表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブルーデイズ  作者: fujito
第一章 蒼い日々の始まり
19/135

【二日目】 〝何かを失う〟


 私は室長室の扉の前に居た。


 これからアンカ室長から説明を受ける。

 何の? と聞かれても、私にもまだわからない。


 あれから二時までの間、結局私は何もしなかった。

 いや、出来なかった、といった方がいい。


 ずっと考えていた。


 ここに来るまでの事、ここの事、そしてこれから始まる何かの事。あれこれ考えているうちに時間が経っていた。《14:00》を過ぎてすぐに、私の部屋にミランダさんがやってきた。


 メモ帳はちゃんと持ったか、他の記録媒体は何も残っていないか、そう言う事だけを確認され、それしかもっていないメモ帳を2冊。

 それをいつものポシェットには入れず、手に持って私はここまで来た。


 ミランダさんはここに来るまでの間は、何も喋らなかった。


 ミランダさんもどこか緊張したようにも見える。

 階段は使わず、エレベーターでここに来た。


 初めてここに来たときを思い出す。


 昨日の事なのにどこか遠く昔の事のようにも思える。あの時はミカさんに連れられてきたのだ。今日はミランダさんだ。

 昨日とは、また違う緊張感を感じる。


 ミランダさんがドアをノックし、中に入り、私も室長室に入る。

 中にはアンカ室長だけでなく、セリカさん、そしてチュンさんも居た。


 先程お昼に居なかったメンバーだな、と関係ないことを考える。


(……今日のお昼の当番のメンバー。お昼のカレーは誰が準備しただろう……?)


 そう思った所で、今はそうじゃない、と思い直し、アンカ室長の方を見る。

 そして、ミランダさんが話し始める。


「連れてきました、室長。……それじゃ、はじめましょう」


 それにアンカ室長が答える。


「ええ……、そうですね。……その前に、アカリさんには先に謝っておきます」


 何を? と思いかけたがアンカ室長は言葉を続ける。


「本当は、もっと早くに話すべきでした。そう、昨日にでも……」

「そうよ、その分、この子が検討する時間が減るのだから」


 セリカさんが咎めるようアンカ室長に言う。


「……ええ、分かってはいたのだけれど……。先程セリカにもそう叱られました……」


 少々驚く。私より年下であろうセリカさんが、このアンカ室長を叱る、とは……


「こういう事はちゃんとしてくれないと困るわ。仮にもあなたは室長なのよ」

「……ええ……」


 そのやりとりの間にチュンさんが入る。


「セリカさん、それも分かるが、今回は仕方が無いだろう。昨日はあんなことになってしまったのだし……。それに色々タイミングも悪かった。船が遅れるとは、アンカ室長も昼前にようやくそれを聞いたんだ」


「…………本部には私が抗議しておくわ。そうね。終わってしまった事はもう仕方が無いわ。昨日は……私も途中から居なかったしね。……それに関しては、私も悪かったと思ってるわ。……アンカ、じゃあ、始めて」

「……ええ」


 一度目を閉じてからアンカ室長はそう答え、私の方へ向きなおす。


「それでは、アカリ・アオノさん。これから、ここの事、そして、もし、あなたがここで働き続けるのであれば起こるであろう事を、これから説明します。まずはそちらにお座りください」


 慎重に、アンカ室長は話し始める。

 私は用意されていた席に座り、メモ帳を広げる。


「アカリさん。これからお話しすることは、一切の記録を禁じます。そのメモ帳にも何もメモはしないで下さい」

(……え?)


 メモをする為に持ってくるように言われたのではなかったのか、と考える。


「これからお話する事は、全てあなたの頭で記憶して下さい」


 そう、続けられる。


「アカリさん、悪いが、それは私が預からせてもらうよ」


 そうチュンさんが言い、手を出してきた。言われるがまま、私はメモ帳二冊と、ペンを渡す。


「……悪いね」


 そう言いながらチュンさんは私のメモ帳とペンを受け取る。

 それを見てからアンカ室長は話を続ける。

 メモ帳も無くなってしまったので、私はアンカ室長の目を見る。


「……アカリさんが、ここの事をどこまで教えられたかは分かりませんが、おそらくは詳しくは何も聞いていないでしょう」


 その通りである。知っている事と言えば、ここが私が今まで暮らしてきたような場所ではないと言う事だ。


「……ここの空間の事は、……どこまで、聞いていますか?」


 そう聞かれ私は少し考えてから答える。


「…………ここは………………海の底にある空間だという事は……」


 それを聞いてアンカ室長は少し頷いてから話す。


「……ええ、ここは海の底にある空間。昔は誰も海の底にこんな空間があるとは考えていなかった。ここを発見されたのは20年以上昔の事。それでも、これまでの歴史ではそう言った記録は何も無いわ。ここを発見した人は、この空間をこう名づけたわ。

”ブルー”……と」


 ”ブルー”


 それがこの空間の名前。


 だが、確かに不思議な空間ではあるが、私がこれまで聞いた空間では、他にも”スキア”や、”バアチ”などと言った、空間があった事を思い出す。

 どれも私は行った事は無いのだが。だから、ここも、そういうものだ、と考えていた。


「あなたは、その事をどう聞いてきたのかしら?」


 そうセリカさんが聞いてきた。


「……え? あ、はい。えと、海の底に出来ている空間がある……と。行くには潜水艇で行くしかないけれど、そこには空気も重力もちゃんとあるから、普通に生活も出来る、……と聞いてます」

「他には?」


 さらに聞いてくる。


「……えっと……そこには回りは空もなくて海しかない……と。そこで色々調査、とかをやっているから、

その事務作業をする仕事がある、って……」


 それを聞いてから、セリカさんはアンカ室長の方を見る。

 アンカ室長はセリカさんと目を合わせた後、少し頷いてから私を向いて言う。


「アカリさんが言うように、ここは海の遥か底に存在します。いえ、本当にそこに存在しているのかどうかは定かではありません。アカリさんもこの城はミランダに案内されたでしょう? どう思われましたか?」


 そう言われて思い出す。


「……えと、とても素敵なお城だなって。こんな昔にあったようなお城を作る人がまだ居たんだと、思い、ました」


 私の問いに、セリカさんが答える。


「昔にあったような、ではないわ。ここはかつて実際に存在した城よ。……そう、ずっと昔に、ね」

「ここはかつて地殻変動で消えてしまった城、だと、私も聞いています。ですが問題はそこではありません。問題は、何故このような空間が、突如現れたのか、です」


 アンカ室長がセリカさんの後を続けるが、まだ、よく分からない。


「我が社は、この謎に満ちた空間”ブルー”を調査する為に、設立された会社なのです」


 一息ついてから、アンカ室長は続ける。


「我が”カエルレウムカンパニー”は、この”ブルー空間”を調べる為に、創設されたそうです。しかし、その真相は未だ解明されていません」


 そうだった。確か、そう言う名前の会社だった。覚えにくい名前なので、カエルのなんとかの会社、と覚えていた。


(もっと、ちゃんと覚えておくべきだった……)


「”カエルレウムカンパニー”は、世界に点在する、ほとんどの”ブルー空間”に支社を立てています。ここの他にも”ラン支社”、”シーニー支社”などがあります。……そしてここは、”国際指定調査機関 カエルレウムカンパニー アスール支社調査研究室”。それがここの正式な名称です」


 長い。それがこの名前を聞いた第一印象だ。そしてその後に気付く。


(調査…………研究室…………?)


「ここは先に説明したように、この”ブルー空間”、”アスール”を調査・研究し、その結果資料を政府や各国に提出している所になります。」


(…………なるほど…………分かったような分からないような…………)


「調査はこの”ブルー空間アスール”内で発生する”ひずみ”を観測、調査、研究する事が主だった内容です。”ひずみ”がいつ、どこで、どのように発生したか、その規模はどうだったか、その観測結果を資料化し、本部へ転送します。そしてその”ひずみ”や、このブルー空間がどう言った物なのか、それは本部で研究しています」

「あの、でも、じゃあ研究って言うのは…………?」

「主だった研究は本部がやっているわ。ただ、ここでの研究は、私とアンカで、ほとんど行っている。簡単なものなら他のメンバーも関わる事もあるけれど、ね」


 セリカさんがそう答える。


「はい。ここでは観測調査と、その資料作成が基本的な業務内容です。観測調査には、目視による観測も含まれます。巡回作業は、その調査作業なのです」


 そこでようやく最初に説明された内容と繋がっていく。


(うん、確かに最初に観測調査と資料作成という事は聞いていた……)


「しかし、それだけならば…………あまり問題はありません……

ここの、一番の問題は…………”限られた人しかここに住めない”と言う事、なのです」


(限られた人しか……住めない…………?)


「ここに来た時に、あなたには適正がある、と、お話しましたね」

「は、はい。何か血液検査か何かでそれが分かったとか……」


「……適正の無い人がここに滞在し続けると……その……あまり、良くない事、が起きてしまいます……」


 アンカ室長は歯切れが悪く言う。


「……だから、あなたのように、適正がある方しか、ここで働く事は、出来ません。ここに居る皆が、その適正がありここで働いています」

「…………はぁ」


 そう答えるが、まだ内容は飲み込めない。


「…………しかし…………その…………適正者であっても…………ここで働くには大きな問題が発生します…………」


 だんだんと、アンカ室長の声が小さくなる。とても言い辛そうな感じだ。


そして少し下を向いてから、前を向いて決意したように言う。


「…………もし、あなたがここで働いてくれるというのなら、我が社はあなたのこれからの生活を全力でサポートします。しかし、その対価を、あなたも払わなければならなくなります」


 対価……? 私には、”払える物”など、何も無い。


「私は……ここでの生活の対価として…………………………”表情”を……失いました」



(…………………………………………………………………………………………………………え?)



 部屋が沈黙に包まれる。


「……私は、どんなに嬉しくても、どんなに楽しくても、それを表情にして表すことができなくなりました。……そしてそれが私の対価……」


(……え? …………え!? ………………表情が、対価…………………………?)


 困惑して私はアンカ室長を見る。

 今悲痛な声で説明していたアンカ室長に表情は無い。


「………………ですが、私はまだ良い方――」


 そうアンカ室長が言いかけた時に、チュンさんが言葉を発する。


「いや、一番ましだったのは私だと思うよ」


 そう言ったチュンさんを見る。


「……私は、”味覚”を失ったんだ。何を食べても、ね。だからごめん。せっかくアカリさんが作ってくれた食事も、味は分からないんだ」


(……え? ………………え!?)


 私は完全に困惑してしまった。


(”味覚”を失った? …………え? ………………味が……分からない……………………………………?)


「でも不思議だよね。味はまったく感じないのに、においや食感はしっかりと分かるんだ」


 そう言いながらチュンさんは苦笑し、そして、続ける。


「だから、私なんてずっと良いほう、なんだと思う。ミランダなんかは…………」


 そう言ってミランダさんのほうを見る。

 ミランダさんはそう言われバトンタッチするように続ける。


「んー。私は、ねー。いや、私はそこまで不便には思ってないしー……」


 少し笑いながらそう言う。


「…………んー…………アカリちゃん、私が失った物、聞きたい?」


 戸惑ってしまう。少し明るそうに、少し残念そうに、そう言うミランダさん。そのミランダさんを見つめてしまい、私は何も言えない。

 私は、唸り声しか出ない。


「………………ぁ………………ぅ………………」

「んー、いきなり詰め込むのもねー。アカリちゃんがかわいそうだよー」


 そう言いながら周りを見渡すミランダさん。

 しかし周りを見渡して、少し間を置いてからミランダさんが話し始める。


「んー……そうだよねー……。私も別に隠すつもりは無いしー…………。そのほうがアカリちゃんの為だって言うのも分かるしー。……………………そうだねー…………………………。アカリちゃん、先に言っておくけどね」


 一度、間を置く。


「私は、ここに来た事を後悔してないよー? ここでの生活はすごく楽しいから。アカリちゃんが言ってたように……ね」


〈ここの生活、楽しい?〉


 そう聞いてきたミランダさんを思い出す。


〈はい、すごく!〉


 私はそう答えた。


 その時のミランダさんは、少し、嬉しそうだった。


 間を置いてからミランダさんはゆっくりと話す。


「えっとねー……私、………………目が見えないんだー」


 ミランダさんがそう言う。


(……………………え? ……………………え? ………………え? ……え?)


 私はミランダさんを見ながら思い出す。


 そんな素振りは無かった。

 分からなかった。

 気がつかなかった。

 昨日、今日と、一緒にいてそんな風には見えなかった。

 たった二日だけれど、ミランダさんは楽しそうだった。


 きっと、毎日も楽しいのだろう。

 そう、思っていた……………………。


「いやー、仕事とかは大丈夫なんだけどねー。そんなんだから、料理とかはちょっとねー。お風呂にもカメラはついてないからねー」


 いつもの口調でミランダさんはそう言う。


 お風呂のときを思い出す。

 メイちゃんとお風呂に行った時、

 ミランダさんはメイちゃんに言っていた。


〈助けてー〉


 と……


(……………………………………そういう…………………………こと………………だったの………………………………?)


 ミランダさんは苦笑している。いつものミランダさんに見える。


 でも、そのミランダさんは少し揺らいでいる。


「…………………………アカリ………………さん………………」


 アンカ室長に声をかけられる。

 少し間が空く。


「あなた、これ」


そう言い、セリカさんはハンカチを私に差し出してくる。


「……………………………………え?」

「ほら」


 セリカさんはこちらを見ながら私にハンカチを渡そうとする。


-ポタ……-


 顔から雫が落ちる。


 私は……いつの間にか泣いていた。


 ポロポロと、涙が流れる。


「…………アカリ」


 そう言って、チュンさんがハンカチを受け取り、私の涙を拭いてくれる。


「………………室長………………とりあえず、落ち着くまで………………」


 やさしい声で、チュンさんが私の顔とアンカ室長を見て、私の涙を拭いながら言う。


「…………ええ」


 アンカ室長もそれに答える。


「…………もしかして、アカリちゃん、泣いてるの…………?」


 ミランダさんの声がする。


 目の前が真っ白になる。


「………………うっ………………うっ………………っ……………………」


 私は、本格的に泣き出してしまった。


 そして、しばらくの間、涙は、止まらなかった。


 その間、チュンさんが、私の背中をポン、ポンとやさしく叩いてくれていた。

 私が泣いている間、チュンはずっとそうしてくれていた。


 部屋には私の泣き声以外は何も聞こえない。



 しばらく後、ようやく前が見えてくる。

 セリカさんに渡されたハンカチで目を拭い、アンカ室長を見直した。


「……………………少し、落ち着きましたか…………?」


 やさしい声でアンカ室長が聞いてきた。


「……………………は……ぃ………………」


 私は鼻声になりながらようやくそう答える事が出来た。


 もう一度アンカ室長を見直す。表情は、無い。しかし声色からは、私を心配してくれているように感じる。

 そして、もう一度間を置いてからアンカ室長が話し始める。


「…………ここでは、私や、彼女たちのように皆が何かを失っています。………………なぜ、そうなるのか、…………それは、詳しくは分かっていません。そして、誰が何を失うのか。それも予測が出来ないでいます」


 その後にセリカさんが続ける。


「ただ分かっている事もあるわ。それは”適正”がある人間ならば、それだけで済むと言う事。”適正”がある人間は、それを失ってもサポートをすればちゃんと生きていける。”ブルー”は”適正のある人間”かは、失われると生死にかかわる物は取らない。それだけは…………これまででも例外は無い……」


 それだけ、と言うには大きすぎる代償。しかしその言葉の意味する所、それは……。


(…………じゃあ……………………そうでない……人達は……………………)


「…………それでも、ここでの調査は続けていかなければならない。私達の、人類の未来の為にも……」


 セリカさんはそう話した後に、俯いてから少し考えてから言う。


「………………だからこそ、”適正者”がここでの調査をするしかないの。そして、”適正者”がここで何かを失う期間、それは、大体は判明している」


 その後はアンカ室長が続ける。


「アカリさん、あなたがここで受けることが出来る試験期間は2週間だと、お話しましたね」


 そう言われて、その事を思い出す。


(……………………じゃあ、もしかして二週間で……)


 そうと思うと同時にセリカさんが言う。


「”ブルー空間”で”適正者”が何かを失うのは、35日を下回る事は無い。……それだけは、これまでの研究結果から分かっているわ」


(35日…………ならば……それを越えると…………私は”何かを失う”…………)


「けれど、だからと言って、試験期間を35日と設定する事は、危険だと言う事で、”適正者”がここで働くか否かを決める時間として、確実であると判断された、二週間、つまりは14日の時間を試験期間としているの」


 ……確実、と言う事は、二週間でならば、ここで過ごしていても”何かを失う事”は無い、と言う事なのだろう。


「前にも言った事を、もう一度言わせていただきます。……私たちは、誰もその事をあなたに強制する事は出来ないわ。…………私が、言えるような事では無いのだけれど、何かの機能を代償としてまで、ここで仕事をする事なんて無いわ。……確かに、今の時代、在り付ける仕事はほとんど無い。…………それも分かってはいるけれど………………」


 その通りだ。

 私が、ここで働くことを辞退すると、”その後他の職につけるという事”は、ほぼ皆無、と言っていい。


「もちろん、先程言ったように、ここで働く人のことは、社を上げて全力でサポートはします。たとえば、ミランダのように……」

「ミランダ……さん」


 ミランダさんを見遣る。


「んー、私、目が見えないって言ったよね。でもここで一応、それでも不自由ないようにってね。

最新の”MELM”を入れてもらってるんだー。だからカメラとか、端末とか。そういうのを通しては見る、っていうのかな。分かるようには、して貰ってるんだー」


 どういうような事なのかは詳しくは理解できないけれど、少なくともカメラ越しかなにか等で、物を認識する事を出来るようだ。


 それに、先程”お風呂にカメラがついてないから”、と言っていたような気がする。


 私は、見えないはずのミランダさんの瞳を見つめる。


 ミランダさんは見えていないというが、ちゃんとこちらを向いており、やはり目が見えない、と言う事が信じられない。


「カメラが付いてるとこって、そんなに多くは無いんだけどねー。でもほとんど私の為に付けてくれてるんだし、文句は言えないよねー」


 最新の何かを付けてカメラを設置している。

 それはこの会社がしてくれている事のようだった。


 それらが一体どれほどの金額なのかは全く分からないが、私が何年働いても、きっと買えない代物なんだと思う。

 そしてそれを聞いた後にアンカ室長が話を続ける。


「ミランダのように、今の技術でなんとかサポートが出来るのであれば、どんな物であっても、導入することは検討します。……他の人達にも、ミランダのように会社からのサポートを受けている人は居ます。

だから……アカリさんが、もしここで働き続け、……………………”何かを失った”時、出来るだけのサポートはするつもりではいます」


 その後をセリカさんが続ける。


「ただ、今の技術じゃ出来ない事ももちろんあるわ。アンカなんかがそう。表情表現を出来るようにする事は……残念だけれど、……今の技術ではそこまでのサポートが出来ていないわ……」

「私は、そこまで困っていないし、構わないのですが……」

「そう? 一応それも研究されてるみたいだけれど…………。でもとにかく今は、あなたの事よ」

「………………そうですね。アカリさん」

「…………………………はい」


 困ってない、と言うが、表情からは分からない。

 そして、私の事……。


「あなたがここで、それでも、働いてくれると決断してくれた場合、私たちはその決断を止める事はしません。…………ただ、その場合、アカリさんが何を失ってしまうのか、それも分かりません。……だからこそ、試験期間のうちに、ここのメンバーと交流をして貰い、その事を他のメンバーからも聞いて欲しい………………。そして、よく考えてから決断をして欲しいの………………」

「………………あのそれじゃあ、他の人達は………………」


 他の人達の顔を思い出しながらそう聞いてみる。


「………………それは、私達の口からは言えません。その事はその本人に直接聞いて欲しいの…………」


 その後に、セリカさんが補足する。


「プライベートな事でもあるから。そういう規則にしたのよ。だから、私達が他のメンバーの事を話す事は無いわ。他のメンバーも同じよ。他の人達のことは決して話さない」


(……………………じゃあ………………メイちゃんも……………………”何かを失って”いるのだ…………)


 しかし、それを知る術は、メイちゃんにそれを直接聞くしかない、と言う事。


「そして、その事を話すのは、今こうしている、……本来なら初日口授する事なのだけれども……。この話の後に試験期間員に話す事になっています。……もちろん、アカリさんが、他のメンバーにそれを聞くことが出来れば、……という前提ではありますが…………」


 確かに、そんな事嬉々として聞けることなどでは無い。

 鈍感な私でもそんな事ぐらいなら、分かる。


「そして、今話をした事を前提に、絶対に守っていただきたい事があります」

「…………それは…………?」

「今ここでお話した事、特に”ブルー”の事、そして”ブルー”で生活している人達が”何かを失ってしまう事”、それはここのメンバー以外には絶対に口外しないで下さい」

「もちろん記録する事も許されないわ。だからその事は会社の資料以外では、メモも絶対にしないで」

「………………じゃあその事は、ミカさんには………………」


 ここに居ないメンバー、ここを紹介してくれたミカさんを思い出す。


「……ミカは大丈夫よ。ここのメンバー、と言うのは、ここに居る11人、そして”ミカ”、後は”トシオ”。その13人ね」


(…………”トシオ”………………?)


「トシオさんと言う方はここの社長だ。そしてこのアスール支社の支社長も兼務している」


 チュンさんが補足してくれる。


「あの人はほとんど来る事はないけれど、ね。ほとんど、と言うか、来ても1時間も居られないし。多分話をする機会はないんじゃないかしら……」


 そうセリカさんが説明してくれた後に、チュンさんが引き継ぐ。


「アカリ、持っていた記録媒体はこれだけなんだよね。悪いけど、今の話で分かったと思うけど、そういう事に触れそうな事は記録する事は許されていないから。少し遅くなってしまったから、ここに着てからの書いた事を見せてもらうよ」


 そうチュンさんが言って私のメモ帳を開く。だが、見られて困るような事は書いていないはずだ。


 そして、最初開かれたメモ帳は、ここで貰ったメモ帳だった。

 そちらを見てチュンさんは「うん」と納得する。


 そして二番目のメモ帳、それは私が持参したメモ帳だ。

 今度はそちらを開かれる。


(………………あ、最初のあれは…………)


「…………………………アカリ………………こんな事書いてたんだ………………」

「………………………………えと………………」


 それは多分、私がここに来る船の中で書いた、あの文章だ。


 日記、と言うと少し違う。

 決意表明、いや、私がここで働くにあたって、辛い事があった時にでも、初心に帰れるように、と記した文章。


「………………………………」


 チュンさんはおそらくそこを見ているのだろう、何も言わずにじっと見ている。

 そして少し後に、他のページをめくっていく。

 ただ、私はそれ以外の事はそのメモ帳にもほとんどあまり記載はしていない。


「…………うん。こっちも基本は、大丈夫みたい、だが………………」


 チュンさんは逡巡しながら続ける。


「………………もし、入社を辞退するなら、これはこのままじゃ返せないかもしれない」

「どんな事が書いてあるの?」


 セリカさんがチュンさんに聞く。


「うん、ここに来た初めの時に書いたんだろうね。簡単にだけど、ここでの業務内容や、依頼形態が書いてある。後は規則に違反する事じゃ無い事。それ以上は本人に聞いて」


 それだけチュンさんは答える。


「そう。ではその時は、その部分は削除してもらわないとね。」


 それだけ言って、セリカさんはそれ以上の事は聞かなかった。


 それには“ブルー”に直接関するような事は書いてなかったはずだ。

 それでも業務内容や、依頼形態ですらも口外は駄目なのだろうか。

 そんな事を考えていたが、その理由はすぐにわかる事になる。

 アンカ室長がチュンさんとセリカさんのやり取りの後に言う。


「では、今後も、今お話しした内容は、決して記録や口外はしないようにして下さい。特に、2週間の試験期間中には……」


 そう一旦間を置いてから、続ける。


「先日にもお話したとおり、試験期間中ならば、いつでもここへの入社を辞退する事ができます。もし、アカリさんが、辞退を申し出た際は、その後に、すぐに迎えの船が着ます。………………………………そして、その後、………………ここでの、記憶も消させてもらいます」

「…………………………え?」


(記憶を…………………………消す……………………?)


「ここの事はトップシークレットの機密事項よ。だからここで働く事を辞めるのであれば、ここの事は一切忘れてもらわないといけない。1ヶ月程度の事であれば、後遺症は無い状態で、ここの記憶を消す事が出来るわ」


(ここでの、記憶を消される……………………?)


 そんな技術があったのだろうか。

 そんな事が出来るだなんて、私は知らない。

 だが、いや、そんな事よりも……もし、そうなったならば……


「一度記憶を消してしまうと、決してここの事を思い出す事は無い。あなたはミカから仕事のスカウトを受けたけれども、断った、もしくは落選した。そういう風に、思い出す事になると思うわ」

「…………だから………………このメモ帳だけはまっさらな別の物にして返すしかない。…………そうじゃないと、後で”矛盾”が生じてしまうから……………………」


 私のメモ帳を持って、チュンさんがそう嘆く。


「こちらの、ここで渡したこのメモ帳は、その時点で、返してもらうことになる……」


 もう一つの、ここで貰ったメモ帳をさしてそう説明される。

 その後に、アンカ室長が聞いてきた。


「…………アカリさん、それでも、ここで働き続けますか?…………あなたが、ここで、”何かを失って”も、…………いえ、今ここで、辞退してもこちらは何も言えないのだけれど……」


 私は、迷う。


 そんな事は、今ここで、すぐに決められるような事じゃない。


 話が多すぎて、大きすぎて、そして重すぎて、理解も追いついていない。


「まず、ゆっくり考えよ。アカリちゃん。今すぐに結論出す必要はないんだし」


 そうミランダさんに促される。


「ああ、その為の二週間なんだ。ゆっくり、考えるといい…………」


 そうチュンさんも言ってくれる。


 『究極の選択』、と言う言葉があるがまさにその状態にも思える。そして、私は完全に困惑し混乱してしまっている。


「……後は、あなた自身で考えてください。チュンやミランダが言うように、今すぐ決める必要もありません。……しかし、今日を除くと後12日、その時には、はっきりと結論を出していただきます。」


 アンカ室長は、これが最後、そのように言葉を搾り出した。


「…………話は、以上です。………………色々と、驚かれているのも、困惑するのも無理はありません。今日はもう、上がって頂いて結構です。………………チュン、アカリさんを部屋までお送りしてください。………………それから……」


 チュンさんは分かってる、と言うように、頷く。


「……行こう。アカリ。…………そうだ、セリカさん、今日の――」

「やっておくわ」


 セリカさんも素早くそう答える


「…………………………アカリちゃん」


 心配そうにミランダさんがこちらを伺っている。

 私は、ふらり、とそちらを見る。


(……今の話が本当ならば…………今見ている、ミランダさんは、私が視えていない………………)


「さ、アカリ、じゃあ、失礼します」

「………………失礼………………します…………」


 見られてはいない筈なのだが、ミランダさんに今の私の顔を見られたくなくてすぐ目を背け、チュンさんと同じようにそう言って部屋から出た。



お読みいただきありがとうございます。



かなり私自信でも、辛いお話の部分です……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ