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ブルーデイズ  作者: fujito
第一章 蒼い日々の始まり
9/135

【初日】 初めてのお風呂、初日の終わり

 掃除用具を手入れして、元の場所に戻し、部屋を出るとミランダさんが言う。


「よーし、これで終わりっと。さてー、じゃあ、お風呂にしますかー」


 どうやら、チュンさんが言っていた順番でやるようだ。


「はい。……あの、他の方たちは……?」


 私は、そこだけが気になる。


「あー、うん、今、食事してるっぽいねー。私たちは先にお風呂入っちゃおう。あ、その前に、一旦部屋に戻ろうかー。着替えも持ってこなきゃだしねー。あー、アカリちゃん着替えはどうするー? 一応備え付けのもあるけどー……」

「あ、はい、少しは持ってきてます」


そんな風に、ミランダさんと話していた所に人が来た。メイちゃんだった。


「あ、お掃除終わりですか?」

「おー、メイちゃんー。終わったよー。セリカっちはちゃんと来たー?」

「はい、皆さんと一緒に。では、これからお風呂ですか?」

「うんー、そうしようって話したとこー。メイちゃんも行けそうー?」

「はい、そう思って、着替えを取りに……」

「よかったー、じゃー、三人でお風呂にしますかー。って、チュンは?」


 部屋のほうへ歩き始めながら、メイちゃんとミランダさんは話す。


「あ、チュンさんは、今日の事を室長と話されています」

「そっかー。あ、私の部屋こっちだからー」


 十字路のところで、ミランダさんが言う。

 どうやら、ミランダさんの部屋は、エレベーターに近い所にあるみたいだ。


「じゃあ、私、着替えとったら、お風呂行ってるからー。アカリちゃんは、メイちゃんと来てねー」


 そう言って、ミランダさんは自分の部屋の方へ行った。


 メイちゃんが、「じゃあ行こう、アカリちゃん」と言って、私を部屋まで連れて行ってくれた。


「私の部屋は、こっちなんだ。アカリちゃんのお隣だね」


 そう言って、笑いかけてくれる。

 メイちゃんの部屋は、先程の”小テラス”のすぐ横だった。

 そして、その隣が私の部屋。


「じゃあ、着替えを取ったら、アカリちゃんの部屋に来るね」


 そう言い残し、メイちゃんは自分の部屋に入っていった。

 私も、自分の部屋のノブを開ける。しかし、鍵が閉まっていたことを忘れていた。私はポケットから今日渡して貰った、メインキーとスペアキーどちらもついた鍵を取り出し、鍵を開ける。そして、もう一度ドアを開けて中に入る。


 中は暗かった。

 初め来た時は、窓から光が射していた為、明るかったようである。


(確か、これ、だったかな?)


 入り口付近のボタンを押し、灯りを点す。灯りを点けると、部屋は、私が今日来た時と、変わりが無かった。


 そして、窓の外は暗い。


 カーテンはついていたので、まず、カーテンを閉める。

 そして、今日、私が持ってきたキャリーバックを開けてから、着替えとお風呂セットを取り出す。

 それ毎に、まとめて入れておいたので、準備自体はすぐに終わった。

 そして、部屋をもう一度見渡す。


(ここが、今日から、私が寝泊りするお部屋……)


 十分すぎる広さだ。

 ベッドやクローゼットが既に置かれてていたのは、荷物を置きに来た時に、見れていたが、他はちゃんと見れてはいない。


 ベッドのほかにも、いくつか家具も置いてある。机と椅子も設置してあった。さすがに、机の上には何か置いてあるわけでは無いが、他の箇所には、鏡や時計も設置してあった。

 しかし、まだスペースは十分にある。


(そいうえば、ここにも小さいテラスがあったっけ?)


 他のテラスが大きすぎたので、自分の部屋のは小さく思えてしまった。

 必要なものは、自由に購入して良い、とは言われていたが、他に、何も要らなさそうにも思える。

 取り急ぎ、必要そうな物も無さそうだし、そもそも、それを購入する資金も無い。


(ここのテラスはどうなってるんだろう?)


  それが、ある、としか認識していない。しっかりとは見れていない。そう思い、出てみようかと思った所に、控えめにドアをノックする音が聞こえた。


 -コンコンコン-


「アカリちゃん、いいかな……?」


 メイちゃんの声。お風呂に行くんだった、と思い出す。


「あ、うん!」


 私は声を出しながら、ドアを開ける。鍵は閉めていなかった。

 ドアを開けると、お風呂セットと着替えだろう、その入れ物らしき物を持って、メイちゃんが立っていた。


「準備、終わったかな?」


 メイちゃんは、入り口の前で立ったまま聞く。


「うん、ごめん、ちょっとお部屋を見てて……」

「……あ、そうだったんだ。何か足りないものとか、あったかな……?」


 少し、私の部屋を見ながらそう聞いてくる。


「ううん。逆にこんなに用意してくれてて、なんだか申し訳ないような、でも嬉しいような。……それに、こんなに広いし」


 まだ、本当にここに寝泊りしていいのか信じ難い。

 だが、それを聞いてメイちゃんは笑って言う。


「でも、暮らしてると、色々欲しくなっちゃうかも。飾りつけとか、まだ何にも無いし。……あ、ミランダさんを待たせちゃうから、もう大丈夫かな?」


 もう一度、聞いてくる。


「うん、えと、これでいいのかな?」


 メイちゃんは、それを見て私に言う。


「……あ、バスタオルと桶は、お風呂にもあるよ。……あ、でも、アカリちゃんがそれが良いのであれば、別にいいんだけれど」

「そうなんだ……」


 私は少し悩んだが、先にメイちゃんに促された。


「うん、じゃあ行こう」


 そう言われて、私は部屋の灯りを消し、部屋を出る。鍵を閉め、メイちゃんとお風呂のほうに歩き出す。そこで目の前のドアが開いて、誰かが出てきた。


「………………あ…………メイ……………………おはよう…………」


 初めて見る顔だった。

 綺麗な髪に、おかっぱのヘアスタイル。私より背が低いのもあり、年下のように見える。

 どこか、眠たそうな顔をしている。


「あ、アリスちゃん、おはよう」


 メイちゃんは、そう答える。


(おはようって、どういうことだろう?)


 アリス、とメイちゃんが言った人は、ぼーっとした顔つきでこちらを見る。


「……………………………………お風呂?」


 私を見てから、最初に言ったのがそれだったので、少々戸惑ってしまう。


「……うん、これから。……あ、アリスちゃん、この人が、今日から配属された、アカリちゃんだよ」


 メイちゃんが、そう紹介してくれたので、私もつられて言う。


「あ、今日から、ここで働かせて貰う事になった、アカリ・アオノです。あの、えと、よろしくお願いします。」


 今日してきたように、挨拶をした。


「……………………………………………………………………………………新しい人………………今日だった……………………」


 忘れていたように、その人が言った。


「……あ、アカリちゃん、アリス・エヴァンスちゃんだよ」


 メイちゃんが、代わりに名前を紹介してくれる。


「………………………………うん…………」


 アリスさんは、それだけ言う。

 少し間が空いて、メイちゃんが取り繕ったように言う。


「……あ、アリスちゃんは、これから……」


「……………………うん…………メイ…………今日、誰?」

(話が繋がらない……)

「……あ、確か、今日もマイヤさん、だよ」

「…………………………そう…………………………」


 そう言って、アリスさんはエレベーターの方に、行ってしまった。それを見送り、メイちゃんは、少し困ったような顔で言う。


「……えと、アリスちゃんは、いつもあんな感じ、なんだけれど、悪い人じゃないんだよ……」

「……う、うん……」


「「………………」」


 少しの沈黙。


「……あ! ミランダさんを待たせちゃうから、行こう、アカリちゃん」


 メイちゃんは、思い出したように話を変えた。というか戻した。

 私も思い出して言う。


「あ! そうだね、急ごうか。」


 そう言って、お風呂場へ急ぐ。と言っても走るわけではない。

 私は、アリスさんの事も聞きたかったが、とりあえずは、ミランダさんを待たせてしまっているかもしれない、と言う事で、そちらは後で聞くことにした。


 お風呂場は、食堂の十字路を、まっすぐ行ったとこだと言う。途中メイちゃんに、そう聞いた。確か、ミランダさんが掃除をしていた所だ。チュンさんは、大テラスがある、と言っていた。


 十字路を過ぎ、見ると通路の奥には、大きなガラスの扉らしきものがある。多分あれが大テラスの扉なのだろう。その手前でメイちゃんが言う。


「ここだよ」


 そこの扉は、スライド式だった。メイちゃんが扉を開けると、左に向けて通路が少しあり、その先に、もう一つ、スライド式の扉がある。

 メイちゃんが先行し、もう一つの扉を開けると、そこに脱衣所があった。

 私は、小さい頃に、お祖母ちゃんが一度だけ、温泉につれて行ってくれた時を思い出す。


(確か、あそこも、こんな感じだったっけ……)


「あ、やっぱりもう、ミランダさんは入ってるみたい」


 そう言って、メイちゃんは、自分の衣服を脱いでいく。


「アカリちゃん、ここの籠に、自分の物は入れておいてね」


 そう言って、隣の籠を教えてくれる。

 メイちゃんは、脱いだ衣服を綺麗に畳み、持ってきていた自分の袋に入れ、籠に入れる。

 私も同じように衣服を脱ぐが、袋は無かったので、畳んでそのまま籠に入れた。

 そして、ランダさんの衣服なのであろう、その籠が見える。

 メイちゃんと違って、少し、いや、かなり、雑に置かれていた。


 メイちゃんは、「先に行ってるね。」と言って、お風呂場へ入ってしまう。そして、メイちゃんが入るや否や、ミランダさんの声が聞こえた。


「遅いよーー、メイちゃーーん。助けてーーーー」

「ごめんなさい、ミランダさん、あ、こっちですよ」


 そんな声が聞こえる。やはり、待たせてしまっていたようだ。

 私も急いで準備をして、中に入る。湯煙が立っていて、その先に、メイちゃんとミランダさんが見える。

 しかし、私は、その場所の方に驚いてしまった。


(っえ! 広い!)


 いやはや、ここはどこもかしこも広い。とにかく広い。

 もしかしたら、そうかもしれない、とは思っていたが、その想像よりも、お風呂場は広かった。

 ミランダさんは、メイちゃんの手を借りて、その広い浴槽に入ろうとしていた。


「あーー。アカリちゃんーー。こっちだよーー」


 ミランダさんは、浴槽に浸かってそう言った。

 メイちゃんは、ミランダさんの所から私のほうに来て言う。


「アカリちゃん、こっちで、まず流し湯をかけるんだよ」


 そう言われた先、入り口のすぐ横なのだが、そこにお湯が湧き出ている箇所があった。

そこには、いくつか小さな桶が置いてある。メイちゃんはその桶を取って、お湯を入れて体にかける。


「へー……」


 そう言いながら、私も同じようにお湯をかける。少し温めだが、暖かくてとても気持ちがいい。


「ここで、軽く体を洗い流しながら、少し温めるんだ」


 そう説明される。何度か流し湯をかけて、それから浴槽に案内された。

 ミランダさんは、既に浴槽に浸かって、「ふはーーー」と、気持ち良さそう目を閉じていた。


 ミランダさんは、ボリュームのある髪を、タオルで上に纏めている。

 髪のボリュームがあるので、少し頭が重そうだな、と思ってしまう。大分、垂れ下がってもいるけれど。おかげで、目元はほとんど見えない。いや、ほぼ、口しか見えない。


 浴槽のお湯を少し触ってみると、流し湯のお湯より少し熱い。

 ゆっくりと、メイちゃんは浴槽に入っていく。メイちゃんは、浴槽に入りながら、私に手を差し出してくれた。


「滑らないように、気をつけてね」


 そう言って、差し出してくれた手をとりながら、私も浴槽に入っていく。


 じんわりと足の所から、お湯が染み込んで来るように感じる。

 ちゃぽっ、と音をたてながら、浴槽に体を入れていった。


(…………あ…………すごく……気持ちいい……)


 メイちゃんも「はーー……」と言い、気持ち良さそうである。奥に座っている、ミランダさんが言う。


「ふはーーー。……気持ちがいいやねーー……」

「……はいー。……とっても良いお湯加減ですねー……」


 そこの浴槽のお湯は、さらさらと少し流れがあった。


「これって、まるで、オンセンって言う所みたいですねー……」


 上を見ながら言う。湯煙でよくは見えないが、天井が高いようだ。


「んーーー? あーー、……言ってなかったっけねー。……ここはオンセンだよー。……天然のねー。……はーー……」

「え!? そうだったんですか……?」


 私は仰天する。なんとなく、そう言ってみただけだったのだが。


「うん、ここは、天然のオンセンを引いて、作られてるんだって。えと、かけ流しの状態だって聞いてるよ。だから、浴槽のお湯は、ずっと、綺麗なお湯が流れてるんだって。……ん……」


 気持ち良さそうな顔で、メイちゃんが言った。

 お仕事が終われば、広いお部屋や、オンセンが待っている。なんとも贅沢な事だ。

 そう言えば、ミランダさんが、この二階は天国だと言っていた。


(うん。……少し、その気持ちが、分かってきた……)


「今日は、バタバタしてたからねー。……普段はもっと、ここも賑々しいんだけどねー……」

「……ミランダさん、今日は……大丈夫だったんですか……?」


 メイちゃんがゆっくり聞く。


「んー。一応ねー。アカリちゃん、明日はよろしくねー」


 多分、仕事の事だろう。


「はい、よろしくお願いします」


 お風呂でゆっくりしながら、話し続ける。


「そういえばー。さっき遅かったけどー。何かあったのー?」


 ふと、先程の事をミランダさんが聞いてくる。


「……あ、アリスちゃんに会って……」

「……あ、さっきの……」


 メイちゃんが答えて私も思い出す。


「あー、そーゆーことねー。そっかー。そんな時間だっけー? んー? 今日、少し、遅くないー?」

「あの、あれって、どういうことなんですか……?」

「んー? あれってー?」

「あ、さっきお会いした時に、メイちゃんが話していた事、なんですけど……」


 そう、ちょっと私には、分からない事を話していた。


「……あ、あれは、……えっと構いませんよね……?」


 メイちゃんはミランダさんに承認を得ているようだ。


「んー。良いんじゃないー?」


 それから、メイちゃんが説明してくれる。


「アリスちゃんは、夜間の巡回作業業務が、主な仕事なの。だから、この時間くらいには起きて、仕事に入るの」


「……え? ……夜も、お仕事をするの?」


 ミランダさんが答える。


「んー。一応ねー。ただねー、夜は、ほとんど巡回して終わりだからねー。アリスちゃんは、通常から、夜間で巡回してるけどー。逆に、事務作業とかはほぼ無いんだー。んー。私には向かないなー……。今日、ご飯食べれるんかなー? 寝坊かねー」


 そうだったのか、と思いつつ、質問する。


「私も、そのうちする事に、なるんでしょうか……?」

「んー……どうかなー。まぁ二週間内じゃ無いから安心してー」


 巡回業務は二週間は無い。だが事務作業はある。今日は結局、お料理とお掃除で、終わってしまうようだ。明日から、本格的にその仕事をしなければならない。


 今日の疲れを、オンセンで癒しながらがんばろう、と考える。

 しばらくしてから、ミランダさんは、「熱くなってきたよー」と言って、浴槽から出ようとする。

 メイちゃんも、それを聞いて、「そうですね」と言って、同じように出ようとしていた。

 そして、メイちゃんは先に浴槽から出て、ミランダさんの手を取っている。


 私も同じように浴槽から出る。気持ちが良すぎて、少し長湯をしてしまった。

 体がポカポカする。そんな私にメイちゃんは私に言う。


「あ、あそこで、体が洗えるよ」


 そこには、何人分かのシャワースペースがある。


「シャンプーとか、石鹸とかは、あっちに全部纏められてるから、必要なものを持って行ってね」

「私はー、シャンプーは自前だけどねー。ここのでも、悪くは無いんだけどねー。やっぱり、使い慣れてるのが良いよねー」


 ミランダさんは、自前のようである。


「うん、だからあんまり、沢山は置いてないんだ。結構、皆、使う物がちがうから……」

「うん、ありがとう」


 私も、自前の物は、持ってきてはいたのが、ここの物が、どんな物か分からなかった上、自前の物はそこまで量もなかったので、とりあえず、ここの物を使ってみることにした。


 そこへ行くと、確かに種類は無いが、量は十分にあるようだ。

 私とメイちゃんとミランダさんは、並んでシャワースペースで体を洗い始めた。

 私は、その備え付けの、ここの物を使ってみたが、備え付けの物でも大丈夫かな、と感じた。


 皆が、体を洗い終えて、再び脱衣所に戻る。

 髪を乾かす所や、流し場もちゃんと備え付けられていた。

 髪を乾かしながら、メイちゃんが言う。


「普段は、晩ご飯の前に、お風呂入る人も多いんだよ」


 メイちゃんとミランダさんは髪が長いので、乾かすのも一苦労のようだ。

 特に、ミランダさんはボリュームもある。ミランダさんは、髪を乾かしつつ、整えながら言う。


「んー、二人とも、終わったら、先に戻って良いよー。あー、でもアカリちゃん、今日は、娯楽室禁止ねー」


 禁止されてしまった。

 うん。まぁ仕方ない。と納得する。


「じゃあ、お先に失礼します」


 そう言って、メイちゃんは私を待ってくれていた。


「んー。お休みー」

「あ、それじゃあ失礼します。お休みなさい」


 そう言って、ミランダさんを残し、私とメイちゃんは脱衣所を後にした。

 部屋に戻りながら、私はメイちゃんに話す。


「でも、オンセンだったなんて、びっくりだったなー……」

「うん、それは、私もびっくりしたの」

「すごい気持ち良かったー。なんか、お肌も少し、すべすべになった感じ」

「あ、うん、そういう効能があるんだって」

「わー、そうなんだー。んー。また、明日が楽しみになっちゃった」


 体はポカポカ、肌はすべすべ。とても気持ちが良かった。

 そう思っていた所に、通路の先から人が見えた。

 アンカ室長だ。


「あら、お疲れ様です。お風呂だったようですね」

「お疲れ様です。室長」

「お、お疲れ様です」


 私は少し緊張する。今更だが、室長、偉い人、と言う事で。

 しかし、よく見ると、アンカ室長もお風呂セットを持っている。

 アンカ室長も、これからお風呂のようだ。しかも、そのお風呂セットが、なんとも可愛らしい。


「アカリさん、今日はどうでしたか?」

「あ、えっと色々教えていただきましけど、まだ四階の事とか、実際の業務の事とかは、あんまり……」

「それは、明日からやりながら、覚えていってもらえれば良いです。二階の事は、どうですか? お風呂や食堂も、気に入って貰えればいいのですが……」

「はい! お風呂は、今行ってきて、すごく気持ちが良かったです。食堂も大きいし綺麗だし、皆で食事が出来なかったのは残念なんですけど……」


 アンカ室長は、笑いこそしないが、どこか安心したような口調で言う。


「それなら、良かったです。私はその二つは、特に気に入っているので。メイさんとも仲良くやれているようですね。……あら、そう言えば、ミランダは?」


(ふむ、アンカ室長は、お風呂と食堂が好きと。いや、そうじゃなくて。メイちゃんとは、仲良くやれている。……あ、ミランダさんは……)


「……あ、ミランダさんは、まだ脱衣所です」


 メイちゃんが先に答えてしまった。


「そうですか。他のメンバーとも、顔合わせは終わりましたか?」


(…………あれ? …………あ、そういえば………………)


 ふと思い出す。

 今日、ミランダさんが言っていた。


〈後でちゃんと紹介するかねー〉


 困惑してしまった。皆、今日は忙しいからと、ちゃんと紹介はされていない。どう答えたら良いのやら、分からない、と言った私の顔を見て、アンカ室長が言う。


「まだ、……のようですね。いえ、仕方ありません。今日はさすがに。明日、皆とは、顔合わせしてください」


 大丈夫だったようだ。皆が忙しいのは、アンカ室長も知っているようである。


(まぁ、室長って、言うくらいだし……)


「ミランダには、私からも話しておきますので。アカリさんは、今日はもう休んで頂いて結構です。それでは、私はお風呂に行きます。メイさん、何かあったら、相談に乗ってあげてください」

「……あ、はい。分かりました」


 それを聞いて、メイちゃんは答える。それに私はお礼を言う。


「あ、ありがとうございます」

「はい。それでは、お休みなさい」

「お休みなさい。室長」

「あ、お休みなさい」


 その後、アンカ室長はお風呂場の方へ歩いていった。


「今日は、他の人達と、お話できなかったなー」


 アンカ室長を見送り、そう嘆く。


「……うん、でも今日は、仕方が無いかも……」


 メイちゃんも、同意してくれる。


「あ、メイちゃん」


 再び部屋に向けて歩きながら言う。


「はい?」

「明日って、7時に起きれば良いんだよね?」

「……あ、うん、そうだと……思うよ。」


(……あれ? 違った…………?)


「……えっと、朝ごはんが7時半ちょうど、からだから、それまでに、食堂に来れば良いんだよ」


(あ、そっか)


 確かに、起きる時間を指定されている訳でなく、朝ごはんの時間を言われていたのを、思い出す。


「……あれ? えと、それだと、誰が朝ごはんの支度をするの?」


 ふと、疑問に思った。今日の晩御飯は、本来ならメイちゃんとセリカさん、という人のはずだ。


「……あ、うん、それはね。明日も、私とセリカさんなんだ。食事当番は1週間ごとに代わるから、そのうちアカリちゃんも、やらなくちゃいけない……のかな……」


(……なるほど。1週間は朝、昼、晩は、統一されるのかな……? 私も、それだと、そのうち当番が回ってくるのかな……)


「えと、それだと、何時から準備し始めるのかな?」


 私は、お料理は好きなのだが、朝は、ちょっと苦手だ。


「……うーん。……作るものにもよるんだけど、私の場合は、6時半くらいから準備する事が多いよ」


 6時半……か。頑張れば、起きれそうな時間だ。


「そっか……じゃあ、朝ごはんが7時半で、自分の準備とかも考えると、もう少し早く起きなきゃいけないんだね」

「…………そう……なのかな。………………うん、多分そうなんだね」


 そうメイちゃんは言う。


(……うーん、人によって、まちまちなのかも……)


 とにかく、食事当番になったら、7時半までには、準備を終えることが重要のようだ。

 そして、今が何時なのか、気になる。だが、周りに時計は無い。

 時計を探すが、もうその時は、自分の部屋の目の前に来ていた。


「それじゃあ、今日はここで。……お休みなさい、アカリちゃん」

「うん、お休み、メイちゃん」


 そう言って、メイちゃんは、自分の部屋に入っていく。私も鍵を開けて部屋に戻る。


 部屋に入り、まだ、慣れない灯りを点す。

 確か、時計が置いてあったはず、そう思い、先程見つけた場所の時計を見る。

 時刻は、10時半を過ぎていた。もうすぐ11時になる。


 (ああ、確かに、そろそろ寝た方が、良さそう……)


 お風呂セットを机の上に置いて、ベットに座る。


 そうしてから、ゆっくりと、今日の事を思い出す。



(今日は初めての日。

正社員の初日。

試験期間の初日。

新しい部屋。

新しい生活。

新しいお友達。

初めての上司。

初めての――)


 まだ、話をしていないここの人達は……。

 まだ、顔も見ていないここの人達は……。

 明日からの仕事は……。


 そして、この、新しい空間。


 立ち上がり、閉めていたカーテンを少し開け、外を見る。


 外は、暗い。


 暗い海が、うっすらと見える。


 遠くに、チカチカと光る物が見えた。


 それは、動いていた。


(なんだろう?)


 それを見続ける。


 しばらくし、目を閉じる。


 今日、会った人達の事を思い出す。明日の仕事の事を考える。


 カーテンを閉じ、ベットに戻る。


 ベットに横になった瞬間に、睡魔が襲ってきた。


 自分が思っていた以上に、疲れていたのを実感する。



 そして、いつの間にか、私は、眠りに落ちていた。



読んで頂きありがとうございます。

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