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問題児レッテルの所以

「あーもう、ムカつく!!」


教室に入るなり叫び、自席に向かう。

遅刻した時はいつも同じ事で騒いでいるため、今更気にとめるクラスメイトはいない。

ヒステリックな声を上げて席に着くと、友人の相原香織あいはら かおりが現れた。


「おはよう美栄みさか。相変わらず遅刻魔ね」


隣の席に座って足を組み、半ば呆れた様な溜め息を吐く。


「悪かったわね」


私だって何も好きで遅刻しているわけじゃない。

今日は目覚ましが仕事をしなかったから。

昨日はうっかり目覚ましをセットし忘れたから。


こう見えても、寝坊しないように色々頑張ってはいる。だけど何故かいつも起きられない。


5分や10分の寝坊ならば急ごうという気になるけど、私が覚醒するのは、いつも登校時間の30分や1時間後だ。そこまで確実に遅刻になるなら、もういっそ昼に登校しようと開き直るのが人間の心理だろう。


「それにしても、今日はいつにも増して荒れてるわね。どうかしたの?」


机に突っ伏すと、香織は不思議そうに首を傾げた。


「どうしたもなにもないわ。アイツが――」


言いかけた時、ある事に気付いて軽く辺りを見回す。


うちのクラスには、生徒会メンバーの1人である新橋鷹瞳しんばし たかめって名前の奴がいる。


直接会話をしたり、関わり合いを持った事はない。だけどその人は生徒会の副会長、つまり奴の片腕だ。話を聞かれると後々面倒な事になるかもしれない。


ざっと見渡して不在を確認すると「ちょっと聞いてよ」と前置きし、一気にまくし立てた。


「生徒会に用紙取りに行ったら、またアイツに嫌味言われたのよ!」


「アイツ?」


「生徒会にいる『アイツ』は1人しかないでしょ。新堂勉に決まってるじゃない!」


あんなのが2人も3人もいられたら、たまったもんじゃない。


昼休みでたっぷり時間があるのをいい事に、さっきの屈辱を晴らすため、優等生と謳われている新堂の悪口を言いまくった。


「よっぽど気に入らないみたいねぇ。その生徒会長とやらが」


一通り愚痴を聞き終え、香織は苦笑いを浮かべながら呟く。


「気に入るとか気に入らないとか、そういう次元じゃないわけ。嫌いなの!大っ嫌いなのよ!」


机を叩き、立ち上がる。それにはさすがのクラスメイト達も驚いたらしく、迷惑そうにこちらを睨んだ。


「とにかく。アイツとは金輪際関わりたくないわ。安西も安西で相変わらず口うるさいし」


大人しく着席し、鞄の中から昼食のパンを出し、かぶりつく。

そうだ。帰りにクレープかなんか、甘いものでも食べに行こう。こんな日は、やけ食いでもしなきゃやっていられない。


「確かに安西はアンタの事を目の敵にしてるわよね」


さすがは親友。全面的に私の味方をしてくれるだろう。そう期待したのだが、でもね、と付け加えられた。


「その色はちょっと個性的過ぎるかもね。何もなくても目につくわよ」


苦笑いし、香織は私の髪色を指摘した。


「なによ。私は地毛よ!」


言いながら、自身の髪を指先でつまむ。


うちの学校は、歴史はあまり長くはないが、取り敢えずは私立。


校則はあまり厳しくはなく、男子は髪が肩につかない程度。


女子に関しては長さに縛りはなく、染めるのは禁止されているくらいだ。


その為、遅刻について咎められるのはまだしも、髪の色についてとやかく言われる筋合いはない。


なんたってこの色は、今まで一回も染めた事がない、正真正銘の地毛なのだから。


「あんたがせめて、もう少しお父さん寄りの顔をしていれば、それもまだ通用していたんだろうけど。さすがに日本人顔に金髪ってのは微妙なんじゃない?」


突然目の前に鏡を差し出され、不満そうな表情でパンを頬張る自分と目が合ってしまった。


鏡の中には、日本人顔の頭から金色の髪の毛を生やした女が映っている。


確かに改めて考えると、なんだか違和感があるかもしれない。


私はこんな名前で英語だって話せないが、一応アメリカ人の父親と日本人の母親を持つハーフだ。

どこでだったか、遺伝子は西洋より東洋の方が子供に影響しやすいと聞いた事がある。

それは勿論人種の問題ではなく、単に色の問題だ。


つまり青い目や金髪などの薄い色よりも、黒の方が優性遺伝子?らしく、西洋特有の青い目や金髪やらは、劣性遺伝子らしい。


その為、一般的には日本人らしい特徴が勝ると言われているが、私は少し特殊だった。


顔立ちはモロに日本人なのに、髪の毛だけが金髪なのだ。


そのおかげで昔は色々苦労したし、正直今だって苦労している。だが、この髪の毛を黒く染めないのは、私なりのポリシーなのだ。


「別にタバコ吸ってるとか、薬やってるとかじゃないんだから良いじゃない」


「まぁ、染める必要はないのは私もわかるけど……。でも、世間の目はそんなものなのよ」


妙に達観したような言葉が勘に障った。確かに世間の目は、髪を金髪にしている女子高生なんて、渋谷を歩くギャルか二次元くらいとしか思わないんだろう。


だけど私は、この髪の色で17年間耐えてきたのだ。

今更世間体や校則の為に染める事なんてできない。


空になったビニール袋を丸め込み、そっぽを向く。

再び窓ガラスに映った自分を見てしまった。派手である事は、確かに否定はできない。


「せめて茶髪くらいなら良かったのにね。それかハーフって顔立ちだったら……」


「私に言わないでよ。自分で決められるもんじゃないんだから!」


私だって、できることなら、母親みたいに黒い髪の毛に生まれたかった。

そうでなければ、父親寄りの彫りが深く鼻が高い西洋顔になりたかった。


だけど私の遺伝子が選んだのは、母親の日本人顔と黒い目。

そして父親の金髪というアンバランスな組み合わせなのだ。


「もしも美栄がお父さんみたいな顔立ちだったら、きっとすごい美少女だったと思うわよ」


「何よそれ……。生まれ直せってこと?」


もしくは来世に期待だろうか。どちらにしても失礼な事だ。


「言っとくけど、外国人顔だからって、みんな美男美女とは限らないんだからね」


日本人はみんな、西洋コンプレックスらしいけど、私は知っている。

叔父――つまり父親の兄は、純血のアメリカ人だけれどイケメンではないし、妹だって――。


「私、次生まれ変わるなら、フランス人かイタリア人になりたいわ。東洋なら台湾も素敵よねぇ」


香織は勝手な主観と判断で、生まれ変わるなら海外の有名アーティストか俳優女優の娘になりたいなどと言い出し始めた。まるで小学生の将来の夢だ。


溜め息を吐きながら聞き流していると、不意に窓ガラスに、教室に入ってきた男子生徒の姿が映った。


あれは、クラスメートの新橋鷹瞳だ。タレ目だけど、整った容姿をしている。

いつ集計されているのか知らないけれど『校内イケメンランキング』の2位らしい。


あの人は頭は良いしイケメンだから、きっと悩み事なんか1つもないのだろう。


クラスの女子からしきりに話しかけられ、愛想を振りまいている新橋君を見ながらぼんやりと考える。


羨ましい。私は次生まれ変わるなら、あんな風にイケメンでコミュ力の高い男になりたい。


何気に目で追っていると、窓ガラスを通して目が合ってしまった。

盗み見していたのがバレるのが嫌で、慌てて目を反らす。


しかし洞察力はさすがらしく、クスリと笑われる声が背後から聞こえた。


これじゃまるで、私が恋をしていて、密かに目で追っていたみたいだ。

そんなつもりは一切ないけれど、わざわざ否定しにいくのも怪しいだろう。


なんだか今日は、色々な意味で厄日かもしれない。

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