おかずレパートリー
翌日。うるさい安西がいなくなり、優雅に昼登校をした私は、柄にもなく窓際で黄昏ていた。
ぬるい5月の風が爽やかに顔をなでる。
「うちの生徒会って、何を基準で決まっているんだろう」
考えてみたら、うちの学校には生徒会選挙ってのがない気がする。
普通、生徒会の役員っていうのは、形だけの選挙や演説を行い、在校生の投票があるものじゃないだろうか。
だけどうちの学校には、行事としてない。
しかも、どうして2年の新堂と鷹瞳君がツートップなのかも不思議だ。
もしかしたら、うちの学校は少しおかしいのかもしれない。
2年間も過ごしておいて、今更ながら少し後悔してみる。
すると、突然誰かが後ろから抱き付いて来た。
「美栄ー!久しぶりっ」
「!?」
呑気にぼーっとしていた所を襲われ、思わず悲鳴を上げそうになった。振り向くと、そこには隣のクラスの平岸南と、港竜馬が立っていた。私に抱き付いていたのは南だった。
「アンタまた昼登校したでしょ?安西がいなくなったからって、調子に乗ってると痛い目見るんだからねぇ」
そう言い、見た目のわりに口が悪い南は、大きな目で見上げながら、ニヤリと笑った。
「別に調子に乗ってるわけじゃないわよ」
後輩をシメる先輩じゃあるまいし「調子に乗るな」って一体どんな注意の仕方なのか。
しかし南は、黙ってさえいれば、見た目は人形の様に愛くるしい。いつもの慣れも生じ、そのまま抱きつかれていると、それを見ている竜馬が羨ましそうな目をしながら、そのままの言葉を呟いた。
「いいなぁ。女子は好き放題抱き付けて。オレも女に生まれたかった」
「はぁ?何言ってんの」
思わず女装した姿を想像してしまい、寒気がした。そこへクラスメイトの神無月が現れ、竜馬の前で両手を広げた。
「なんだよ、その格好は」
思わず身構える竜馬。しかし神無月は涼しい顔で言い放った。
「オレで良かったらどーぞ。ハグ位はしてやるよ。まぁ、野球やってっから、ちょっと堅いけど気にすんな」
「はぁ!?冗談じゃねぇ!」
確かに、冗談にしてもちょっと気持ちが悪い。
目の前で男同士が抱き合ったらどうしようかと思った。
キモイと叫ばれ、神無月は不服そうに眉を寄せる。
「待てよ竜馬!キモイだって!?野球部にも関わらず、イケメンランキング15位のオレに向かってキモイはないだろ!」
よく出てくる『イケメンランキング』は、いつ誰が統計をとったのかわからない、謎の逆セクハラランキングだ。
上位を帰宅部・サッカー部・バスケ部が占めている中、坊主必須の野球部の神無月圭吾がランクインしているのは、誉められるべき好成だ。神無月もそれを自覚しているらしく、短い髪をかきあげる仕草をした。
「このオレが、せっかく抱いてやろうって言ってんのに、馬鹿な奴だな」
「抱いてやるって何だよ!さらにキモイ言い方すんじゃねーよッ」
目の前でホモ臭いやりとりをされても困る。苦笑いをしながら見ていると、業を煮やした南が悲鳴を上げ2人に蹴りを入れた。
「ちょっと!昼間から、キモイやりとりは止めて!不細工2人の絡みなんて見たくないっつーの!メシが不味くなるっ」
いつの間にか南の手には、昼ご飯らしいサンドイッチが握られていた。不細工と公言された2人は、ショックのあまり固まり、その後無残にも崩れ落ちた。
「こんな公共の場で、キモイならまだしも不細工って言われた!」
「もう嫁もらえないっ!」
相変わらず2人はコント体質みたいだ。見ていて面白い。
しかし、毒舌なだけでなく、根っからのドSである南は、容赦なく言葉責めを繰り返す。
「不細工は不細工らしく、教室の影で慰めあっていなさいよ!私の昼ご飯はねぇ、金欠でサンドイッチだけなの!おかずはイケメンなんだから、視界から消えて」
今日も相変わらず、毒舌女王様炸裂だ。身長153センチのミニマムなお人形さんルックスの口から出る言葉としては不釣り合いかもしれない。だけど2人はそれが逆に良いらしく、ショックを受けながらも、嬉しそうに南の視界から消えた。
「相変わらず女王様ね」
笑いながら呟くと、南は「まぁね。需要があるから」と可愛らしく笑い、教室を一望する。
「ところで、新橋君はどこ?今日のおかず候補なのに」
「そう言えば……」
言われてみれば、今日1日見ていない気がする。とは言っても、さっき来たばかりなんだけど。
「いないわね。生徒会の人だから、生徒会室に引きこもってるんじゃない?」
恐らく、その確率が高いだろう。すると南は、急にしょんぼりと肩を落とした。
「いいなぁ。南も生徒会、入りたかったよぉ。メインはやっぱり高岸君だもん」
「え……南が生徒会に!?」
突然何を言うのかと思った。意外な言葉に、声を上げてしまった。すると南は、むっと頬を膨らませた。
「ちょっと、何よその言い方!南が生徒会に入っちゃおかしいって言うの?」
「いや、そういう意味じゃなくて。南って、生徒会とか嫌いだと思ってたから」
自由奔放な女王様がいるべき場所ではない。いや、女王様だからこそ、あの新堂の隣はお似合いかもしれないけど……。
「そりゃね、生徒会なんて堅苦しい場所、南は嫌いだよぉ。でもうちの学校、メンバーがイケメンばっかじゃん。ハーレムじゃん。毎日、おにぎり1個でも満腹になれるって感じよ」
そう言う南の目は、本気で怖かった。肉食系女子にも程がある。
「そ、そう。生徒会に詳しいのね」
毎日の様に行ってた私は何も知らないのに。そう言うと、南はカッと目を見開き、私の鼻先に人差し指を向けた。
「ちょっと美栄、生徒会の事何にも知らないわけ!?信じらんない!無頓着にも程があるっ」
なんで怒られるのかわからない。びびる私に向かい、南はいかに生徒会が素晴らしいのか、恍惚と語り出した。
「いい?1回しか言わないから、よーく聞きなよ。まずは、副会長の新橋鷹瞳!タレ目だけど、あの優しそうな、ちょーっと気弱そうな所が、S心……じゃない。母性本能をくすぐるの。で、書記の高岸涼太。あの人はね、文句なしのナンバー1!すっごい美少年なの。でもクールでね、クラスでも物静かだからあんまり情報はないんだ」
「詳しいね」
勢いに押され、そう呟くと「まだ終わってない!」と叱られた。取り敢えず、終わりと言われるまで黙っていよう。
「次は3年!議長の赤井先輩。見た目は軽そうな人だけど詳細は不明。で、会計の鈴原先輩。めっちゃ足長くてスタイル良いの!あの人はね、男に人気あるみたい。取り巻きは男ばっかだから。で、最後は唯一の1年の、満井駿。南はあんまり興味ないけど、なんか可愛いんだって」
「……終わり?」
「終わり」
良かった。やっと終わったみたいだ。それにしても、南の情報通には感心を通り越して、ちょっと怖いと思った。
「すごい情報網ね。さすが南」
「まぁね!南が一番気に入ってるのは、高岸君なんだけど、なかなかきっかけがなくってさぁ。苦労してんの」
最後の一切れのサンドイッチを口に放り込む。一通り話を聞き、ふと、ある疑問が浮かんだ。
「そう言えば、会長は?」
「会長?」
「そう。会長の新堂の名前がなかったけど」
どちらかと言えば、個人的には奴の情報を得たい所だ。だって今後のために、何か対策案が浮かぶかもしれない。だけど南には「イケメンじゃない人は知らない」とバッサリ切られてしまった。
「よくわからなかったけど、よーくわかったわ」
たった数分で、生徒会の名前を全て把握できるなんて。再び窓の外を見てぼんやりしていると、突然南に腕を叩かれた。
「美栄美栄!」
「なに!?」
今度は一体何だろうか。叩かれた腕をさすりながら顔を上げる。が、そこに立っていた生徒を見て固まった。
「おはよう識原さん。君に話があるんだけど、少しだけ時間良い?」
にっこり笑顔で立っていたのは、タレ目で母性本能をくすぐられる、南のおかず、鷹瞳君だった。




