第1話 5年前にさかのぼる
いい天気だった。
こんな気持ちいい日は、やっぱり綺麗なオネーチャン達のセクシー写真集を見るに限る。
雑誌のページをめくると、ほら! あっちにボン、こっちにボンキュッ、こっちはブルンッ♪
水着か下着か分からないような姿でポーズをとる笑顔のお姉ちゃん達、彼女らは女神だっ!
そんな事を考えながら、分厚い歴史の本で雑誌の表紙をガードしつつ読みふけるのは……
「デイッ!」
叱る声と同時に、パッコーンという小気味いい音と共に筒状に丸めた本で頭が叩かれる。
「い、いってー!! せんせー!」
「没収っ!」
説明するまでもない、勉強をするフリをしながら、プチエロい雑誌を読みふけっていたのはテノス国皇太子であるデイ。
雑誌を取り上げたのは王子付教育係。 肩より長い亜麻色の髪を一つに束ね、前髪を右半分だけ垂らしている。 その瞳は虎目石のように知的で深い輝きを放ち、青年でありながらも凛とした女神と例えるにふさわしい美形。 容姿、頭脳、揃って完璧と噂され、しかも空まで飛べる程の魔法能力を携えた【実は女性の】ラムール。
「あーあ。 デイったら、やっぱり真面目に勉強してなかったんだ」
そう言ってクスクス笑いながら、ラムールの書類の切り貼りを手伝っているのは、女官リト。
「歴史の本を読んでいるにしては、目が輝きすぎていましたからね……。 ああ情けない」
ラムールは腰に手を当ててため息をついた。
「情けないって……」
デイがカチンとくる。
「せんせー、ちょっとさ、言っていいかな?」
「? はいどうぞ?」
「あのさぁ、俺って絶対普通だと思うんだよね」
「つまり?」
ラムールの問いかけにデイが勢いよく立ち上がる。
「テノス国で結婚が許されているのは15から! 結婚適齢期は17から18! 20には子供の一人や二人、いたっておかしくないってのが現実! それじゃあ14の俺がそのテの本を読んでいたってだよ、褒められて当然、情けないってのはアリエナイと思うんだ!」
デイ、力説。 しかし。
「残念でした。 結婚するためには、それなりの人物になってもらわないといけません。 婚約者がいるとはいえ、デイには結婚はまだ早い。 17か18が結婚適齢期? ならばあと3,4年しかないのに、あなたが一人前になるにはまだまだ道のりは険しい。 悠長に雑誌にはまっている時間は無いと思いなさい」
ラムール、即反撃。
「ぐ……っ」
デイは言い返せない。
見ていたリトがクスクス笑う。
デイはふくれながら言う。
「そんじゃーさあ、センセーはもう立派な男だから、結婚すればいいじゃん」
「結婚? ラムール様、そんな相手がいらっしゃるんですか?!」
先に驚いたのはリトだった。
「違うよリト。 せんせーにはそんな相手いないけどさー、もういい年なんだから見合いしたりして結婚相手を探してもいいって思わない?」
デイの言葉にラムールが苦笑する。
「デイが一人前になるまで、私に暇なんてありませんよ。 私を結婚させたいのならさっさと一人前になって下さい」
「あ゛ーっ、もう」
デイはそれを聞いて机に突っ伏す。
「そんなんだからー、もう二十歳過ぎたってのに、せんせーは彼女もいなくて、いきおくれてるって言うんだよ〜。 なぁ、リト、そー思わない?」
「えっ? あっ、うーん……」
皆の憧れの教育係に「いきおくれ」と言えるはずもなく、リトは微妙な返事をする。 デイは更に続ける。
「せんせー、堅物すぎるんだよ。 どーっせ、キスもしたことないんだろうな〜!」
デイなりの必死の反撃だった。
ところが。
「キスくらいしたことありますよ」
ラムールはこともあろうか没収した雑誌をペラペラとめくりながらそう答えた。
『えええええ?!』
リトとデイは声を合わせて驚いた。
「い、いつ、どこの誰と?」
「嘘! せんせーが? キス?」
二人は思わず立ち上がってラムールを見た。
しかしラムールは動ぜずに雑誌に一通り目を通すと
「ま、確かに男ならこんな雑誌が好きだっていうのも否定しませんけどね」
と言って笑った。
せんせー、いつだよ、だれとだよ、と、尋ねまくるデイ達をあしらいながらラムールは窓の外に見える空を見た。
それはもう、今から5年も昔。
男と偽り生きているラムールが、一人の少女に戻った時の話。
◇
5年前。
魔法と科学文化が穏やかに発展した民の国と言われるこの平凡な小国にはやや不似合いな策略と陰謀がまだ渦巻いている時代。
子供にしては並はずれた頭脳の持ち主であるラムールが、10才の時に並み居る大人を退け教育係に任命されてはや5年。
しかしまだ空も飛べず、完璧と噂されるには力不足なラムールは15歳。
そしてデイがもうすぐ9才。
その日、デイは王宮の庭で家臣と遊びに興じていた。
「デイっ!!」
その叱り声に、デイがびくりと反応した。
振り向くと、ひっつめ髪のラムールがいる。 髪の毛が一本も乱れ落ちていないその結び方が四角四面な彼の性格をよく表していた。
「今日はヤン教授の数学の授業があったはずですよ! またさぼりましたね!」
ラムールは怒りを露わにしながら、きつい口調でデイを責めた。
デイは首をすくめて上目遣いでラムールを見ながら口を開く
「……だって」
「だってじゃない! 言い訳するなって、いっつも言ってるだろう!」
ラムールはデイの言葉を遮った。
デイは寂しそうに、しゅんと頭を垂れる。
「さ! まだ教授はお待ちだ! さっさと行きますよ!」
ラムールはデイの手首をつかむ。
そこに口を挟む3人がいた。
「まぁまぁ、教育係。 そんなに荒立てては王子が可哀想だ」
「そうよ。 デイちゃまは、まだ子供よ。 勉強なんか、したくなくて当然だわぁ」
「それに、ホラ! 今日はこんなにいい天気なのだよ! 王子様が外で遊びたくなるのは当然じゃないか!」
ラムールはムッとしたままその三人に言い返す。
「右大臣、レッシェル嬢、クローク卿。 何度も申し上げますが、デイを甘やかすのは止めて下さい。 きちんとこちらは予定を立ててデイを教育しているのです。 そこをあなた方に邪魔されてはデイのためにならない」
すると右大臣達は頬を膨らませる。
「邪魔だなんて失敬な」
「デイちゃまはもっと伸び伸び育ててあげなきゃ」
「勉強なんか、もっと大きくなってからでもいいじゃないか!」
ラムールはデイを引き寄せて言った。
「伸び伸び? もっと大きくなってから? この年頃の子供に必要なのは早寝早起き、バランスの取れた3度の食事と、適度な運動と勉強。 貴方がたみたいに、深夜まで行われるパーティーにデイを出席させたり、サロンで好きなだけお菓子と甘い紅茶を際限なく与え、勉強もさせずに外で遊ばせてばかりというのは、甘やかでしかありません! では失礼します。 デイ、行くよ」
そう告げて去っていく彼を見ながら、
「まったく、融通のきかない男だ」
憎々しげに右大臣がつぶやいた。
1時間後、デイの自由時間になった。 だがまだ幼い彼に許されている行動範囲は王宮の庭だけだった。 亡き王妃、つまりデイの母上が生前愛したバラ園や、木で作られたアスレチック遊具で遊ぶと、あっという間に時間が過ぎていく。
デイは頑張ってジャングルジムの頂上までたどりつく。 やったぁ、と喜びの声を上げて辺りを見回す。
しかしそこには、デイただ一人。
つまらなくて、ため息をついてほおづえをつき、辺りを眺める。
そしてその視線が、王宮の庭を横切る17,8歳位の一人の少女をとらえる。
「まあまあ! 王子様! なんてすばらしい! そんな所までお登りできるのですね!」
背後から数名の専属女官達が弾んだ声で近づいてくる。 しかしデイは耳も貸さずに駆けだした。
「クララ〜!!」
デイは大声を上げてちぎれんばかりに手を振ってその女官の名を呼んだ。
「デイ王子!」
クララと呼ばれたその女官は嬉しそうに微笑むと立ち止まり、デイが来るのを待った。
デイはクララに体当たりせんばかりの勢いでたどり着くと、その服をつかんだ。
「ねぇ! クララ! 遊ぼう♪」
クララ。 王宮外の部署にいながらも、内に出入りを許された数少ない女官の一人だった。 王宮付女官総長ローズ婦人に仕え、城下町のクリーニング店で仕事もしている。 仕事は丁寧で正確、洋服の制作やリフォームも扱っており、近いうちに店を一軒任せられるだろうと噂されていた。
デイはクララが大のお気に入りだった。 クララは優しく、いい匂いがした。 香水なんかのベタベタした匂いではなく、せっけんと、ほのかなお菓子の香り。
「ねぇ〜、クララ。 遊ぼうってばぁ〜」
デイはクララのスカートの裾をつかんで引っ張ってダダをこねた。
「でも私は今、集配の仕事の途中でして……」
「えー? いいじゃんそんなの、後にすれば。 ね、ね! ボクね、すっごく綺麗なお花見つけたんだよ! とっくべつ! クララにだけ見せてあげるから! ねぇ、ねぇ! いいでしょ!」
デイは言い出したら結構聞かないところがあった。 特に王子であるから、言われた方もむげに断れない。 そんな事、デイは知ったことではなかったが。
「ねぇ、ねぇ〜」
デイが言い続ける、その時。
「クララ! 何をしています? 早く仕事をなさい!」
聞こえたその声にデイがゲンナリとした表情をみせ、クララがホッと息をついた。
「ラムール様」
ラムールがつかつかと歩いてきて、クララに告げる。
「聞こえませんでしたか? 遊んでいないで早々に仕事に戻らないと処罰ものですよ」
その言葉にデイが怒りながら言う。
「クララは遊んでなんかないやい! ボクが呼んだだけなんだから! せんせいの、ケチっ!」
デイはあっかんべー、をして走って逃げ出す。 デイ!とラムールが呼ぶが止まらず逃げていく。
「まったく」
ラムールは呟いた。
するとクララがクスクスと笑い出す。 そして「ありがとうございました」と頭を下げた。 ラムールも首を横に振る。
「全く言うことを聞かないのでちょっと困ってるんですよ」
「でもお優しい方ですわ。 私が叱られたら矛先を自分に向けようとなさって」
「ふふ。 まぁ、だからこそ君を叱った訳ですけれどね」
クララとラムールは軽く声を合わせて笑った。
クララはラムールよりも年上だったが、身長はラムールの方が高かった。 笑った後、ラムールと目があったクララは少し頬を染めて視線を下に逸らした。
「さて本当に君は仕事に戻らないと。 僕の部屋にも寄って服を持っていって下さいね」
ラムールが言うとクララが思い出したように顔を上げる。
「そういえばラムール様は礼服は新調されますか? 3週間後にドノマン氏が来国されるので皆さまお作りになられていますが……」
ラムールはちょっと考えた。
「毎回毎回礼服を新調するのもねぇ……。 そうだ、あの紫色の礼服、アレを適当にリフォームして貰えるかい?」
「はい。 分かりました。 適当に、でよろしいのですか?」
「ああ。 クララに任せる。 僕はいまいち服には興味がなくてね。 だけど君のところで作ったやつはいいなぁって素直に着たくなるんだ」
ラムールの言葉にクララが嬉しそうにはにかむ。
「……あの、ラムール様」
そしてクララがおそるおそる口を開いた。
「今日、宮殿で行われるダンスパーティーなんですけど、私、女官の枠で参加できることになったのですけれど……もしよかったら一曲、踊って頂けたらなぁ……なんて」
「ええ! いいですよ! 僕もクララとだったら踊りたいですから」
ラムールが嬉しそうに返事をした。
クララが恥ずかしそうにもじもじした。
少し離れた陰から、デイが面白く無さそうにそれを見ていた。
◇
「ねぇねぇ、右大臣。 ボクね、ほんっとに頭にきてるんだ!」
デイは右大臣のサロンでレッシェル嬢、クローク卿に囲まれながら、散々ラムールに対する文句を言っていた。
「どおしてさ、あいつはボクに命令ばっかりするわけ? ああしなさい、こうしなさい、あれだめこれだめ、って。 クララと遊ぶのも邪魔するし、ホントに、ボク、あいつなんか大っきらい!」
デイはそう言ってクッキーを一口かじっては元の皿に戻し、また別のクッキーを一口かじる。 侍女がジュースを入れるが、それもストローで吸ったり吐いたりして遊んでいる。
「どーっして、あいつが、きょーいくかかりなんだろ。 うるさいし、ぜんっぜん優しくなんかないんだから」
それを聞いたクローク卿が物わかりよさげに頷く。
「本当は王子の遊び相手を兼ねてと思って王様がお選びになったはずですがね」
「遊び相手? うっそだぁ! ラムールと遊んでもすぐルールを守れとかうるさいし、全然遊んだ気にならないよ」
そしてデイはクッキーのカスで汚れた手をカーペットで拭く。
「あーもー、どーにかできないかなぁー」
じたんだを踏む。
それを見て右大臣の瞳が妖しく光った。
「王子。 ラムールをぎゃふんと言わせるとっておきの手がありますよ」
◇
夜。
テノス国宮殿においてダンスパーティーが催されていた。
国内外の王族貴族達が集い、きらびやかなドレスに身をまとい、踊る。
会場にはオーケストラの演奏と、美味しいご馳走。 沢山の紳士淑女達。
大勢の客の中に、クララもいた。
この話は私が執筆中の「陽炎隊」シリーズのキャラクター「ラムール」こと「ライマ」の話です。 過去の話なので本編を読んだことのない方でも分かる内容のはずですが、世界観等「?」な部分がありましたら教えて頂けると助かります。後から判明する謎以外でしたら加筆いたします。
勿論、本編にも深く関わる内容なので併せてお楽しみ頂ければこれほど嬉しいことはありません。