【七日目】 激怒セリカ
私はそのまま、四階へ戻った。
(私が呼ばれたのは、あれだけの事で…………?)
正直よく分からなかった。
四階フロアーには、巡回に出た人を抜いて、メイちゃんと、ミランダさんと、チュンさんが居た。
中に入っていくと、ミランダさんや、チュンさんに聞かれた。
「何だったんー?」
「もう、辞令を渡されたのか?」
メイちゃんも、こちらを気にしているようである。
「……ええっと、……辞令は、……また今度、……で。えと……」
どう説明したら良いのだろうか。辞令は、また今度。それはだけは、分かった。
「ねー、社長ー、来たよねー……」
「は、はぁ、……あの人、なんですよね……?」
正直、未だよく分からない。だが、そうなんだろうとは思う。
「……あ、アカリちゃん……」
メイちゃんも、心配そうに聞いてくる。しかし、私も、訳が分からない。
「……あ、でも、……ここで、頑張ってくれ、……って」
「…………それだけか?」
「……はぁ……」
「……辞令もまだ、……で?」
「……はぁ……」
みんなも、結局分からない様子だった。そして、少々疑問に思った事を聞く。
「……あの、あの方。……えと、社長って、そんなに、……珍しいんですか?」
「…………んー。…………んー、そだねー。………………かなりー」
「…………前に、来たって聞いたの、…………いつだ?」
「……あ、私、ここに来る前、一回だけです」
「メイは、入って、…………一年、くらいだったか。……じゃあ、……いつだった? ミランダ」
「…………んー、んー。………………………………思い出せんわー」
(それって、……え? メイちゃんは、ここに入って、それくらいで、…………で、……それより前から、一回も見てない、と。………………じゃあ…………)
「えーっと、……私が、……決めたから、でしょうか……?」
「んー、……いやー、……そんな記憶ないねー」
「ああ、確か、…………いや、無いな」
ここでの暮らしが、長いのであろう、この二人も、思い出せないくらい、来ていない人。
(そんな人が、今、この、……下に。…………あれ? じゃあ)
「ミランダさんは、今、居るの、……分かりますか?」
「んー、入ってくところまではねー。……けど、あそこー、あー、駄目。やっぱ今、遮断されてるわー」
「……え? 遮断……?」
「んー、そー。ここのねー、そういう所、そんな無いんだけどねー。何個かだけはー、セリカっちか、室長がー、遮断とか出来るようになってるんよー」
そんな事は、知らなかった。
「ミカさんも、来てたんだよな?」
「……あ、はい。一緒に」
「んー、なんだろねー?」
そして、ここに来て、聞いた事を考えて、ミカさんの事を考える。
「……あのー、ミカさんって、その、……大丈夫なんですよね……?」
「ん?」
「あー、うん。それは大丈夫っぽいけどー」
「……え?」
ミランダさんだけ、私が聞いた事に、気が付いたようだ。
「”ブルー抗体”の事でしょー?」
「……あ、はい」
「ああ、そういう事か」
「あ、……でも、ミカさん、もうすぐ……」
「んー、少なくなってきてるらしいねー」
(……確か、”ブルー抗体”は、一定の年齢で、無くなっていく。……あ、あれ? じゃあ……)
「あ、あの、じゃあ、……社長、……は?」
「んー、それなんだけどー」
「それは、私も知らないな……」
「……あ、私も、……聞いたこと無いです」
「そーなんだよねー。……そこんとこー、私も知らないんだよねー……」
一定の年齢で無くなる。だが、あの社長は、少なく見ても、結構、年齢は高い、と思う。
「あー、出てきたねー」
「ん? そうか」
「……もう、ですか?」
「あー、ミカさんもそのまま帰るっぽいねー」
ミランダさんは、おそらく、ここから、三階のカメラを見ているのだろう。状況を説明してくれる。
「んー? ありゃー?」
「ん? どうした?」
「ミランダさん?」
「えと……?」
ミランダさんが、不思議そうな声を上げた。
「どしたんだろー?」
「何が、だ?」
「なんかー、あれー? すっごい顔してるー。……室長と、セリカっち…………」
「ど、どうしたんですか?」
「……………………んー、…………………………分からんよー…………」
結局、唯一それが見えている、ミランダさんに分からないと言われれば、こちらも分からない。
「じゃ、……まぁ、仕事、するか……」
チュンさんのその声で、仕事に入る。
(結局、……何だったんだろ……?)
だが、セリカさんは、しばらく戻ってこなかった。セリカさんが戻ってきたのは、もう、お昼になって食堂に向かおうとした時間だった。
どこか、呆然としているというか、怒っているというか、呆れているというか、考え事をしているというか、とても、複雑な顔をしている。
そして、足取りも、覚束ないようでもあるが、一歩、一歩が、力強くもある。
「せ、セリカっち、…………ど、どうしたんー?」
「…………………………あの、…………………………………………くそばか」
(………………………………何か)
「セリカ……さん?」
「…………………………なんで、……………………………………………………今頃………………」
(…………………………怒っている?)
「あ、あのー……」
「……………………………………………………トリアタマ…………………………」
(…………………………呆然としてるけど、でも、これは…………………………)
「え、えと……」
「……………………………………………………………………………………く…………」
「「「「…………」」」」
(お、怒っている、…………うん、やっぱり怒っている……)
そして、点になった目でこちらを見る。
「あ、…………ああ、…………うん、…………そ、…………そうね。………………あ、あなた達には…………
関係……………………いえ、………………あ!………………あの!!……くそばかやろう!!!」
(こ、怖い! メイちゃんも、み、ミランダさんも、そして、チュンさんでさえも! …………ひえぇぇぇえ!! 一体、何が!? こ、怖いぃぃー!!)
「…………えー、えーっと、………………セリカ様。………………わ、私達はー………………」
もはや、ミランダさんは、セリカさんを、様扱いしている。
「ええぇー! お昼! ご飯っ! 食べてっ! 来てっ! 良いからっ! 大丈夫よぉぉー!? 全部っ! あのっ! ばかたれがっっ!!!」
「…………じゃ、……じゃあ、……い、……いってきまーす…………」
私と、メイちゃんと、ミランダさんと、チュンさんは、逃げるように、そこから、食堂へ向かった。
(…………だって! 怖い! あれ! セリカさん! 怖いよおぉぉ!)
それから、お昼に入った。
だが、私達、四人は、先程の、あの怖さが残っているのか、あまり、喋れない。
そして、それを知らない、食事当番の、リーゼさんと、プランさんの二人は、不思議そうにこちらを見ていた。さすがの、プランさんですらも。
そして、食事が終わって、チュンさんに、恐る恐るそれを聞いてみた。
「……あのー、……な、……何が、あったんでしょうか……」
「…………分からん。…………が、アカリ。……………………セリカさんを、………………本気で怒らすと、………………ああなる。……………………正直、………………私も、……………………怖い」
ミランダさんには厳しい、チュンさん。そのチュンさんが、ここまで言う。
(お、怒らせないように、…………しないと。………………こ、……怖い!!)
そして、お昼休みを過ぎて、四階フロアーに、恐る恐る戻った。戻ると、まだ、セリカさんしか居ない。
(ひ……ひえぇー……)
セリカさんは、いつもの、あの猛スピードで、作業をしている。のだが、ちらりと見えた、その顔は――――
(口元だけ、わ、笑ってる……? い、いや逆に、……怖い)
そして、ダン、と席を立つセリカさん。少し疲れたような感じで、歩いてくる。
(ああぁー、……皆ー、……は、早く、戻って来てぇー……)
セリカさんは、入り口に立っていた、私の近くまで、ゆっくりと来てから、こちらを見ずに、おもむろに、声を出す。
「…………ねえ、………………………………アカリ」
「…………は、はい、………………何、で、しょう、か……………………?」
「……………………………………いえ、………………………………くっ! あのっ! …………くそばかっ!!」
やはり、まだ、何かに対して、怒り状態であった。
そして、一度、落ち着きを取り戻すように、間を置いてから、話始める。
「……………ふぅ、……………疲れたわ………………」
「…………は、はいぃぃ……」
「…………もう、今日、……後休む……」
「……ええっとー……」
「…………”ひずみ”は、……今日は! もう! 起きないとっ! 思うわっっ!!」
「は、はいぃぃぃいい、伝えておきますうぅぅうう!」
そして、鬼状態のセリカさんは、フロアーを出て行った。
その後に、フロアーの外で、誰かの、悲鳴が聞こえた。
(………………あ、メイちゃんだ。……………………怖いよぅ)
その後、結局、仕事の方は、恐々しながらも、何とか進んだ。いや、少しだけ、遅くなった。
仕事が終わる頃、メイちゃんが声を出す。
「…………………………こ、怖かったですぅー……」
確かに、もう、怒りのオーラでも見えそうな雰囲気で、後ろの景色が、歪んでいる様にも錯覚する程だった。
「…………うむ…………」
「…………何が、あったんかねー…………」
チュンさんと、ミランダさんの二人も、同意のようだ。
それから、巡回の二人も戻ってきた。
ユウカさんと、エレナさんは、その時の事を知らない。
「「………………どしたんですか…………?」」
席に戻りつつ、まず、そう言った。疲れきった空気、とでも言うのか、それを、感じ取ったようであった。
「……いやー、なんかー。よー、分からんのだけどさー。……ほらー、社長来たじゃんー。で、なんか、……セリカっちがー、………………げきおこプンプンしてる」
「……あれは、……何時以来、だか……」
「……え!? ……あぁ、……それは、……しばらく、……そっとしておいた方が、良さそうですね……」
「うぅー、あれ、………………怖かった。…………今そうなのぉ?」
この二人は、経験があるのだろうか。
「あー、……前はー、……確かー、……室長の時、じゃなかったっけー?」
「ああ、……思い出しました。……私、入って、まだ、間もない頃だったような……」
「あぁ、うん、あれ、……しつちょーも、……怖がってたねぇ」
「「「「…………はぁ…………」」」」
セリカさんの、激怒の状態を、知っているらしき四人は、溜息をつく。
メイちゃんは、私と同じで、今回が、お初のようであった。
お読みいただき、有難うございます。
激怒プンプンセリカの話は、また書きたいです。




