今日遅刻さえしなければ
雲一つない快晴の、午後12時。
私は緩やかな坂道を登りながら、空を見上げて歩いていた。
先ほど見た天気予報通り、今日は快晴だ。 季節の為かあまり気温は高くはなく、長袖を着て歩くのに調度良い。
「良い天気。ムカつく」
青空は人の心を晴れやかにする筈なのに、自然とそんな言葉が漏れた。
これがもし、旅先だとか休日ならば、もっと好意的な感情になっただろう。
だが私の格好は高校生の制服であるブレザーで、向かう先は学校。 しかも今は、登校時間をとっくに過ぎた午後12時だ。
「今日はなんて説明しようかな」
徐々に視界の先に現れる校舎を見据えながら呟く。
全ての元凶は目覚ましだ。 寝るときはちゃんとアラームをセットしたはずなのに、鳴らなかった。
そのせいで目を覚ました時にはすでに遅刻確定になっており、自暴自棄になって2度寝をしてしまったのだ。
高校生活も今年で早2年。そのうちの1回や2回ならば、まだ大目に見てもらえるだろう。
でも残念ながら、私にはその可能性は低い。すでに免罪符は、入学1週間目で全て使い切っているのだから。
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「なるべく目立たない様にしなきゃ」
校舎に入った私は、周りに人の気配がない事を確認し、素早く2階へと続く階段を駆け上がった。
右側には窓、左側にはずらりと教室の小窓が並んでいる。中には勿論、きちんと登校した真面目な生徒達が授業を受けている最中だ。
私のクラスは、ここから3つ目の場所にある2年C組。普通に歩いて通ると、中の生徒から丸見えだ。
重役出勤をしておきながら堂々と姿を晒すのは憚られ、忍者の様に身をかがめて進む。
A組、無事に通過。
B組も無事に通過。
忍んだ甲斐あり、なんとか無事に辿り着いた。後は後ろのドアを開けて、こっそり中に入るだけだ。
笑みを浮かべながらドアに手をかけた時だった。
「織原っ!」
今まで全く人気のなかった廊下に野太い声が響き渡った。今、正にドアを開けようと、半ば廊下に這いつくばっていた私は、不意打ちの怒鳴り声に思わず悲鳴を上げそうになった。
「なんだなんだ?」
「あぁ、またアイツだ」
とたんに廊下側席の生徒が顔を出し、一気に賑やかになった。額に冷たい汗が流れる。
せっかくあと少しでミッションコンプリートだったのに。思わぬ所で見つかってしまい、観念して立ち上がる。振り返ると、そこには案の定、見知った教師が仁王立ちしていた。
学年主任の安西だ。
「おはようございます」
とりあえず、笑顔で挨拶をしてみよう。怒りを殺ぐ事ができるかもしれ──。
「一体何時だと思ってるんだ!?」
ないか。
淡い期待は無残にもその場に崩れ落ちた。こうなったら、いつもの調子で乗り切るしかない。
「今は12時18分ですね。て言うか先生、今は授業中ですよ。そんな大声出したりしたら、みんなの迷惑じゃないですか?」
こちらに視線を注いでいる生徒達をチラリと横目で見る。授業中だというのに、凄いギャラリーの数だ。毎度お馴染みのやりとりなのだから、いい加減飽きればいいのに。というか、授業はどうしたのか。
そんな私の心情を無視し、安西はこちらに近付いてきた。思わず反射的に身を退いてしまう。
「また遅刻か!お前は学校を何だと思っているんだ!?」
年期の入った学年主任の顔が目の前まで迫ってくる。
「学校は勉強を学ぶ所じゃありませんか。っていうか、近いんですけど」
これじゃあ文字通り、意味は違うが目と鼻の先だ。ありえないくらいに近すぎる。
残念だが、私にオヤジ趣味はない。若い先生ならまだしも、こんな定年間近のオッサンのドアップはきつい。浮かべた笑みが、無意識に引き吊る。
「お前は……!教師を馬鹿にしているのか!?」
青筋を立てた顔が、更に近付く。それと平行し、私も後ずさる。まるで捕まる間際のおにごっこの様だ。
「別に馬鹿になんてしてませんって!」
いつものやり取りだし、正直自分から仕掛けたものだけど、だんだん嫌気がさしてきた。
こんな事なら、最初から素直に謝っておけば良かったかもしれない。
「大体お前はだな、いつもいつもそうやって、遅刻ばかりしていいと思っているのか!」
こうなったらもう、取り繕う必要もないだろう。
げんなりとした表情を隠さずに説教を受けていると、視界の端に何やら不愉快なものを見つけた。
2年A組のドアから、野次馬に混じり、とある奴がこちらを見ていた。
安西に気付かれない様、そっと視線を反らす。
A組には、この学校で一番嫌いな奴がいる。そいつの名前は、新堂勉。
今時、黒髪に黒縁メガネの学ランという、まるで絵に描いた様な典型的ルックスの優等生生徒会長だ。
この学校の仕組みはおかしくて、何故か遅刻をすると遅刻届け用紙を生徒会長から受け取らなければならない。遅刻常連である私は、その生徒会長にいつも用紙に嫌味を添えて渡されている。
よりによってアイツに見物されるだなんて、生き恥晒しだ。
頭上から降り注ぐ説教を聞き流しながら、ぐっと拳を握って耐える。
今まさに見せ物みたいな私を、あんな奴に見物されているんだ。
嫌味ったらしい笑みを浮かべた、新堂に。
そして説教が終わった後、この足で奴に用紙を頂きに行かなければならない。
考えるだけで、耐え難い屈辱だ。
その事で頭がいっぱいになってしまい、安西の説教については何一つ耳に入っていなかった。




