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ブルーデイズ  作者: fujito
第一章 蒼い日々の始まり
3/135

【初日】 試験期間の始まり

 胸が高鳴る。

 目の前には、大きな白い建物。キャリーバックを片手に、私は船を下りた。


「大きい……」


 感じたことを、そのまま口にした。


「ここが、これから、あなたが働く場所よ」


 そう聞きながら、回りを見渡す。

 青い、青い、海。そして、そこにぽつんとある、孤島。

 その孤島に、象徴のように建っている、白く大きな建物。


 答えてくれた女性は、〝ミカ・ワタリ〟という人だ。

 ミカさんは、上下紺のパンツスーツ姿で、とても凛として見える。


 ゆっくりと見渡しながら、私はミカさんに尋ねた。


「あの、……ここで、……私が働くんですよね……?」

「そうよ。 気に入らない?」

「いえ、そ、その……大きくて……それに……驚いてまして」

「まあ、驚くのは無理ないわね。私も、初めは驚いたものよ」


 青い海に、青い空。そして、大きな建物。会社には、とても見えない。

 どちらかと言うと、大きいことより、そちらのほうが驚いている。

 そこに、スーツ姿のミカさんは、ミスマッチもいいとこだ。


 あまりにも非現実的すぎて、不安になった私は、恐る恐る聞いてみた。


「……あの、ここで私は、メイドさんになるんですか?」


 ミカさんは、最初は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑いながら答えた。


「ふふふ。面白い発想ね。でも安心して。ちゃんと会社の建物だから」


 面白いだろうか。至極まともな意見だとも思ったけれど。冗談のようにも聞こえたのかもしれない。

 ともあれ、今は他にも、聞きたいことは山ほどあった。


「……実は私、詳しいことは、まだちゃんと理解できていなくて」


 私はまた、恐る恐る尋ねる。

 すると、逆にミカさんに質問を返された。


「あら、私と、私の上司が、あなたの所に面接に行った時に、説明しなかったかしら。その時に、聞かなかった?」


 そう言われて、少し思い出しながら、私は言う。


「……えと、仕事内容と、住み込み、ということは聞いてます……けど……」

「じゃあ、仕事の内容は、どう聞いていたの?」


 再度、思い出しながら答える。


「……えと、事務作業と、炊事や洗濯、と聞いてます」


 それを聞いて、ミカさんは少し目を見開いて聞いてくる。


「あら。そんな風に聞いてるの? 他には?」

「あとは、見回りのような作業もある、と」


 ふむふむ、と言う風に、ミカさんが話し始めた。


「なるほど。そう聞いていたのね。ま、でも、確かに、大まかにはそんなところよ。

ただ、……少し、説明が不足していたようね。あの人が、もう説明は終わった、って言ってたから。……でも、そうよね」


 少し困った顔になりながら、ミカさんが言う。


「そうね、……その通りではあるんだけれど。業務は、資料の作成や、まとめ、あと、あなたが言っていた、見回りは、巡回作業。本来は、そちらも通常業務として扱われるわ。ただ、試験期間には、その巡回作業は無いの。それから、炊事や洗濯は、住み込みだから、皆でやろう、っていうものだから。業務というと、ちょっと違うかもね。まぁ確かに、毎日やらなければいけないこと、ではあるけれど、ね」


 確かに、聞いていた内容とは、少し違うようだ。

 料理で仕事が出来る、と思い、楽しみでもあったから、少しがっくりした。でも、他の仕事の事も、聞いていた内容からは、そんなに違いは無い。誤差の範囲内、とも思える。


(何たって、正社員になれるかもだし……)


 うん、がんばろう、と気合を入れる。だが、巡回作業というのは、とりあえず二週間は無いようだ。

 そう思いつつ、説明されたの時を思い出す。


 その辺りの説明をしてくれたのは、ミカさんではなく、男性だった。あまり饒舌そうでは無かったのを、覚えている。ミカさんの上司、だとは聞いていた。けれど、説明の時には、ミカさんはすぐに席を外してしまった。


 戻ってきたのは、その男性が簡潔に説明を終えた後だった。そういえば、その男性の名前も聞けていない。

 面接なんて初めてだったので、面接ってこんな感じなんだなぁ、と思った記憶がある。

 説明されたことを反芻して、聞いた内容を思い出す。


〈業務は事務作業、巡回作業、後は炊事や掃除、洗濯等は行ってもらう〉


 聞いた言葉を、よくよく考えてみた。


 (……ああ、確かに間違いでは無いけれど、「後は」の先は、身の回りの事は自分でやりなさい、と言う事だったのかな。でも、じゃあ、言葉足らずだ)


 衣食住は面倒を見る、と説明された後だったから、食材の費用負担は、会社で行ってくれるという事で、その先は自分でやりなさい、という事だと、ようやく理解した。


 しかし、それは、当然の事だとも、今更ながら思う。ということは、業務内容は、事務作業と、巡回作業が、主ということだ。しかし、巡回作業とは、一体何なのだろうか。

 

(この大きな建物を、見回るのかな……)


 ミカさんに、試験期間の二週間は、その業務は無い、と言われたが、本採用になれば、その業務もある、ということだ。


 そこを聞きたいと思ったけれど、先に、ミカさんに促されてしまった。


「詳しい話は、中に入ってからにしましょうか。業務自体は、慣れてしまえば、そう難しい事じゃないから。さ、こっちよ」


 私は、少し大きめのキャリーバック引きながら、後をついていった。

 これからは、住む所を面倒見てくれる、という条件であったので、私は、これから使うであろう物や、私が持っていける物は、ほとんどこのバックに入れてきた。

 着る物等も面倒を見てくれる、とは聞いていたのだけれど、それでも最低限は必要なのではないかと、なんとか集める事が出来た、日用品と、衣服が入っている。

 他にも大事な物や、あれと、これと……と入れていたら、このキャリーバックでも、いっぱいになってしまった。


 ミカさんは、私に気を使ってか、ゆっくりと先導してくれている。向かっているのは、会社、

といわれた建物。なのだけど、そこが普通じゃない。


 白い建物は、どう見ても、”お城”にしか見えないのだ。


 中世ヨーロッパのお城。


(……私は、”お城”には、あんまり詳しくないけれど)


 昔、おとぎ話を聞いたときに、想像したような、〝お城〟そのものだった。

 周りを見渡すと、〝お城〟の周りには木々が生え、とても、のどかに見える。私が着いた船着場は、”お城”からはちょっと延びた、コンクリートの場所だった。


(テーマパーク、じゃないよね)


 そう思うほど、見事な〝お城〟。しかし、客のような人は居ない。それに、ほとんど人気も無いように感じる。これが、真っ暗闇なら、ホラー映画にでも出てきそうだ。


 ミカさんの後をついて歩くと、そのすぐ先に、〝お城〟の入り口のような、門が見えている。


 ゆっくり見渡すと、〝お城〟と木々の隙間から、いくつか、ボートのような物が見えた。


(……なんだろう? あれ、……あ、人がいる――)


 遠目で、あまりよくは見えないが、何人か、ボートの近くに人が居た。


「あの、あれは……?」


 歩きながら、ミカさんに聞いてみた。


「ああ、あれね。そうね、それも後で、ここの人に教えて貰って」


そう言って、教えてくれなかった。


 少し、不安になってきた。いや、ここに来るまでも、何度も不安になっている。つい、きょろきょろしてしまっていた私を、ミカさんはちらっと見て言った。


「色々、疑問に思っているようだけど、ごめんなさいね。でも、ちゃんと後で説明するから」


 そう言われた頃には、もう門は目の前だった。


 古めかしくも見えていた、”お城”の建物だったが、こうして近づいてくると、所々、近代的な箇所も見えてきた。見えていた、大きな門から入るのかと思っていたが、その横に、小さな金属性のドアがある。

 そして、その横に、液晶の機械が付いていた。どうやら、こちらが通常使うドアのようだ。

 ミカさんは、そこに手を当てた。その後、出てきた画面に数字をいれている。ドアは、プシュっと横に開いた。

 あ、自動ドアなんだ。と、つい思ってしまった。


「そのうち、あなたも登録する事なるかもね。」


 そう言って、中に入って行く。私も、その後をついて入った。

 

 中に入ると、そこは〝お城〟の中庭のようだった。

 今ここに、ドレスの女性や、紳士服の男性でも居れば、やっぱり、私はここの、メイドになるんじゃないか、と思ってしまうだろう。


 入ってきたドアから、〝お城〟の入り口らしきドアの所に、石畳の道が続いている。そこを歩きながら、ミカさんが言う。


「ここはね、昔あった、本当の〝お城〟を改築して、作ってあるの」

「はい……」


 まぁそうだろう、というか、そうでなければ、テーマパークの〝お城〟だと思う。それぐらい、ちゃんとした〝城〟だ。


「でも、中は、ちゃんと全部、揃ってるから」


 そう言われるが、どう返せばいいのだろう。


(全部、とは、何が全部、なのだろう……?)


 そう思うが、口にはしない。


 中庭を過ぎると、先ほどと同じような、認証式のドアが見える。先程と同じように、ミカさんはそこを開け、中に促す。ゆっくりと中に入ると、ふんわりといい香りがした。


(あれ? 何の匂いだろう……? いい香り……)


 そう思いつつ、周りを見渡す。やはり、想像していたような、”中世のお城”そのものだ。

 ただ、窓は、しっかりとガラスが張られているし、床は、綺麗な絨毯が敷かれている。通路沿いには、いくつかプランターが飾ってある。

 だが、こういう所にあると思っていた、絵画や彫刻、鎧らしき物等は無いようだ。


「どう? 中も、雰囲気は良いでしょ?」


 中を見渡していた私に、ミカさんは言う。


「……はい。綺麗ですね」


 そこは、率直に思ったことを口にした。


「さ、こっちよ」


 先を促すミカさん。私は、そう言われて、ミカさんの後をついていく。

 ミカさんは、先導しながら言う。


「階段もあるんだけれど、今はその荷物もあるし、エレベーターにしましょう」

「え? エレベーターがあるんですか」


 私は驚く。


「言ったでしょ? 中は、ちゃんと揃ってるって」

「は、はい……そう、聞きました……」


 そうは言われるが、こんな”お城”に、エレベーターとは、予想していなかった。

 ついて行った先には、エレベーターの入り口らしき、両開きのドアがある。

 そこは、認証式ではないようだ。横に、少し見え辛く加工された、ボタンがあった。

 どうやら、あまり雰囲気は壊さないように、工夫されているようだった。よく見ると、上と下のボタンがある。


(あれ? ここは一階、だよね。じゃあ、もしかして、地下、もあるのかな……?)


「重い荷物とかね、そういうのを運ぶのには、どうしても必要だったの」


 エレベーターを待つ間、そう言われる。

 そして、ポン、と軽い音がして、ドアが開く。


「さ、入って」


 そう言われ、エレベーターに乗る。中は結構広い。


 ミカさんは三階を押した。ミカさんが押したボタンを見る。

 そこには 〝B1〟 〝1〟 〝2〟 〝3〟 〝4〟 のボタンがある。

 やはり地下がある。どうやら、地下含めて、五階もあるようだ。


 外から見た敷地だけでも、結構な広さに見えた。それで、五階もあったら、掃除も大変だろうな、と思う。


 エレベーターは、上に向かっているようだ。そんな中、ミカさんは言う。


「まずは、ここの室長に会うから」

「え? ミカさんじゃないんですか?」


 つい、私がそう言ってしまった事に対して、ミカさんは、クスッと笑って答える。


「いいえ。私はね、部長なの」


 そう言われたが、どちらが偉いのか、どういう違いなのかも、私には分からない。


「これから、室長に会って、そこで、詳しい説明を聞いてもらうわ。その後は、その室長に引き継いでもらって、ここの案内をしてもらうことになるわ。

……ああ、荷物はどうましょうね。持って行ってもいいけれど、先に、あなたの部屋に置いて行ってもいいわ。どうする?」


 矢継ぎ早に、そう言われる。


「え? 私の、部屋……?」


 そこに食いついてしまった。


「ええ、そうよ」

「え……も、もう、ご用意していただいてるんですか……?」

「ええ、もちろんよ」


 さも当然、という風に返された。


「え、え、えっと、に、荷物は持って……そ、その後で……」


 私は、しどろもどろになってしまった。


 ドキドキしてくる。私の部屋が、もう、ある、という。私は何か、とんでも無い事をしでかしたような、そんな気さえしてくる。


(――いけない!)


 緊張してきた。私の部屋がもうあって、ここの室長がいて、そこまで準備されていて、室長はミカさんじゃなくて、それで、その人が怖い人だったらどうしようとか、もし、その人に、いきなり怒鳴られでもしたらとか、よく分からない事まで、不安になってきてしまう。


 そして、エレベーターが開く。エレベーターの中の事が、ずいぶんと長く感じた。

 すぐ不安がるのは、私の悪いクセだ。


「じゃあ、荷物は持って行きましょう」


 ミカさんは、それだけ言って、エレベーターから降り、先に進んでいく。

 ミカさんについて行くが、足が、少し震えているようだった。通路は、一階と同じような雰囲気だが、窓から外が良く見える。外は、青一色でとても綺麗なのだが、今の私に、それを楽しむ余裕は無い。

 通路を曲がると、その先の方に、少し大きめのドアが見える。

 今や、ミカさんのスーツよりも、私のキャリーバックと、私のほうが、この雰囲気に合ってない、と感じてしまう。


 ドアに着くと、ミカさんはノックする。


「私よ、入るわ」


 そう言って、ドアを開ける。

 ドアを開けると、いかにも偉い人のお部屋ですよ、という風景があった。


「あら、いらっしゃい。待っていましたよ」


 奥の窓際にある、大きな机の向こうに座っていた人が、立ち上がって迎え入れてくれた。


(あ、女性だ……この人が、室長なんだ……)


 そう、少し驚いてしまう。私はもっと、厳ついおじさん、みたいなを想像していたからだ。


「いらっしゃい、アカリ・アオノさん」


 真面目そうな女性だ、と思ったのが第一印象だった。

 茶色のジャケットと、スカートスーツ、白のブラウスを着ており、ネクタイはしていないが、少し軍服のようにも見えなくもない。

 怖そうな印象はないのだが、顔には表情があまり無いように見え、厳しそうな人だな、と感じる。だからなのか、私はやはり、緊張してしまった。


「あ、あの……は、初めまして。あ、アカリ・アオノ……です」


 すこしガクガクしながらお辞儀し、ゆっくりと顔を上げ、その女性を見る。

 やはり、ミカさんのような、笑顔は無い。


「私は、ここの室長を務めている、アンカ・ダムマイアーです」


 それに、ミカさんが補足をする。


「彼女が、ここの室長で、ここでのあなたの直属の上司になるわ」

「は、はい! よ、よろしくお、お願い、します!」


 もう一度、お辞儀をする。もっと色々と、良い初めの挨拶があったように思えるが、今の私には、これが精一杯だった。


「緊張しているようね」


 そんな事を、室長に言われてしまい、私はビクっとしてしまう。


「まぁ緊張しないで、って言っても仕方ないかしら……。当然よね」


 ミカさんにフォローされる。


「え、えっと……」


 何を言えばいいか分からないでいる私に、アンカと自己紹介してくれた室長が、語りかけてくる。


「ここの決まりで、なのだけれど、ここに来るまでは、詳細な業務説明や、ここの話は、詳しくできない事になっているの。

だから、ワタリ部長や、社長からは、ほとんど詳しいことは聞いてないはずです。

ですので、これから私から、この会社の事、業務内容や、ここでの事を、詳しく説明します。」


 とても、聞き取りやすい声。いや、気にするのは、そっちじゃない。

 今考えるのは、そう話されたこと。


(――うん。確かにその通り)


 私は、これまで、詳しく説明は受けていない。特に、この会社の事は、全く知らないと言っても良いくらいだ。業務説明なども、ざっくりだった。


(というか、社長とは誰の事なのか……あれ?もしかして――)


 私が、そう思っていた所に、ミカさんが話してくる。


「それについては、アカリさんには、少し謝っていけおかなければいけないわ」

「……え?」

「どうかしたのですか?」

「いえ、ね。ここに来る前の説明に関しては、トシオさ、――社長がしてくれたのだけれど……ね、どうも説明が、かなり簡潔だったみたいなの。それで、その事については、触れられてなかったみたいなのよ。」


(――やっぱり、あの人が……社長さんだったんだ。そして、その事、というのは、詳しい説明は、ここに来てから、と言う事。う、うん。あの人の説明は、すごく簡潔だった……せめて、この建物の事くらいは、教えて欲しかった)


 室長は「そうでしたか」と答えた後に、少し考えてから、私に話しかける。


「ただ、色々とこちらにも、事情があります。……その理由はいずれ、分かる事でしょう。……それでは、そこに座ってください」


 私は、今考えていた事を頭から振り払う。


「は、はい。よろしくお願いします。失礼します」


 そう言って、用意されていた椅子に座る。


(そう。それを、これから説明してもらえるんだから……)


 そう思ってから、はっと思い出す。私は肩に掛けていたポシェットから、小さなメモ帳とペンを取り出した。

 そして、チラリとアンカ室長がミカさんを見る。ミカさんは何やら頷き、それから、アンカ室長は自分の席に、ミカさんも、少し離れた別の椅子に、ゆっくり座る。


「それでは、まず会社の事から説明します。」


 私が準備するのを待ってくれていたのか、間を置いてから、話し出す。


「まず、この会社ですが、ここは通常の会社とは、少し異なります」


(……え?)


 どういうことなのだろう。そう思い、アンカ室長を見る。しかし、場所も場所だし、建物も普通の会社と考えると、全然違う、ということに、私は今更ながら気がつく。


「この会社は、確かに民間の企業ではありますが、行っている業務は、政府の要請によって、行われています。」


(……え? 政府? ……要請? ……え?)


 そんな事は、何も聞いていない。政府? そんな大きな仕事なのだろうか。そんな、大きそうな、重要そうな仕事だと、私が出来るわけが無い、と思う。


「ここでは、ここの観測調査や研究、その資料作成をしています。その調査結果資料や、研究結果資料などを、政府や各国に提出しているのです」


 そこで、アンカ室長は、もう一旦間を置く。


「但し、それを行えるのは、現在は、我が社のみであり、ここには、資格が無いと、入社はできません」


 いくつか、今まで出てきてない、聞いたことが無い単語が出てきた。だが、一番気になる単語を聞いてみる。


「……え? あの……資格、ですか?」

「はい」


 私は唖然としてしまう。資格なんて、私は何も持っていない。それなのに、ここに来てしまった。


(でも、そもそも、そんな話は聞いていないし、でも……)


 そう考えていると、ミカさんが変わりに答えてくれた。


「資格、と言うと、ちょっと勘違いしちゃうわ。資格というよりは”適正”、と言った方が良いわ」


(……それでも、分からない)


 思い出してみると、確かに、適正があるから、と言う言葉は聞いていた。

 だが、それも、よく考えると、そもそも、適正なんてどこで調べたのか、分からない。

 つい条件や、タイミングが良かった事で、安請け合いしてしまったんじゃないか、と思ってしまう。


 正社員になれる。その上、住む所も、食事も、着る物でさえも、会社で見てもらえる。


 そんな良い面ばかりに、気をとられていた。でも、私は、そのような適正試験みたいな事は、何も受けていない。


(もしかして、他の誰かと、間違われている……?)


「……あの……え、えと、わ、私、その。し、試験とか、何も受けてないんですが……」


 ここで、このまま働けず、戻されることの怖さと、私は何にも受けていない、と言う事実。

 それでも、私にそんなスキルは何も無い、と言う自覚がある。


(でも、ここで、そのような事が必要で、……でも、ここには、そういう、何かが無いといけない……。

”なんですって!?”と、怒られるんじゃないのか。……いやそれなら、結局それで、戻されるんじゃないの……?)


 そんな事を、ぐるぐると、考えながらも、そう、答えてしまっていた

 だが、そんな風に、ぐるぐる考えていた私に、ミカさんが答えてくれた。


「いいえ、あなたには、適正が出たの。それが分かったのは、あなたが入院していた、病院よ。血液検査とか、したでしょう?」


「……え? え? あ……はい。それなら」


 確かに、ここに来る前、私は病院に入院していた。そこで、色々な検査は受けた事は、覚えている。


「そこで、あなたに適正が出た事を、報告を受けて、あなたをスカウトしに行ったのよ」


(どういう事だろう……病院の検査で、何の適正が出たんだろう……そして、それを誰が、どのように報告したのだろう……)


 そこまで聞いていた、アンカ室長が言う。


「あなたの資格、いえ、適正ね。それは私も資料で確認しました。当社は、おそらく、あなたなら、あなたがやろうと思えば、ここでの仕事に、従事することは可能だと、判断しました。

だから、ワタリ部長が、あなたをスカウトしに行ったのです。」


 どんな適正が出たのだろう……とても、気になる。


「もし、試験期間中に、ここで働くことを辞退したい、と思えば……私に、言って下さい。……ワタリ部長、その事は?」

「ええ、話してあるわ」


 そこまで説明されて、私は思い出す。私は病院を退院する頃に、このミカさんから、連絡を受けていた。


〈あなたに、合いそうな仕事があるのだけれど。話だけでも、聞いてみてもらえないかしら〉


 その時私は、仕事を探していた事もあり、少し不安には思ったが、話を聞いてみる事にしたのだった。


〈もし、興味があるのなら、試験期間だけでもやってみてはどう?〉


 ミカさんに、そう言われた時の事を、思い出す。


〈もちろん、あなたの意思は尊重するわ。二週間の、試験期間があるから。その間に嫌だとか、向かないとか思えば、入社を辞退する事は、可能よ。こちらとしては、是非、あなたには来て欲しいのだけれど……〉


 会社の説明は、ほとんどされてはいないが、それほど難しい業務では無い、とも聞いていた。

 私に来てほしい、そう言われたことが、嬉しかった。

 そして、その時の私にとっては、ここの条件はぴったりだった。

 少し、いや大分遠い所にある、と言う点以外は。


 そういえば、それから、何度かミカさんと話をした時に、言われた事がある。


〈詳しくは、企業秘密でもあるから、今は私からは、あまり言えないけれど、業務自体は難しくないわ。入ってから、覚えて貰えばいいもの。

ただ……働き続けるのならば……一つだけ、とても……辛い事、があるかもしれないけれど……〉


 どんな職に入っても、辛い事やきつい事は、沢山ある、とは聞いている。

 いや、そもそもこの時代、職に在りつける、という事自体がとても難しい。

 もし、ここを辞退すると、今度は仕事にちゃんと就けるかどうかが、とても不安だった。

 いや、その自信も無い。その可能性は、私にはとても低い。

 だから私は、とにかく仕事にありつけると思い、この話を、受ける事にした。


<じゃあ、簡単な説明だけになるけれど、私の上司から、説明して貰うから>


 そして、しばらくして、一度だけ、ミカさんと一緒に、男性の人が来て、先程の説明を受けたのだった。


 そして、私は思い直す。何はともあれ、運良く私に、何かしらの適正があって、仕事に就ける。

 しかも正社員で、待遇もすごく良さそうである事には、変わりがない。


「もしかして、やっぱり、嫌、だったかしら……?」


 その時の事を思い出していた私に、そうミカさんが聞いてくる。


「い、いえ、ま、まだそんな、ていうか……わ、わた、私は、その……わ、私でよければ!」


 つい、考え事をしてしまっていた為、へんな言葉で返してしまう。


「そう。」


 ミカさんはそれだけ言って、アンカ室長のほうを向く。そして、その後にアンカ室長が言う。


「……それから、もう一つ、ここでは大事な決まりがあります。」

「は、はい!」


 なんだろう、と思いつつ返事をする。


「試験期間中であれば、いつでもここの入社を辞退しても良い、と説明は受けていますね」

「はい」

「……しかし、それは逆を返すと……ここに、正式に入社してしまうと、ある一定の期間、自らの退社は

認められないと、いう事です」

「……え?」


 アンカ室長の後に、ミカさんが続ける。


「そして、それは試験期間の二週間で、あなた自身で見極め、決める事なの」


(……どういう事なのだろう。……一定の期間とは、どれぐらいなのか。……なぜ、……そうなったら、辞めてはいけなくなるのだろう……)


「……はい。その通りです。あなたが、ここで二週間を過ぎた後も、ここの仕事を続けるか否か、それは、私たちは強制する事は出来ません。……だから、……その二週間以内に、決めてください。……ここで、……何かを失っても、……働き続けるか、否か、を」


「……何かを……失っても?」


 よく分からない。説明されているはずが、余計に分からなくなってきた。

 ここが、政府や国の依頼で動いている会社で、病院での検査で、何かの適正が出て、ここで働き続けるかどうかを、二週間で決めなければならない。

 そして、正式な入社後は、自由に辞める事は、出来なくなる。


 一体、ここは何なのか、どういった仕事を行うのか。

 そして、私に何の適正が出たのか。


 たった二週間で、そんな事を見極めて、決めなければいけないのだろうか。


(……そんな事が、私にできるのだろうか……)


 だけれども、まだ何も分からない内から、考えても始まらない。私は、まずは、試験期間をやってみよう。そう、もう一度決心する。


 そこに、アンカ室長が聞いてくる。



「……それでは、試験期間を、受けられますか?」


「……はい!」



 今日から、私の試験期間が、始まる。



お読みいただき有難うございますm(__)m

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