その24 運命のタイミング(後編)
ゆりかさんと食事中での会話は、もっぱら三木綾乃さんのことだった。
同じ日に、同じ思いで彼女を訪ねた偶然を、二人で驚き合っていた。
間接的な話なら普通にできるのに、核心部分になるとなぜ極度に緊張してしまうのか、自分でも歯痒くてならない。
そんな中、何気にふと見た外の景色を眺めて気がついた。
──そうか、確かこの十字路を西に進めば5分くらいで…
僕はゆりかさんに問いかける。
「あの…このあと、ちょっと寄り道していいですか?」
「え?寄り道?」
「それほど遠くじゃありません。着いたらそこでゆりかさんに聞いてもらいたいお話をしようかと…時間の方は大丈夫ですか?」
ゆりかさんはためらいもなく、即答の返事。
「私は平気。いずみとひなたは母の家に行ってるから」
「良かった。じゃあここを出たらすぐ…」
と、ここでゆりかさんのケータイに着信が。。
「いずみからだわ。ちょっと失礼…」
席を立って数メートル先で小声で話すゆりかさん。
1,2分ほどして僕のところに戻って来た。
「ごめんなさい。ひなたが熱出しちゃったみたいなの」
「Σ( ̄□ ̄;ええっ?」
「そんな高熱じゃないみたいだけど、病院で看てもらった方がいいのか母もいずみも迷ってるようだから、様子を見に行こうと思うの」
「そ、そうですか…そうですよね。すぐに行ってあげて下さい。行くべきです」
「卓さん、ごめんなさいね。お話も聞けずに…」
「いえいえ、僕に構わずどうぞ」
ゆりかさんは申し訳なさそうな表情で席を離れ、店員に呼び出してもらったタクシーで早々と去って行ってしまった。
僕は店の出口でタクシーが視界から消えるのをずっと眺めているだけだった。
「あ、そうだ」
不意に思い立って、僕はいずみにメールをしてみる。
“ひなたちゃんの熱はどのくらい?”
すると、30秒も経たないうちに返信が。
“どうして知ってるの?”といずみ。
“ママと会ってたんだ。今タクシーでそっちに向かったから”と僕の再送信。
するとまたまたすぐにいずみの返信。
“卓くんは来ないの?”
それに対する僕の返信。
“うん。ちょっと色々あってね。ひなたちゃんは大丈夫?”
僕のこのメールを最後に、いずみからの返信はもう来なくなった。
確かに、僕の車でゆりかさんを送ってあげるという選択肢もあった。
その方がひなたちゃんにもいずみにも会えたのに…
でもその反面、自分の気持ちにけじめをつけないまま、再びあの子たちに会うのは決して良くないという心理もあった。
あ〜、せっかくのチャンスさえも生かせないなんて…
こんな偶然に出会うタイミングなんて、もうないかもしれないのに…
なんだかこのまま真っ直ぐ帰る気にもなれない。どこか寄り道でも…
そうだ、僕ひとりでもいいや。このままアソコへ行こう。。
僕は車を走らせる。カレー屋の十字路から西に5分ほど行くと、視界がきれいに開けた海岸線に出た。
やや曇り空だけど、まぶしい日差しが苦手な僕にはちょうどいい。波もおだやかだ。
僕は車を降りて、砂浜へ続く土手の斜面に腰を下ろした。
──どのくらいぶりだろう…あのとき以来、来てないもんな。。
僕は砂浜から遠くまで広がる大きな海原と地平線を、ただ呆然を眺めていた。
なんだか眠い。僕は斜面に寝そべり、空を見た。やけに雲の動きが早いように感じるのは気のせいか?
僕の行動はトロくさくて進まないのに、雲は着実に次へ次へと進んでいる。
あぁ…バス停で会ったとき…あのときに言うべきだったのかもしれない。
たとえ、おなかが鳴ったって、構わず話を続けていれば今頃は。。
後に残るは後悔ばかり。
所詮、結果論でしかないのに…
僕はゆっくりと目を閉じた。
───口に何かが飛び込んで来た驚きに、慌てて僕は飛び起きた。
でも何のことはない。少し強くなった風に、飛ばされた雑草が僕の口に入ったのだ。
「あー、びっくりしたもう…」
ケータイで時間を確認する僕。
「わ、1時間近くもここで寝てる(⌒-⌒;」
僕は体を起こし、風で波が少し荒くなった海を再び眺める。
背後から人が近寄って来る気配を感じた。
無造作に振り向いた僕は、あまりの驚きに体が固まってしまった。
「ゆりかさん…」
彼女は、まぶしすぎるほどの微笑みを浮かべて、何も言わずに僕のとなりに座った。
当然ながら僕の質問はこうだ。
「どうしてここがわかったんです?ひなたちゃんは大丈夫なんですか?」
ゆりかさんは、となりにいる僕に振り返りながら答える。
「卓さん、いずみにメールしたでしょ?」
「えっ?あ、はい。ひなたちゃんの様子が気になったもんでつい…」
「それでね、いずみに卓さんの所に戻れって言われちゃったの」
「( ̄▽ ̄;)えっ?」
「ひなたは母といずみで病院に連れて行くから心配するなって」
「でも心配でしょう?」
「少しはね。でも38度まで熱もないってことだから…安心して任せようと思って」
「そうですか…それにしてもよくここがわかりましたね」
「ええ。引き返してもらったタクシーで、一旦カレー屋さんに戻ったの。もういないとわかってたんだけどね」
「はぁ…」
「それで思い出したの。卓さん言ったわよね?ちょっと寄り道していいか?って」
「はい…」
「それでピンと来たの。あそこからわざわざ寄り道をする場所…それは私たちの思い出の場所だってね」
「ゆりかさん…」
僕は感激した。ゆりかさんが…ゆりかさんが『私たちの思い出の場所』と言ってくれるなんて。。
今まで僕は自分勝手に『僕だけの思い出の場所』だと信じて疑わなかったからだ。
「それに私もね、ここに来たかったの。卓さんと初デートした時以来だもの」
「でも…ゆりかさんにとって、ここは良い思い出の場所だったんでしょうか?」
「どういう意味?」
「僕は当時、言葉に言えないような、とんでもない失態をしてしまいました」
「そうだったかしら?」
「そうですよ。あの時もちょうどこの辺に腰を下ろすと、いきなり僕がおなかを壊して…ほら、あそこの岩陰まで無我夢中で走って行って用を足したんです」
「言葉に言えたじゃないw」
「あ…^^;」
「そして、別なカップルに見られちゃったのよねw」
「お恥ずかしい話でヾ(´▽`;)ゝ 」
「それでもやっぱり、ここは私にとっても大切な思い出の場所だわ…」
「!!!」
僕の胸が一気に加速して熱くなった。
もう来るはずもないと思ったチャンス。散々逃して来たチャンス。
言うなら今だ。今しかない!
ここで言わなきゃ男じゃない!三木さんに偉そうなことを言えた義理じゃない!
僕はゆりかさんに向き直る。斜面で正座はきついけれど、片手を地面に付けてしっかりバランスをとり、そして彼女の目を見てはっきりと言った。
「ゆりかさん。ここからもう一度やり直させて下さい!この場所から…最初からもう一度!」
(続く)