【九話】 地下迷宮に行った日
今日も、平穏な一日を過ぎようとしていた。
まだまだ、仕事は遅いけれど、生活には慣れてきた。
最初はとても驚いた、この城にも、馴染んできたと思っていた。
だが、この城は広い。ここに来てから、色々案内もしてもらっているが、まだ、知らない部屋や、行った事が無い所がある。
そして、そこにはまだ行っていなかった。何が在るのかすらも、聞いていなかった。
今日は、メイちゃんと一緒にお風呂へ向かった。しかし、そこで、異変が起きていた。
「あれ? メイちゃん。なんだか、オンセンのお湯が流れてないような……」
「……え? ……あ、本当……どうしたのかな……?」
オンセンのお湯を触ると、少し温い。そして、いつもなら、さらさらとお湯が流れ続けているはずだった。
だから、ここのお湯はいつも綺麗なのだが、今日は、何故か流れていない。
私とメイちゃんが不思議に思っていた所に、セリカさんがやってきた。
「あら。二人とも。お疲れ様……って、どうしたの?」
「「あのー……」」
私とメイちゃんは、声を揃えて言う。
「なんだが、オンセンのお湯が……」
「流れてないみたいなんです。いつもなら……」
「うん、流れてますよね。それに……」
「少し温いかもしれないです……」
私とメイちゃんが交互に説明する。そして、それを聞いたセリカさんも、えっ、と声を上げて、浴槽に来て確かめた。
「……本当ね。また、詰まっちゃったかしら……」
「「また?」」
「ええ、また。前も何度かあったのよ。ま、大丈夫よ。多分、詰まってるだけだろうから」
「えと、どこで詰まってるんですか?」
広いお風呂場の、お湯が出ていたはずの場所を見ながら聞く。
「多分、そこじゃないわ。……仕方ないわね。お風呂に入る前に行った方が良いわね。そうね、二人も手伝って」
「「え?」」
私とメイちゃんは変わらず声を揃えて聞き返す。
セリカさんは、お風呂はその後にまた来ましょう、とだけ言って、お風呂場から出て行く。
私とメイちゃんも、そのままお風呂場から出て、服を着てから、セリカさんに付いて行くことになった。そして、脱衣所を出て、通路を歩きながら、セリカさんに聞く。
「あのー、どこに行くんですか?」
「ええ、地下よ」
そう聞いて、思い出す。この城には地下があった。しかし、そこに何があり、どんな所なのか、まったく聞いていなかった。
それは、私の中で、優先順位が低かったからだ。
「ねえ、メイちゃん、地下ってどんな所なの?」
「……あ、うん。私も、行った事無いの……」
ここに来て、一年弱のメイちゃんも知らないようである。
「ま、メイも、そうよね。こういった事でもないと、特に行く必要も無い所だし。でも、そうなると、私達三人だけじゃちょっときついかしら」
「きつい、ですか?」
「そうね……」
そんなやり取りをしながら、通路を歩いていると、先にミランダさんとチュンさんがこちらに歩いてきていた。
「あら、二人とも。お風呂? チュン、今日は早いわね」
「そだよー」
「ええ、まあ。昨日遅かったからなぁ。今日は早く寝ようと思って……ん? セリカさん、なんかあったのか?」
この二人も、今からお風呂に行くようであった。だが、先程の事を説明し、これから地下に行く事を伝えると、ミランダさんもチュンさんも嫌そうな顔をしてから答える。
「えー? まじすかー? 私ー、地下無理だよー?」
「わ、私も、地下は……出来れば行きたくない……」
(ミランダさんは、理由は分かるけど……チュンさんは……?)
「ええ、構わないわ。でも、終わるまでお風呂は止めといた方が良いわね。あと、ユウカは……ああ、あの子も駄目だったわね……エレナは?」
どうやら、セリカさんは、二人の同行は期待していないらしい。そして、ユウカさんも、何故か駄目だと言う。その後、エレナさんの事を聞くと、多分自室だと、ミランダさんが答えてくれた。
その後、二人を残し、私達三人は、エレナさんの部屋に向かった。
「エレナー! 起きてるかしら!? ちょっとー!」
ドアをドンドンと叩きながら、セリカさんはエレナさんを呼ぶ。すると、寝ていたのだろうか、眠そうな顔で、エレナさんが出てきた。
「……んぁ……セリカさん、おふぁよぅ……ん、どしたのぉ?」
「ええ。って、やっぱり、もう寝てたのね。ねえ、悪いけれど、これから地下に付き合ってくれない?」
「……にゅ!? ち、地下!? ……あ、う、……あ、あたしぃ、もうお風呂入っちゃったしぃ! そ、それにぃ! あぅ! 地下行ったら、またご飯食べないとっ! ご、ごめんなさぁいぃぃー」
そして、脱兎のごとく、エレナさんは部屋に入ってしまった。
「ちょ! エレナ! まっ……あ! 鍵閉めて! こら、もうっ! あなたも!?」
セリカさんが、ドンドンとドアを叩きつつ叫ぶが、エレナさんは居留守を決め込んだようであり、出てこない。
(…………え? 地下って……え? な、何?)
「……はぁ、仕方ないか。ま、それじゃ、別のメンバーを探しましょう」
そうセリカさんに言われる、私とメイちゃんだが、何か、かなり不安になってきた。メイちゃんも同じ心境のようで、互いに顔を見合わせる。
それから、三人で、今度はアンカ室長の部屋に向かった。
そして、同じ説明をすると、アンカ室長も戸惑って言い返す。
「あの、ほ、ほら、セリカさん。わ、私が行くと……ね? だ、だから、その、あの……あ! そうそう、夜間の二人はもう出発したから……だ、だから、技師の人を連れて行ったほうが……」
「…………それもそうね。……あなたが行くと……うん、分かってるわ……」
すごく不自然に、アンカ室長もプランさんとリーゼさんに話を持っていたのだが、セリカさんは、何やら納得している。
そこに、今話をしていた、プランさんとリーゼさんが階段を上ってきた。
アンカ室長は、それを見てから、安堵したような声で、それじゃあ、と言って部屋のドアを閉めてしまった。明らかに、行きたくないと言う感じである。
(……え? な、何!? アンカ室長まで……?)
そして、今度はその二人に、その説明をする。すると、リーゼさんが先に答えた。
「……なるほど。仕方ないですね。じゃあ、行くしかない……プラン主任は?」
それを聞いて、プランさんも、少し逡巡してから、こくりと頷く。プランさんにしては、珍しい反応である。
「……助かったわ。私達だけだと、ちょっと不安だし」
これで、地下に行くメンバーが決まったようだ。
セリカさん、メイちゃん、プランさん、リーゼさん、そして私の五人。
しかし、メイちゃんは地下を知らないようであり、知っているはずのこれまでの人達は、明らかに回避したい雰囲気だった。
「あのー、地下って……」
「ああ、うん……嫌いな人、多いのよ……」
そう、答えてくれる、セリカさんは大丈夫なのか。リーゼさんはそこまで嫌そうではない。
そして、一度物置部屋で装備を整え、エレベータに乗り、地下に向かう。
いつもニコニコしている、プランさんも今は真剣な顔をしている。
「ど、どんな所なんですか……?」
「……ええ、そうね。とりあえず、迷わないでね」
そして、地下にエレベータが着き、扉が開く。
そこには、むき出しの石造りの通路。そして真っ暗で、先が見えない。
(……洞穴……? ……ダンジョン……?)
「今日のパーティーは、五人ね……。ルーキー二人と、鉄砲玉のリリーゼと、経験豊富なプランと私か……ま、プランが居てくれれば、何とかなるかしらね……」
セリカさんに、これから、迷宮の探索でもしそうな事を言われる。
「酷いなぁ、セリカさん。鉄砲玉って、ちゃんと戻ってきますって」
「そう言って、前に迷ったのって……」
「それはエレナさんですよ?」
そう言うリーゼさんとセリカさんの言葉を聞いて、メイちゃんが恐々と聞く。
「……あ、あの……私も……初めてなんですけれど……あ、アカリちゃんも……」
「は、はい。えと、迷うんですか……?」
「ええ、道を間違ったら、迷うわ」
さらっと怖い事を言われた。
そんな私とメイちゃんを、大丈夫、と言うように、プランさんがこちらを見てくれる。
そして、セリカさんを先導に、そこを進み始めた。
どうやら、地下には灯りは無いようで、物置から持ってきたライトで、前を照らすしか無いようである。
そのライトは、セリカさんと、私が持っている。
(どうせなら……全員分渡せばいいのに……)
少し進むが、まだまだ先が見えない。ライトが無いと、真っ暗闇だろう。
セリカさんが一番前、そしてメイちゃん、その後にプランさん、それから私、最後にリーゼさんと、完全に縦並びで歩いていく。
私の前には、プランさんが居るので、どこか安心できている。そして、私は聞いてみた。
「あのー、地下って、灯りは無いんですね……」
「ええ、そうなのよ。それにカメラも無いわ。だからミランダはまず無理なのよね」
「……ほ、他の人達はー?」
「チュンは、苦手のようね。ここに来ると、前進まないから……。で、ユウカも似たようなものね。あの子の場合、進むけど、戻れないのよね……」
「え、エレナさんは……?」
その質問には、後ろのリーゼさんが答えてくれた。
「エレナさん、前に迷っちゃったみたいなんだ。それから駄目になったみたいだよ」
「そう言うリリーゼも、迷った事無かったかしら?」
「あ、あれは! ま、まさか、ちょっと気になった所を見ていたら、みんなが行ってしまっていただけで……」
「で、皆で探したのよね……で、アンカは……駄目よ。絶対迷うから……」
ゆっくりと前に進んでいるようだが、真っ暗なのでこれくらいがちょうど良いと思う速度である。そして、水が滴る音が聞こえる。
「……ひっ!? あ……う……」
既にメイちゃんは戦々恐々としているようであった。
「安心しなさい、メイ。あなたは、私とプランの間に居るのよ? 怖がる必要は無いわ」
「め、メイちゃん、お話し、しよっ。そしたら、気もまぎれるから……」
「あら、アカリ。良いこと言うわね」
私も初めてではあるが、ライトを持ち、前に三人居るのが見えているので、そこまで怖くは無い。メイちゃんは既に声も出せないようなので、代わりに聞いてみた。
「あ、あの。この地下って、どれぐらいの広さがあるんですか……?」
「そうねぇ……。どれぐらいあるかしら。少なくとも、二階の倍くらいはあるようね……」
「へ!? あ、あそこの、更に……?」
「そ。だから迷うとね、探すのも大変…………なんだけど…………リリーゼは?」
「……え?」
そう言われ、後ろを見ると、真っ暗な通路しかない。
後ろにいたはずの、リーゼさんが姿を消していた。
「……あ、あれ? さっきまで……居た……のに……?」
「…………またか」
呆れたように、セリカさんが嘆く。私は後ろを探そうとしたが、プランさんに止められ、セリカさんに言われる。
「いいわ。リリーゼは、後で探しましょ。……でも、やっぱり迷うんじゃない……」
「や、やっぱりって……え?」
「前もそうだったわ。ま、大丈夫よ。リリーゼの場合、怖がってるとかじゃないから。多分気になる所でもあったんじゃないの?」
そして、セリカさんは気にせず前に進んでいく。
私達は、四人になってしまった。
「あ、あのー、気になる所って……?」
「ああ、ほら。横を照らして見てみなさい」
ここまでは、前しか照らしていなかったライトを、横に照らし、辺りを見てみる。
他のどこかへ続く、別の通路があった。そして、扉もいくつもある。
完全に迷路だと思ってしまう。
「どこか気になる部屋でも見つけたんじゃないの?」
「で、でもリーゼさん、ライトも持ってないし……」
「リリーゼは夜目は利くみたいね。ああ、ユウカやアリスもライトが無くてもうっすら見えるらしいわ。だから、ユウカは余計怖いのかもね……」
リーゼさんが鉄砲玉だと言うのは、なんとなくしっくり来る。気になったら、何があっても、とことんやる人である。他の事をそっちのけになるのは、少し悪い癖かもしれないが。
アリスさんは、多分何とも思わないかもしれない。
ユウカさんも、行ったは良いが、戻れない、という、猫のような気質の人であるので、納得がいく。
「あの、それで……どこまで行くんですか?」
「もっと先の突き当りまでよ。そこがね、オンセンの所の真下になるんだけどね。そこから引いてるのよ。で、大概そこが詰まってるのよね……」
「り、リーゼさんが居なくても大丈夫でしょうか……?」
「プランが居るから。ほら、私達だけだと……届かない所もあるし……」
そう聞いて気がつく。私も、メイちゃんも、そしてセリカさんも、メンバーの中では背が低い方である。当然、届かない所もあるかもしれない。
それから、くねくねと何度も通路を曲がって、セリカさんの後を付いて行く。これは、逸れると完全に迷うような、本当に迷路のような所だと思ってしまう。
しかも、真っ暗。リーゼさんは、本当に大丈夫なのだろうか、と心配になった頃であった。
先のほうが少し明るくなっている。
扉は無く、少し大きな広場のようになっているようだ。
「ああ、着いたわ。ここは少し明るいから、助かるわね」
そうして、セリカさんはその広場の所で、パイプなのだろうか、それがある場所に行き、そこを調べ始める。プランさんも同じように、別のパイプを調べている。
「こっちは、問題無さそうね……プラン、そっちはどう?」
それを聞いていたプランさんが私を手招きする。
そこには、バルブがあった。私でも届く箇所にある。どうやら、プランさんは、そこを回してほしいようだった。
私は、そのバルブを回してみる。そして、プランさんはそれを確認した後に、そのパイプの一部を開け、何か作業をし始めた。
「ああ、そっちが詰まってたかしら」
どうやら、ここからオンセンのお湯が引かれているのだろう。プランさんが作業をし終えたのだろう、そちらを確認しながら、私にもう一度バルブを回すように指示を出してくれる。
そして、バルブを回すと、どうやらお湯が流れる音がした。
「ああ、良かったわ。今回は簡単な詰まり方だったみたいね。……たまにはここの整備もしないといけないけれど。…………ってねえ。……メイは?」
「…………へ? あ、あれ?」
そこに、メイちゃんの姿は無い。
「さ、さっきまで……居たのに……あ、あれ?」
前に居たはずのメイちゃんが、この広場に来てから居なくなっていた。
「…………迷ったか…………」
セリカさんは淡々とそう言うが、私はそんな馬鹿な、と思ってしまう。前に居たはず、セリカさんとプランさんの間にいたはずである。
一体いつの間に消えてしまったと言うのか。
そう思い、周りを見渡していると、こちらに走ってくる人影が見えた。
メイちゃんがこれまで見た事の無い顔で、こちらに来ていた。
「ふえぇぇぇーん! はぅううううう! よ、良かった! 居た……ぐすっ」
涙目のメイちゃん。本当に何処で逸れたのか。しかしこうして巡り合えて良かったと思う。
「メイちゃん、何処言ってたの? 心配したよー」
「ぐすっ……はぅ……あ、アカリちゃん……私、普通に歩いてたはずなのに……ふぇ……うっ……」
どうやら、暗闇の中で、相当怖い思いをしたのだろうか。
「助かるわ。いつもなら、探す必要があるんだけれど。特に、アンカとか酷かったわ……」
「……アンカ室長が……?」
「ええ、そう。……ま、とりあえず戻りましょ。もうオンセンのお湯も普通に出ていると思うし。お風呂に入りたいわ」
プランさんも、うんうんと頷いている。
そして、私達四人は、来た道を戻っていった。その途中で、私は、聞いてみる。
「ここって、そんなに広いんですね……それに灯りも無いですし……確かにあまり来たくはないですよね……」
他の皆が来たがらないのも、分かってきた。と思ったが、セリカさんがその後言った事の方が、本当の理由であるかもしれない。
「そうね。確かに広いけれど……ここってお城でしょ? お城の地下って、普通、牢獄とか……そういう所も多いでしょ? ここもそうなのよね……」
「へ……? ろ、牢獄?」
「それに、拷問室とか、そんなのもあったらしいわ。で、ユウカとか、チュンとか……なんか、見える事があるそうよ……ここには居ないはずの……誰か……」
(し、心霊スポット!?)
そして、その話をしたそのすぐ後に、前に人影がうっすらと見えた。
「「ひ、ひぃいいい!!」」
メイちゃんと私は、同時に声を上げ、完全に出会ってしまった、と思った。
「ああ、やっと見つけた。探しましたよ」
それは、途中で逸れたリーゼさんだった。
「ああ、リリーゼ。もう、何処行ってたのよ? 終わったわよ」
「す、すみません。気になった部屋があったから、つい……」
どうやら、リーゼさんは、ここの何処とも知れぬ部屋を、気になって探索していたようである。ライトも持たずに……。
その後、無事合流できた私達五人は、エレベータで、二階へと戻った。
そして、その途中で聞いてみた。
「……あのー、ちなみにアンカ室長が酷かったって……何処に居たんですか?」
「……ああ、あれは、酷かったわ……どこをどう迷ったら、そこ行っちゃうのかしら……あの時は、皆で探したんだけどね。すごく時間もかかったわ………………アンカ、地下二階に居たのよね……」
「………………は? 地下…………二階……?」
「あら、そうだったわ。話して無かったわね」
(まさか、ここの地下は……一階だけじゃなくて、更に二階も……)
「ここね、今の所、地下四階まではあることが分かってるわ」
「よ、四階!? え? な、何があるんですか?」
「……さあ? 私も、二階までしか、よく知らないし。地下二階は、私もいらない物を置いたりしに行くけれど。それより下は行かないわね。それに、発見出来てるのが四階まで。……なんかね、もっと下もあるみたいよ? ここ。それにね、地下に行けば行くほど、もっと複雑で広くなってるみたいなのよねぇ。ほんと、何があるのかしらね」
この城には、まだまだ見知らぬ部屋がある。
地下を含めると、全部を把握している人は、今は居ないのかもしれない。
しかし、だからと言って、この城の地下に行くのは、何故か危険な気がする。
単純に、迷って戻って来ることが、出来なさそうだから……
そして、地下二階には、あの黄金の鍋が安置されています。




