【八日目】 本採用
資料の確認、署名が終わり、お昼ごはんを食べて、午後は、四階フロアーに戻る。そして、改めて、その時、フロアーに居たメンバーに、歓迎された。
そう、そこまでは。
そして、そこから、本格的に、業務指導が始まった。
これまで、指導員をしてくれていたのは、ミランダさん。ミランダさんは変わらず、教えてくれるのだが。
(量が! 半端なく来た! 大量の資料作成!)
そして、これまで、私の作業には、何も口を出さなかった、セリカさん。
「ちょっと! アカリ! これ間違ってるわ! ミランダ! ちゃんと見てるの!?」
「ご、ごめんなさいぃぃー!」
「あれー? あー……ほんとやー」
大量に、作業を私にくれた、ミランダさんだが、そのミランダさんも確認漏れが、あったようだ。
それをセリカさんに怒られる。そして、実際、さらに怒られるのは、ミランダさん。
「ミランダ! ちょ! これ、こっちも間違ってるわ!!」
「え! まじー!?」
「ご、ごめんなさいぃぃぃぃいい!」
(実際に、……それ、……やったの、……私です。……ひぇぇぇええー……)
昨日の、セリカさんは、怖かった。しかし、今日、こうして、怒られる。いや、それはそれで怖い。だが、今は、怖いというよりは、厳しい。そして、厳しい、と言えば、そう、このお方。
「アカリ! 日報書いたのか!? あと常に、机の整理はちゃんとしておくんだ! 前に聞いたろうが!」
「は! はいぃぃ!」
(……チュンさん、……やっぱり、……厳しい)
ただ、そんな厳しさも、やる事をやっていれば、褒められる方に変わる。
私は、まだ、作業は下手。はっきり言って、遅い。だが、それ自体で怒られる事はないようである。
「ま、慣れるまでは、そんな物だから」
そう、ユウカさんは言ってくれる。
ユウカさんも厳しくなるのかと思ったが、ユウカさんはそうでは無かった。いや、ちゃんとやる事をやれば。
仕事が終わる頃、私はへとへとになっていた。
やる事は、これまで教えてもらった事と、さほど変わりは無い。だが量が違う。
3倍か、いや、4倍くらいはあった気もする。
「おつかれー、アカリちゃんー。ありゃー? 疲れちったー?」
「お、おつかれさまですぅー。……すみませんー。……ミスいっぱいしちゃって……」
机に、フテーっと、上半身を寝そべらせて、言う。
「ちゃんと、毎回、確認するんだ。そうすれば、ミスは無くなる」
「でも、私は、初め、もっと酷かったですね……」
「それは、………………私もだ」
そんな事を言ってくれる、チュンさんと、ユウカさんも、初めは、そうだったのだろうか。
(ああ、……この二人も、…………最初は、…………こんな苦労、したのかなぁ…………)
そして、先程まで、私やミランダさんを、叱っていた、セリカさんも入る。
「ええ、本当にね。二人とも、よくここまで、成長したもんだわ」
「セリカさん、……それ。……最初は、私やチュンさんも、相当酷かった、……って聞こえますが……」
「ええ、相当、酷かったわ」
さらっと返す、セリカさん。
「最初は、本当、どうしたもんかと悩んだものよ……」
「「……う……」」
チュンさんと、ユウカさんは、思い当たる節は、沢山あるのか、言葉を詰まらせる。
「ま、とは言え、今では、文句は無いわ。で、アカリ、あなたはそれより、ちょっとマシ、ってだけだから」
「………………う………………」
「これから、精進する事ね」
「が、がんばりますー……」
「…………問題は、…………あっち、かしら……」
そう言って、セリカさんが見る先。
(………………え、エレナさん、………………め、メイちゃん…………)
二人とも、ひぇーん、とでも言いそうな状態で、まだ作業をやっていた。
「でも、今日は、多かったですね……」
「ええ、だって、本部から、ようやく連絡もきたし」
「んー、やっとねー。来たって思ったらー、これだもんねー……」
「あのー、連絡って……」
「ほら、アカリが来た時に、起きたって言ったでしょ? あれよ。」
私が来た、初日に起きていた、”ひずみ”。それを、本部に資料を送って、返答待ち、と言われていた物だった事に、気が付く。
「そ。やっと来たんだけれどね。……結局、再調査、……って感じなのよ」
「でもさー、セリカっちー、再調査って言われてもねー。……なーんで、今度はこっちの方調べるんー?
あんま、関係無いと思うけどー……」
「ま、結局、本部も解明出来ないからでしょ? 関係が少しでもある所を、調べておきたいんでしょ」
「とは言え、正直私も、これが役に立つとは、思えんが……」
「ま、本部でそう考えるのも仕方ないわ。ここの”ひずみ”を分かっているのは、今は誰より、私達なんだし」
この”アスール”と呼ばれる”ブルー”。ここの事を、誰より、分かっているのは、確かに、ここで過ごす、私達なのだ。
「はあ、まぁ、そうですね。じゃあ、私は上がりますので」
「ん、お疲れ、ユウカ」
「お疲れー」
「あ、お疲れ様です」
「お疲れ様」
そう言って、ユウカさんは仕事を終了して、出て行った。ここで、何気に、早く上がるのは、ユウカさんかもしれない。
そして、その後に、ミランダさんが、思い出したように言う。
「あー、そうだー、アカリちゃんー」
「はい?」
「さっきの資料、……ちょっと、間違えちゃった………………」
「…………………………は?」
それを聞いて、チュンさんが、私の肩をポンと叩く。『ご愁傷様』と、無言で伝えられる。
そして、セリカさんは、ボンっと、ミランダさんの背中を叩いて、席に戻った。『何やってんの!』と、無言で叱っているようであった。
ミランダさんと、私が、その資料を修正している間に、エレナさんと、メイちゃん、チュンさんも仕事を終わっていった。
ようやく、私とミランダさんが終わった時は、既に最後のようだった。
仕事が終わり、そのままお掃除、そして、一旦部屋に戻る。今日は少し遅くなってしまった。もう、晩御飯の時間になる。
今日の晩御飯は、パスタ、あとサラダ。また、リーゼさんが本格的を目指したのか分からないが、パスタはこれまで食べた中で、一番美味しかった。
それから、私は、部屋に戻った。ちょっとやりたことがあった。
メモ帳の、一番後ろに書く。
ここに、正式に配属された事を書く。
今の気持ち、今の考え。
今後の事は分からないけれど。
それらを綴る。
その書いた部分を切り取る。
そして、折り畳んで、お祖母ちゃんの位牌のところに置く。
お祖母ちゃんに報告しておきたかった。
一度手を合わせる。
(お祖母ちゃん。…………私。…………ここで働いていくね)
そして、目覚まし時計をセットする。
音量は最小にする。
深夜の《2:00》。
(これくらいなら……)
そして、眠る。
ちょっと、やってみたかった。
夜の《2:00》に目が覚めた。
そして、準備していた、お風呂セット、それを持って静かに向かう。
オンセン。
こう言うと、間違われそうだけれど、他の人と入りたくない訳ではない。いや、絶対にそちらの方が楽しい。
けれど、今日だけは、そうしたかった。
自分で、行動してみたかった。
さすがに、この時間だと誰も居ない。
けれども、灯りは点いている。
誰も居ない大きなオンセン。
そこに今、私だけ。
昨日は、沢山の人が居た。
みんなで入って、とても楽しかった。
今日は、ちょっと考えたかった。
少し、一人で。
オンセンに入りながら考える。
(ここに来るまでは、……こう、……だったんだよね)
大きな、大きなお風呂。
ゆっくりとしながら、考える。
(これからは、ここで、みんなと一緒に)
お風呂を出る。
そのまま、大テラスに出た。
風が吹いている。
今日は、ここも誰も居ない。
真っ暗な外。
いや、違う。
少し、青い。
こうして、大テラスに一人で来ると、少し分かる。
確かに、暗い。
見渡す。
水だけの、空間。
ぼんやり、光っているように見える。
上の入り口は見えない。
これから、ここで暮らす。
そして、そうすると、もう、しばらくは戻れない。
私の故郷から、少し離れた所にある、
海の底。
目を閉じ、柔らかな風を、全身で受けて、そして、目を開ける。
それから、自室にそっと戻る。
目覚まし時計を元に戻す。
《5:50》
それが次に起きる時間。
さあ、これから、
本当のここでの仕事。
本当のここでの生活。
みんなと一緒に。
お読み頂き、ありがとうございます。
これにて、一章終了! じゃない!
すみません。実は。
十日目まで、あるんです……。いえ、書きます。これから……。




