【三日目】 アリスとマイヤ
「きょーのごっはんはなんだろなー?」
今度はエレナさんはご飯が楽しみの様子だ。
一度、着替えた服を置きに部屋に戻る。
部屋の通路に来た所で、がちゃりとドアが空いた。
(あ、アリスさんだ)
目をこすって眠そうな顔をしている。多分、今起きたのだろう。
「アーリスちゃん、おっはよー」
「あ、おはようございます、アリスさん」
「…………………………………………………………………………………………おは……よぅ………………」
今にも寝てしまいそうだ。いや、アリスさんですよ!?
「もーすぐごはんだよー?」
同じく一番奥の左、メイちゃんの向かいの部屋のドアが開く。
(あ、マイヤさんだ)
「おあようございあう」
「おっはよー、マイヤちゃん」
「あ、おはようございます」
「…………………………………………おはよ………………………………………………マ…………ィ…………ャ……………………」
途中から消え入りそうな声でアリスさんも挨拶する。
(………………………………立ったまま……………………寝ないよね………………?)
それをマイヤさんが歩いてきて、ゆさゆさとアリスさんを揺らす。
(……………………あ、寝かけてた………………みたい………………)
「……………………………………ん……………………おはよう…………マイヤ………………」
「ごぉはん」
「ん…………………………………………」
ゆさゆさ……
「じゃーみんなでいこー。着替え置いてくるねー。あ、アカリちゃんも早く早くー」
「あ、は、はい」
そんな訳で、皆で食堂に向かう事になった。部屋に入り、すぐに着替えを置いて、部屋を出る。
そしてその間も続いていた。
……………………ゆさゆさ
「……………………………………………………ねむぃ…………………………」
「ごはんだおー」
ゆさゆさ…………
エレナさんも部屋から出てきて、今度は豪快にエレナさんがゆっさゆっさと、アリスさんを揺する。
「ごはんいくよー、ほらほらー」
「……………………………………うん………………………………………………………………おきた」
ゆらゆらとアリスさんは通路を進み始める。
アリスさんの手を引っ張ってエレナさんが、アリスさんを押すようにマイヤさん、進んでいく。私もその横を歩いていく。
「アリスさんとマイヤさんは、いつもこれくらいに起きるんですか?」
「そだよー。でも今日は遅かったみたいだねー。寝るの」
「………………………………………………………………うん……………………………………」
まだ眠そうなアリスさん。
「きのおは、ん、きょおのじゅうにじくあいにねあの」
マイヤさん言う。気にはなっていたのだけれど、マイヤさんは、少し、発音が他と違う。ただ、言いたい事は伝わる。
「十二時…………ですか? …………じゃあ、お昼に?」
今が6時半前。6時間ちょっと、と言う感じだろう。
「いつもなら、じゅうじくあいにはねうんだけど、ほうこうしょが、じあんかかて、おそくなったの」
(ほうこうしょ? …………あ、報告書かな?)
「そなんだー。報告書まとめてたんだねー。そだよねー。こないだのもあったしー。時間かかったんだねー。お疲れだねー」
「……………………うん…………大変だった」
ようやくアリスさんも目が覚めてきたようだ。
(………………マイヤさんは………………もしかして………………)
ここでは、ここに正式入社した人は、……いや、ここで長く過ごした人は、”何かを……失う”。
まだ、それほど話もした事がある訳でないので、直接は聞き辛い。
(マイヤさんはもしかして……………………”発音”………………を…………?)
しかし、言っている事は、ちゃんと分かる。少し、考えるけれど。マイヤさんはかわいいヘアバンドをしている。そしてとても可愛らしい。私より年下だろうか。
アリスさんもとても綺麗な髪をして、眠そうな顔だけれど、私と同じくらいか、少し年上か。だが、しっかり仕事をしているようだ。
(そんな人達が、夜中、巡回で仕事を行っているなんて…………)
ともあれ四人で食堂に着く。もう、準備が始まっていた。ミランダさんとユウカさん以外は既に皆居た。
「あら、おはよう、二人とも。昨日はおつかれさま」
セリカさんがアリスさんとマイヤさんに言う。
「ええ、報告書は確認しました。問題はありませんでしたよ」
アンカ室長が言う。
メイちゃんと食事の準備を着々と進めていた。準備されていた席に座る頃、ユウカさんもやって来る。
「おはよう。二人とも。…………眠そうね。アリス」
「………………………………もう……………………おきる……………………」
(……………………………………さっき、起きたと言っていたのでは………………?)
アリスさんは椅子に座ってからまたゆらゆら揺れていた。それをその横に座ったマイヤさんがまたゆさゆさと起こす。
「ごはん、もおたべうよー」
「………………………………あれ? ミランダさんは…………?」
見渡したメイちゃんが気がつく。
「…………しらん」
そうチュンさんが言った後、鐘が鳴った。
-ボーン…………ボーン…………ボーン…………-
「じゃあ、食事を…………始めたいですけれど…………ミランダは?」
アンカ室長が誰か知らないか? と言う感じでみんなに聞く。
「先程、見かけましたが」
アンカ室長の問いにリーゼさんが答える。
「じゃあ、多分もう来る」
そうチュンさん、が言ったところで足音が聞こえる。
-バタバタバタ-ガチャッ-
「ふひー……………………ぎり?」
「アウトだ!」
(何をやっていたのやら………………)
「じゃあ、席に着いて。食事の挨拶を始めますよ」
ミランダさんも席に着き、ようやく食事が始まる。
「「「「「いただきます。」」」」」
今日は、ハンバーグだった。横に、ちょっとだけ、あれです。
カレー。
(やっぱりですか…………………………?)
カレーかけハンバーグ、それからパン、サラダ。今更だけれど、寝起きのセリカさんやマイヤさんにはつらいのでは? と思って見たが、マイヤさんは黙々と食べている。
アリスさんは、寝かけつつ、食べて、もぐもぐ……。で、寝かけつつ、目を覚まして、パクッ、もぐもぐ……ゆらゆら……。ちょっと器用だった………………。
料理のメニューに関しては、あまり気にして無いのか、気にならないのか眠いのか。周りはいつもの事、という感じだ。
そして、リーゼさんとエレナさんは、ハンバーグが二個。セリカさんは一個だけれど、というか、カレーがかかりすぎてて、
(ハンバーグが見えない……………………)
あれは、ほとんど自分用で作ったのかもしれない。
「で、ミランダは今日は何をしていたのですか?」
アンカ室長が食事をしながら聞いている。
「…………え? あー、うんーー。えーっと、ちょーっとその所要で…………」
「どうせあそこだったんだろ?」
チュンさんは相変わらず早い。そして、食事を終えていたので、話に参加している。
「もしかして、またスコアー伸ばしたのかしら?」
「えーっと、なはははははー……」
(ああ…………そういうこと…………娯楽室で…………)
「もぐもぐ、ひらんあはん、………………んぐ、それ以上、伸ばされると追いつけませんよ」
リーゼさんも相変わらずリスになってから、飲み込んで言う。
「じゃあ、今度は私が抜いておくわ」
セリカさんがさらっと言う。どうやら、セリカさんも、あのゲームは上手なのだろう。
そんなだけれども、賑やかな食事。
正直、私は、こういう事はここに来て初めてだったから、最初は戸惑っていたが、だんだんと、この食事の時間も好きになってきていた。
食事が終わってから、食器を洗い、自分の部屋に戻った。
部屋に戻ってから、私は、キャリーバックの物を全部出して、この部屋に収納する事を考える。
だが、そうは言っても、この規模の部屋だと、このキャリーバックの中身など、たいした量ではない。
衣服類は洗濯籠とクローゼット、タオルや下着類は、棚の中へ。
クローゼットで、赤い物を見つけた。なんだろうかと見てみると、なにやら真っ赤な服があった。とりあえず、それはまた後で確認する事にした。
そして、私の大事な物。
それはおばあちゃんの、小さな位牌。
そして、私のお父さんとお母さんの写真が数枚。
これだけは、大事に閉まっておきたかった。
だけれど、棚だと少し不安。
キャリーバックでもいいが、そこだとそれはそれでよくない気がする。
(写真………………棚の上に…………チュンさんみたいに飾っておこうかな)
だが、私の棚にはまだ、そういった飾れる物は置いていない。そして、そこにそっと、お祖母ちゃんの位牌を置く。そして写真はその横に並べて平置きする。
(お祖母ちゃん………………私………………私は――――――)
手を合わせて、目を瞑る。
(ごめんなさい………………でも…………………………………………………………いいよね)
しばらくの間そうしていた。
そして、考えていた。
まだ、時間はある。
(けれども……………………私は)
目をゆっくりと開ける。父と母の写真を見て、今度、写真立てを買おう、そう思い、写真を手に取る。
途中でポシェットから、メモ帳を取り出し、そして机に向かっていき、それらを並べる。机の引き出しを開け、何も無いって居ない引き出しに、写真を入れた。
今度はメモ帳を眺める。
2冊。
私が持ってきたものと、ここで貰った新しいメモ帳。
新しいメモ帳を開く。
そこにはここに来てから、教わった事が書いてある。
項目ごとにページを分けて書いていたから、結構使ってしまっている。
それは、私にとっては、贅沢な、使い方だった。
けれども、大事な事が詰まっている。
そっと閉じ、もう一つのメモ帳を開く。
最初のページはぎっしりと、あの文字が埋まっている。
そして、そこに、私の文字で無い一文。
このページの文章は、嘘は書いていない。
けれども、本当に書きたい事は、何も書いていない。
その私が書いたもので無い、一文は、それだけで、気持ちが伝わった。
(…………そうだ。私の、本当の気持ちを、伝えないと)
このメモ帳には、後は簡単なことしか書いていない。まだ、ページに余裕はある。
(なら…………このメモ帳には……………………)
だが、まだ、ちゃんと出来る自信が出ない。
(私が、…………やれる事。…………出来る………………事から)
この、メモ帳に、私が、書く事を考えた。そして、その後、そのメモ帳には書く事が決まった。
(じゃあ、このメモ帳は…………)
そう考え、そのメモ帳は、先程の引き出しの、写真の隣に閉まった。それから私は、この部屋を、少し掃除しようと考えた。
まあ、そこまで散らかしているわけではないのだけれど。
(あ、じゃあお掃除用具を借りてこよう)
そう考えて、ふと、あれ? と考える。
(なんかこんな事があったような…………?)
あ、そうだ、と思い出す。今日アンカ室長に教わった、”PDCA”。
(計画を立てて、実行して…………)
広い部屋だ。散らかっていないにしても、ちゃんと計画を立てた方がいいだろう。
(じゃあ、まず、掃除用具を借りてきて、それで、まず全部に掃除機をかけて、机や棚を拭いて、あ、その前に窓を開けたほうがいいよね。あ、拭く前にあれでホコリをとってから、じゃあ掃除機はその後かな。…………で、その後に、シーツを敷いて、タオルを、どこに置こうかな。ああ、一枚は洗面室にいるから………………)
そうして、やる事の順番を決めていく。
準備する事、そしてやる事と、その順番を考え、その後の事も考える。
(えと、最後に掃除用具を閉まって、それでお終い………………かな)
よしと考えて、やることが決まった。ならば、まず掃除用具を借りてこよう、と考え、部屋を出る。
部屋を出ると、先にアリスさんとマイヤさんが見えた。
ちょうど十字路を曲がったようだ。
(これからお仕事なんだね………………大変…………だな)
そう思いながら、掃除用具室へ向かう。その途中で、今度はユウカさんに会う。
ユウカさんは、掃除用具室のちょっと手前の、部屋に入ろうとしていた所だった。
「あ、アカリ。どうしたの? 娯楽室にでも行くの?」
「あ、ユウカさん。いえ、お部屋のお掃除をしようと思って、掃除用具を借りに行こうと」
「そうなんだ。ああ、それなら」
そう言って、入ろうとしたドアを閉め、掃除用具室へ私を促す。
「自分の部屋を掃除するなら、あれを使った方がいいよ」
「”あれ”…………? 何かあるんですか?」
「ああ、うん。知らないんだっけ。教えるから」
そうして掃除用具室に入る。
「何を借りようとしたの?」
「あ、えと、掃除機と、ホコリを叩く物と、あと、何か拭く物があれば、それを借りようと思ってましたけれど」
「じゃあそれは分かるね。あ、拭く物は、これ。ちゃんと洗って返しておいてね」
「あ、ありがとうございます」
「で、はい、これ」
そう差し出された物を受け取る。
(なんだろう? これは? スプレー…………かな?)
「なんか除菌とかで良いんだって。最後にこれを部屋に吹き付けるといいよ。ああ、少しで良いみたいだから」
「へー。あ、ありがとうございます。やってみます」
「うん、これも使ったらここに戻しておいてね」
「はい」
そうして、掃除用具を借りていく。
割と持っていく物が多くなった。だが、私だけで持てる量ではある。用具を持ち部屋をでて、ユウカさんが先程の部屋に入ろうとする。
「あ、ユウカさん。あのー、そこの部屋は何のお部屋なんですか?」
「ん? ここ? まだ案内されてなかったんだ」
「はい。でもモニター室って書いてありますけど、実際何をやる所なのかとかは、………………ちゃんと聞けて無いですし、まだ中も見てないです」
「そっか。……………………それならさ、ま、お楽しみで取っておいたら? 私はけっこう好きな所だよ」
「…………そうですね。じゃあ、また、紹介して貰えると、その、嬉しいです」
「うん。じゃあまた、時間がある時に、ね」
「はい」
「じゃ、掃除頑張ってね」
「はい、ありがとうございました」
道具を持って、お辞儀をして、部屋に戻る。
すぐに角だったので、進むとすぐにユウカさんは見えなくなる。その後にドアが開け閉めされた音が聞こえた。
部屋に戻って、先程立てた計画通りに、部屋の掃除を開始する。
カーテンを開け、窓を開ける。
外は暗い。
海だけの空間は、波音が沢山聞こえる。
よし、と、掃除を開始した。
ホコリをとって、掃除機をかけて、机や棚を拭く。その後、シーツを敷いて、物を閉まっていく。
広いので少し時間はかかったが、あらかた片付いた。
それでさっきユウカさんに渡されたスプレー。
どんな物なんだろうか、と思って、少ししゅっと吹いてみる。
強い香りがした。
(いや、良い香ではあるけれど、これやったら、部屋中この香りになっちゃうのかな? あ、でも)
そう考えてから、思い出す。
確か最初に来た時の部屋の香りがこんな感じだった気がする。ユウカさんに言われたとおり軽く部屋に吹いていく。
少しでいい、と言われていたので、部屋の隅から少しずつ吹きつけた。
部屋がその香りで充満していく。
(ああ、でも、それで、ここのお部屋と、通路と香りが違ったんだ)
通路は、ユウカさんが朝お香を撒いている。私はどちらも好きではあるが、どちらかと言うと、
そのお香の方が好みかもしれない。
そして掃除が完了する。
掃除を終えると、棚の上のお祖母ちゃんの位牌以外は、ここに初めて来た時と同じ状態になった。
(これでいいかな?)
そう考えてから、掃除用具を戻しに部屋を出る。まだ、時間は9時になる前。
でも今日は、ちょっと用事もある。少しそれまでは時間がある。
今日は少し夜が遅くなりそうだ。
(あと、2時間ちょっとあるかな…………)
掃除用具室で借りた用具を手入れしながら考える。
(部屋に戻っても良いけれど…………せっかくだし…………………………………………じゃない!)
もう一つあった事を思い出す。自分の服を洗濯しないといけない。そう思い出して、一度部屋に戻り、籠を持つ。
私の少ない自分の服。
大事な服。
(ちゃんと洗濯をしないと)
籠を持って今度は洗濯場へ行く。
そこで今度はアンカ室長がお風呂から出てきた。
「あら、アカリさん、おつかれさま」
「あ、アンカ室長、お疲れ様です」
(そういえば………………アンカ室長はお風呂に三度は入ると聞いたっけ。いや、オンセンだし、分からなくも無いけれど…………)
「あら、お洗濯ですね。ああ、私もそろそろやらないと」
「あ、はい。ちゃんとお洗濯物をしておかないと、私、あんまり服を持ってないので………………」
「アカリさんは、もう一昨日からの給料がありますから。服を発注してもいいんですよ?」
「えと…………どうやって発注するんでしょうか……………………?」
「……………………………………あ、あら? ……………………わ、忘れていたわ。そ、そうね、後で、チュンかミランダに言っておくから」
「あ、はい…………」
忘れられていたみたいであった………………
「あ、アカリさんは、お洗濯が終わったら、お部屋に居る?」
「あ、えと、そう、ですね。………………………………あ、ちょっと11時頃になると………………」
「そうよね、そんな時間だともう寝ますよね。じゃあ、明日でもいいかしら?」
「…………はい。構いません。」
「じゃあ悪いけれど、明日、カタログを渡しますので。それじゃあ、お休みなさい、アカリさん」
「あ、分かりました。お休みなさい、アンカ室長」
そして、アンカ室長と別れてから、洗濯場へ向かう。指定された場所に籠を下ろして、その前の洗濯機を開け、服を入れる。
(えっと…………これに入れて………………蓋を閉めて…………………………で、これを押す………………っと)
そうすると、洗濯機は横で赤に点滅しながら、頑張り始める。すぐに終わると思うけれど、その間やる事が無くなった。
少し通路の方に行き通路を見る。
十字路のほうを見ても誰も居ない。
反対側を見ると大テラス。
まだ、行っていない。
目の前には、あの娯楽室。
(今誰か居るのかな?)
そんな事を考えているうちに、洗濯が終わったようだ。相変わらず早い。蓋を開け、大事な服を取り出す。
まだ、新品の服。
(これから、大事に使わないと)
丁寧に畳んでから、籠に入れ、部屋に戻った。
洗濯自体はとても早いので、それほど時間はかかっていない。
行って戻っての方が時間がかかっている。
そしてあと、1時間ちょっと。
服を、クローゼットにしまう。下着は、棚の一つの引き出しに入れる。まだまだ収納の余裕がある。
(掃除、洗濯、整理、これで全部終わりっと。後は、本当は寝るだけなんだけれど……………………)
机の方へ行き、引き出しを開ける。
メモ帳を取り出し、少し考えてから、私はメモ帳に書き始めた。
お読み頂き、ありがとうございます。




