3
オレンジ・スターがデビューした翌日、俺は学校でさつきに呼ばれて昼飯時に屋上に来ていた。新入りさんの紹介で呼ばれた訳だ。
「初めまして琵琶 ミーナですっ」
「どうも海野 さつきの兄です」
「どういう紹介の仕方よ」
さつきに突っ込まれた。
「良いなじゃないか。どうせ俺はモブDぐらいなんだし」
そんな会話を交わしながら新しく入ったオレンジ・スターの少女を見る。資料では後輩に当たる、さつきと同い年の子だ。可愛い武装にこだわったと言うように、というか、全身で女の子をアピールしているようなイメージがある。同時に一人でも戦える武装を求めたように、とにかく動くのが好きなようだ。今もあっちに話しかけこっちに話しかけと止まらない。
「ところで、さつきとあんた、何で弁当が違うの?」
ホワイト・スターが俺たちの弁当を見比べている。さつきは普通の、おかず入りの弁当箱、俺はビニール袋とアルミホイルに入ったおにぎりだ。
「自分でそれぞれ作ってるからだけど、それが何か?」
母親が忙しいので弁当か買うかという手段の場合、俺は出費を抑えるために弁当を選ぶ。握り飯なら手間はかからない。
「え、自分で弁当作ってるのか」
ブラック・スターに意外そうに言われた。何か問題でもあるのか。
「でもおにぎりしか作らないから、栄養偏るのよ」
「ケチなんですね」
さつきが話に入ってくる。そしてオレンジ・スターが意外と毒舌だ。そのまま俺は横目で女子の会話を聞きながらさっさと昼食を済ませた。
その日の放課後、俺は裏方の仕事で呼ばれて仕事場内に作られている喫茶店に来た。やることは昼間と同じ、新しいメンバーとの顔合わせだ。
「初めまして。裏方のロボット担当者の一人です」
「初めまして。ヴァイオレット・スターになる大徳寺 菫です」
「グレイ・スター担当のユキ・コボクだ」
今度の二人は普段から戦隊やっているメンバーとは別に、人手が足りない時非常勤で出動してくれるメンバーだ。
「私、裏方さんの事は初めて知りました。大変だったんですね」
ヴァイオレット・スターは元通称聖剣戦隊ブレイブソードで戦っていた。何でロボの事とか疑問に思わない人が多いんだろう。やっぱり長年の習慣からだろうか。
「そうだな。ところで一つ、裏方の一人というあなたに聞きたい事がある」
グレイ・スターがこちらに視線を向けてきた。
「分かる事なら何でもどうぞ」
「何故、軍に技術を利用しない?これだけの技術だ、軍より最先端を行っているように見えるのだが」
また凄い質問が来た。軍に利用していない事はない。少なくともロボットを動かす技術やスーツの移転技術に感じては結構特許がとられていると聞いた記憶がある。
「きっと一番の理由は、戦隊ヒーローがファンタジー物だからだと思うけど」
東京というかつて首都だった沈んだ場所に立った新しい街は、それ自体が一種のテーマパークだと思う。
「そうなのか?」
そういう事にしておいてほしい。一番の下っ端に何を言われても分からないんだから。というか、こんな話をしてくる人も珍しい。親は軍人らしいから興味があるんだろうか。銃を撃ちなれてる人何てそうそう見つからないだろうし。
「それでは、先に本題を詰めておきましょう。まず、ヴァイオレット・スターが剣をメインにした汎用型、グレイ・スターが銃器を装備した武器交換型という事ですが、何かロボの変更点はありますか」
いい加減人手が足りないという事で非常勤で人手を追加する事になったので、そのメンバー用のペンタ・ドール換装パーツを取り換える事になった。その都合で大体のイメージイラストを描いてもらって勘違いなどがあったら訂正しておこうと言う仕事である。
ちなみに丁寧口調なのは二人が俺より年上なのでこういう口調になる。
そして、何だろう。この手の中にあるイメージイラストは。紫の鎧のペンタ・ドールは騎士のような侍のような、ゲームの鎧に出てくるような物である。ただし剣が大きすぎる。身長よりも大きな剣なんて後付けのペンタドールに装備するのは無理がある。そしてもう一つの銀色装備のペンタ・ドールのイラストは、ハリネズミの針が全方向に向かったように見える。基本的な人型イラストはコピーした物なのでこれは書き過ぎという物だな。
「まず、ペンタ・ドールの仕組みは基本的には汎用型特化で、重い装備、武器はつけられません。言ってしまえば服はつけられても鎧や全身ミサイルなんてものは変身を決める時でなく、最初からそうすると決めた場合に装備させます。その都合上で、両方に違いがあっても困るので中身や威力はともかく外見は同じにしないといけません。このイラストからすると。武器を削ることになります。良いですか」
「うちのロボが巨大武器を持っていたので」
「ああ、ブレイブ・ソードのロボットは最初から剣を振れるタイプなので通常で装備は出来ていたんですが、なまじ換装型だと変身のシーンに割を食われているというやつですね」
汎用であることを追及しつつ見た目も良くないといけないのでそっちに割を取られているが正しい。
「私の方は駄目なのか。ナノマシンでも簡単に製作出来るように量を増やしたんだが」
「ああ、そういうアイディアでしたか。しかし量を補うのも逆に作りづらいですね、ナノマシンではなく通常装備を作る場合に、この量は作れません」
手間がかかりすぎる。ナノマシンを分解する前に掃除もしないといけないのにハリネズミみたいな砲身を全部掃除するなんて逆に人手が足りない。
「グレイ・スターさんはナノマシンでも十分な威力を求めていますか?別に何かあるんだったら数を減らして大きめの大砲にまとめます」
「いや、細かい変化は後でも出来るんだろう。要望書を出しておくから、そちらで固めてくれ」
「分かりました」
メモに書いておいた細々とした質問を続けて、二人との初対面の挨拶は終わった。俺はそのまますぐ隣の部屋に入る。
「おう、待ってたぞ。それでは交代させてもらいます。残りの要望は要望書の方に書いてください」
「はい」
部屋の中にはスーツの条件を詰めていた利郎が、二人の少女といた。
「ピンク・スターを担当する事になった佐倉 梅です」
「ピンク・スターを担当する事になった佐倉 杏です」
双子の少女がほぼ同時に話しかけてくる。
「こんにちは。初めまして。裏方のロボット担当者の一人です」
こちらも挨拶をして席に着く。
「ピンク・スターのロボット装備は汎用型なのであんまり意見は通せないですが、何か希望はありますか?」
この二人はさっきの二人とも違って、クリーン・スターと同じ裏方を兼ねるメンバーとして加わる。戦闘よりなヴァイオレット・スターとグレイ・スターと違って汎用型としての手伝い専用のメンバーになる。何故グレイ・スター、ヴァイオレット・スター達と別扱いかと言えば、この双子という部分にある。俗にいう駆けつける時のタイミングの良さ、それを表現するために半分お芝居としての面白さを出すためにわざわざ双子なり似ている兄弟姉妹赤の他人を用意するわけだ。
「そうですね、別に何もないです。あ、いつか二人という事をばらすんですよね」
「それはそちらの希望でばらしてもばらさなくても良いですが、ばらしますか?」
正確には本人の希望とシナリオの都合で変わる。
「ん~。そうですね、どちらでもいい、みたいなスタンスで」
「わざと花飾りか何かを左右対称でつけてみるとか」
意外とお茶目な性格の様だ。
二組も初めての人と会うと疲れる。俺が出された希望を持って利郎の家に行くと、何故か捕まえられた。
「何だいきなり」
「重要事態が起こった。ヘルプ」
そのまま九郎さんの研究室に直行させられる。
「丁度いい所に来た。これを見ろ」
九郎さんが出した画像はどこかのホームページだろう、ネットの映像だった。
「何ですかこれ」
「ペンタグラムの正体を追及すると言うファンサイト」
「そんな物掃いて捨てるほどあるでしょう」
「それが、今回はそういう理由じゃないらしい」
顔を出してこそいないが、戦隊ヒーローたちは一種の芸能人な訳で、グラビア、というよりも子供向けの絵本みたいなイメージがするものを出している。問題なのはペンタグラムの場合載っているのが若い娘なのでファンが多いという事だ。
このサイトは、どうやったのかバストサイズを、今までのスーツのサイズや今までのヒロインたちの会話から割り出してスリーサイズを計算し、さらにちらっと見える髪の毛からどんな髪型か、光加減では何となく輪郭が見えるフェイスガードから顔かたちか、などと言った事を割り出している。
「はあ、これは器用な」
「はあ、じゃない。これをどうにかしろと上から言って来た。協力してくれ」
「シナリオならそれなりにあるでしょう。探せばいいのに」
「俺はストーリー的な物は苦手なんだ」
「俺はシリアルな事は苦手なんだ」
兄弟そろって何を言っているんだ。それと利郎、無理にギャグを混ぜても面白くない。元々面白くないギャグを言うやつだけど。
「分かった分かった、分かりました。取りあえず、これは今回提出された書類です。俺は家で考えます。後で連絡しますから」
俺はさっさと逃げる事にした。今回はスーツの事なんだから、俺が何かできるかは疑問だ。
そんな事がフラグになっていたのか、家は家でさつきがいきなり部屋に突撃してきた。
「お兄ちゃん!」
「何だどうした」
この子がこうやって来るのは珍しい。いつも図太い感じでのそのそ入って来るのに。
「私の情報、売ったりしてないでしょうね」
「は?」
突然の言葉に俺は目が点になった気がした。
「これ見て」
「何だこれ」
出されたのはさっき見たサイトから転載されただろう物とうちの学校のアイドルファンクラブというクラブ活動をやっている部員の出した会報で、一番体型が近いのはこの娘だ、と言った趣旨の話が載っている。そして見事にこの学校にいるメンバーが合致しているという偶然。
いや偶然でもないと思う、何しろ授業途中に居なくなる場合もあるので戦隊の仕事をしている人間はある程度学校を固める。妹を含めて人気者なので、目立ちやすい訳だ。代表例に使われるのはよくある事だろう。
「普段から色々言ってくるんだけど、今回特にしつこいのよ」
「ああ、そりゃあのサイトだな」
簡単に例のサイトの事を説明する。
「何でそんな場所知ってんの?」
「いや、普通に健康担当者として役所に行った時いくつか教えられたんだけど」
これは事実である。
「でも俺、あんまり見ないからな。今もメールで知ったし。それで、何が問題なんだ」
あんまり面倒は御免何だ。
「大問題に決まってるでしょ!プライベートの侵害だわ!」
「落ち着け、何か問題が出来たか?」
ファンクラブがストーカーを始めたとか。過去に実際にあったのでそれなら警察を呼べる。
「そこまではいかないけどね、とにかくスリーサイズを保健室で探したりして私達がペンタグラムだと確信してやってるみたいなの」
それはまずいな。あくまでも正体は明かさないのが戦隊の仕事をやっている間の条件だからやってくれている訳だし、さつきがわざわざ俺にまで言うという事は結構まずい事態だと思う。俺は基本あてにされていないので。
「分かった。役所に報告する。それで、俺はお前にずっとついておけばいいのか?」
「いらないわよ。何かあったらまた言うからその時お願い」
「分かった」
ほら当てにされない。
とは言ってもここまで言われたなら利郎の方にも協力するしかない。面倒はさっさと終らせないと。俺はパソコンを立ち上げると過去のシナリオを調べてみた。
珍しく目の前でペンタグラムのメンバーが戦っている。俺の役割は逃げ惑うモブDだ。
「この、離れなさい」
「この野郎!」
今回の敵は一言でいえば増殖する草。モウセンゴケみたいなやつで、近くにいる奴を栄養にしてからめ取ろうとしている訳だが、大きくはないので別にどうという事はないが数は多い。何となくエロい妄想をかきたてる感じだ。何でこんな敵にしたかと言えば、普通に粘着する物が必要だったから。スーツが少しずれそうになるという形が重要なのだ。
「ニャー!」
「ふんっ」
話している言葉だけでは分からないだろうが、色々とサイズを変えているような細工をしている。そこで何となく粘着でスーツがずれているように見える、という事でそちらが本来のサイズのように見せている訳だ。実際は単にスーツを着せ替えているだけだけども。
この作戦にはまだ登場していないヴァイオレット・スターも含めて入れ替えている。この辺はペンタグラムより長い間戦隊ヒーローをやっていただけにそういう経験もあるようだ。スーツを交換しただけでなく、詰め物をしたりさらしでサイズを変えたりといろいろやっている。イエロー・スターは特殊技能だし、格闘の戦い方が分かりやすいホワイト・スターなんかは体捌きでばれてしまう。
言っておくがバストウエストヒップには粘液が飛んでいない。それをやったらセクハラで訴えられてしまう。植物型なので本体はともかく増殖する分身は背が低い。精々膝くらいだ。触手ものなんてやったら裁判沙汰になる。
「えいっ」
「危ない!」
「うおぅっ」
目の前を怪人が飛ばした手裏剣風葉っぱが飛んできたのをグリーン・スターが防いでくれた。
「ありがとう」
「早く逃げて」
逃げたいけど逃げられない。隠れていよう。
オレンジ・スターになったブラック・スターが猫のように突撃している。爪と正拳突きは似ているからばれないか?
調査型なので大した動きがないグリーン・スターは実はヴァイオレット・スターが銃を打って攻撃することで動き少なくこなしている。
レッド・スターも銃で応戦していて、これはサポートをすることも多いレッド・スターなら普段の行動だ。中身はブルー・スターなんだが。
今度から定期的に中身の入れ替えをやるのが決定したのでどう組み合わせるかの実験も兼ねている。
逃げられない理由は利郎が死んだようになっているせいである。本当ならスーツ担当のあいつが直に見て不安な所を確かめると言う話だったが、九郎さんと一緒に力尽きた。その為に俺がここで見ていなければいけない。後で使用済み藁人形でも送りつけてやる。
「危ない!」
今度は俺が近くにいたホワイト・スターに思わず声をかけた。粘液が球状になって飛ばされる攻撃に切り替わっている。周囲に分身が全滅したので攻撃手段を変えたんだろう。
「ありがとっ」
お礼を言われると照れる。ホワイト・スターはこっちを見てはいないが。
それにしても、やっぱりホワイト・スターとイエロー・スターは難しかったんだろう。俺は服のサイズの事は知らないが、見た目を変えないで別人のように見せかけるように微妙に体型が代わって見えるように設定をする訳だから、同一人物のこの二人は難しかったに違いない。後で菓子ぐらいは差し入れてやろう。
「きゃっ」
あ、今のブルー・スター、中身はグリーン・スターが捕まった。しかし即座にバリアが球状に覆って粘液がかからないように展開する。
というか、ブルー・スター何だから飛べばいいのに、やっぱり人のスーツだと扱い辛いんだろうか。
「ブルーを離しなさい!」
中身ブルー・スターなレッド・スターが吠える。ちょっと待て、レッド・スターは真面目な性格もあってスターの名前の部分を略さないだろう。さつきは略して呼んでるからうっかり出たんだろうが、後で画像処理しないと。
「ああよっこらしょ」
とにかくぼろが出る前にさっさと終らせないといけない。ペンタ・ドールをさっさと呼んだ方がいいと思えてきた。
丁度良く怪人が倒される。今回、日陰だったが、実は今回の怪人は分身体が一体でも残っているとそれが本体として機能し、倒されると同時に日光を浴びて巨大化する。
そしてここにその分身体がございます。
「ギャーッ」
わざと悲鳴を上げて用意しておいた角材で分身体を殴る。分身体は倒れた。レベルが一上った。
「ちょっとそこ何やってるの!」
さつきがこちらに気付いた。せっかく珍しく怪人を退治する気分に浸っていたんだが。
「目の前の怪人の分身を退治したんだ。何か問題でも?」
嘘は言わない。俺は嘘が下手なので一発でばれるのだ。
「もう、早く離れなさい!」
言われなくても離れる。怪人は光を浴びたので巨大化を始めていた。
「来て、ペンタ・ドール!」
「おせっかいだけど言っておくと、細かい倒し残しがあるかもしれないからイエロー・スターで戦った方が良いと思います」
ぼろが出ないように中身が変わっていないメンバーを使うように薦めてみる。顔は見えないがさつきが怒っているのは口調で分かる。何となく敬語になってしまった。
「分かってるわよ。イエロー、お願い」
「分かりました。それと、私はイエロー・スターですよ」
イエロー・スターに口調の事を言われてしまったと言う感じで、さつきが口元に手をやった。今頃気づいても遅い。どうせビデオで何回もおかしなところがないか見る事になる俺なので、後で数えて教えてやろう。
「アンタはじっとしていなさい、戦いが終わったら帰っていいから」
ホワイト・スターが声をかけてきた。
「分かりました。それでは、有難うございました」
現場から離れるイメージで挨拶して、引っ込む。イエロー・スターと同じ小型操作型の武器が周囲に形成されていく。
『イエロー・ミーティア!』
無数のビームが乱舞して、今回の騒動は終わる。
ああ、これからが大変だ。
ちなみに、例のサイトは国から警告が出てしばらく活動自粛するそうだ。どこかの雑誌が記事にするため何人かの戦隊の正体を探ろうとして住居不法侵入で捕まったらしい。まあよくある事だ。