顔見知りになって
彼氏が出来ると、周りの環境まで変わり、彼氏を通して色々な男の子と関わるようになり、異性の心理が解ってくる。と言う事を、香織が読んでいた雑誌か何かに書いてあった気がする。
実際に私は、昨日の放課後の数十分の間に5人もの先輩・後輩・同級生と知り合った。
それも将来エリート街道まっしぐらな優等生揃い。
たった1人の嫌味会長の彼女になっただけで、これほどルックスの良い人たちと知り合えたのはラッキーかもしれないと、だんだん前向きに思える様になってきた。
「ちょっと美栄、早く走ってよ!時間なくなるじゃないっ」
休み時間、私と香織は全速力で廊下を走っていた。向かう先は、2階の科学室だ。次の時間が移動なのを忘れ、私達はついつい別のクラスの友人のところで話し込んでしまった。
「そんなに焦らなくても大丈夫だって。榊先生、いつもチャイムが鳴ってから5分後とかに来るじゃない」
今はまだ休み時間終了の5分前。つまり、後10分も余裕があるにも関わらず、香織は慌てまくっている。
「なに言ってるのよ!クラスに誰もいなかったじゃん!アンタは少し、時間にルーズ過ぎるの!」
「……」
遅刻常連としては返す言葉が思いつかず黙り込む。
「取りあえず急ぎなさいよ!走って!」
階段を駆け下り、周囲にいる3年生が迷惑そうにしているのも構わずに廊下を走る。
歩いて行きたい気持ちを抑え、形だけ急いでいる時だった。突然ドアから生徒が現れ、慌てて歩みを止める。だが勢いがついていた為、そのまま体当たりする様な形になってしまった。
体に鈍い衝撃が走り、同時にバランスを崩した。このまま転んでしまうと目を閉じたが、腕を掴まれてなんとかその場に踏みとどまる事ができた。
恐る恐る目を開けると、そこには私以上に驚いた顔をした、鈴原先輩が立っていたのだ。
「ご……ごめんなさい!」
よりによって鈴原先輩に体当たりしてしまうとは。
真っ赤になり、勢い良く頭を下げる。鈴原先輩は小さく笑みを浮かべ、掴んでいた腕を離した。
「相変わらず元気だね、美栄ちゃん。移動?」
相変わらず瞬殺笑顔だ。だけど殺されている余裕もなく、大きく頷く。
「はい。科学室に」
「そうなんだ。2年は確か、榊先生だったよな。あの先生は、5分後くらいに来るから、そんなに急がなくても大丈夫だよ」
ですよね。さすが先輩。よくわかっていらっしゃる。どうやら、あの先生がマイペースなのは歴代の常識らしい。
「先輩も移動ですか?」
「うん。次、体育なんだ」
そう言う先輩は手ぶらで、ジャージが見当たらない。よく見ると、先輩の後ろには数人の男子生徒がおり、その中の1人が2人分のバッグを抱えていた。
『あの人はね、男に人気あるみたい。取り巻きは男ばっかだから』
いつだったか、南が言っていた言葉を思い出す。なるほど、確かに鈴原先輩は男に人気があるみたいだ。モデル体型への憧れだろうか。
「真知都さん、そろそろ俺たちもやばいですよ」
「今日は外だから、少し早めに行きましょう」
呑気に立ち話をしている私たちを横目に、取り巻き1号が口を挟む。
先輩は「じゃあまたね」と、颯爽と去って行った。
なんだか取り巻きと言うよりは、舎弟みたいな感じだ。だけど先輩は至極当然の様な装いだ。さすが取り巻き慣れている。あまりに自然過ぎて、それが逆に不自然……と言うかなんと言うか。
廊下を歩けば『近寄り難い』と言われている生徒会役員達にフレンドリーに声をかけて貰える。
周りからは羨ましそうな視線を感じる。そんな感覚に1人優越感や戸惑いを感じながらも、科学室の席についた。すると、その羨ましいオーラを発している1人でもある友人の香織が、指を差してきた。
「ちょっと、美栄。いつの間に鈴原先輩と友達になってたわけ?」
どうやら走りながらも一部始終を見ていたらしい。
「いや、友達って程じゃないわよ。ただ、ちょっと知り合いって言うか」
「なんで知り合ってんの!」
まさか、昨日お披露目会があったからとは言えない。
それはつまり、あの新堂勉と付き合ってますみたいな経緯まで暴露する事になるからだ。
私の口から、そんな恐ろしい事を言えるわけがない。
「ほ、ほら。よく遅刻して生徒会室に通ってるじゃない。だからよ」
最もらしい言い訳をし、空笑いをして見せる。香織は僅かに眉を寄せたが、納得したらしく「なるほど」とぼやいた。
「遅刻ばっかりしてるとそんなメリットもあるんだ。羨ましいなぁ」
ミーハーな香織の事だ。もしかしたら、明日から早速、生徒会室通いを始めるかもしれない。
「私も毎日遅刻しようかな。そしたら、少なからずとも、顔は覚えてもらえるよね」
やっぱり。こういう考えはつくづく香織らしい。
「遅刻はいけないな、相原さん。生徒会室は遅刻届専用じゃないんだから」
後ろから声がし、振り向く。そこには案の定、鷹瞳君が嫌な笑みを浮かべて立っていた。
「あ、それはその……ちょっとした冗談です」
今まで同じクラスなのに、会話はほぼ皆無だ。鷹瞳君は腐っても生徒会副会長兼イケメン2位。そんな人に突然話しかけられたら、誰だってたじろうだろぐ。
「識原さんには本当に参るよ。うちにある用紙の8割は、彼女専用になりつつあるからね」
そう言うと、小さくため息を吐いて目を伏せた。
「物真似やめてくれない?」
こんな話し方、いつもの鷹瞳君じゃない。この皮肉や嫌味たっぷりの話し方は、1人しかいない。
奴の真似だ。指摘をすると、鷹瞳君は突然表情を変え、あははと笑い出した。
「ごめんごめん。だけどすぐにわかったんだね。さすが美栄ちゃん」
「わかるわよ。不愉快だわ」
「酷いなぁ。きっと泣いちゃうよ?」
「是非見てみたいわね」
あの男が泣くなんて、何があっても有り得ない。できるなら、見てみたいものだ。
「やだなぁもう。冗談なのにさぁ」
一瞬にして、いつものタレ目の鷹瞳君に戻ると、教科書を片手に奥の机に向かう。そんな姿を見送り、香織は再び絡んできた。
「いつから新橋君とあんな風に会話する仲になったの!」
「つ、つい最近かな」
これも全部、遅刻効果。そう伝えると、いよいよ香織は本格的に、明日からの登校時間について悩み始めた。
「遅刻は色々不便だけど……。でも生徒会の人たちと知り合いになれるのは大きい」
どうしようも何もない。どう考えたって、デメリットは生徒会と顔見知り<遅刻をして怒られる だ。わざわざ遅刻して、あんな嫌味会長の所に行く気が知れない。
「早まった真似はしない方が良いわよ。絶対後悔するから」
友達として、ここは止めるべきだろう。なんて私は友達想いなんだろうか。




