【十一話】 アリスが本気を出した日
夕刻。
起きる時間である。
この時間頃に起き、準備をして、食事を取り、業務を始める。
それがいつものサイクル。
いつものアリスの日常。
寝る事が好きなアリス。
起きる事は起きるのだが、アリスのエンジンが掛かるには時間が必要であった。
(…………眠い)
そうは思いつつも、アリスは支度を始める。
昔は髪を伸ばしていたが、少し前に切ってもらった。
長いと手入れが面倒。理由はそれだけ。
支度をしながら、考える。
(……今日は"ひずみ"は起きなかった。……助かる)
アリスも又、ここの適正者なのだ。
"ひずみ"が起きれば、寝ながらでも感じ取れる。
そして、"ひずみ"が起きると、必ず夢が、悪夢になる。
その時は、寝起きも最悪であり、寝ていたはずなのに、とても疲れる。
(でも、もっと良い枕とベッドも欲しい……)
これまであまり、物に対して執着は無かった。
しかし、最近はそうでも無い。
色々と欲しい物が出来てきて、ポンポン発注していたら、あっという間にお金が無くなってきていた。
しかし、当の本人のアリスには、あまり、その自覚も無かった。給料が引かれ続けた事で、ようやくその事に気がついたのだった。
(お金……足りない……)
枕は何度か買っている。だが、ベッドはさすがに高い。そうポンポン発注できない。
発注した物が、給料から引かれ続けても、頼めるかどうかは、それを実際に頼む、本部の人間が考える。
多少の期間なら、割とどんぶり勘定で、頼んでくれる。だが、さすがに一年くらいかかりそうな物になると、否認される事もある。
この前、試しに頼んだが、残念ながら、否認されて戻ってきた。
そしてもう一つ、アリスが欲しい物があった。
普段は、あまり、人に物事を話すことはしないアリス。
そんなアリスが、前々からリーゼに言い続けていた。
「……リさん。……ブースター……まだ?」
「アリスさん。だから、夜間用にはブースターを取り付けても、使う機会がそもそも少なし……」
「でも……使いたい……」
「いや、でも、アリスさん。これ、本来は緊急時を想定して作られているんだ。それに、まだ数も少ないし。だから、まずは通常用の船全数が終わってから…」
「……じゃあ、夜間の船……スピード上げて欲しい……」
「いや、夜間は視界も悪いし、そんなにスピードが無くとも……」
アリスは、若干スピード狂だった。
だからこそ、巡回艇が気に入っている。
そして、巡回艇にブースターが欲しいと思っている。
しかし、そちらはさすがに、ここの技師である、リーゼか、プランに頼んでやってもらうしかない。
だが、取り付ける巡回艇の順番や、夜間巡回艇の場合の懸念も出たりもしており、夜間巡回艇へのブースターの取り付けは、後回しになっていた。
夜間巡回艇では、あれ以上速度を早くしてしまうなら、今度は前を照らす、ライトや、バッテリー等も取り替えないと、色々な問題が生じる事が予想されていた。
そして、夜間巡回艇が通常の巡回艇より遅いのは、意図的に抑えているからである。
そのような説明は、既にリーゼに聞いてはいたアリスではある。だが、アリスには、特別機械が得意でも、知識がある訳でも無い。
あくまで、スピードはまだ速く出来る、と言う認識のみである。 そして、ブースターを取り付ければ更に速くなるのだと、アリスは考えている。
巡回艇の詳しい構造は何もわからないアリスは、単純にそう考えているだけであり、それで、作業の効率を上げたいと思っている訳では無い。
「ね、ねえ、アリスさん。夜間巡回の船は昼間使う物より型式も新しいし、十分に速い。だ、だから、まだブースターは必要ではないし……」
そうは言われるが、そんな理由など、どうでも良いアリス。
「…………うん。…………でも、ブースター……」
結局は、ブースターを体験してみたいだけだった。
夜間の巡回は暗い水に囲まれた、"ブルー"を見て回らなければならない。
だから、夜、視界の悪い中でも、周りが確認できるくらいのスピードになっている。
夜間は"ひずみ"は基本起きないと聞いている。
その為、通常時に夜間巡回員が行う業務は、"ブルー"の調査がメインである。
現在"ブルー"調査で行われている事は、この囲われた、"ブルー"の水の採取がほとんどを占めている。
”ひずみ”が起きた箇所を巡回し、水を採取する。
この作業は、昼では、”ひずみ”が起きる可能性がある為、基本は夜間に行われていた。
そして、その業務では、ブースターの必要はあまり無い。
指定ポイントに行って、採取して、見回りをして、終わり。
夜間巡回といは言うものの、今では、ほとんどがそういう事であった。
そして、”ひずみ”が発生した時の報告書くらいである。
しかし、事務作業はどちらと言うと、苦手な方である。
マイヤは逆。どちらかと言うと、事務作業が本来は得意のようである。
「ね、ねえアリスさん。ブースターを体験したいなら、ほら、娯楽室のアレがあるじゃないか。アレなら、ブースター以上のスピードも体験出来るよ?」
リーゼの言うアレ。それは、今、娯楽室に在る、”ミックス”と名付けられた、練習用の機械。
当初は、不穏な感じをしたので、逃げ出したアリスだった。
どうやら、調整は終わっているようである。
「じゃあ……戻って来てから……やってみる……リさん、手伝って」
「う、うん。明日は何時頃?」
リーゼは了承してくれた。アリス達が、戻ってくるのは、明日の朝。
プランでも良いが、プランは朝が苦手である。朝は、本来のスペックを発揮しない。
「アリス、おしごと、いくお。でお、あれ、あたしは、いあ」
マイヤは”ミックス”は嫌そうである。
結局、今日もいつものように、夜間巡回艇で出て行った。
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次の日、戻って来てから、珍しく眠気を抑えて、マイヤと一緒に、娯楽室に向かった。
しかし、早すぎたのだろうか。まだ、リーゼは居なかった。
「アリス、まだ。はやいお。あとで、また、こよお」
「……うん……でも……」
娯楽室の大きな機械を見る。
もしかしたら、巡回艇と同じように、動かせるかもしれないと思ったアリス。
そして、一度部屋に戻ったら、いつもの癖で、寝てしまうかもしれない。
「…………これ……動かしてみる……」
「はう? リさ、まったほうがいいお。アリス。やりかた、わあるの?」
「……巡回艇なら……分かる……たぶん……」
そして、アリスは勝手に、”ミックス”を起動してしまった。
と言うより、適当にあれこれ触っていたら、起動した。
大きな入り口を開け、中に入ってみたアリス。
「…………起動したよ」
「でお、アリス、ほかのやりかた、どうすうの?」
「……マイヤ……外から……何か、スイッチ押すみたい……やって」
「こえかな? ねえ、アリス。リさ、くるまで、まったほおが……」
「大丈夫……たぶん」
中は、巡回艇よりは狭いが、どうやら無事、起動したと考えた。
そう、起動だけはしていた。
中を見ると、操作の方は、通常時の巡回艇の操作と同じようである。
入り口を閉め、外のマイヤに動かすよう頼んだアリス。
アリスは、”サウサー”を使い、適当にポイントを入れる。そして、エンジンの始動ボタンを押す。
それだけは問題無い。なにせ、通常の操作はそれだけなのだから。
(これなら……出来そう…………楽しみ……)
しかし、そこに小さく書かれていた、取り扱い注意の文字を見逃した二人。
この”ミックス”は、出力を、本来の巡回艇以下から、それの何倍かの出力を、再現できるようになっていた。
そして今、その出力は、最大になっていた。
それを操るのは、外に居る誰かなのだが、今はそれを良く知らない、マイヤが行っている。
「はう……いいのかな? こえと、うー、こえを押して……」
実際の巡回艇では無いのだから、そう、危険は無いだろうと思ったマイヤ。
適当に操作して、始動させた。
そして、アリスは体験した。
この”ミックス”、出力は外から自在に操れるが、始動後は、基本、巡回艇を忠実に再現している。
だから、暴走もする。
実際の物とは違うから、と甘く見ていたアリス。
空を飛ぶシミュレーションを中で体験してしまっていた。
しかも、出力が最大状態。かなりの距離を飛び続けた。
それが、映像だけなら未だしも、宙に浮いた感覚や、水に着水した時の感覚まで、しっかりと再現されてしまっている。
つまりは、座席なども、それに合わせて動く代物である。
それは、外からでは見えないので分からない。
(……………………びっくり…………)
中ではそんな状態なのだが、悲鳴などは上げないアリスなので、外のマイヤにはどうなっているのか分からない。
〈アリス、ちゃんと、うごいてう? どんなかんじ?〉
「………………飛んだ…………」
〈え? あえ? やっぱり、リさ、来るまで、やめとく?〉
「………………うん…………そうする……」
そう思って、入り口を開けようとしたが、ロックされてしまっている。
巡回艇は、エンジンを始動している間は、入り口は開かないようになっている。
猛スピードで移動する際に、間違って入り口が開かないようにする為の安全の為なのだが、そんな所まで、しっかりと再現されているこの”ミックス”。
「…………開かない……」
〈え? あえ? こっちには、開けう、ぼたんみたいなの、なにもないお?〉
「…………あれ…………じゃあ、これ……」
スイッチが違うのかと思い、違うスイッチを押したアリス。
それは、緊急時のスイッチだった。
「…………あ……これ……緊急時のスイッチ……私、やり方……忘れた……」
出力最大状態で、緊急時のスイッチを押してしまったアリス。
あの時、セリカが体験した猛スピードでの操作が要求されてしまう事になった。
しかし、そうなると、しっかりと出た所まで戻らないと、エンジンも停止しない。
つまりは、それまでは入り口は開かない。
”ミックス”は練習用なので、本来は、緊急停止のレバーもちゃんとあるのだが、それはとても分かり辛い外についている。しかし残念ながら、マイヤには分からない。
「………………マイヤ、早すぎるっ………………止まらないっ………………」
〈はう。どえ? 止めうの、どこ?〉
そして、そんな状態の所に、リーゼがやって来た。
「あれ? マイヤさんだけ? あ! 起動させちゃったの?」
「はう、リさ、止まらないお」
「ちょ、ちょっと待って。って! 出力最大になっちゃってるよ!?」
「え? そぅなの?」
「……え、もしかして、アリスさん、今この中に?」
そして、リーゼが緊急停止をしようとした所で、入り口が開いた。
「………………………………………………つかれた…………」
アリスが、よろよろと中から出てきた。
「……あー、お疲れ様……アリスさん。出力最大状態だったよ?」
「だいじょぶ? アリス」
「……………………大変…………だった…………」
「あれ? え!? アリスさん、緊急時の状態になってるよ!」
アリスは、セリカでさえ、緊急停止をした、出力最大状態の緊急時操作を、やり遂げていた。
しっかりと、出た場所まで戻り、エンジンを停止できる状態まで持ってきたのである。
その後、リーゼが調べた所によると、アリスが最初に指定したポイントは、かなりの遠くであり、そこから、最大出力のまま、マニュアルで操作して、帰還していたのだった。
これまでは、周囲からは、アリスは緊急時の操作は、まだまだだと思われていたのだが、この日を境に、逆転してしまった。
それを知ったセリカから、今後は緊急時の操作はアリスに教えて貰うよう、皆に報告された。
今、この”ミックス”を最大出力で、自分で操作出来るのは、アリスのみであった。
そして、最近アリスは、この”ミックス”で空を飛ぶようになっていたのだった。
(…………これ…………気持ち良い…………)
だが、暴走は、緊急時の操作には入らないのである。
お読みいただき、ありがとうございます!
アリスとマイヤの二人は、書くのが難しいです。キャラは好きなんですが。




