、それ以外の時は逃げるのみである。


――だいたい、勉強よりもあのゲームの方がドキドキして面白い! 今日は大騒ぎだし、ぼくを探しに来る余裕なんて無いよね!


 そんな事を思いながらデイが茂みに隠れていると。


「――これで今日の学びもやらなくてすむ。 なぁんて考えてんじゃねーだろうなぁ?」

 突然デイの背後で知らない男の声がした。


 えっ、と振り返るとそこには無精髭を生やした髪の毛がボサボサの男が一人立っていた。

 

「おじちゃん、だれ?」


 デイは尋ねた。 男は頭を掻きながら鼻で笑った。


「俺は佐太郎。 お前が悪戯ばっかりするから、しょっちょう招集かかって面倒だわ」

「しょうしゅう……って」


 首をかしげるデイを見て佐太郎は苦笑する。


「呼ばれたって事だ。 お前が壊した科学魔法の修理にな」

「ああ!」

 デイは大きく頷いた。


 城には沢山の科学魔法が仕掛けてあったが、壊しても壊してもいつの間にかすぐ元通りになっているのだ。 修理屋らしき人物を見たことが無かったので、一体どうやって元通りになっているのか実は不思議だったのだ。

 そしてデイはきょろきょろと周りを見回す。


「おじちゃん、どこから来たの? 城の外でしょ?」


 正門とこの場所があまりにかけ離れているので不思議に思ったのだ。

 しかも、王宮居住地にかなり近い所である。

 城内に出入りが許されている近衛兵や女官達でも特別の許可が無いとここまでは入れない。

 

「ああ。 外からだ。 おじちゃんはな、秘密の抜け穴を使っているからな」


 佐太郎は笑い、そしてデイに一冊の本をポンと渡す。


「その本は結構面白い。 読んでみな。 そんじゃ行くわ」


 佐太郎は軽く手を振ると壁の隙間に吸い込まれるように消えた。

 デイは慌てて佐太郎が消えた所に駆け寄って調べた。

 しかしそこには何の変哲もない壁だけだ。


「ええ?」


 デイが首をかしげて、城の方を向く。 すると部屋の中で佐太郎とテノス国王が並んで楽しげに話していた。


――あいつは誰だろう?

 そう思いながら渡された本に目を向ける。 赤い表紙で少し厚みがある絵本だった。


――読めって言われても、本なんてどこが何が面白いっていうの?


 ふてくされながら表題に目を向ける。 題名は「クララと……」


――あっ、クララだって!


 デイはその文字だけで嬉しくなり、この本をクララに見せたらどんなに喜ぶかと考えた。 自分の名前が本になっているのだ。 本の主役だ! 絶対喜ぶはず! そう思うと一秒でも早く喜ばせたくて、走ってクララを探しに行った。



 クララはやはり今日もクリーニングの集荷をしていた。

「クララ!」

 集荷物を持ったクララにデイが駆け寄る。

 クララはほんの少し困った顔をするが、デイにはその理由は分からない。


「ねぇ、クララ、いいものがあるの、こっちに来て!」

 デイが肩で息をしながら目をぴかぴかに輝かせて言った。

「え……あの、王子……」


 クララが戸惑っていると、一緒に来ていた女官がため息をついた。

「行ってらっしゃいよ。 そのために私がついて来させられたんでしょ」


 クララは女官に謝って、それからデイと手をつないだ。

「では行きましょうか王子」

「今日は南のサロンに連れていってあげるね♪」

 デイはクララを引っ張っていく。 王宮内を進むクララを貴族達が冷たく睨んでいた。


「ああっら、デイちゃま」

 そこに大声を上げてレッシェル嬢が駆け寄って来た。

 レッシェル嬢はクララをまるで汚らしいものでも見るかのような目を向け、そしてコロっと笑顔にかわってデイに話しかける。


「お暇でいらしたのですね? わたくしと遊びましょう♪」

「イヤ。 今日はいい」


 デイは即答した。

 レッシェル嬢は顔色を変える。


「まあ、まぁ! ご冗談がお上手で。 今日はですね、特別に美味しいお菓子が届いておりますのよ。 右大臣様もお待ちですわ」

「また今度でいいよ。 ボク、クララと遊ぶから。 それともクララも一緒でいい?」


 デイは無邪気に返事をしたが、それにはクララもレッシェル嬢も顔色を変える。


「それは……デイちゃま……。 ほら、秘密の遊びもありますし……」

「クララにも教えてあげたい。 面白いから」


 デイはけろりと答えるのでクララの方が慌てる。


「い、いえ、デイ王子。 私のような一女官が出入りするには過ぎた所でございます」 

「そう? じゃあボクは今日はクララとだけ遊ぶね。 それじゃね! レッシェル!」


 デイはレッシェル嬢の返事も待たずに歩き出した。


「デイ王子。 秘密の遊びとはどんな事ですか?」

 デイに手を引かれながらクララは尋ねた。

 なんとなくイヤな予感がしたのだ。


「うーん。 ごめんね。 内緒って言われてるから教えてあげられないんだ」


 デイの言葉を聞いてますますクララは不安になる。

 それ気づいたのだろう、デイは立ち止まって少し考え、上目遣いでクララを見た。


「あのね、仲間はずれや意地悪をしてる訳じゃないんだよ。 右大臣のお友達の人とね、一緒に……うーんと、ゲームをたっくさんするの。 ボク、勝ってばっかりなんだよ。 今度、右大臣にクララを連れてきていいか聞いてみるね」


 クララは慌てて首を横に振った。 デイは少し残念そうな顔をした。

 そして二人は南のサロンについてソファーに腰かける。

 デイは絵本を目の前に突きだして見せた。


「ね? クララって書いてある。 クララとえほん!」

「わぁ! 本当ですね! 題名は――クララと魔法」

「えっ? ――あっ、そう、そうだね。 クララと”まおう”だね」


 あらっという顔でクララが見ると、デイが慌てて視線を逸らす。

 ぱらりとめくるとその絵本は物語とクイズが混じっていた。

 一見幼児向けの絵本のようだが、中身はやや高度。

  

 デイは青ざめた。 思ったより難しい内容の本だった。 しかし隣のクララを見るととても目を輝かせてページをめくっている。

 こんな本、面白くないよと放り出したかったが、読めないのだと彼女に知られたくなくなかった。 そのクララが本の最後のページを開くと、ほんの少し怪訝そうに眉を寄せた。 そして本を指先で撫でると、クララの瞳に力がこもる。


「王子! 私、これを読んでみたいですわ!」

 今までにない、はつらつとした笑顔でクララが言う。


 実際しまったと思ったデイだが、いいところを見せたかった。

 だが当然、最初からつまずく。 上手い具合に読めない単語がちりばめてある。


「え……っとね、あの」


 デイがしどろもどろになっているとクララが寂しげに言った。


「……実はわたくし、お恥ずかしい話、そこに書いてある文字で読めないものが沢山ありますの。 王子でしたらお読みになれるでしょうから、教えていただけると助かりますわ」


 デイは口ごもった。

 右大臣達が、女官には学がない、それに比べてデイ王子は何でも知っている、と褒めていたのを思い出したのだ。


「クララ、この文字、よめる?」

 デイはある単語を指さした。 しかしクララは首を横に振った。

「この――この文字はね、そうちょう、って言うんだ。 早朝。 朝のはやいじかんってこと」

 デイが丁寧に教える。 クララが感心して頷く。

「さすが王子」


 デイは切なくなった。 右大臣達の前にクララを連れていったら、きっと右大臣達は彼女が何も知らないと言って笑うのだろう。 そしてクララは哀しい顔をするのだろう。 それだけはイヤだった。


「大丈夫だよ。 クララ。 ボクが教えてあげるから」

 デイは胸を張った。


「では王子、こちらには何と書いてあるのですか?」

 クララは別の単語を指さした。


 しかしデイにはそれが読めなかった。

「ね、ねぇクララ。 ちょっとお茶のんで待ってて」

 デイの言葉にクララは頷く。


 デイは本を持ったまま、すぐ近くにある国語のケセム先生のサロンに行く。

 ケセム先生のサロンには数学のヤン先生もいた。

「デイ王子! 課題が……!」

 そう言うヤン先生を押しのけて、ケセム先生の前に行き、本をひろげてその部分を指さす。


「ケセム先生、これ、何って読むの?」


 ケセム先生は眉をちょっと寄せて文字を読んだ。


「意味は!? あと、これと、これと、これ!」

 デイが立て続けに本の語句を指さす。


「ああ、ヤン先生、この3.14って何?? πって?」

 更にはヤン先生にまで質問する。


 ヤン先生とケセム先生は顔を見あわせて、一旦その本を手に取りパラパラとめくり、しきりに感心する。 そして彼らも最後のページを見て、指で撫で、目を輝かせた。


「王子! クララにこの本を読んであげるおつもりかの?」

「うん、そう。 読み方とか、意味とか教えるの。 まだクララ待たせてるの。 ねぇ、早く教えて!」

 デイが足踏みをしながら言う。


「それでは王子。 この最初のページは先ほど教えたとおりで全部分かったでしょう? これはクララにとっても少し難しい本になっています。 ですから今日はこの1ぺージだけで十分。 時間もありませんしな。 残りはきちんと分からない所を教えますから、後日クララをサロンに呼んで教えてさしあげればよい」

「クララをサロンに呼んでいいの!?」


 デイは目を輝かせた。

 サロンに呼ぶということは、必ずクララが来るということだった。

 今までは城内に来ているのを探して回るしか無かったのだから。


「私どもからローズ夫人に話をつけておきましょう」

 ケセム先生達は微笑んだ。


「分かった! じゃあまず、今日はここだけ教えてくる!」

 デイは元気いっぱいに南のサロンまでかけていく。


 その姿を見てケセム先生達は目を細めた。

「誰があの本をデイ王子に渡されたのでしょうな」

「さあ……。 しかしよくできた絵本でしたな。 彼ならではじゃ」


 佐太郎が渡した絵本には、最後のページに但し書きがあった。

【王子の事を思いし者、その指で我の埃を払い正しき道を記せ】と。

 そしてその文字の上で指を滑らせると科学魔法で新たに文字が浮かび上がる仕掛けだった。

    

  デイが知識を深めてくれることを願い作成。 貴殿の協力を乞う。 

  王子付教育係 ラムール

 と。




 クララに偉そうな顔をしながら講釈を垂れるデイを、自分のサロンから見ていた右大臣が呟いた。

「せっかく王子がカジノにのめり込んで遊んでいたというのに……」

 そしてその瞳が妖しく光る。

「あのクララという女官。 邪魔だな」









 3日経った。

 朝、ライマはいつものダボダボのジーパンをはいて寝室を出る。


「やっぱりズボン? なんか島の人達に、俺が怒られないかなあ」

 朝食を準備しながらラフォラエルが言う。


「だぁって、法術治療するのにスカートだとやりにくいでしょ」

「ローライズじゃないし」

「ローライズ、持ってませんから」


 ライマは少し怒ったフリをしてそう答える。

 超ミニが好きだとか、ローライズがいいだとか、そんなに露出が好きなのかと。

 やっぱりメーションとできているだけの事はある。


 そんな事を思いながらライマはオレンジジュースを飲むために台所に行く。

 ハムエッグを入れた皿を持ったラフォラエルとすれ違い、その時にほんの微かに彼の服と自分の肌が重なる。

 ライマは平然な顔をしながらも意識は触れた肌に集中していた。


――不思議。 ほんのちょっと触れただけなのにどうしてこんなに敏感に反応するんだろう。


 胸をしめつける感じも、抑えたように心臓がドクドクと波打つのも。


 しかしそれにばかり気をとられていると……


「なぁ、ライマ」

「は、はいっ!?」


 ライマの心臓がドキンと音を立て、慌てて返事をする。

 平静を装うはずなのに、つい妙な反応になってしまう。

 しかし彼は気づいた感じはない。  


「それにしても、体力が回復するのに思ったより時間がかかったなあ?」

 計算外だと言わんばかりの口調だった。

「そんなんで、今日からみんなを法術治療しても体力は平気か?」


「うん♪」

 ライマは即答する。

 彼が自分の事を気にかけてくれると思うだけで元気百倍だ。

「みてて。 きーっと、驚くから♪」

 ライマは悪戯を思いついた子供のように目を輝かせた。

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