現実逃避の私は変われない
小さな部屋の中で蹲っていた。
現実をから逃げ続けて、都合の良い事だけを享受した。
都合の悪い事からは目を逸らし続けた、それが出来るだけの環境は整えられていた。
だから私は何も変わらなかった、そしてこれからもずっと、私が変わる事は無い。
現実はクソゲーだ、そんな言葉を口癖とする私は小さな部屋、正確に言うと4畳ほどの大きさの部屋の大半を占めるベッドの上でネットサーフィンをしていた。
カタカタとキーボードを演奏して見たり、動画サイトを回ってくつくつと笑ったりと、自分で言うのもなんだけど、下らない生活を送っていた。
こんな生活が続いてもう何年になるだろう? 覚えていない。
多分4年くらいたっていると思うけど、本当かどうかは分からない。
私の年齢は多分16歳だけど、それも本当かどうかよくわからない。
現実逃避を続けた私の頭はきっと狂っているだろうから、その認識すら間違いである可能性は十分あるし、とうの昔に歪めてしまったのかもしれないから。
それでも、どうでもいい、そんな現実からも逃避してしまう。
突然部屋のドアがどんどん、と乱暴に叩かれた、私は驚きすぎてベッドから転げ落ちた。
転げ落ちた時に頭を強く打ちつけた、とても痛い。
いや、『痛くない、痛くない、私は頭を床に打ちつけていないし、だからこそ頭が痛いわけがない』。
そうやって現実から逃避する。
頭の痛みが綺麗に取れた。
「……はい、どうぞ」
立ち上がってドアの向こうの誰かに向かって声を掛けると、乱暴にドアが開かれる。
ドアを開いたのは顔面に深い傷跡のある強面の男。
その男の肩に、支えられる形でかろうじて立っている青年の、血塗れの姿が映った。
あちらこちらがボロボロで、何故か左腕が無くて、どこもかしこもしっちゃかめっちゃかで。
それでも、かろうじて息も絶え絶えの重傷の状態、であると思ったのだが。
違う。
もうすでに息が無い。
その青年はすでに死んでいた、かろうじて立っているのではなく、支えられてかろうじて立たされているだけの、死体だった。
「あ、あああああああああああああああぁぁぁぁああああああ!! あああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁあああ!!!!」
絶叫が喉をついた、声が潰れる様な酷い声だった。
違う、違う違う違う違う、こんなの違う。
こんな事は、ありえない。
だから、目を閉じて顔を手で覆って現実から逃避した。
「『違う、違う違う違う違う!!! 浜崎が死んでいるはずがない!! 誰よりも強い浜崎がこんなにボロボロになるわけがないし、だから絶対に死ぬわけがない!!!!』」
そんな事はありえない、と現実から逃避した、こんなの、間違いに決まっている。
こんな事はありえない、こんな事は間違えだ、絶対にこんなわけがない。
強くそう念じた、目の前にある現実を拒絶して、幻想に縋りつく。
そうだ、大丈夫なんだ、浜崎は死んでいない、生きてる。
そう強く思って目を開き、顔から手を下す。
瞬間、浜崎の全身にべったりと付着していた血液がきれいさっぱり消滅した。
無くなっていた左腕が、いつの間にか元に戻っている。
小さな吐息と共に、固く閉じられていた浜崎の目が開く。
「……ああ、またか」
浜崎の小さな嘆息に似たその言葉が耳に入った瞬間、私の身体は崩れ落ちた。
ボロボロと目から涙が流れ始める、そうするつもりはないのに嗚咽が口から漏れる。
「……よかった、よかったよう……浜崎……もう死なないでよ……」
目を擦りながら嘆願する、もうこれで浜崎が死ぬのは何回目だっただろうか? こうやって自分が現実から目を背けるのは何回目だっただろうか。
ふわり、と頭に何かが触れる、擦っていた手を目からどかしてそちらを見ると、滲んだ視界で浜崎がばつの悪そうな表情で自分の頭に手をのせている事に気付いた。
「ごめんね、森野」
いつものように謝ってくるけど、そう簡単に許したくない。
「あ、謝る、くらいなら……死なないでよ、ばか………」
「うん、次は気を付けるから」
ポンポン、と頭を撫でられる。
五月蠅い、そう言って何度も殺されやがって、強いくせに何でそんなに殺されるんだよこのバーカ、ばあぁぁか!!
そんな文句が口を出てこないので、ぐじぐじと泣き続ける事でその反感を示す事にした、ただ単にとても声を出せるような状態でない、と言い換えても別に差しさわりは無い。
「ごめん」
もう一度謝られる、ふと温もりに包まれる。
なんだか奇妙なほどの安堵がどっと押し寄せてきた、それでまた涙腺が緩んでボロボロと涙が零れる。
そのうちしおしおに萎れて死ぬんじゃないか、と言うほど私は泣き続けた。
泣いて泣いて泣いて、ボロボロと涙を流し続けた彼女はいつの間にか気を失うように眠りについていた。
規則正しい寝息を立てる彼女を抱きすくめたまま、山崎は彼女の頭をゆっくりと撫でる。
「いつまでそこに居るつもり?」
顔面に深い傷跡のある強面の男、自分の上司である男に面倒臭そうな表情で山崎はそう言った。
「命の恩人に向かってその言いぐさは何なんだ? この死にぞこない」
「俺の命の恩人は森野だけど?」
酷く不機嫌に目を細めた男に山崎は淡々とそう答える。
男は舌打ちを打ち、山崎が抱きかかえる森野を忌々しそうに睨み付けた。
その視線から庇うように山崎は森野を抱え直し、男を睨み返した。
「何だその目は」
「別に」
山崎を睨み付けていた男は、ふと視線を逸らして溜息をついた。
「もういい……好きにしろ……報告は俺がやっておいてやる」
そう言って男は山崎たちに背を向けた。
「ありがとう」
素直に礼を言った山崎に、男はこういう時だけ素直に礼を言うんじゃねーよ馬鹿野郎、と捨て台詞を残して去って行った。
「それにしても、相変わらず狂ってやがるぜ、あいつの能力は……」
廊下を歩きながら、顔面に深い傷のある男はぼそりと呟いた。
「現実から逃避する能力……あいつがその現実から逃避した瞬間、その現実が無かったことになる、とか。頭がおかしいんじゃないか?」
そんな呟きは誰に拾われる事も無いまま、消えた。
現実逃避の私は変われない(了)




