【八話】 巡回艇に初めて乗った日
「ぴ! ぴえぇぇえええぇぇーー!」
私は、絶叫していた――――。
その日、私は、ついにこの時が来てしまった、と思った。
昨日の晩、セリカさんと、アンカ室長に言われた。
「アカリさん。明日、”巡回艇”の練習を行おうと考えています」
「え………え!? わ、私……ですか!?」
「ええ。あなたの練習よ。ま、日が良ければね」
それは突然だった。いや、一日猶予を貰ったのだが。
そのおかげで、昨日はよく眠れなかった。そして、朝眠かった。
あの恐ろしい程のスピードで走る、”巡回艇”に乗る。
何度か出発は見たが、何度か、内部の説明は受けていたが、自分が乗るとなると、やはり怖い。
不謹慎。そうは思うが、”ひずみ”が起きないだろうか、とまで考えた。
いや、それはそれで大変になるのだが。
しかし、あの日以降、”ひずみ”は起きていない。
ここに来て、もうすぐ一ヶ月になろうとしている。
しかし、”ひずみ”に遭ったのは、まだ、あの一回きり。
五日目のあの時だけだった。
たまに、もしかしたら、とセリカさんが言う日もあったが、実際には、起きなかった。
その為、あれ以降は、あの光景は見ず、のんびりと日々を過ごしていた。
そして、その練習は、巡回組も戻る、午後の三時過ぎに行われる事になった。
その時間を過ぎると、基本”ひずみ”は起きないと考えられている。
可能性は0ではないが、ここでは一度も起きていない、と言われた時間帯。
まだ、辺りは光も残っている時間。
何かあっても、皆が揃う事が出来る、この時間帯。
「あ、あのー……そ、掃除は……」
「大丈夫ですよ。他のメンバーで、ちゃんと掃除出来るように、割り振りしましたから」
「あ、あのー……食事当番…………」
「今日はあなたは良いわ。ちゃんと代わりも入ったし」
「あ、あのー…………」
「良いから、練習するぞ? アカリの初の巡回艇だ」
今、ここに居るメンバーは、アンカ室長、セリカさん、チュンさん、そして、プランさんとリーゼさん。
「今日は、日が良かったわ。夜間巡回もしなくて良さそうだし」
「ええ、助かりますね。プランさんも、リーゼさんも、こちらに専念してもらえますし」
「じゃあ、こっちは準備進めるぞ?」
アンカ室長とセリカさんが、良かった良かった、と言うように、話を進めている。
そして、チュンさんは別の巡回艇で、私について来てくれるそうだ。
(あんまり……良くない……こ、怖いぃ……)
「でも、残念だわ。アレの後なら、もっと良かったのだけれど……」
セリカさんが何かを言っているが、よく分からない。
今、巡回艇準備室の前で、私は、巡回艇の前に立っている。
それは、前に、セリカさんが乗っていた、一番手前の巡回艇。
「さあ、アカリさん。乗り方は、もう分かるよね?」
「は、はい……乗り方、だけは……」
そして、巡回艇の前に来る。
「……で、でも、その、緊急時の……えと、操作は、まだ……」
「大丈夫よ。今日はそっちはやらないから」
「ええ、そちらは、セリカさんに別の考えがあるそうなので。そちらで覚えましょう。まずは、通常の乗り方からちゃんと覚えて下さい」
「ああ、アレね。……ちょっと遅れそうなのよ。だから、もう少し先になりそうだわ」
「あら。そうなんですか? それは残念ですね……」
「ええ。だから、アレが届く前に、もう練習しても良いかもしれないわ」
「でもさすがに、今日いきなりは……」
「そうね。ま。まずは通常の乗り方からね。でも、そっちは操作は簡単だし」
アンカ室長と、セリカさんは、なにやら分からない事で話をしている。
アレとはなんなのか。いや、それよりも、まだ、緊急時、つまりは”ひずみ”が発生した時の操作方法は、リーゼさんに口頭で説明されただけである。
結構、複雑な操作が必要なようで、さすがにそちらは、すぐにやれと言われても、出来ない、と断言できる。
「今日は、まだ、近くだけだから。で、実際の業務に沿いたいから、これね」
そう、セリカさんに言われ、渡されたのは、あの印刷板。ルミトなんとか印刷、と聞かされている、何度でも使用できる、印刷物。
「前に話したと思うけれど、このポイントを、”サウサー”を使って入力するわ。ただ、それのみで入れないといけないから、端末とは、少し操作性は違うけれど」
やり方は、リーゼさんに聞いていた。通常の操作だけなら、何とか出来そうではある。しかし、大事な事が一つあった。
それは、ここの地面がある箇所、”セーフティーゾーン”と呼ばれていた場所では、絶対にエンジンをかけない事。それは戻る時もそうである。
「じゃあ、アカリさん。乗って」
リーゼさんに促される。
「……あ、う。……は、はい。じゃあ、えと、これを押して……」
最初の乗り方だけは、先に一度やっていた。
まず、巡回艇の外側の透明部分にある、ボタンを押す。
すると、そこの透明部分の一部が、開いて入り口が出来る。
「じゃ、じゃあ……の、乗りますね。……乗っちゃいますね……」
「うん。ああ、チュンさんが先に行っちゃうよ?」
巡回艇の入り口の前で、足踏みしている私。
「ほら、何してるの。アカリ。ちゃっちゃと乗って。見ててあげるから」
セリカさんに急かされる。
そして、私は覚悟を決めてそれに乗り始める。
ゆっくりと、巡回艇に入りながら、席に座る。
(……わ。結構広い。……すごい。周りもちゃんと見える)
「ほら、入り口閉めて。で、その後の事は教えてあるんでしょ? リリーゼ」
「ええ。もちろん、ちゃんと教えましたよ」
「は……はい」
セリカさんに言われて、リリーゼさんから教えてもらった事を思い出しつつ、入り口を閉める。
(えっと、このボタンで、閉める……)
分かりやすい箇所にある、中のスイッチを押す。
すると、入り口は閉まり始め、すっぽりと、中に覆われる。
(ふわー、すごい。……あ、あれ? 閉めると声が聞こえない。……あ、セリカさんが何か言ってるみたい……あ! そ、操作)
どうやら、セリカさんが、早く操作しなさい、と言っているようだ。
リーゼさんの説明を思い出しつつ、操作を始める。
(えと、サウサーで、ポイントを……あ、そうだった。端末違うから……えと、これで、”X”を、えーっと、これで…………)
考えながら、操作をする。巡回艇には、”サウサー”以外にも、いくつかのスイッチがある。扉のスイッチ、サブエンジンの始動のスイッチ、メインエンジンをかけるスイッチ、緊急停止のスイッチ、そして、緊急時に使う、切り替えのスイッチ、等等。
ただ、緊急時のボタンを押すと、モニターが点いたり、別の操作の物が出てきたりして、中は別物になってしまう。
しかしそちらは、難しく、まだ、よく分かっていない。
サブエンジンの始動のボタンを押すと、扉のボタンは利かなくなるらしい。
スイッチとは言うが、青白く光るそのスイッチは、なんと、中に浮いている。
スイッチと言うよりは、センサーに近い。
(……えーっと、これでポイントを全部入れたから、……サブ……エンジンは、こ、これ)
そこを長押しする。すると、巡回艇が動き始める。
(……あわわわ、う、動き出した……あ、リーゼさん。あ、そうか。足場がある所までは、サポートしてくれるんだっけ)
リーゼさんが、私の乗った巡回艇の横に付き添って歩いてきてくれている。そして時折、その巡回艇を、押したり引いたりしてくれている。
そんなリーゼさんを見ていると、突然声が聞こえた。
『アカリ、大丈夫か? 問題は無さそうだな』
「あ、あれ? チュンさん?」
『そうだが? ん? もしかして知らなかったのか?』
「えっと、もしかして、お話出来るんですか?」
『ああ、巡回艇同士なら、近くに居れば出来る。だから、あんまり離れるなよ』
「え……は、離れないようにする為には……」
『タイミングさえ合えば問題無いよ』
そんな話をしていると、とうとう足場が無くなる所まで来ていた。
どうやら、リーゼさんのサポートも終わる場所に来てしまったようだ。
少しだけ、先にチュンさんの巡回艇が見えている。
中からは、外は良く見えるのだが、ほとんどが透明なので、本当に自分が水の上に浮いているように思える。
『じゃあ、メインエンジンの掛け方は分かるよな? まずは、そこが重要だからな。』
「は、はい!」
巡回艇は、のろのろと、進んでいる。しかし今は、そのスピードでも十分な気もしてしまう。
そして、少し先に、点滅しているライン状の光が、水の中に見える。
その光の先が、メインエンジを掛けて良い箇所になる。
ここに来た初日と同じくらいの緊張を感じる。
『アカリ。じゃあ私が言うから、その時にメインエンジンを入れるんだ。今って、言う――』
「……え?」
そして、私は空を飛んだ。
「ぴ! ぴえぇぇえええぇぇーー!」
※※※※※※※
「……やったわね」
「あらあら……」
「あー、久しぶりに見ましたよ。暴走したの」
暴走。
”セーフティーゾーン”の中には、地面がある。
巡回艇のすさまじいスピードは、水を吸い込み、その水を高圧で後方と下方に連続出力し、それにより高速のスピードを実現している。
それは、水の下に地面が無いからこそ出来る芸当であり、巡回艇は、実際には移動している時は、水面から若干浮いている。
”ブルー”の底は、未だあるのかは定かではない。それでも、少なくとも、見える箇所には地面は無い。
しかし、”セーフティーゾーン”には見えるくらいの浅さの所に地面があるので、そこでメインエンジンを掛けてしまうと、その高圧の水の勢いが、地面に反射し、押し出されてしまう。
つまり、浮くどころか、ポーンと空に投げ出される。
「……あれって、気持ちは良いんだけどね……」
「セリカさん、何度かやりましたね」
「でも、やっぱり危険ですねぇ」
「ま、今は大分改良されてるし、大丈夫でしょ」
話をしていた三人と、それを聞いていたプランは、割とのんきに、その光景を見ていた。
※※※※※※※
ボシャン、ボシャン、と何度か水面にバウンドしつつ、私の巡回艇は、ようやく水面に戻って来た。
「ひぃぃいいー」
(ぴいぃぃぃー! 何! アレ! 空飛んだ!)
そして、しばらく恐ろしい速度で水面を走り続ける。
周りは水だらけなので、速度は、その水面の揺らめきが教えてくれる。
(……あ、これ、ちゃんと走ると、あんまり怖くないかも……)
実際ちゃんと水面を走っている時は、見えるのは水なので、そんなに怖く感じなかった。
しかし怖かったのは、その後にもあった。
少し走って、指定したポイントがもうすぐなのだろう。巡回艇はスピードを緩め始める。
そして、大声が聞こえた。
『あぁ! かぁ! りぃぃ!』
「ひ! ちゅ、チュンさん……あ」
チュンさんが、私の後から近づいてきたのだろう、声が聞こえた。
そして、思い出した。アレが、暴走。で、私はそれをやってしまった訳であり、チュンさんの合図前に、メインエンジンを始動してしまったという事だった。
『んんー? いきなり暴走させるかぁ。やってみたかったのかぁ!? んん!?』
「え! い、いえ! その”今”って声が聞こえたので、そ、それで、その」
『今、って言うから、言ったらエンジンを掛けろ、と言おうとしたんだがなぁ!』
「ひ! ご、ごめんなさいぃ!」
そして、ポイントに着いたのだろう、そこで、巡回艇は停止する。
チュンさんの巡回艇もその付近で停止した。
『……ま、これでポイントに着いた事になる。……で、どうだった? 空を飛んだ感想は』
「もう、二度と、アレはやりたくないです……」
『今後は気をつけるんだな』
「き、気をつけますぅ……」
その後、少しだけ、緊急時の操作をさせてもらった。
だが、やはりそちらは、まだまだよく分からない。
しばらくして、戻る事になった。今乗っている巡回艇は、夜間用では無いので、暗くなると、先が見えなくなってしまうからである。
「あのー……帰りは、暴走、しないですよね……」
『”ブルー”の水の上なら無い。がやりたいなら、やり方もあるが?』
「いえ、いいです……」
そして、私とチュンさんは、城へ戻ってきた。
戻りは、順調に帰ることが出来た。
帰ってきて、巡回艇から出ると、セリカさんにも聞かれた。
「で、どうだったかしら? 空を飛んだ感想は」
「……もう、二度と、アレはやりたくないです……」
初めての巡回艇は、暴走から始まってしまった日だった。
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