【初日】 二階の案内の始まり
「そろそろ、時間も無くなってきたし……」
結局、ミランダさんからそう促されて、その階の説明は終え、二階へ下って行く。
ちなみにもう一つ、部屋があったが、そこは”物置”だそうだ。後はお手洗い。四階と同じ箇所だから、それだけは覚えやすかった。
二階に下りると、先程、私の部屋だと連れて行ってもらった通路が見える。二階は、階段から降りると、エレベーターは少し離れていた。
「さーて、ここからが、お楽しみの私たちの部屋になりまーす」
ミランダさんは、ここまでで一番楽しそうに説明を始める。
「二階はねー。もう完全に、私たちの天国! ここには、いーっぱい楽しい事が、詰まってますよー!」
今までと、ミランダさんのテンションが、少し違う。
「えーっと、どこから案内しよっかー。んー――」
ミランダさんが言っていると、鐘が鳴る音がした。
-ゴーン-
「ありゃ!?」
その音よりと、同じくらいのタイミングで、奥から女性が歩いてくる。
「ん?」
先程、四階フロアーで見た女性だ。
(確か、アンカ室長に発言をしていた――)
「ああ、ミランダ。とアカリさん、……だったな」
「あー、チュン、やっと終わったんだー。そうかー」
「まぁな。それで、そっちはまだ終わってないのか?」
チュン、と呼ばれた女性が答える。
凛々しそうな顔立ちに、黒髪のポニーテールをしている。私よりは年上だろうか。真面目そうな人だ。
「いやー、これからここの説明を、とねー、あー、皆は?」
「いや、私が出る時は、まだ皆居たが、もう終わるんじゃないか?」
なんだか、印象に合わない可愛らしい名前だ、と失礼な事を思ってしまう。
「アカリさん、先程はろくな挨拶ができなかったな」
女性はそう言って、こちらを向く。
「あ、いえ、あ、えっと……」
失礼な事を考えてしまったせいか、口篭ってしまう。
「私はチュン・アマノ。ミランダと同じ主任だ。よろしくな」
しっかりとした人だった。名前、以外は。
ただ、主任と言われても、違和感の無い人だった。私が口篭ったのを、気にした様子も無い。名前の事は、考えないようにしよう、と自分に言い聞かせる。
「あ、アカリ・アオノです。これからよろしくお願いします」
「うん、よろしく」
「……それにしても、皆……。今日は、やっぱり遅いねー……」
嘆くように、ミランダさんが言う。
「まぁ、仕方ない。残念だけどな」
そう、チュンさんは言う。よく分からないので、私は聞いてみた。
「あの、遅いって……?」
ミランダさんが答える。
「……うんー。普段は、皆、もっと早いんだよー。鐘が鳴る前には、もう大体終わってるんだけどねー」
そこに、チュンさんが口を挟む。
「緊急の事があるは、仕事である以上仕方ない。だが、今日というのは、タイミングが悪すぎる、とは私も思う」
チュンさんは、どこか不機嫌そうだ。
「ねー、これから、せっかく天国の説明しようと思ったのにー……」
「いや、そっちは逆に、なんでここまで時間がかかってるんだ?」
そう、チュンさんに突っ込まれる。
「……え、……いやー、そのねー――」
ミランダさんが言いかけるが、私は分かっていたので、発言する。
「あの、多分私が悪いんですっ」
「ん?」
チュンさんは、キョトンとした顔で、こちらを見た。
実は、三階で案内をされていた時に、あの資料室の事を、ミランダさんにもっと詳しくと、突っ込んで聞いていたのだった。
ミランダさんは、時間がかかるから、と言っていたのだが、言われた”セリカさん”なる人物も見ていないし、よく使うとも聞いたので、資料室の事を、出来るだけ聞いておきたかったのだった。
そして、実際に端末も立ち上げてもらった。
ミランダさんは、
「いやーやっぱりここって時間かかるねー。ここのは遅いねー」
と言ってはいたが、私は、早く覚えなければ、という気持ちと、アンカ室長に、分からない事は、ちゃんと聞くように、と言われた事もあり、ちゃんと自分が、その資料室で資料を探せるかどうかを、聞いていたのだった。実際には、メモ帳にあまりにも、何も書けていなかった事も起因するが。
結果、そこでかなりの時間を食ってしまっていた。
資料室での検索の事は、ある程度は理解できたが、その分時間が無くなっていた。そして、資料の棚を教えてもらおうともしたが、時間も無いし、とそこで切り上げになった。
私が、それをチュンさんに説明すると、チュンさんからは咎めるような言葉は無かった。
「いや、それなら仕方ない。あそこは、確かに覚えておいたほうが良いが、時間もかかるしな。まあ、検索は、ミランダでも可能だし。棚の方は、セリカさんや、室長には、もう少し巧く整理できないか、私からも言ってみよう」
そしてミランダさんの方を向き、話を続ける。
「それで、これから、この二階の案内をするところだったのか」
「そうそうー。この、天国をー」
ミランダさんも、気にした素振りも無い。私が、あそこで突っ込まなければ、もっと早くに、二階の案内も、説明してもらえていたのかもしれないが……。
「まぁ、二階は普段から使うし、わざわざ全部を説明しなくても、いいんじゃないか?」
だが、ミランダさんは「でもでもー」と説明したいようだ。
(そんなにも、この二階は特別……?)
そう思うが早いか、チュンさんが話し始める。
「二階は、私たちのプライベートスペースだ。個人の部屋や、食堂、風呂に、テラス、あと娯楽室などもある」
その瞬間、ミランダさんは、ハッとなってから、「ああぁぁあー」と唸り声を上げていた。
「ん? 他にも、モニター室等なんかもあってだな」
チュンさんは気にせずそう言う。さらっと、チュンさんは説明したが、娯楽施設まで中にあるとは。何があるのだろうか。
「娯楽室は、面白い本や、皆が集めたグッズなんかも置いてある。私も、貰った本を置いているな。他にも、皆で遊べる昔のゲームや――」
私の思考を先回りしてなのか、そう説明し始めてくれるのだが。
「いいいぃぃぃぃーー」
チュンさんの説明を聞いて、ミランダさんは唸り声を上げた。
「ん? 違ったか?」
「ううぅぅ、……そそそ、その通りよー! ……その通りなんだけど、もーっと、サプラーイズな説明の仕方がああーーー! ていうか、なんでよりにもよって、そこだけ、そんなに詳しく説明をおおぉぉぉーーー!」
(ああ……ミランダさんが、壊れた……)
いや、今日あったばかりの先輩に、こんな事を思うと失礼だが。でも、なんかそう思う。というか他に表現のしようが無い。
(……もしかして、娯楽施設が、ここの案内の目玉だったのかな……?)
「……ま、まぁ、実際は行ってみれば、もっと驚くと思うぞ? …………な、なぁミランダ?」
チュンさんも、何か理解したようだ。
「ええぇぇーー! そうよーー! 見たらぜーったいびっくりするからーー!! 娯楽室は良いとこだからーーっ!」
(……だったみたい……)
きっと、ミランダさんは、私が驚くような説明をしたかったのだろう。
だが、それもこれも、私の質問によるせいだ。ちょっと悪い事をしてしまった、と思う。ミランダさんは少しうなだれたようになり、「おおぉぉーー」と気合を入れてみたりと、なにかコロコロ変わる。
私が謝ろうか、どうしようか、と考えていたら、階段の方から人がやって来た。
「……あ……あれ……?」
そう言う声が聞こえて、そちらを向く。
そこには、階段を下りてきた、先程見たの女の子が居た。四階フロアーで目が合った際に、笑いかけてくれた人だ。
「……あ、アカリさん……」
名前を呼ばれた。いや、呟いただけのようだ。
けれど、私の名前をしっかりと、覚えてくれている。ちなみに、その頃ミランダさんは、シューっと小さくなっていた。
チュンさんは、ちょっとバツが悪そうに、ミランダさんをなだめているようだ。
そんな中、その女の子は、私に話しかけてきた。
「……あの、初めまして」
(……あ、ちゃんと挨拶してなかったんだった)
「……私、メイ・フライヤーと言います。」
ミランダさんに声をかけようとしていた所だったが、せっかく向こうから話かけてくれたので、そちらを向いて答える。
「あ、初めまして。アカリ・アオノです。……あの、先程はどうも」
ミランダさんのおかげ、と言うと悪いけれど、横で唸り声を上げている、ミランダさんのおかげで自然に挨拶をする事が出来たようだ。
「これから宜しくお願いします」
そう言われ、先にペコリとお辞儀された。
私も同じように「宜しくお願いします」とお辞儀をする。
「メイは、君の隣の部屋の子だよ」
ミランダさんをほおって、チュンさんもこちらに参加してきた。
(……ミランダさんは、……そっとしておこう……)
「メイ、もう上がりか?」
「はい。それに、今日の食事当番は、私ですし」
「ああ、そうだったな。後は、……確か今日はセリカさんが当番だった、……はず」
「……はい……でも……セリカさんは、……やっぱりいつもので。……だから、今日は私だけになります」
「ふむ、そうなると大変だな。私が、手伝ってもいいんだが……」
「……でも」
「……うむ。セリカさんが、そうだとすると、多分、無理だろうからな。……室長は、……今日は無理だろうな。となると、セリカさんには、……ああ、他のメンバーはどうだ?」
私は、チュンさんとメイさんのやり取りを、横で傍観している。ただ、今日の食事当番の事を言っている事は、なんとなく理解できた。
「……実は、まだ、終わらないみたいで……」
「……ん? 先程私が上がる頃には、皆、終わりそうだったが」
「……その、お昼前の……」
「……ん?」
「……昼前の、……はい、結果が、…………で…………今………………」
「……では、…………うむ…………ユウカ達が……? …………なるほど……」
なにやら、今度は仕事の事なのか、理解できない。と言うよりも、仕事の内容らしき話になった時点で、少し小声になっている。だから、ほとんど聞き取れない、と言う事もある。
「…………では、そうなると…………いや…………になるが……でも、そうすると、……いや、しかしな、……じゃあ巡回組は、………………ということは、プラン達も駄目か」
どうやら、今日の食事当番であるらしき、セリカさんという人は、何故だか、当番から外されているみたいだ。それで、他のメンバーはまだお仕事中で、チュンさんか、ミランダさんが代わり、と言う事らしいが。
「そうなると、食事当番は、……私も、……駄目か。……うむ、ミランダは、…………駄目だな…………」
チュンさんも、何か事情があるのか、駄目らしい。
(ミランダさんは、……なんだろう?)
まぁ、料理は仕事に入っていない、と聞いた。もしかしたら、私がまだ知らない、何か事情でもあるのかもしれない。
だが、チュンさんはどうも迷っている。もしかしたら、と思い、私は発言する。
「あ、あのー、もしお料理の事でしたら、えと、わ、私、お力になれるかもしれません」
チュンさんが「え?」と少し驚いて答える。
「う、うん。いや、しかしな。……うん、そうだな。……じゃあアカリさんは、料理はどれくらいできるんだ?」
少し迷った後、じゃあ単刀直入に、と言う感じでチュンさんが聞いてきた。
「その、他に取り柄はないんですが、お料理だけは前にもやっていて、……それで好きで、ていうか得意、……というか。で、でも、多分お力になれるかと」
チュンさんが、考えながら呟く。
「ほう。ふむ、……そうか。それなら、うむ。……まぁ、初日ではあるが、それもいい機会なのかもな」
そう呟いた後、チュンさんはこちらを向き直し、話してくる。
「では、アカリさん、初日早々で悪いが、食事当番の代わりを頼んでもいいかい?」
だが、メイさんが少し心配そうに聞く。
「……でも、いいんですか? まだ初日なのに……」
どうやら、私の事を、気にしてくれているみたいだ。だから私はこう答える。
「はい! お料理できるのは楽しみだったんです!」
そこで、立ち直った、ミランダさんが、ようやく復活して話しに参加してくる。
「うー。アカリちゃんがいいなら、私は構わないけどー。でもでも、二階と、一階の案内は、まだ終わってないんだよー」
う……。そこに関しては、私に責任がある以上、あまり発言も出来ない。
「まぁ、二階はともかく、一階広いし、二週間は、あまり行く事も無いはずだ。少しずつ、覚えていってもらえばいいだろ? アカリさんの指導員は、ミランダなんだし。お前は、その気になれば時間を作るくらい造作もないだろ? 今日はここまででいいんじゃないか? それに……」
どうやら、チュンさんの中では、私で決まりのようだ。
ミランダさんに対して、『やれば出来る子』、みたいなことを言う。
「うー。そうだわねー。うん。まぁ、一階は元々予定してなかったし。あー、あとチュン、そっちの件は私、もう終わってるからー」
「ん? そうか。じゃあミランダも、……は、いいか……」
(うん。私も良く分からない。から、まあいいや……)
「じゃあ、今日の案内は、ここまでだねー。ただ! アカリちゃん! ここの娯楽室だけは、私が案内するからねー! それまでは、娯楽室は行かないように!」
それはともかく、ミランダさんは、そこだけは譲りたくないらしい。
どうやら、ミランダさんに案内されるまでは、娯楽室には行けなくなってしまった。
残念だけれど、私のせいでもあるので、納得する。
「はい。では、楽しみにしておきますね」
「うんうん。楽しみにしててねー」
ミランダさんの調子が元に戻ったようで、安心した。
「……あの、ではすみませんが、よろしいですか?」
間を見計らっていたらしき、メイさんが、申し訳なさそうに言う。
「ああ、じゃあアカリさん、早速で悪いが、メイと一緒に食堂に向ってくれ。すまないな。初日早々で」
チュンさんも、少し申し訳なさそうに言う。
「はい。がんばります!」
そう言って、私は意気込んだ。
「ああー、新しく来た人が、早速食事を作ってくれるなんてー。楽しみだわー。メイちゃん、じゃあ私の代わりに、食堂の事はお願いねー」
ミランダさんは、調子が完全に戻ったようだ。
(めまぐるしく感情が変わる人だなー……)
そう思いつつも、ちょっと気になる。
どうやら、チュンさんと、ミランダさんは、行かないらしい。
チュンさんは、なにやら事情がありそう。
(でも、……ミランダさんは、……分からないけど、仕事は大丈夫そう)
どうせなら、ミランダさんを含めた三人でやるものかと思っていたが、そうではないのか。
(そういう決まりでもあるのかな?)
まぁ、それにしても娯楽室も楽しみだが、お料理が出来るのも楽しみだ。
就職条件を聞いた時は、そこに惹かれた部分も大きいのだ。
「……じゃあ、アカリさん、こちらです」
メイさんが、先導し始める。私は、チュンさんと、ミランダさんに、「それでは」と言ってお辞儀をする。
チュンさんからは、「うむ」と、ミランダさんからは、「よろしくねー」と、声をかけられ、私はメイさんの後をついていった。
お読みいただき有難うございますm(__)m




