かわいい後輩
「識原さん、相変わらず元気そうだね」
「美栄ちゃんやな──じゃないか。また生徒会室に遊びにおいで。待ってるからな」
「あら、美栄ちゃん。こんにちは」
気付けばもう、新堂と付き合い始めて2週間が経った。
とは言ったものの、特段デートをするだとか、一緒に登下校を共にするだとか、恋人らしい事は皆無だ。
取り敢えず、私たちが生徒会公認の異色カップルになり、ざっと14日程経過した。
初めは食わず嫌い(?)で毛嫌いしていた生徒会の人たちも、今ではすっかり顔馴染みで、顔を合わせれば話しかけてくれる。
ちなみに言わずと知れているかもしれないが、上から、鈴原先輩・孝文先輩、そして鈴先輩だ。
ある日私と香織は、昼ご飯を食べるために学食へと向かっていた。
その途中で高岸君に会い、軽く雑談をした。
「なんなの、最近のアンタは」
高岸君と別れて歩き出した瞬間、香織が眉を寄せながら詰め寄って来た。
「なにってなによ」
やばい。これはかなり疑われているかもしれない。
いくら遅刻魔だからとはいえ、鷹瞳君だけならまだしも、あの気高き王子様と噂されている高岸君にまで「美栄ちゃんじゃん!久しぶりっ」と肩を叩かれれば、疑われるのも仕方ないかもしれない。
なんたって高岸君は『綺麗だけど、あまり表情に出さない、クールな王子様』として通っているのだから。
「しらばっくれるんじゃないの。最近のアンタ変じゃん。廊下を歩けば、生徒会と談笑したり挨拶したり」
眉を寄せ、今にも食らいついてきそうに身を乗り出している。
確かに2週間前では、有り得ない光景には違いない。だけどここは肯定できない理由があった。
私が生徒会の人たちと顔馴染み以上の仲である事を認める=新堂と付き合っているだなんていう、事実を公言する事になる。それだけは絶対に避けたい。
なにせこの『既成事実』は、望んで起こったものではないのだから。
「だからぁ、遅刻して生徒会に行った時に、顔馴染みになったのよ」
これで押し通すしかない。だけど香織もバカではないらしく、私の言い訳に眉を寄せた。
「アンタ、最近遅刻してないじゃん。なのに仲良く話し出したのは最近よ」
「そ、それは」
痛いところを突かれた。
確かに、ここ何日も遅刻はしていない。
最近、生徒会の人たちと急激に仲良くなった時期と、遅刻をしなくなった時期ががっちり一致している。
少し考えればわかる事なため、疑われるのは仕方ないだろう。
「やっぱり変。アンタ、なんか隠してるでしょ」
疑惑の色を隠さずに、詰め寄って来る。
つくづく私は、新堂の彼女にさせられたという以上の被害を被っている気がしてならない。
「本当に何でもないのよ!」
事実は口が裂けても言えない。
どうにかして逃げられないかと戸惑っていると、突然背後から「美栄先輩っ」と可愛らしいポーイソプラノが響いた。
美栄『先輩』
その声の主に、思い当たる節はない。先輩と呼ぶからには、恐らく後輩なのだろう。
部活にも委員会にも、後輩と絡みがあるであろうものには、どこにも所属していない私には、先輩と慕ってくれる後輩などいないはずだ。
「とりあえず一旦離れて!」
香織から距離を置き、振り向く。
そこにはつぶらな瞳をした男の子が、満面の笑みで立っていた。
「やっぱり美栄先輩だぁ。お久しぶりです」
「……」
可愛らしい。まるで人形かぬいぐるみのようだ。
「た、確か……満井君?」
一瞬誰かわからなかった。恐る恐る呟くと、彼は笑顔のまま頷いた。
「わぁ。当たりです!ちゃんと僕の事、覚えててくれたんですねぇ。嬉しいなぁ」
まるで子供の様に、キャッキャと喜ぶ姿は、とても16歳男児には見えない。
だけど、可愛いので仕方ないだろう。
「もしかして、美栄先輩も今からお昼ですか?僕も一緒に行きたいなぁ」
終始笑顔を絶やさず、上目遣いで見上げる姿は、愛くるしいとしか言いようがない。
こんなおねだりをされて、誰が断れるものか。
ぶりっこ女にあっさりと落ちてしまう馬鹿な男の心境が、生まれて初めてわかった気がする。
「もちろんオッケーよ!」
勢いで断言してしまってから、ハッとする。そうだ。香織の意見も聞かなきゃ──。
「なに食べたい?私が奢ってあげちゃう!」
振り向いた時、香織はすでに満井君の隣をキープし、食堂に向かって歩いていた。
「本当ですか?嬉しいなぁ。じゃあ僕、カツ丼が良いです!あ、僕の事は駿って呼んで下さいねっ」
「私の事は香織先輩って呼んじゃって!」
いつの間にか置いてきぼりにされていた。
まぁ、香織喜んでいるなら良いか。
とりあえず私も、2人の後をついて行った。




