【三日目】 〝電子端末〟
その後、私は急いで、四階フロアーに向かった。フロアーに入ると、既にもう皆居た。
(もしかして……遅刻した?)
-ボーン……ボーン……ボーン-
午後の始業の時間を知らせているのであろう、鐘が鳴る。
(…………あ、よかった、間に合った)
危なかった、と思いつつ、まだ午後に何をやるのか教えてもらった事に気付く。そして、その鐘が鳴った後、セリカさんとチュンさんは席を立った。
「じゃあ、あとよろしくな。あ、アカリ、ぎりぎりだぞ?」
「……はい、気をつけます」
「行くわよ、チュン」
そして二人はこれから食事だろう、部屋を出て行った。じゃあ、仕事を、と思ったが、何をやるのかと思い直す。同時に、午前にアンカ室長に教わった事を思い出す。
〈アカリはさ、その相談がちゃんとできてないんだよ。だから、計画もちゃんと立てれない〉
そうユウカさんにも教えてもらったはずだ。私にはまだ、ここで次に何をやるべきか、その予測は立てれない。そんな経験は無い。だから、相談しないといけない。指導員である、ミランダさんに、相談しようと思い、ミランダさんを見る。
(……その日の計画を立てて……それをメモ帳に書いて……)
そう答えたのを思い出す。メモ帳には、今日の予定は書いていない。そして、ミランダさんに、相談しようとミランダさんの側に寄る。
ミランダさんは、真面目な顔をしているが、モニターを見ているのか、それとも考え事でもしているのか。しかし体は動いていない。
ミランダさんだけ時が止まっているように見える。
しかし、私も、相談しないと始まらない。
「……あの、ミランダさん」
そう聞くと、今気がついた、と言う風にミランダさんがこちらを向き答える。
「ああー、アカリちゃんー。ああーそうだねー。午後の仕事だねー。って言ってもねー…………んー」
「あの……? どうかしたんですか……?」
「んー……結局さー、セリカっちも巡回結果待ちになっちゃったっぽくてねー。メイちゃん達が帰って来るまでは、正直あんま無いんだよねー」
「私も、今の状態では、正直先に進めれません」
前からユウカさんがミランダさんに言う。
「よーし、じゃーもー今日はこれでお開きにー――」
「まだ、食事中の方たちも居ますが……」
「う………うー、そうだわねー。ってもねー、これじゃーねー」
「では、その間はアカリにこの端末のことでも教えてやってはどうですか?」
「んー? あれー? でも昨日一応、資料はちゃんと出来てたしー……」
「ですが、アカリはこの端末は初めてですよ?」
「んー? えー? そうだっけー? でもー、似たようなのあるじゃんー」
「……え……あ……はい…………そうです…………初めてで……」
私は答える。
「ありゃー? そうだったのー? それにしちゃー、出来てたっぽいけどー…………」
「ミランダさん……昨日、私が、アカリに、キーワードを私が教えてた所、見てませんね…………」
「んー、ちゃんと出来てたよー?」
「…………最終の資料しか見てませんね……」
「…………えー? っとー……んー……そう、かなー? で、でもそれまではちゃんと見てたよー? ちゃんと操作は出来てたしー……」
「アカリの操作の仕方は古い端末の物でした。はぁ……それを教えたつもりだったんですが……」
「あ…………あー、な、なるほどねー。なんだ、そういうことだったんだー」
「はぁ…………だからキーワードを入れるのにあれだけ時間がかかったんですよ…………」
確かに、ユウカさんに教えてもらったやり方は初めてだった。いやそれどころか、この端末自体ここに来て初めて触る。
私が知っているのは、もっと古い端末だ。だから資料室の古い端末は操作がなんとか出来た。
最初の作業自体は、古い端末と操作の仕方がそこまでの違いが無かった。だから、なんとかやれていた。
だが、キーワードを入れる所は、まったく違う感じだった。ユウカさんに違うやり方を教えてもらって、なんとか出来るには出来たけのだが……。
「……えーっと、も、もしかしてー、アカリちゃん、この端末は初めてだった…………?」
……改めまして、……と言う風にミランダさんが聞いてくる。
「……は、はい。私が知っている端末は……もっとこう…………あ、資料室の所にあった端末が……近いような…………?」
「アカリ。そういう事は、先にもっとちゃんと言わないと。特に、ミランダさんは、こう言う事は勝手に…………なんでか……出来てしまう人だから」
「えー、使えば勝手に覚えるしー。なんとなくわからないかなー?」
「……普通は出来ませんよ……」
そう、ユウカさんに言われる。
(……そしてミランダさんは……使えば……え? ……どゆこと?)
「ミランダさんは……特にこういう機械系の操作なんかは、何故かすぐに理解しちゃうんだよ。……大体、あの洗濯機だって、最初はミランダさんしか分からなかったじゃないですか……」
「……んー? …………そうだったけー?」
「それに娯楽室のあれも――」
「わーーーっ! ユウカちんそっちは禁止ーー!」
「………………まぁ、そういうのはここの誰より一番に理解するんだよ。…………室長よりも、セリカさんよりも、普段機械を扱ってる、プランさんやリさんよりも…………」
多分ミランダさんは、こういう機械類は、自分で勝手に分かってしまう、ということらしい。所謂、機械類の操作は、天才肌、とでも言えばいいのか。
「で、でもさー、それだったらー、資料室の端末はわかるんでしょー? じゃーこっちの端末も簡単じゃー……」
「…………それ、ミランダさんだけです……多分」
(………………はい。…………私、資料室のも詳しくはわかりません…………)
「だから、アカリ、そういう事はちゃんと説明しないと。……そうしないとちゃんと教えてもらえないよ?」
心を読み透かされたかのようにユウカさんから言われる。
「じゃーアカリちゃんって、知ってる端末はなんだったのー?」
「え、あ、えと……ここにはあるような物じゃなくて…………あ、そうだ、そう言えば…………確か…………ホログラ…………なんとか…………えと、確か…………ホログリ? …………そ、それが出た時の、その最初の物だって、聞きました」
「「……………………え…………?」」
(あ、あれ? …………何か変な事を言ってしまったのだろうか…………)
ミランダさんとユウカさんが揃って、声を上げる。
「い、いや…………た、確かに、操作の感じは…………その古い…………う、うん、そう言われれば……そうだったかも。…………………………え? …………なのに…………?」
「あ、あー……うんー。あー、なるほどねー……」
ユウカさんは信じられない、と言った感じで、ミランダさんはちょっと納得、と言った感じで言ってくる。
「あ、アカリ、ちゃんと教えて欲しいんだけど……アカリが使った事がある端末って、…………それだけ…………なんだよね?」
「………………え、あ、はい。……そのアルバイトをしていた所で…………えと、半年くらい…………あ、でも、実際に触らせてもらえたのは、…………その……何回か…………」
「は、半年ー!? す、すうかい!!? …………み、ミランダさん並…………かも…………」
ユウカさんが驚きの声を上げている。
「んー、まー、でも、それなら分かるかもねー……」
ユウカさんは唖然とし、ミランダさんは、うん、納得。といった感じである。
私も実際、そう、……それくらい……だった、と思い出す。
「………………じゃ、じゃあ、ちゃんと教えればもっと……」
まだ、ユウカさんは驚いた感じだ。
(でもじゃあ……ちゃんと教えてくれる…………のかな…………?)
「……と、とにかく、ミランダさん、アカリがここの端末……い、いや資料室の端末すら初めてだって分かりましたよね…………?」
「んー。そうだわねー。ならー、すぐ出来るようになるねー。あ、それならー、私も楽になるかーー」
と、ユウカさんとミランダさん。
「んじゃー、そうだねー。時間もあるしー、最初から説明しよっかー」
どうやら、この端末の事を教えてもらえるようだ。
「い、いやその前に…………コホン…………アカリはさ、何を、どれぐらい、知ってるの?」
(……え? 何を……? あ、この端末……かな……?)
「あ、えと……昔……沢山の人達が持っていた、その、今のこの端末のような物は、何故か使えなくなって……えと、それでこの新しいのが開発されて……えと……それから、この端末が……あ、でもとても高かったから、ほとんどの人達が買えなかったって。それでも、良くなってるのはもっと高性能になってるらしい…………って聞いたかも…………しれません」
「で、アカリが使った事があるって言ってるのは、”ホログリン”の初期型、って事……?」
「あ、そういえば、その”ホログリン”って言ってたような……あれ? でもホログラ……なんとかって言うのも聞いた気が…………」
「んー大体分かったよー。で、アカリちゃんは、ホログリンの初期型しか触った事がない、とー」
「……えと、確か……そう、だったと……それ以外の端末は……見た事があるだけで触った事は無くって……」
「んーんー、わかってきたよー。なーるほど」
なにかしら満足そうに答えるミランダさん。
「……アカリ、そういう事は、最初に説明してね……」
少し神妙そうにユウカさんが言う。そしてその後にミランダさんが説明を始めた。
「よーし、じゃあいくよー? まー、昔のはー、ん、おいとこー。そっちは長くなるしねー。アカリちゃんが使ってたってやつがねー。その昔のやつに代わる、初めての物でねー。”ホログラフィートゥイグリンジンノー”ってやつだねー。まー、今はもー、”ホログリン”で呼ぶ人しか居ないけどねー。まーでも、周りにゃあんま無いからねー。その上、別の物までいっぱい出来てきたから、まとめて”電子端末”って呼ぶ人が多いんかねー? 私んとこはそうだったけどー……」
「私のとこも似たような物です」
ユウカさんは同意する。
「……あ、私もそのホロ…………グリン? ですか。アルバイトの所で聞いただけで、他の人は電子端末と言ってました。あと……あれ……? なんだっけ…………?」
「んー、まー地域によっても呼び方違うっぽいねー。まー、それもおいとこー。んでー、ここにあるのは、”ホログリン”だけど”ホログリン”じゃないんだなー。これが」
「え? ど、どゆことですか…………?」
「んー。一応ねー、”ホログリン”を基にしてあるらしいんだけどねー。ここの会社で開発したんだってさー。んだからー、正式名称は…………えーっと…………あー、そうそうー。
”ホログラフィートウイシキミチコエフ…………グリンジンノーサンシキ”
…………とかいう長ったらしいー名前なんだよねー。呼びにくいっしょー?」
(…………確かに………………長い…………なんでそんな名前に…………?)
「で、さっき言ったみたいにさー、皆呼び方も違ってねー。んだから、ここじゃもう皆、”端末”ーって呼んでるねー。あ、ちなみにねー資料室のは、その”ベータバン”ってやつらしいねー。ここにあるのより、大分前に作ったやつらしいんだわー。使い勝手は割と”ホログリン”に似てる感じだねー。まー、それも面倒だし、どうせ資料室にしかないからねー。”資料室の端末”ーって言ってるねー、皆。
あと、ここの端末はー、なんかちょっと前、出回ったやつに操作性が近いらしいよー。だからー、アカリちゃんそっちを知ってると思ってたよー」
「…………す、すみません、そちらも…………わかりません……」
「アカリは、そのホログリンの初期型以外は…………どんなのを見た事あるんだ?」
そうユウカさんが聞いてくる。
「え、どんなのを…………ですか…………? えと、一度……こう、持ち歩いて使ってるのを…………あれも……なのかな……? …………あ、そういえば病院で、もっとこれより大きな、モニターの……何か板がある物を……」
「あー、なるほどねー。持ち歩いてたってのはー、……え!? それー、よほどの金持ちなんかね……? それ最新の上に超がつく、高価な持ち歩き型のホログリンエスフォーだろーねー。あれって去年外国で出たんじゃなかったっけー…………?」
「え……と、多分そうなんだと思います…………? ……あ、持ってた人は……多分……あの、ここの社長さんです」
一度、会ったときに確かそういうのを持っていたと、記憶している。
「げ、ミカさん、なーんも言って無いしー! 聞いて無いシーーー! 私もほしーーーのにーーーー」
「……いや、ミランダさんの方の物が高いですよ…………多分…………」
ミランダさんの発言に、ユウカさんが突っ込む。多分、ミランダさんが見えるようにしてもらってる機械のことだろう。
「……うーー、そーかもーだけどー。…………あー、あとアカリちゃんが病院で見たってやつは別のやつねー。”ホログリン”じゃないやつ。まー、”イルミーシキ”系のやつは”ホログリン”より安いしー、種類もいっぱいあるから、どれかはわからないけどー。まー病院って事はー、業務用だろうねー」
「あ、はい。ずいぶんわかりました」
(…………メモメモ…………)
「……あ、あのミランダさん、操作の仕方とかってそれぞれ違うんですか?」
「んー、違うものもあるみたいねー。まーここのやつは基本操作は大体”ホログリン”系だからー。あー、……セリカっちのだけ違うねー」
ミランダさんにそう言われ、私はセリカさんの席を見る。
確かに、セリカさんの机の物だけ皆とは違うようだ。というか、同じ物も何個もある上に、違うものもいっぱいある。だからあの広さでも…………。ちなみに今もモニターはつけっぱなし。
「あそこだけー、昔のからー、今の”イルミーシキ”系の最新のやつとかー、あとここの端末とおんなじのとかー。全部で12台あるねー」
「…………え…………………………12台………………?」
「…………あの人は、………………というかあの人も特別なのよ…………」
諦めたような素振りでユウカさんが言う。
(……へ? じゃ、それを、……あの恐ろしい速さで操作している……の…………? い、いや、じゃあ12個もモニターも見てるの!!?? ………………ど、どういう頭してるんだろー…………ど、どうやって操作してるんだろー………………)
「まーアカリちゃんはまずはこっちねー。じゃあー”ホログリン”の初期型との違いなんだけどねー。まー、見た目からして違うっしょー?」
「は、はい、私が知ってるのは、こう、もっと大きな端末が横に置いてありました。そっちで端末の立ち上げとかはやってました。」
私はそう説明しながら、自分の机の端末を見る。机のその端末は、長細い黒い板の機械、半透明の板状の物、横に小さな箱型の物。
昨日と今日は、そちらの小さな箱の方のボタンを押して、この文字を打つ物のボタンを押す、それで立ち上がった。
だがぞれは、ミランダさんがそうしていたので、真似してみたら、立ち上げただけだった。
「最近の”ホログリン”でねー、こういう形になったみたいなんだよねー。まー初期型はねー、今みたいに小っさくなかったみたいだからねー」
「……アカリ、多分こういう物の、名前も知らないんでしょ?」
その端末の機械類のことだろう。
「……え、あ、すみません……」
「別にー、謝る必要はないってー。わからなきゃー、これこれしかじかなもんでー、名前わかんないからおしえてーって言ってくれればねー。ついでになんでそんな名前なのーとかねー。ってそれは私もわからんわー。なはははー」
(………………え………………?)
なぜか、今一瞬ドキッとした。
(なんだろう…………何か…………言わないと…………)
ミランダさんは続ける。
「んー、まずこっちねー。これはねー、”ホログラフィー内蔵型タブレット”ねー
まー、”タブレット”って言ってるよー。こっからモニターも出てるからー。立ち上げないとただの黒い板だしねー。んでー、こっちは”認証式マスサウサー”ねー。”サウサー”って言えば分かるからー。んでこっちのが皆とやり取りする為の”デサスバイアスレウム”ねーまー”デバレ”って呼んでるけどー、あんま言わないねー。
なんせ”タブレット”と”デバレ”はセットで”端末”だしねー。”サウサー”だけは替えがきくからー。…………これさー、なんでこれだけよく壊れるんだろうねー?」
「…………私は、セリカさんか、ミランダさんが壊した所しか見た事ありませんが」
ミランダさんの説明と、ユウカさんの発言を聞きつつ、メモだけはとる。
しかし……何かが、頭に引っかかって、そこの説明は、あまり頭に入らなかった。
お読みいただきありがとうございます。




