【七日目】 あの人が来る
その日まで、こんな風に動くのを見た事が無かった。
すごく、焦っているようで、すごく緊張しているようで、更には――――
今日、いつものように、朝に起き、いつものように、朝の支度をし、いつものように、お洗濯物を出して、そして、いつものように、朝御飯を頂いた。
今日は、朝は、どうやらアリスさんと、マイヤさんが手伝いをしたと聞いた。
朝、帰ってきてから、リーゼさんのお手伝いをしたんだなぁ、と、思いつつ食事を取った。
だが、四人でやったせいなのか、それとも、リーゼさんの、こだわりだったのか、朝食は、結構なボリュームだった。
(朝御飯…………なのに…………)
何かのパスタ、サンドイッチ、サラダ、そして、スープ。
(いやこれ、……なんとも、ボリュームが…………)
しかし、リーゼさん、エレナさんが主体で、結局、全部食べてしまった。
(うん、美味しかったですよ! 本当! ……ただ、…………多い)
そして、お洗濯物を持って、部屋に戻り、そろそろかな、と思って、四階フロアーに入った。
それから、今日は、と、朝、ミランダさんに聞いた事をまとめる。
今日は、あの作業が少し。後は、練習していていい、と言われた。ただ、本部から、もう、そろそろ連絡が欲しい、とも嘆いていた。
それから、セリカさんにも聞いた。
だが、今日は、多分起こらないだろう、と言われた。
それは、”ひずみ”が出るかどうか、と言う事。それは、多分、今日は起こらない。これまでの経験上では、一回も無いような日、と言う事である。
そして、セリカさんも、ミランダさんと同じように、”本部は遅い!”と言っていた。
そんな感じだったので、予想通り、ミランダさんは、ちょっと遅刻した。
結局、それを、チュンさんに叱られていた。
ならば、そろそろ、アンカ室長が来る、と言う時間になった頃だった。あの巡回のミーティングの時間、なのだが、中々来ない。
それを、他の皆も感じたようであった。
「……遅いわね。……アンカ」
「今日は、私と、エレナですけど」
今日は、ユウカさんとエレナさんなんだ、と思っていた所に、アンカ室長がやって来た。いや、飛んできた、と言っていいくらい、何か焦ってきた。
「セ! セリカさん!」
「……ど、どうしたの? アンカ」
「な、なんかあったのか? 室長!?」
そんな感じなので、みんな驚いていた。
「まー、まー、室長ー、落ち着いてー。…………でー、”ひずみ”は感じないけどー……?」
そんなアンカ室長を、ミランダさんが宥めてから、聞き始める。
「…………え、……はぁ、はぁ。…………えーっと」
「あれぇー? ミーティングはー?」
エレナさんは、自分の仕事が、優先のようである。
「…………あ、そ、そうですね。………………ええっと。……………………だ、誰でしたっけ? …………今日」
「私とー、ユウカさんだよぉー?」
「……あ! そ、そうでした! で、では、ミーティング! あ、せ、セリカさん! その後、ちょっと…………」
「…………なーんか、あったのかねー?」
ミランダさんに聞かれるが、まだ、ここに来て、日が浅い私には、全く分からない。
「……あの。……”ひずみ”は、……感じませんし」
「ああ、セリカさんも、今日は無いって、言っていたしな……」
他のみんなにも、分からないようだ。
そして、巡回のミーティングは、すぐに終わったようだった。その後、セリカさんが、アンカ室長の所へ行く。
そして、アンカ室長は、小声で何かを、セリカさんに伝える。
それを聞いた、セリカさんが声を上げた。
「………………………………はあ!?」
「……あ、あの、……ですから……」
「…………それ。……本当?」
「…………い、いえ」
「…………何、それ!?」
こちらから見たら、内容も分からないので、更に、ナニソレ、である。それは、他の人も同じようである。
「なーんか、…………あったんかねー?」
「……で、でも、”ひずみ”は……」
「違うっぽいな……」
ユウカさんと、エレナさんは、既に巡回の準備中。
だが、それが終わる前に言われる。
「……はぁ。………………聞いてみないと。……アカリ! ちょっと来て!」
そう、セリカさんに呼ばれた。
「え? え!? わ、私ですか?」
「……えーっと、……説明、……し辛いわ。……多分、……変な事じゃない、はず、…………だけれどね」
何か、セリカさんも言い辛そうである。だが、それを、皆に聞こえる声で言われる。
「……アカリちゃん、……何か、……した?」
「え? い、いえ。……え? ……したんで、しょうか……?」
「そんなんじゃないわ。…………ただ、あいつが……」
「「「「「…………?…………」」」」」
(よ、よく分からない。…………そして、皆も、分かっていないです。…………な、何!?)
そして、アンカ室長と、セリカさんの所に行った時に、アンカ室長が、ようやく落ち着いたのかこう言う。
「……えーっと、これから、本部から人が着ます!」
「んー? ミカさんー?」
「……え? でも、それなら……」
「それじゃあ、もう?」
ミカさんが、来ると言うのか。しかし、ならば、先程の、二人のあの反応は、何なのか。
「えー、そ、それが、……ですね……」
「あいつが、来るそうよ。…………社長…………」
「「「「……は!?」」」」
驚いていた、皆を見ながら、四階フロアーを、セリカさんと、アンカ室長に、連れられ出てしまった。
そして、よく分からないまま、一階に、そのままエレベーターで降りた。
「……えーっと、あのー……」
「は、はい!?」
(あ、アンカ室長は、…………緊張しているのかな。…………そして、セリカさんは、……何やら、……頭を抱えている。……と言うか、……悩んでいる?)
「………………何しに? …………わざわざ…………?」
「も、もしかして、……私、……その、……ここで、………………駄目、だとか、ですか?」
恐る恐る、聞いてみる。
「い! いえ!? そういう事は、聞いてませんよ!?」
「…………何しに来るの……? …………あいつ」
先程から、セリカさんは、社長を、”あいつ”呼ばわりしている。
「そ、それが、…………私にも…………」
「……ミカから、連絡あったの?」
「れ、連絡は、……そう、……なんですが」
「…………じゃあ、……何?」
「……会って、話がしたい、とだけ」
「…………えと、……じゃあ、これから……」
「……ええ、迎えに行っているのよ。……けど、……なんで?」
どうやら、このお二人も、何故、社長が来るのかは、分かっていない様子だ。そして、今、迎えの為に、下へ向かっている事だけは、理解した。
「あ、アカリさんは、少し、話がしたい、だけだそうで……」
「は、はあ……」
「そ、その後、えぇっと、わ、私と、セリカさんは、何か話があるそうで……」
「は、はい……」
「せ、正式な辞令は、……ワタリ部長から、……貰えるそうなんですが……」
「……え?」
「……じゃ、じゃあ、……何しに来るのよ。…………ほんと」
話が見えない。だが、今、重大な事を聞いた。
(私に、正式な辞令が、…………届く)
そして、そこに出る。私が、初めてここに来た時に、初めて、足を踏み入れた、この場所。
一階から出て、中庭。
(そういえば、……ここに来るのも……)
そして、そのまま、そこを出る。
あの、初めて来た、最初の場所。
ここの、船着場。
ここに来て、数日。
そして、思う。
(ああ、ここって、…………本当に、これだけしか、無いんだ)
ただの、コンクリートなのか、扉の向こうは、足場があるだけ。
初めて来た時は、こんな所ですら、初めてだった。
上を見る。
上には、黒い穴。
本当に、この城の、真上。
アンカ室長と、セリカさんはその先に進む。
私も、それについていく。
「…………それで、もう来るの?」
「……あ、……もう少し、……時間はあるかも、しれなかったです」
どうやら、アンカ室長は、相当焦っていたのか、慌てたのか。少し、早めに着いたようだ。
「あの、……ここで、……お出迎えするんですよね?」
「ええ、一応……」
「ちょ、ちょっと早かったかもしれません……」
二人は、その、先端。私が、初めて降りた所。その少し後ろに立っている。私は、その少し後ろに立つ。
周りを見る。青い、青い、風景。その青は、全て、海。いや、水なのか。
少し、後ろを見る。白い、大きな、城。私が、数日間居た、あの、お城。
そして、上を見る。遠くに、黒い穴。確かに、遠くではある。だが、はっきりと見える。
(……あれが、……ここの、出入り口。唯一の、自由に出入り出来る、場所。……私も、あそこから……)
そう思っていた私に、セリカさんから声がかかる。
「……船は、見えないわよ。ここからじゃ」
前に、ミランダさんに聞いた、ここの高さ。ここは、あそこまで、”Y400”。
”1”が約”200メートル”。
ならば、あそこまでは、大体80000メートル。80キロ。小さな船など、見えるはずは、無い距離だ。
「今、……何処にいるんでしょうか?」
「もう、中に入っていると、思われます」
そして、少し待つ。
すると、セリカさんが呟いた。
「……来たわ」
二人が見る先。そこには、白い何か。
(いや、あれは…………)
どんどん近づいてくる。
(み、水しぶき!?)
あっと言う間に近くに来る。だが、もちろん、近づいてくるにつれ、スピードが落ちている。そして、白い、水しぶきの中に、それが見える。
(あ、……あれは――――)
思い当たる。
そう。それに乗っていた。
私は、それに乗って、ここに来た。
大きな、船。いや、潜水艦。大きな、深海潜水艇。
白を基調とした船。所々に、赤い箇所、黒い箇所がある。
二人が、少し後ろへ下がる。私も、ついて下がる。
猛スピードで来ていた船は、こちらへ近づくにつれて、ゆっくりとした速度になりつつ、この船着場に来た。
そして、船着場に、それが着く。
私は、ここに来た時、見ていた。
扉は、外から見ると、一つだが、実際には、中は、三重の扉になっている。それが開いているのだろう、音だけは聞こえる。そして最後に開くのが、一番外の扉。そこが開く。
そして、出てきた。それは、ミカさんだった。
「ああ、お疲れ様、二人とも」
「お疲れ様です、ワタリ部長」
「前は会わなかったわね。ミカ」
そして、ミカさんが私を見て言う。
「アカリちゃん、お久しぶり」
実際には、そんなに久しぶりでもない。だが、昔の事のようにも思える。
「あ、お、お久しぶりです、ミカさん」
そして、ミカさんは、潜水艇の扉を見る。いや、その中から出てきた人を見ていた。
(――――――あの人だ。私を、面接してくれた、ここを、説明してくれた。やっぱり、この人が、ここの社長だったんだ……)
「お、お久しぶりです! ヤマト社長!」
「……何しに来たの? トシオ……」
アンカ室長は直立不動、と言った感じで迎え、セリカさんは腰に手を当てて、そちらを見ている。
「……ああ」
ゆっくりと、その人は出てきた。
「話は、中で」
「そんな時間あるの? あなた」
「で、では、中で!」
そう言って、中へ行こうとしたアンカ室長を、ミカさんが止める。
「ああ、ちょっと待って、アンカ」
その人は、私のところに来る。
「……ここで、働き続けてくれるそうだな」
「…………え? ……あ、は、はい!」
そして、私を、目を細めて見る。
波音が、聞こえる。それから、言う。
「……そうか。それなら、良い」
「………………え?」
「ここで、頑張ってくれ。アオノ・アカリ君」
「……え、あ、はい!」
そして、歩き出しながら言う。
「アンカ、セリカ、少し、話がある」
「じゃ、行きましょ」
ミカさんに促され、皆で、城に向かう。
だが、アンカ室長は緊張している様子であり、セリカさんは怪訝な顔をしている。ミカさんは、前に見たような雰囲気と変わらない。
私も、少し遅れて、皆の後を追った。
エレベーターに、全員で乗るが、ミカさんに、私は、四階に戻るよう言われた。その時に、言われた。
「辞令はまた、今度持ってくるから。ええ、アンカと、セリカが良いと言えば、もう試験期間は終わりだからね」
ミカさんは、別れ間際、それじゃあまた、と言ってくれた。
そして、エレベーターには、4人が去り、私だけ、残された。
お読み頂き、有難うございます。
やつが出て来ました。
もちろん、名前は……、やめておきます…………。




