【三話】 初の給料の日
(――え!? 何!? この金額!)
――――――
その日は、皆の給料日であった。
私にとっては、ここに入って初めての給料日である。
ここでは、12人のメンバー、皆が揃うのは、朝食の時か、晩御飯の時がほとんどである。
そして、ほぼ確実に全員揃うのは朝食の時。
だからなのか、その時、食前に、アンカ室長が、給料明細を皆に渡す。
「はい、お疲れ様です」
そうメンバー一人一人に声をかけつつ、アンカ室長が、その給料明細を渡す。
最近では珍しく、紙の封筒、そして、紙の明細票であった。
「はい、アカリさん。お疲れ様です」
「あ、有難うございます!」
封筒を受け取り、中を見ようと思ったが、もう食事が始まる。
他のメンバーを見ても、まだ封筒を開ける人は居ないように見受けられる。
「ねー! 今月分がもうさー、昨日届いたっしょー? ねーセリカっちー。今日ってどうかなー?」
「そうねぇ。ん……ま、今日は、大丈夫かしら」
ミランダさんが、セリカさんに聞いている。
あれは、おそらく、今日この”ブルー”の状態がどうなのかを、確認していると思われる。だが昨日、何か届いたとも言う。
「よっしゃー! じゃー! 今日は頑張っちゃうよー! じゃー、アリスちゃんと、マイヤちゃんも今日は早く寝てねー」
ミランダさんが、何の事を言っているのか分からない。
だが、そのまま朝食が始まった。
そして、通常通り、仕事も終わる頃、ミランダさんが皆に言う。
「じゃー! 皆ー、大テラス! 行こーかー!」
笑顔だ。そして、何かわくわくしている。
「だがな、ミランダ。今回は、アリスだぞ?」
「……あれー? え! もしかしてー…… この間の、アレ!?」
「ああ。残念だが……アレで決まった……残念だ……」
チュンさんが二回、残念、と言う。そして、アリスさんだと言う。
「ねえ、メイちゃん…… 何の事なの?」
「うん、ほら、この前、みんなでマラソンしたよね……アレで……」
私は思い出す。
そう、確かに前にマラソンをした。
そして、その時、一着だったのは、アリスさん。
そこまでは覚えている。
(……あ、そういえば……あ! 何か! ”優先権”が一着からあるって……)
チュンさんが言っていた事を思い出す。
いや、それを提案したのは、確かユウカさんだ。
(……で……なんだっけ?)
思い出しながら、大フロアーに居たメンバーと、大テラスに向かった。
大テラスに行くと、アンカ室長を除いて、他のメンバーは皆居た。
大フロアーに居た、私達が入り、そして、11人揃った。
既に居た、プランさんや、リーゼさん等が、何かを見ている。
「あー! もう見てるー! 待ってよー!」
「と言っても、今回はアリスだがな」
そのアリスさんも普段なら、まだ寝ているはずなのだが、
今日は大テラスで、一緒に何かを見て考えていた。
皆が見ている物。それに近づいてから、気がついた。
(あ、これ、あれだ。カタログ!)
「ね、ねえ……メイちゃん、えっとー……」
「うん、昨日新しいカタログが届いたんだって。それで今日、丁度給料日だから、皆で今月、何を買うのかを決めるんだよ」
私も思い出した。
ミランダさんが、このカタログを、私に渡してくれた時に、言った。
確か、”皆で何かを買う事があるから、少し給料を残しておいた方が良い”、と。
「あ! じゃあ洗濯機とか。ああいう物をこれから?」
「うん、皆で決めるの。でもこの前のマラソンの時に、その優先権を賭けちゃったから……」
そうだ。そして、その時の一位がアリスさん。だから、優先権はアリスさんという事になる。
皆は集まって、カタログを見ながら、これが良い、あれが良い、いや、あれが欲しい、と口々に言っている。
だがしかし、と言う事ならば、それを決める優先があるのが、アリスさん、という事だ。
「あー! だからー! 娯楽室にー……ねえ! アリスちゃん!」
これはミランダさん……
「いや、掃除用具を……なあアリス」
チュンさんである。
「モニター室をもっと良くしたいわ。ねえアリス?」
ユウカさんはその部屋をグレードアップしたい様子。
「ねえ……それ、私参加してないんだけど」
……そうだ。セリカさんはその時居なかった。
だとするならば、セリカさんの決定権は、どうなるのか。
「いいじゃんー、セリカっちいっぱい貰ってるっしょー?」
「あら? でも私も欲しい物あるわ」
「ねーアリスちゃん! これー! コレが良いー!」
「アリスちゃん、これがぁ、いいかなぁ」
「あいす、こえ、ほしい」
「なあ、アリス! ほら! こっち! これなら良いんじゃないか?」
皆、セリカさんのその意見はあまり気にせず、欲しい物を口々にアリスさんに言う。
そして、その当事者のアリスさんは……
「………………………………ねむぃ……………………」
…………考えていた訳で無く、ただ、眠かっただけの様子。
だが、その後口にした、何気ない言葉が、皆の火をつけた。
「…………………………………………マクラ…………………………」
「待った! それ! 皆じゃ使えない!」
「そー! それー! 駄目ー!」
「いや、皆の分の枕……アリかも……」
「私は、今ので十分よ」
「あたしもぉ、そえ、ほしい」
「いいねぇ。それー、私も欲しいぃ。」
「欲しいわね。確かに」
「いやー! それー! 皆で使うんー!? 違うよねー! だからー! ごらくし―」
「皆の分を? か……? いや、それは無いだろ?」
そして皆で、アリスさんを見る。
「………………………………………………ベッド……………………」
「待ったぁぁあああー! それはもっとありえないわぁぁあー! しばらく引かれ続ける物だわー! ソレー!」
「あ、あれは……もう嫌だわ……」
「……やめてくれ……」
「あぅー……あえ、いあ」
「…………さすがに……それは……」
「しばらく、なぁーんにも、買えなくなるねぇー」
「…………あれは…………困ります……」
「……あ、もうちょっと、皆で使える物のほうがー……」
さすがに、皆、それは嫌みたいである。
しかし、それに決まると、それを皆の分を買う事になるのであろうか……
確か、私も聞いていた。給料より、多い金額の物を発注すると、その後、給料が引かれ続ける、と。
そこで私もふと気がつく。
(……あ、私、まだ明細表、見てないや……)
それは、普段持ち歩いている、ポシェットに入れっぱなしだった。
皆が、あーだ、こーだ、いや、待った、もっとこっちを、と白熱し始めた脇で、私は後ろを向いて、こっそり自分の給料明細を見る。
(えーっと……あ、これが……なんだろ? 何か引かれてる……
で、こっちが……どう見るんだろ……これ……)
給料明細など、本格的な物は初めての私。
昔やっていた、アルバイト先では、手渡しで、お金を貰っていた。
(えっと……こっちが………………………………へ…………?)
見間違え。そう考えて、もう一度見直す。
(…………………………桁が………………………………………………あ、あれ!? ……………………………………え゛!)
それをそのまま私は口に出していた。
「……………………え゛!! …………な、何コレ!!」
「……あれ? どしたん? アカリちゃん」
「何かおかしい事でも……あったか?」
「……………………なんでせうか……コレ……」
私が見た、その明細票。
聞いていた金額と、違った。いや、数字は基本合っている。
……いやこれは、合っていると、言って良いのだろうか?
数字は聞いていた金額と同じ……かもしれない。
だが、一つだけ、0が多い。
たかが一桁。されど一桁。
いやいや、これは何かの間違えだ、と考えるが、その明細票は、私は間違えてないよ? という風に、その金額を示している。
(…………え゛!)
「どうしたの? アカリ。明細票、間違ってた?」
セリカさんがこちらに来て聞く。
「えーっと……せ、セリカさん……こ、これって間違え……じゃないですか?」
「どれ?」
セリカさんが私の明細票を見る。そして、確認してからこう言う。
「ああ、残念ね。あなた、一ヵ月分じゃ無いから。その金額なのね。ま、次はちゃんと一ヵ月分入るわ」
「…………え゛!? ……あのー……これ…………桁、多くないですか……?」
「そうかしら? そうだっけ? これで、合ってるはずだけれど。少なかった?」
(いやいやいや! 逆! 多すぎ! ナニコレ!? え!? 嘘!? 本当!?)
「なーにー? セリカっちー? なんか間違ってたのー?」
「いいえ? 多分合ってると思うけれど。ああ、ほら、アカリはまだ一ヵ月分無いでしょ? だから、金額が違うと思ったんじゃない?」
(逆です! 多いです! 桁が聞いてた物より! 一桁! 多い!)
「あー、そだよねー。まだー一ヶ月経ってないしねー」
「ああ、なるほどな。それに研修期間はちょっと少なかったんじゃないか?」
「ええ、そうでしたね。確か、半分くらいになるんですよね」
(ちょ、ちょっと待って! え!? じゃあ皆は……もっと……?)
そこで、アリスさんが言う。
「……………………じゃあ…………アカリちゃん……優先権ゲット……」
「えー!? どういう事ー? 何ー? アリスちゃんにー、今回は譲るのー?」
「……………………マクラと…………ベッドが駄目なら………………あげる…………新人さん…………おめでとぅ………………ゴールデンハイパー…………」
「……ま、そうね。折角だし、アカリ、選んでみたら?」
「それ良いかもぉ」
「……あ、そうですね。折角ですし……」
「じゃあ、優先権はアカリさんで?」
「良いんじゃないか?初めてなんだし。それにそれだと欲しい物買い辛いだろ。」
(いやいやいやいや! これ……え!? 使いきれるの!? て言うか、じゃあ、あの洗濯機は……一体……いくらしたんですか……?)
何故だか、優先権が私に来てしまった……
「じゃー、アカリちゃん! ほら、娯楽室―」
「いや、待て、他にも必要な物が……」
「わたしぃーなんでもいいよぉー?」
「ああ、大型の物はやめてね」
「え? ……えええ!?」
決定権が私。いや、これは、ある意味罰ゲームにも思える。
何か変な物を言ってしまうと、それに決まってしまう。
そして、誰に何を言われてしまうか……
「ほらー、これ良いでしょー、これを娯楽室に是非ー―」
「でも、もっと皆で使える物が良いわ」
「しかし……それだと……何があるんでしょうか?」
「ほらほらー。じゃあアカリちゃんもー、カタログ見て見てー」
そう言われてカタログを見る。
しかし、皆で使えそうなもの、となると、何を選んだら良いのやら……
カタログを見ると、いつくかの者がピックアップされているが、
どれを選んだらいいのか、全く分からない。
そこで、ふと目に付く物があった、
大きなお鍋。
これなら、皆も使える。
私もそれなら欲しい、と思える。
多分これは、メイちゃんがピックアップした物だと思う。
「…………あ、これ……」
「んー? どれー? ……ってアカリちゃん! これ私使えんよー!?」
「あら? 他のみんなは使えるわ。それに……これなら、もっとカレーが作れるわ」
「……あ、これなら皆さんも使えると思ったので……」
コクコクとプランさんも同意する。
「ん、多少高いようだが……皆で分ければ……ふむ。確かにアリだな。」
「んじゃー今回は……えー?」
「ねぇ、これ、なんか高くなぁい?」
「…………え?」
そう言われ、私も金額を確かめる。
(えーっと……一、十、百、千、万、………………はい?)
先程、自分が見た、あの間違えだと思った明細。
それを遥かに超える金額。
(………………お鍋って………………こんな値段したっけ……? …………いやいやいやいやいやいや!!)
「あ、これ、最新の鍋ですね。恐ろしいほどの超高温の加熱にも耐え、かつ、軽量で、それでいて、半永久的に使用が出来、さらには高圧の重力にも耐えれる高度を持ち、設計はあの有名なマシル・ビレン博士も立会いしており、その素材は宇宙でしか生成出来ない微粒分解を加工し、更には超マイクロレーザーと、超軽量ステン高圧マイクロ振動を加え――」
「すみません、リーゼさん、もう、後半は分かりません……」
「――そして、更には今最新の技術をもつあの会社の…………え?」
「……えーっと、とにかくすっごいお鍋……なんですよね」
「うん、そう。とにかく、すごい鍋。」
とにかく、その鍋が、最先端の技術やら、なにやらで出来ている事は分かった。だが、それは良い。それは良いが、金額が半端なく高い。
「……ねえ、どうでもいいけど、なんでこんなの作ったのかしら……誰が買うの? これ」
「在庫は……まだありますね。」
「で、でも、そんなに高い物だったら、あの、別の物に……」
私が言った時は、もう既に時が遅かった。
「――えぇ!?」
(……あ、エレナさん。発注……かけちゃった……)
エレナさんが、既に発注をしてしまった後だった。
「あ、もう頼んじゃったよぅ?」
「…………え!」
しかし、その金額は、あまりにも高すぎる。超高級品だ。
私の明細も、恐ろしい金額であるが、それを遥かに超える。
「まー、しゃーないかー。じゃー、今回はそれで決定だねー」
軽いノリで、ミランダさんは言うが、良いのだろうか……
「ま、洗濯機や掃除機の時よりはずっと安い。問題ないだろ」
チュンさんまでそう言う。
(けど、じゃあ、洗濯機は、いくらしたんでせうか……お金……足りるんですか……?)
そうは思ったが、それで決まっていしまっていた。
そして、後日それが届いた。
とても大きな鍋であった。
そして、新品。色は、銀色。
「わー、これだと色々出来そうだねー」
そうメイちゃんは言うが、良かったのだろうか……
あの金額は、半端無く高かった。
「…………ねえ、メイちゃん、これ……お金大丈夫だったのかな……?」
「……あ、ん……ちょっと高かったけど、これからずっと使えるし」
「……えーっと、それで……皆、お給料から引かれるとか……」
「うーん、それは無いかなぁ。これくらいなら、皆で出せば、大丈夫だよ?」
(皆さん……一体いくら貰っているんですか……?ここ……そんなに給料あるんでしょうか…………?)
ともかく、もう、それが届いてしまった。
そして、それを一番に使ったのは、セリカさんだった。
もちろん、カレーで……
「あら、これ良いわね。カレーも良い出来になるわ」
そんな事を言っていた。
だが、その鍋は、後日封印される事となった。
後にユウカさんと、エレナさんが行った事で……
読んでくださいましてありがとうございます。
今後、補足や改稿をしていきます……
ちなみにそのお鍋、あの時ユウカとエレナが使ったものです。




