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フェイクニュース

作者: 黒七味

    「皆さんこんにちは!お昼のフェイクニュースのお時間です!」明るい声でニュースキャスターがそう告げる。

私が今いるのは、職場の休憩スペースだ。同僚と一緒に昼ご飯を食べながら、共用のテレビで放映されているこの番組を見ていた。

「今日の午前8時半ごろ、気象庁は関東広域に自身が発生した、と発表しました。報告によりますと、関東地方の気象観測台は、疎らに分布していた気象庁が今朝方、突如活発化し朝の会見を開くことを決定した、とのことです。今後の経過を観測して、随時気象庁は気象庁の情報をツイッター上で発信していくらしく、ぜひフォローして欲しいと述べていました。」至って平静を装った調子で朗々と原稿が読まれた。

「何も情報発信してないじゃん!自分のTwitterの宣伝しただけじゃん!」同僚の鋭いツッコミが光った。

「ケイコは今日もツッコミ頑張るねぇ〜。」私は、テレビと会話するのような同僚の姿にクスリときて、彼女に労いの言葉をかける。

「イヤだって、さっきから本当にどうでもいいことばっかり放送してるんだもん!」休憩時間なのにケイコはテンションが高い。

「だってそりゃ、FNBだもん。」私はつい、ユーモアの欠片もないことを言ってしまう。

「サヤったら、ホント、根も葉もないこと言うのね!」ケイコは少しムッとして言葉を返してくる。

「ゴメンゴメン!今の今まで仕事でさぁ、疲れてて。」苦しい弁解である。

「まぁいいや、お疲れ様。・・・・あっ、そうだ!今日さ、仕事終わったらご飯行かない?私行きたい店あんだよね〜〜何でも、この前駅前にオープンしてから、大人気の居酒屋らしくてさぁ————————」


彼女のかなりオッサン臭い趣味の話に話題が変わっていったので割愛する。

先ほどまで見ていた番組はFNB、Fake News Broadcastingが放映しているもので、全くのでっちあげや、有名なイベントのパロディー放送などを常に行なっている。この放送局は、最近になって急成長してきている。他の放送局が提供するニュースの質が低いことや、FNBのチョイスする言葉の絶妙さ・軽快さが、停滞している経済や政治のことを忘れさせてくれることなどがその要因だろう。実のところ私も、テレビをつければこの放送局に切り替えるクセがついている。もっとも、近頃はテレビをつける、という行為自体もそれほど頻繁にすることではないのだが。なにせ、ニュースならスマホのアプリで見るほうが手軽だし、いざ深くその内容を知りたいと思ったら、コンビニで新聞を買えば良いだけなのだ。わざわざテレビをつけないでも、動画配信サイトでは、主要なニュースをまとめて動画にしてくれているし、そこに書かれたコメントを見ておけば、ネットユーザーの意見が把握できる。日常会話をする分には、この意見をあてにしておけば事足りる。


しかし、私がこの娯楽としてのフェイクニュースの形態に危機感を持っていないといえば嘘になる。この放送局が現れた当初は、退屈なルーティーンの日常に対する一服の清涼剤にもなっていたが、最近のこの局の隆盛には尋常ならざるものを感じるのだ。ただの気のせいだと良いのだが・・・・




    FNBの人気は一層高まっていった。私も不安は現実のものになりつつあった。視聴率を稼ぐために、他の局もフェイクニュースコーナーが設置され始めたのだ。これは社会に大きな波紋を呼んだ。真実を放送するための民放局が、堂々と嘘を放送して良いのか?そんな懐疑の念が至る所に燻ってはいたのだが、ウソだと割り切って楽しいニュースを提供しているだけだ、と各局は開き直った。


それでも、娯楽としてのフェイクニュースは人気であり続けた。この傾向は虚構を消費する人間の本質をついていたのだ。今やフェイクニュースは巷に溢れていた。ジョークと真実の境界を見分けることはどんどん難しくなっていった。どの局もかなりの時間をフェイクニュースとそれに関連するコマーシャルを垂れ流し続ける。そしてある日のことだった。


「皆さんこんにちは!お昼のフェイクニュースのお時間です!」キャスターは笑顔を顔面に張り付けている。

「先ほど国会議事堂の前で、フェイクニュースに対する抗議デモ行進が行われました。彼らの声明によりますと、『どこを見回してもウソばかりで、何が本当なのかわからない』とのことです。」私はハッとした。

「その後、そのデモに対し、主要な野党議員たちが『君達、嘘はいけない』と注意の声明を発表しました。」ニュースは終わった。

「何が『嘘はいけない』よ、あんたらもいつも嘘ばっかりじゃない!」ケイコはいつもの調子で茶々を入れている。

わたしはその言葉に上手い返しができない。

「あ、そもそもこのニュース自体嘘なのか!わたしったらつい・・・・」ケイコは決まり悪そうにわたしの方に振り向く。

「これって、本当に嘘なのかな。」私はポツリと呟く。

「だって、FNBでしょ?」ケイコはあっけらかんとした表情だ。私は怖くなった。

最近見てきたニュースを振り返ると、そのどれもが、本当らしく思えてくる。あのウイルスの漏洩、情報改竄、有名人の不倫報道、一体どのニュースが本当のニュースの時間にやっていたのかが、わからなくなっていた。そして、それでも普通に過ごせていた自分の生活が、とても矮小なものに思えて何だか悔しかった。


それからまたしばらくして、フェイクニュースブームは収束し、各局は通常通りニュース番組を放送するようになった。私はこのことに素直にホッとするばかりではなかった。私の生活は、その流行の前後でこれっぽっちも変わらなかった。

また、私はあるとき気づいた、




    フェイクニュースと今放送しているニュースに大差がないことに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何から何まで嘘という訳でなく、現実を基に嘘を織り交ぜて作るのがフェイクニュースですから確かに、何処から何処までが嘘か分からなくなりそうです。 [気になる点] 最後まで読むと、何が嘘か確かめ…
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