【初日】 初めてのお風呂、初日の終わり
掃除用具を手入れして、元の場所に戻し、部屋を出るとミランダさんが言う。
「よーし、これで終わりっと。さてー、じゃあ、お風呂にしますかー」
どうやら、チュンさんが言っていた順番でやるようだ。
「はい。……あの、他の方たちは……?」
私は、そこだけが気になる。
「あー、うん、今、食事してるっぽいねー。私たちは先にお風呂入っちゃおう。あ、その前に、一旦部屋に戻ろうかー。着替えも持ってこなきゃだしねー。あー、アカリちゃん着替えはどうするー? 一応備え付けのもあるけどー……」
「あ、はい、少しは持ってきてます」
そんな風に、ミランダさんと話していた所に人が来た。メイちゃんだった。
「あ、お掃除終わりですか?」
「おー、メイちゃんー。終わったよー。セリカっちはちゃんと来たー?」
「はい、皆さんと一緒に。では、これからお風呂ですか?」
「うんー、そうしようって話したとこー。メイちゃんも行けそうー?」
「はい、そう思って、着替えを取りに……」
「よかったー、じゃー、三人でお風呂にしますかー。って、チュンは?」
部屋のほうへ歩き始めながら、メイちゃんとミランダさんは話す。
「あ、チュンさんは、今日の事を室長と話されています」
「そっかー。あ、私の部屋こっちだからー」
十字路のところで、ミランダさんが言う。
どうやら、ミランダさんの部屋は、エレベーターに近い所にあるみたいだ。
「じゃあ、私、着替えとったら、お風呂行ってるからー。アカリちゃんは、メイちゃんと来てねー」
そう言って、ミランダさんは自分の部屋の方へ行った。
メイちゃんが、「じゃあ行こう、アカリちゃん」と言って、私を部屋まで連れて行ってくれた。
「私の部屋は、こっちなんだ。アカリちゃんのお隣だね」
そう言って、笑いかけてくれる。
メイちゃんの部屋は、先程の”小テラス”のすぐ横だった。
そして、その隣が私の部屋。
「じゃあ、着替えを取ったら、アカリちゃんの部屋に来るね」
そう言い残し、メイちゃんは自分の部屋に入っていった。
私も、自分の部屋のノブを開ける。しかし、鍵が閉まっていたことを忘れていた。私はポケットから今日渡して貰った、メインキーとスペアキーどちらもついた鍵を取り出し、鍵を開ける。そして、もう一度ドアを開けて中に入る。
中は暗かった。
初め来た時は、窓から光が射していた為、明るかったようである。
(確か、これ、だったかな?)
入り口付近のボタンを押し、灯りを点す。灯りを点けると、部屋は、私が今日来た時と、変わりが無かった。
そして、窓の外は暗い。
カーテンはついていたので、まず、カーテンを閉める。
そして、今日、私が持ってきたキャリーバックを開けてから、着替えとお風呂セットを取り出す。
それ毎に、まとめて入れておいたので、準備自体はすぐに終わった。
そして、部屋をもう一度見渡す。
(ここが、今日から、私が寝泊りするお部屋……)
十分すぎる広さだ。
ベッドやクローゼットが既に置かれてていたのは、荷物を置きに来た時に、見れていたが、他はちゃんと見れてはいない。
ベッドのほかにも、いくつか家具も置いてある。机と椅子も設置してあった。さすがに、机の上には何か置いてあるわけでは無いが、他の箇所には、鏡や時計も設置してあった。
しかし、まだスペースは十分にある。
(そいうえば、ここにも小さいテラスがあったっけ?)
他のテラスが大きすぎたので、自分の部屋のは小さく思えてしまった。
必要なものは、自由に購入して良い、とは言われていたが、他に、何も要らなさそうにも思える。
取り急ぎ、必要そうな物も無さそうだし、そもそも、それを購入する資金も無い。
(ここのテラスはどうなってるんだろう?)
それが、ある、としか認識していない。しっかりとは見れていない。そう思い、出てみようかと思った所に、控えめにドアをノックする音が聞こえた。
-コンコンコン-
「アカリちゃん、いいかな……?」
メイちゃんの声。お風呂に行くんだった、と思い出す。
「あ、うん!」
私は声を出しながら、ドアを開ける。鍵は閉めていなかった。
ドアを開けると、お風呂セットと着替えだろう、その入れ物らしき物を持って、メイちゃんが立っていた。
「準備、終わったかな?」
メイちゃんは、入り口の前で立ったまま聞く。
「うん、ごめん、ちょっとお部屋を見てて……」
「……あ、そうだったんだ。何か足りないものとか、あったかな……?」
少し、私の部屋を見ながらそう聞いてくる。
「ううん。逆にこんなに用意してくれてて、なんだか申し訳ないような、でも嬉しいような。……それに、こんなに広いし」
まだ、本当にここに寝泊りしていいのか信じ難い。
だが、それを聞いてメイちゃんは笑って言う。
「でも、暮らしてると、色々欲しくなっちゃうかも。飾りつけとか、まだ何にも無いし。……あ、ミランダさんを待たせちゃうから、もう大丈夫かな?」
もう一度、聞いてくる。
「うん、えと、これでいいのかな?」
メイちゃんは、それを見て私に言う。
「……あ、バスタオルと桶は、お風呂にもあるよ。……あ、でも、アカリちゃんがそれが良いのであれば、別にいいんだけれど」
「そうなんだ……」
私は少し悩んだが、先にメイちゃんに促された。
「うん、じゃあ行こう」
そう言われて、私は部屋の灯りを消し、部屋を出る。鍵を閉め、メイちゃんとお風呂のほうに歩き出す。そこで目の前のドアが開いて、誰かが出てきた。
「………………あ…………メイ……………………おはよう…………」
初めて見る顔だった。
綺麗な髪に、おかっぱのヘアスタイル。私より背が低いのもあり、年下のように見える。
どこか、眠たそうな顔をしている。
「あ、アリスちゃん、おはよう」
メイちゃんは、そう答える。
(おはようって、どういうことだろう?)
アリス、とメイちゃんが言った人は、ぼーっとした顔つきでこちらを見る。
「……………………………………お風呂?」
私を見てから、最初に言ったのがそれだったので、少々戸惑ってしまう。
「……うん、これから。……あ、アリスちゃん、この人が、今日から配属された、アカリちゃんだよ」
メイちゃんが、そう紹介してくれたので、私もつられて言う。
「あ、今日から、ここで働かせて貰う事になった、アカリ・アオノです。あの、えと、よろしくお願いします。」
今日してきたように、挨拶をした。
「……………………………………………………………………………………新しい人………………今日だった……………………」
忘れていたように、その人が言った。
「……あ、アカリちゃん、アリス・エヴァンスちゃんだよ」
メイちゃんが、代わりに名前を紹介してくれる。
「………………………………うん…………」
アリスさんは、それだけ言う。
少し間が空いて、メイちゃんが取り繕ったように言う。
「……あ、アリスちゃんは、これから……」
「……………………うん…………メイ…………今日、誰?」
(話が繋がらない……)
「……あ、確か、今日もマイヤさん、だよ」
「…………………………そう…………………………」
そう言って、アリスさんはエレベーターの方に、行ってしまった。それを見送り、メイちゃんは、少し困ったような顔で言う。
「……えと、アリスちゃんは、いつもあんな感じ、なんだけれど、悪い人じゃないんだよ……」
「……う、うん……」
「「………………」」
少しの沈黙。
「……あ! ミランダさんを待たせちゃうから、行こう、アカリちゃん」
メイちゃんは、思い出したように話を変えた。というか戻した。
私も思い出して言う。
「あ! そうだね、急ごうか。」
そう言って、お風呂場へ急ぐ。と言っても走るわけではない。
私は、アリスさんの事も聞きたかったが、とりあえずは、ミランダさんを待たせてしまっているかもしれない、と言う事で、そちらは後で聞くことにした。
お風呂場は、食堂の十字路を、まっすぐ行ったとこだと言う。途中メイちゃんに、そう聞いた。確か、ミランダさんが掃除をしていた所だ。チュンさんは、大テラスがある、と言っていた。
十字路を過ぎ、見ると通路の奥には、大きなガラスの扉らしきものがある。多分あれが大テラスの扉なのだろう。その手前でメイちゃんが言う。
「ここだよ」
そこの扉は、スライド式だった。メイちゃんが扉を開けると、左に向けて通路が少しあり、その先に、もう一つ、スライド式の扉がある。
メイちゃんが先行し、もう一つの扉を開けると、そこに脱衣所があった。
私は、小さい頃に、お祖母ちゃんが一度だけ、温泉につれて行ってくれた時を思い出す。
(確か、あそこも、こんな感じだったっけ……)
「あ、やっぱりもう、ミランダさんは入ってるみたい」
そう言って、メイちゃんは、自分の衣服を脱いでいく。
「アカリちゃん、ここの籠に、自分の物は入れておいてね」
そう言って、隣の籠を教えてくれる。
メイちゃんは、脱いだ衣服を綺麗に畳み、持ってきていた自分の袋に入れ、籠に入れる。
私も同じように衣服を脱ぐが、袋は無かったので、畳んでそのまま籠に入れた。
そして、ランダさんの衣服なのであろう、その籠が見える。
メイちゃんと違って、少し、いや、かなり、雑に置かれていた。
メイちゃんは、「先に行ってるね。」と言って、お風呂場へ入ってしまう。そして、メイちゃんが入るや否や、ミランダさんの声が聞こえた。
「遅いよーー、メイちゃーーん。助けてーーーー」
「ごめんなさい、ミランダさん、あ、こっちですよ」
そんな声が聞こえる。やはり、待たせてしまっていたようだ。
私も急いで準備をして、中に入る。湯煙が立っていて、その先に、メイちゃんとミランダさんが見える。
しかし、私は、その場所の方に驚いてしまった。
(っえ! 広い!)
いやはや、ここはどこもかしこも広い。とにかく広い。
もしかしたら、そうかもしれない、とは思っていたが、その想像よりも、お風呂場は広かった。
ミランダさんは、メイちゃんの手を借りて、その広い浴槽に入ろうとしていた。
「あーー。アカリちゃんーー。こっちだよーー」
ミランダさんは、浴槽に浸かってそう言った。
メイちゃんは、ミランダさんの所から私のほうに来て言う。
「アカリちゃん、こっちで、まず流し湯をかけるんだよ」
そう言われた先、入り口のすぐ横なのだが、そこにお湯が湧き出ている箇所があった。
そこには、いくつか小さな桶が置いてある。メイちゃんはその桶を取って、お湯を入れて体にかける。
「へー……」
そう言いながら、私も同じようにお湯をかける。少し温めだが、暖かくてとても気持ちがいい。
「ここで、軽く体を洗い流しながら、少し温めるんだ」
そう説明される。何度か流し湯をかけて、それから浴槽に案内された。
ミランダさんは、既に浴槽に浸かって、「ふはーーー」と、気持ち良さそう目を閉じていた。
ミランダさんは、ボリュームのある髪を、タオルで上に纏めている。
髪のボリュームがあるので、少し頭が重そうだな、と思ってしまう。大分、垂れ下がってもいるけれど。おかげで、目元はほとんど見えない。いや、ほぼ、口しか見えない。
浴槽のお湯を少し触ってみると、流し湯のお湯より少し熱い。
ゆっくりと、メイちゃんは浴槽に入っていく。メイちゃんは、浴槽に入りながら、私に手を差し出してくれた。
「滑らないように、気をつけてね」
そう言って、差し出してくれた手をとりながら、私も浴槽に入っていく。
じんわりと足の所から、お湯が染み込んで来るように感じる。
ちゃぽっ、と音をたてながら、浴槽に体を入れていった。
(…………あ…………すごく……気持ちいい……)
メイちゃんも「はーー……」と言い、気持ち良さそうである。奥に座っている、ミランダさんが言う。
「ふはーーー。……気持ちがいいやねーー……」
「……はいー。……とっても良いお湯加減ですねー……」
そこの浴槽のお湯は、さらさらと少し流れがあった。
「これって、まるで、オンセンって言う所みたいですねー……」
上を見ながら言う。湯煙でよくは見えないが、天井が高いようだ。
「んーーー? あーー、……言ってなかったっけねー。……ここはオンセンだよー。……天然のねー。……はーー……」
「え!? そうだったんですか……?」
私は仰天する。なんとなく、そう言ってみただけだったのだが。
「うん、ここは、天然のオンセンを引いて、作られてるんだって。えと、かけ流しの状態だって聞いてるよ。だから、浴槽のお湯は、ずっと、綺麗なお湯が流れてるんだって。……ん……」
気持ち良さそうな顔で、メイちゃんが言った。
お仕事が終われば、広いお部屋や、オンセンが待っている。なんとも贅沢な事だ。
そう言えば、ミランダさんが、この二階は天国だと言っていた。
(うん。……少し、その気持ちが、分かってきた……)
「今日は、バタバタしてたからねー。……普段はもっと、ここも賑々しいんだけどねー……」
「……ミランダさん、今日は……大丈夫だったんですか……?」
メイちゃんがゆっくり聞く。
「んー。一応ねー。アカリちゃん、明日はよろしくねー」
多分、仕事の事だろう。
「はい、よろしくお願いします」
お風呂でゆっくりしながら、話し続ける。
「そういえばー。さっき遅かったけどー。何かあったのー?」
ふと、先程の事をミランダさんが聞いてくる。
「……あ、アリスちゃんに会って……」
「……あ、さっきの……」
メイちゃんが答えて私も思い出す。
「あー、そーゆーことねー。そっかー。そんな時間だっけー? んー? 今日、少し、遅くないー?」
「あの、あれって、どういうことなんですか……?」
「んー? あれってー?」
「あ、さっきお会いした時に、メイちゃんが話していた事、なんですけど……」
そう、ちょっと私には、分からない事を話していた。
「……あ、あれは、……えっと構いませんよね……?」
メイちゃんはミランダさんに承認を得ているようだ。
「んー。良いんじゃないー?」
それから、メイちゃんが説明してくれる。
「アリスちゃんは、夜間の巡回作業業務が、主な仕事なの。だから、この時間くらいには起きて、仕事に入るの」
「……え? ……夜も、お仕事をするの?」
ミランダさんが答える。
「んー。一応ねー。ただねー、夜は、ほとんど巡回して終わりだからねー。アリスちゃんは、通常から、夜間で巡回してるけどー。逆に、事務作業とかはほぼ無いんだー。んー。私には向かないなー……。今日、ご飯食べれるんかなー? 寝坊かねー」
そうだったのか、と思いつつ、質問する。
「私も、そのうちする事に、なるんでしょうか……?」
「んー……どうかなー。まぁ二週間内じゃ無いから安心してー」
巡回業務は二週間は無い。だが事務作業はある。今日は結局、お料理とお掃除で、終わってしまうようだ。明日から、本格的にその仕事をしなければならない。
今日の疲れを、オンセンで癒しながらがんばろう、と考える。
しばらくしてから、ミランダさんは、「熱くなってきたよー」と言って、浴槽から出ようとする。
メイちゃんも、それを聞いて、「そうですね」と言って、同じように出ようとしていた。
そして、メイちゃんは先に浴槽から出て、ミランダさんの手を取っている。
私も同じように浴槽から出る。気持ちが良すぎて、少し長湯をしてしまった。
体がポカポカする。そんな私にメイちゃんは私に言う。
「あ、あそこで、体が洗えるよ」
そこには、何人分かのシャワースペースがある。
「シャンプーとか、石鹸とかは、あっちに全部纏められてるから、必要なものを持って行ってね」
「私はー、シャンプーは自前だけどねー。ここのでも、悪くは無いんだけどねー。やっぱり、使い慣れてるのが良いよねー」
ミランダさんは、自前のようである。
「うん、だからあんまり、沢山は置いてないんだ。結構、皆、使う物がちがうから……」
「うん、ありがとう」
私も、自前の物は、持ってきてはいたのが、ここの物が、どんな物か分からなかった上、自前の物はそこまで量もなかったので、とりあえず、ここの物を使ってみることにした。
そこへ行くと、確かに種類は無いが、量は十分にあるようだ。
私とメイちゃんとミランダさんは、並んでシャワースペースで体を洗い始めた。
私は、その備え付けの、ここの物を使ってみたが、備え付けの物でも大丈夫かな、と感じた。
皆が、体を洗い終えて、再び脱衣所に戻る。
髪を乾かす所や、流し場もちゃんと備え付けられていた。
髪を乾かしながら、メイちゃんが言う。
「普段は、晩ご飯の前に、お風呂入る人も多いんだよ」
メイちゃんとミランダさんは髪が長いので、乾かすのも一苦労のようだ。
特に、ミランダさんはボリュームもある。ミランダさんは、髪を乾かしつつ、整えながら言う。
「んー、二人とも、終わったら、先に戻って良いよー。あー、でもアカリちゃん、今日は、娯楽室禁止ねー」
禁止されてしまった。
うん。まぁ仕方ない。と納得する。
「じゃあ、お先に失礼します」
そう言って、メイちゃんは私を待ってくれていた。
「んー。お休みー」
「あ、それじゃあ失礼します。お休みなさい」
そう言って、ミランダさんを残し、私とメイちゃんは脱衣所を後にした。
部屋に戻りながら、私はメイちゃんに話す。
「でも、オンセンだったなんて、びっくりだったなー……」
「うん、それは、私もびっくりしたの」
「すごい気持ち良かったー。なんか、お肌も少し、すべすべになった感じ」
「あ、うん、そういう効能があるんだって」
「わー、そうなんだー。んー。また、明日が楽しみになっちゃった」
体はポカポカ、肌はすべすべ。とても気持ちが良かった。
そう思っていた所に、通路の先から人が見えた。
アンカ室長だ。
「あら、お疲れ様です。お風呂だったようですね」
「お疲れ様です。室長」
「お、お疲れ様です」
私は少し緊張する。今更だが、室長、偉い人、と言う事で。
しかし、よく見ると、アンカ室長もお風呂セットを持っている。
アンカ室長も、これからお風呂のようだ。しかも、そのお風呂セットが、なんとも可愛らしい。
「アカリさん、今日はどうでしたか?」
「あ、えっと色々教えていただきましけど、まだ四階の事とか、実際の業務の事とかは、あんまり……」
「それは、明日からやりながら、覚えていってもらえれば良いです。二階の事は、どうですか? お風呂や食堂も、気に入って貰えればいいのですが……」
「はい! お風呂は、今行ってきて、すごく気持ちが良かったです。食堂も大きいし綺麗だし、皆で食事が出来なかったのは残念なんですけど……」
アンカ室長は、笑いこそしないが、どこか安心したような口調で言う。
「それなら、良かったです。私はその二つは、特に気に入っているので。メイさんとも仲良くやれているようですね。……あら、そう言えば、ミランダは?」
(ふむ、アンカ室長は、お風呂と食堂が好きと。いや、そうじゃなくて。メイちゃんとは、仲良くやれている。……あ、ミランダさんは……)
「……あ、ミランダさんは、まだ脱衣所です」
メイちゃんが先に答えてしまった。
「そうですか。他のメンバーとも、顔合わせは終わりましたか?」
(…………あれ? …………あ、そういえば………………)
ふと思い出す。
今日、ミランダさんが言っていた。
〈後でちゃんと紹介するかねー〉
困惑してしまった。皆、今日は忙しいからと、ちゃんと紹介はされていない。どう答えたら良いのやら、分からない、と言った私の顔を見て、アンカ室長が言う。
「まだ、……のようですね。いえ、仕方ありません。今日はさすがに。明日、皆とは、顔合わせしてください」
大丈夫だったようだ。皆が忙しいのは、アンカ室長も知っているようである。
(まぁ、室長って、言うくらいだし……)
「ミランダには、私からも話しておきますので。アカリさんは、今日はもう休んで頂いて結構です。それでは、私はお風呂に行きます。メイさん、何かあったら、相談に乗ってあげてください」
「……あ、はい。分かりました」
それを聞いて、メイちゃんは答える。それに私はお礼を言う。
「あ、ありがとうございます」
「はい。それでは、お休みなさい」
「お休みなさい。室長」
「あ、お休みなさい」
その後、アンカ室長はお風呂場の方へ歩いていった。
「今日は、他の人達と、お話できなかったなー」
アンカ室長を見送り、そう嘆く。
「……うん、でも今日は、仕方が無いかも……」
メイちゃんも、同意してくれる。
「あ、メイちゃん」
再び部屋に向けて歩きながら言う。
「はい?」
「明日って、7時に起きれば良いんだよね?」
「……あ、うん、そうだと……思うよ。」
(……あれ? 違った…………?)
「……えっと、朝ごはんが7時半ちょうど、からだから、それまでに、食堂に来れば良いんだよ」
(あ、そっか)
確かに、起きる時間を指定されている訳でなく、朝ごはんの時間を言われていたのを、思い出す。
「……あれ? えと、それだと、誰が朝ごはんの支度をするの?」
ふと、疑問に思った。今日の晩御飯は、本来ならメイちゃんとセリカさん、という人のはずだ。
「……あ、うん、それはね。明日も、私とセリカさんなんだ。食事当番は1週間ごとに代わるから、そのうちアカリちゃんも、やらなくちゃいけない……のかな……」
(……なるほど。1週間は朝、昼、晩は、統一されるのかな……? 私も、それだと、そのうち当番が回ってくるのかな……)
「えと、それだと、何時から準備し始めるのかな?」
私は、お料理は好きなのだが、朝は、ちょっと苦手だ。
「……うーん。……作るものにもよるんだけど、私の場合は、6時半くらいから準備する事が多いよ」
6時半……か。頑張れば、起きれそうな時間だ。
「そっか……じゃあ、朝ごはんが7時半で、自分の準備とかも考えると、もう少し早く起きなきゃいけないんだね」
「…………そう……なのかな。………………うん、多分そうなんだね」
そうメイちゃんは言う。
(……うーん、人によって、まちまちなのかも……)
とにかく、食事当番になったら、7時半までには、準備を終えることが重要のようだ。
そして、今が何時なのか、気になる。だが、周りに時計は無い。
時計を探すが、もうその時は、自分の部屋の目の前に来ていた。
「それじゃあ、今日はここで。……お休みなさい、アカリちゃん」
「うん、お休み、メイちゃん」
そう言って、メイちゃんは、自分の部屋に入っていく。私も鍵を開けて部屋に戻る。
部屋に入り、まだ、慣れない灯りを点す。
確か、時計が置いてあったはず、そう思い、先程見つけた場所の時計を見る。
時刻は、10時半を過ぎていた。もうすぐ11時になる。
(ああ、確かに、そろそろ寝た方が、良さそう……)
お風呂セットを机の上に置いて、ベットに座る。
そうしてから、ゆっくりと、今日の事を思い出す。
(今日は初めての日。
正社員の初日。
試験期間の初日。
新しい部屋。
新しい生活。
新しいお友達。
初めての上司。
初めての――)
まだ、話をしていないここの人達は……。
まだ、顔も見ていないここの人達は……。
明日からの仕事は……。
そして、この、新しい空間。
立ち上がり、閉めていたカーテンを少し開け、外を見る。
外は、暗い。
暗い海が、うっすらと見える。
遠くに、チカチカと光る物が見えた。
それは、動いていた。
(なんだろう?)
それを見続ける。
しばらくし、目を閉じる。
今日、会った人達の事を思い出す。明日の仕事の事を考える。
カーテンを閉じ、ベットに戻る。
ベットに横になった瞬間に、睡魔が襲ってきた。
自分が思っていた以上に、疲れていたのを実感する。
そして、いつの間にか、私は、眠りに落ちていた。
読んで頂きありがとうございます。




