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ロマンスの始まり的なアレ

「次の授業が移動だって知ってて呼び出したな。安西の奴ッ!」


授業開始のチャイムが鳴り終わり、シンとしている廊下をわざと足音を響せて歩く。

今もまた昼登校に続き、髪がどうだの生活態度がどうだのと、安西にたっぷりとイチャモンをつけられた。入学当初からこれは地毛だと何度も説明しているのに、世間の目がどうとか協調性がどうとかわけのわからない事を言われている。

そして終いには、せめて素行くらいは良くしろともっともなことを言われてしまう。

確かに遅刻早退は私の性格の問題かもしれない。だが、ついでみたいに髪の話されると、無性に腹が立つ。

おかげで授業には遅刻はするし散々だ。大体学年主任のくせに、授業開始ギリギリまで説教をする意味が分からない。


そんな事を考えつつも、移動場所の音楽室へと急いで走っていた時だった。誰もいないはずの廊下の曲がり角から、突然黒いものが飛び出してきた。


「!?」


慌てて足を止めるが、遅かった。私は行き急ぐ勢いのまま、体当たりをしてしまった。

ドンッという音と共に、体に鈍い衝撃が走った。


「痛っ……一体何なのよ」


これが公道なら、犬や猫かと思うが、ここは校舎内。それに感覚的に人間にぶつかってしまったらしい。

衝撃で尻餅をついてしまい、ズキズキと痛む。取り敢えずぶつかってしまった相手には謝らないといけない。

だが顔をあげると、見たことのない生徒が同じく尻餅をついた格好で頭を押さえていた。うちの学校では滅多にお目にかかれないほどのイケメンだ。

これが朝の通学路で私が転校生なら、一昔前の少女漫画のストーリーが始まっていただろう。ついでに食パンも加えていたら完璧だ。

思わぬイケメンの登場に魅入っていると、相手は今の衝撃で落ちてしまったらしいメガネを拾い、かけた。その瞬間、見たことのないイケメンは、世の中で一番嫌いな男に早変わりをした。


「あ!?アンタっ!」


人気の無い廊下で、思わず叫んでしまった。

私の悲鳴のような声が、廊下に響く。しかし男はその声に驚く事もなく、悠々と立ち上がった。


「君は本当に、どこでも賑やかだね」


まだ地面に座り込んだままの私に、苦笑いしながら奴は手を差し伸べた。


「大丈夫か?織原美栄さん」


「いらないわよっ」


手を払って立ち上がる。

我ながら、この行動は可愛くないとは思う。だけど相手が相手なんだから仕方ない。

本当なら勢い良く体当たりをして音楽室に行きたい所だけど、相手が相手なだけにそんな事できない。いくら同級生とはいえ、こんな雲の上の仙人みたいな奴に攻撃するほど馬鹿ではない。相手は先生とPTAの母親達を味方につけているのだから。


「何笑ってんのよ」


こちらが攻撃に迷っている間、新堂はニヤニヤと不愉快な笑みを浮かべてこちらを見下していた。

この笑顔を見る度に無性にイライラする。


「相変わらず威勢がいいな、織原さん。さっきから俺を睨んでるけど、何か君の機嫌を損ねる様な事をしたかい。ぶつかって来たのも廊下を走ってた君のせいじゃないか」


爽やかに言いながら新堂は相変わらず笑っている。いつもいつも、小馬鹿にするような態度に腹が立つ。


「アンタのその態度がムカつくのよ!私を馬鹿にして!」


声の出る限り喚いてやった。はずなのに、新堂は相変わらず顔色一つ変えない。


「俺は別に馬鹿にしているつもりはないけど。それは君の偏見だよ」


「へ、へんけん!?」


へんけんって……何?


「あれ?もしかして偏見の意味を知らない?」


図星を指され、無意識に顔が赤くなった。

けど、認めるもんか。そんな言葉は頭イイ奴にしか分からないはず。


「高校生にもなって偏見を知らないなんて。君って確か、日本生まれの日本育ちのはずだよね。あとで調べておくんだね。多分、これから何度も使用するだろうから」


「余計なお世話よ!大体、今はすごく急いでるの。アンタと話している暇なんか――」


言いながら、はっとした。そうだ。今はすごく急いでいたんだ。なぜなら――。


「音楽室に行かなきゃ!ってか、なんでアンタが授業中にウロチョロしてんの!」


「別に俺の勝手だろ」


「まさかサボリ?生徒会長が授業サボっていいわけ?」


授業をサボる会長なんて聞いた事がない。

これはもしや、こいつの意外な一面て事で、弱味を握ったのだろうか?

だとしたら立場は逆転。これを脅しの武器に使えるかもしれない。

例えば、遅刻を見逃してもらったり、早退を見逃してもらったり。

しかし新堂は狼狽えることも焦ることもなく、淡々と言い放つ。


「俺は先生の手伝いをしていただけだけれどね。授業をサボるなんて、君とは違う」


「あぁ、そう……」


がっかりした。よく考えれば、こいつが私に易々と弱味を見せるはずがないか。新堂は時計に視線をやると「もうこんな時間か」とぼやく。


「そろそろ戻らないと本当に授業に遅れそうだ」


そして去り際に、突然肩を掴まれた。


「ここからが本番だ。じゃあまた後で」


「え?」


突然の事で、意味がわからなかった。

唖然としている私を横目に、新堂は満足そうな笑みを浮かべて立ち去っていく。

何が本番?どうして、『またね』なの?

意味合いが理解できず、言葉が頭の中をぐるぐると廻る。

本当に、あの男は意味がわからない。意味はわからないが、取り敢えずなるべく関わらない方が良いのかもしれない。私の本能が、そう警告していた。

アイツには関わるな。でなければこれから、恐ろしい目に会うぞ、と。

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