【五日目】 〝ひずみ〟の後
部屋を出て、室長室に向かった。
お昼を大分、過ぎていたが、アンカ室長は、まだ仕事をしていた。そして、セリカさんの事を伝える。
「分かりました。では、セリカさんは、今日は、もう、お休みですね……」
「はい。そうだと思います」
「ええ、では、アカリさんも、お疲れ様。お昼、大分過ぎちゃったでしょう?」
「……あ」
そう言われて、時計を見る。《13:00》は既に過ぎ、もう、《14:00》になろうとしている。
今までなら、お昼を食べて、休憩して、午後の仕事をしている頃のはず。
「今日は、こんな事になってしまったから、もう、今日は、お話の続きが、出来ないけれど……」
「いえ、まだ、大丈夫ですし」
「…………そう? …………ごめんなさい」
アンカ室長が、謝る事では無い。
「皆も、もう、区切りがつくと思うから、一度フロアーに戻って下さい。その後に、ちょっと遅くなったけれど、一緒にお昼を」
「あ、分かりました。…………あ、アンカ室長は……?」
「私? そうですね、……今日は、巡回が戻ってくるまでは、無理かもね……」
今日は、お昼休みは取れない、という事なのだろう。
「あ、じゃあ、お昼は……」
「ええ、先程、プランさんが、携帯食料を持ってきてくれました。彼女達も、昼食を準備している途中だったみたいなので、途中で、簡単な物に切り替えたみたいですよ」
(……ああ、こんな所でも、あの携帯食料が、使われていた……)
「それに、今日はこれが起こってしまったので、少し遅くなるでしょうね。ただ、巡回は、割とスムーズに出来たので、晩御飯は、…………まぁ、ちょっと、遅くなるかもしれませんが……」
「仕方ない、……ですね」
皆で一緒に取る食事時間。
ここで、私が、とても好きになっていた、時間でもある。だが、今日は、もしかしたら、初日みたいに、バラバラになってしまうかもしれない、という事だろう。
「では、私は、業務を行いますので……」
「……はい、では、失礼いたします」
出来る事なら、お昼も取れない、アンカ室長を手伝ってあげたいのだが、多分、まだ出来ない。
やったとしても、足を引っ張る可能性のほうが高い。そう思いつつ、部屋を出た。
四階フロアーに戻ると、皆、まだ、作業をしていた。私も、席に戻ろうとするが、今、私が何が出来るのか。
本来、私の指導員のミランダさんも居ないので、チュンさんに聞いてみた。
「……あの、何か、私がお手伝いできる事はありますか?」
「ん。ああ、うん。そうだな。まあ、もう一旦、区切りがつくから、遅くなったが、昼食後にしよう」
「あぅー、おなかすいたよぉー」
「ええ、もう、休憩したいわね……」
皆、作業を続けながら、口々に言う。少し、疲れているようだ。
「ん、こっちはいいぞ」
少し後に、チュンさんが言う。
「私は、残りますから、チュンさんとエレナ、アカリは食事してきて」
「んーっと、もぅ少しー……」
ユウカさんは、休憩したいと言いつつも、作業を続けるようである。エレナさんも、お腹空いたとは言いつつも、切りのいい所まで、進めているのだろう。
「じゃあ、私とアカリは、先に行って準備しておくよ。多分、あの時間だったから、準備できてないかもしれんし」
「んー、おねがぃー」
(……ああ、それなら、手伝える。食事の準備、くらいなら……)
「あ、私の分、もういいので」
「ん、そうか」
ユウカさんが言った事に、チュンさんが答える。もう、昼食はいい、と言う事なのか。
「えと……」
「この後だと、もう遅いでしょ? 晩御飯、食べれなくなっちゃうわ」
(なるほど。……確かに。……でも、お昼ご飯も、抜きだなんて……)
「じゃあ、行くか。アカリ。」
「あ、はい。」
残った二人は、また黙々と作業を続けていた。食堂に向かう途中に、チュンさんに聞いてみる。
「あの、”ひずみ”が起きると……いつもこうなんですか?」
「んー。時間によるが……そうだな。……大体こうなるかな」
”ひずみ”
今日聞いたばかりの事。私が来た、初日で起こっていた事。
(なら……それは……)
「……”ひずみ”って、どれくらいの頻度で、起きるんですか?」
「んー、多い時なら、……月に6、7回くらいか。……無い時は、月に一度も無い時も、あるな。」
「多いと、そんなに……」
昨日は、とても楽しかった。皆、のんびりしていた。しかし、この”ひずみ”が起きると、この状態になってしまうのか。
私は、初めて来た、5日前の事を思い出す。
(あの時も、…………いや、あの時は、もしかしたら、もっと……)
そして、食堂に着く。
誰も居ない。調理室に行くと、準備は、されていた。初めは、何を作ろうとしていたのか分からないけれど、どうやら、スープと、パン、それだけのようだった。
「今日は、二人も駄目かな……」
チュンさんの言葉で、気付く。多分、今日、これを準備してくれていた、プランさんと、リーゼさん。
その二人、の事だと思う。
「いや、そうでもないか……」
食器を確認してから、チュンさんが言う。
「え?」
「多分、自分の分は、持って行ったのかもな。リーゼが」
私には、何を、どう、確認して、チュンさんがそれが分かったのか、分からない。
「さ、準備するか。エレナも、もう来るだろ」
そう言われて、食事の準備を始める。そして、それは直ぐに終わる。
3人分。何かのスープ、あとはパン。
「ああ、メイ、これ作ってくれていたな」
それから、メイちゃんのジャム。
そして、エレナさんも来た。
「お腹空いたよぅー……」
お疲れのようだ。
「そうだな。しかし、食事を取ったら戻らないとな」
「そうだねぇ……」
チュンさんの挨拶で、三人で食事を始める。昨日とは、打って変わって、違う食事。普段、話をする、エレナさんも、今日は黙々と食事をしていた。パンは、何枚か食べていた。
食事が済んで、片付けが終わってから、そのまま三人で四階フロアーへ戻った。
「じゃあ、アカリ、これから情報送るから、それやって」
席に着くと、まだ作業をしていたユウカさんに言われる。
「あ、はい」
送られた、情報データを見る。前に、やらせてもらった、あの作業。
作業のやり方は、分かる。練習も、少し出来ていた。しかし、量が多い。前とは、全く違う、多さだった。
「ミランダさんが戻ってきたら、そうね、……見てもらえるとは思うけれど。……今日は、巡回後になるし、何より、”ひずみ”の発生後だし……」
「は、はい」
そうして、私も作業を始める。ユウカさんは、きっと休憩も、ろくに取れていない。チュンさんや、エレナさんも、自分の作業を行っている。ミランダさんも、メイちゃんも、まだ戻ってこない。
セリカさんも、今日は、あの様子では、と考える。
今、ユウカさんに頼まれた、これは、今の私でも何とか作業は出来る。分からない所も、教えてもらえていた。メモ帳にも、ちゃんとメモしてある。そうして、私も、作業に没頭していった。
皆も黙々と作業をし、私も必死で、作業をしていると、ミランダさんと、メイちゃんが、ようやく戻ってきた。
「…………ふっはぁー、……………………疲れたー」
「…………お、お疲れ様ですー………………」
その二人も、疲れているようだった。時間を見ると、もう、いつの間にか、もうすぐ《17:00》になる。
「お疲れ様。大変だったな」
「おつかれぇー。…………こっちもまだあるよぅー」
「お疲れ様です。あ、資料作成は今アカリが――」
皆も、挨拶しつつ、ユウカさんが、私の事も報告してくれる。
「あー、うん。ちょっと見たよー。済まんねー……」
「あ、いえ、お疲れ様です」
いつの間に確認したのか、ミランダさんは、席に座りながら言う。アンカ室長にも言われたが、ミランダさんも言う。しかし、ミランダさんも、何も謝る必要など無い。
「あー、助かるわー……」
「……うん、ありがとう、アカリちゃん」
私は、ユウカさんに言われた通りに、やっていただけだ。皆、大変そうだった。皆、疲れている。
「いや、ねー…………これまでだとねー…………」
「ミランダ、先に報告書」
チュンさんに言われる。
「…………あー、やらんとねー。…………しっかし、…………今日、出なくてもさー…………」
「…………し、仕方ないですよ。そういう事もありますし…………」
「ええ、あ、アカリ、どう? 作業終わりそう?」
「え、あ、すみません! も、もう少し……」
ミランダさんと、メイちゃんも、席に座って、少し休んでから、作業を始めた。
私も、ユウカさんに渡された、作業は終わるまで、もう少し、かかりそうだ。皆が黙々と作業を行う。
おそらく、昼前の”ひずみ”の色々な作業。私の作業も、多分それの一環。
しばらくして、ようやく、私は言われていた作業を終える。
「あー、アカリちゃん、最初の方、ちょっと間違ってるー……」
え!? と、一息つこう、とした所に、ミランダさんに言われる。
「え……あれ? えっと……」
「あ、もっと前ー。あー、そこそこー」
あたふたとしながら、言われた所を見る。
(……あ! こ、これ違う!)
「す、すみません、直ぐ!」
「うんー、よろしくー……」
やはり、ミランダさんも疲れているようだ。いつもより覇気が無い。私も言われた所を修正する。
(……えっと、あ、これ変えると、……あ、こっちも!)
言われた所を修正すると、他の所も変わってくる。
(こ、こんな時に間違うなんて……)
そうは思うが、他のみんなも、まだ作業中だ。それに、きっと私より、もっといっぱいやっている。私には、まだ出来ないような事を。
そして、作業をし直していると、前の席の、ユウカさんが言った。
「……あーっ、やっと終わりましたよー、……ミランダさんー」
「あー、うんー。これってー、やっぱ前にあったのと同じっぽいねー……」
「……ええ、その記録も入れときましたー……」
お昼も取らずに、頑張っていた、ユウカさん。ようやく、終わったようである。
「ユウカ、……後、報告書と、日報……」
「………………………………………………日報、………………まだでした」
チュンさんに指摘されていた。報告書とやらは、終わっているのだろう。だが、日報。
そちらは、私も入ってから、やっていた。あれが、まだ、だったようだ。私もやって思ったけれど、確かに、それ自体は、そんなに難しい事ではない。だが、こんな後だと、忘れてしまう、それも、分かる気もする。
ユウカさんが、こんな風に、疲れた状態になるのを見るのは、初めてだ。いや、それは、他の皆に対しても。
ユウカさんは、もう一度モニターを見直し、日報を書いているのだろう。その後姿を、見せてくれている。
日報を終えたのか、ユウカさんが、立ち上がりながら言う。
「…………ああ、疲れたわ。…………すみませんけど、先、上がりますね…………」
「ああ、お疲れ」
「おつかれぇー」
「……お疲れ様です、ユウカさん」
「んー。おつかれー」
「あ、お疲れ様です」
そして、ユウカさんは、疲れた表情で、フロアーを出て行った。それもそうだ。私はまだ、お昼ご飯を食べさせて貰えている。だが、ユウカさんは、その間も、ずっと作業をしていたのだ。
私も、自分の作業に戻る。
その後、チュンさんが言う。
「さて、と、……私は、アンカ室長に、確認を取ってくる。ミランダ、メイ、展開は?」
「もちっと、待ってー」
「す、すみません、こちらも、まだ……」
「そうか。エレナ、どうだ?」
「うぅー、もぅ、ちょっとー」
「ん、アカリ、どうだ?」
順々に確認しているのか、最後に私に、今の作業の事だろう、その事を聞いてくる。
「あ……えと、もう少しで……」
「じゃあ、アカリ、それ終わったら、ミランダに。ミランダ、確認してくれ」
「んー、おっけー」
ミランダさんが、そう言った後に、エレナさんが報告する。
「あぅー、チュンさーん。終わったよぅー」
「ん? そうか。じゃあ一緒に室長へ渡すか。他は?」
「終わってるよぅー。お腹空いたぁー……」
「そうか。じゃあ、行くか。ミランダ、メイ、アカリ、お先」
「おさきぃー。おつかれぇー」
そう言って、チュンさんと、エレナさんが出て行く。
「んー、おつかれー」
「「……お疲れ様です」」
私とメイちゃんは、まだ、作業。
そして、ミランダさんは、多分、それの確認待ちのようだ。
(けど、やっぱり、作業になると、この人は、早いのだろうか。…………ああ、私、まだ修正終わってないや。…………ううー、………………多いよぉー)
しばらくして、メイちゃんも終わったようだ。
「……あ、終わりました」
「んー、おっけー。巡回報告書はまとめて渡しとくからー、入れといてー」
「……あ、はい」
「んー、そだよねー。こうなるよねー。……じゃあ、お疲れー」
「……あ、じゃあ、お先に失礼します」
「お疲れ様」
メイちゃんも、出て行った。
(……も、もう少し、あと少し、…………こ、これで、……う、うん。……今度こそ、……大丈夫……)
「み、ミランダさん」
「んー、おっけー。アカリちゃーん、あと、日報ねー」
(……………………さっき、…………ユウカさんが、忘れていた日報。……………………私も、…………まだ、それがあった。………………ううー…………)
そして、しばらくし、ようやく私も終わった。
「はぁー、……すみませんー、……遅くなって」
「んー、まー、最初はそんなもんだってー。……まー、でも、今日は、私も疲れたわー……」
ミランダさんも、やはり、疲れた中、私を待ってくれていたのだろう。申し訳なく思う。
「もー、こんな時間だしねー……」
ふと、時間を確認する。
(………………え。…………………………もう、7時過ぎてる………………)
「まー、昔に比べりゃー、全然マシだけどねー……」
(昔……?)
「でもー、やっぱ、自分が、巡回の時はー、……やめて欲しいわー……」
”ひずみ”の事だろう。
「あのー……」
「んー?」
「ミランダさん、ちょっと聞いたんですけれど……」
「んー」
「ミランダさんも、”ひずみ”が出ると分かるんですか? ……その、なんとなく、と言うか……」
「あー、それ聞いたんだねー。んー、分かるよー。こう、なんか、ざわざわーって感じでねー」
「……その後、…………こう、………………疲れたり、するんですか…………?」
「……あー、そっかー。……セリカっちみたいにって事ねー」
そう、気になっていた。セリカさんは、そう、疲れるというか、辛くなるというか、あの後、すごくきつそうだった。セリカさんは、ここでは自分だけ、と言ってはいた。
「んー、私はそれは無いねー。ただねー」
「ただ……?」
「私の場合はー、なんかー、その後、こう、感覚が研ぎ澄まされるっていうかー。まー、すぐ収まるけどねー。そういうのは、感じるかなー。」
(感覚が、…………研ぎ澄まされる?)
「まー、他の人も、それっぽい感じは、あるみただけどねー」
「…………それは、…………今も、…………ですか?」
「いやー? すぐ収まるよー。”ひずみ”が収まった少し後にねー」
よく分かったような、分からないような。しかし、少なくとも、セリカさんのように、辛いと言う訳ではなさそうだ。
(じゃあ、先程、言っていた、……今日……)
「……でも、……お疲れ、なんですよね」
「んー、そだねー。疲れちったー……」
まだ、短い付き合いであるが、こうこう事で、嘘を言う人ではない。それは、なんとなく、分かってきている。
「”ひずみ”が、起きたから、……なんですよね?」
「んー、まー、それもあるねー。だってさー、ほら、アカリちゃんも、少し聞いたっしょー?」
「……え?」
「巡回艇。”ひずみ”が出たらさー、あれ、……自分で操作、せにゃいかんじゃんー……」
(あ、そうだ、確か、リーゼさんにそう聞いた。なんか、車のような感じで。……う、どういう感じなんだろ。け、けれど、意外。そういう操作系は、ミランダさんは確か……)
「……ミランダさん、もしかして、…………巡回艇の操作、…………苦手、なんですか?」
「うんにゃー? そっちは平気ー。…………でもさー、それやる為にはさー、常に見とかにゃいかんじゃんー。………………カメラ」
「……………………あ……」
その言葉で、私は思い出した。
(確か、ミランダさん、……巡回艇は、……酔っちゃう。………………な、なるほど)
「……んじゃー、上がろっかー」
「……あ、はい」
「おつかれー」
「お疲れ様です。ありがとうございました」
もう、時間は《20:00》になろうとしていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
お疲れモードの、みんなです。




