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その21 バス停にて(後編)

 ひとりベンチに座りながら、私の頭の中では過去進行形が順序よくリピートされていた。


「聞いて…どうするんですか?」

「聞いて全てを納得したら、きっと私は1歩前に踏み出して行けると思うの」

「…そうですか。私にはよくわかりませんけど、あなたに少しでも償えるのなら。。」

「ありがとう。でもね、前に踏み出すのは私だけじゃない。あなたも一緒よ」

「私も?───なぜ私もなんですか?」

「あなたも私も被害者だからよ。今日がそのきっかけになれたらと思って。これは私自身に言い聞かせてることでもあるんだけどね」

「・・・・」

「じゃあ話してくれてもいい?」

「…はい。わかりました。でも何から話せば…?」

「最初からよ。事件のことからじゃなくて、三木さんと是枝の最初の出会いから」

「最初の出会い…」

「そう。思い出すと辛いかもしれないけれど、お願い」


 三木さんは、私から目線を更に落とし、遠い昔を回想するかのように、穏やかな口調で説明が始まった。

「私と是枝が初めて出会ったのは高2のとき。クラス編成で同じ組になったときからです」

「そんなに前から…」

「でもすぐに付き合ったわけじゃないんです。彼には高1のときから彼女がいたので、私にとって彼は憧れの存在でした」

「同級生なのに“憧れ”なの?」

「私のような地味で目立たないタイプは、誰からも注目を浴びることなんてありません。それに比べて彼は、文武両道と言いますか、何をやっても万能で、人から一目置かれるタイプ。わかるでしょう?私と何一つ共通点なんかないんです。単なる憧れでしかなかったんです」

「…それなのに彼と付き合い始めたきっかけって何なの?」

「是枝はその彼女に大失恋したんです。私にしてみれば、彼に彼女は合わないとは思ってましたけど」

「それはどういうこと?」

「彼女の方は帰国子女で、家柄も財閥の娘。国内外にいくつも別荘があるセレブな子。物の考え方や生活感覚も違うし、彼女は完全にアメリカナイズされいて、彼はついて行けなかったと後で聞きました」

「そう…私はそんな話、彼から一度も聞いたことがなかった───あ、ごめんなさい。先を続けて」

「はい…その後間もなくして、突然彼の方から私に告白して来たんです。付き合ってくれないかと」

「ええっ?(゜〇゜ ;)なぜ?それまで彼と親しくしてたわけじゃないんでしょ?」

「全然です。実はそれには理由があって、クラスメイトの友人が、私の気持ちを勝手に彼に打ち明けていたんです」

「それはとてもいいお友達ね」

「いいえ。完全な悪友でした。いつも人には親しみやすい態度をしていながら、私のことは上から目線でした。きっと私がフラれると思って、からかい半分でやったことだと思います」

「でもそれが逆に功を奏した…」

「ええ…そうなんです。最初は不思議でなりませんでした。でもすぐにわかったんです。彼が失恋のショックから妬けになって、どうでもいい私を自分の慰み者にしていることを」

「えっ?」

「別れた彼女はかなり高慢ちきでした。彼はさんざんわがままな彼女に振り回されたあげくにフラれた。もうこりごりだったと思います。そこに私の悪友が仲介に入る。きっと彼には、私が目立たなくてわがままも言わないタイプに見えたんでしょう」

「だからって、そんな決め方はないんじゃ…言葉が悪いけど、あなたは彼のおもちゃじゃないのよ」

「でも、そのときはそれで良かったんです。充分わかっていたんです。それでも彼と付き合えるのなら…彼の心が私で癒されるのなら、どんな形でもカップルでいられたらそれでいいと。彼のためになら何でもしてあげようって」

「…そうだったの。。それからずっと是枝と一緒だったわけね」

「はい。私は彼の進学する大学も同じ目標にして入学しました。同じサークルにも入りました」

「ラブラブの絶頂期だったのね…」

「いえ、そうじゃなかったんです。大学も3年目になった頃には、会える機会は週1回のペースに落ちていました。途中、お互いの就職活動も始まりましたし」

「でも、三木さんは彼と同じ会社に入社したんでしょ?」

「はい。最終的にはそうしました。就職先が別々になると、どうしても疎遠になると思ったからです。私は彼と離れたくなかった。私にとっては彼が全てだった。自分で言うもの何ですけど、その執念が実を結んだのか、彼と共に目指した会社に内定が決まりました」

「そうね・・・まさに執念ね」

「まるでストーカーだって思うでしょう?でも違うんです。彼は私を邪魔扱いもしないし、疎ましい素振りもしなかった。彼が大学時代に多くのコンパをこなしてたり、風俗に通ってたりしたのは噂に聞いてましたけど、私に対しての優しさは変わりませんでした」

「あなたは…それで許せたの?」

「そのときは許せました。コンパだって大学生なら当たり前だし、風俗も男の人なら誰でも一度は経験したがるものじゃないですか」

「それはちょっと…私にはわからないけど」

「彼は一緒に就職が決まったときも喜んでくれたんです。一緒にお祝いの食事もしました。私は心から嬉しかったし、一緒に働ける幸せも感じていました」

「じゃあ、一度も不安というものは感じなかったの?」


 ここから三木さんの表情がやや曇ってきた。いよいよ事件のきっかけになる部分かもしれないと私は内心思っていた。

「正直感じました。就職してからというもの、彼は出世欲の塊で、休みを返上したり残業も平気でこなしてました。私はそれにはついていけなかったんです」

「そう…」

「彼は業績をグングン伸ばして、上役から可愛がられるようになり、私たちがデートする時間など入る余地もなくなっていました」

「・・・・」

「そんなとき、私ふと思ったんです。私は今まで彼を必死になって追いかけて来ただけ。でも今はもう追いついていけない。彼にとって、私は何なんだろうって」

「わかるわ…きっと私でも同じことを感じたと思う」

「そのとき初めて思ったんです。もう終りにした方がいいのかなって…」

 三木さんの目にうっすら涙が浮かんでいるのが見えた。ハッとする私。

「ごめんなさいね。思い出させてしまって…辛いのならもう話さなくてもいいわ」

「いえ…大丈夫です。話せます────私は迷っていました。彼は今私のことをどう思っているんだろうって。そんなときだったんです。久々に会えた彼の口から、今までの迷いが吹っ飛んでしまうような言葉をもらったのが」

「!!?迷いが吹っ飛ぶような言葉…」

「ゆりかさんにこんな言葉を言っていいの?どうかか…あなたにもショックな言葉かもしれません」

「私に遠慮しないで。何を聞かされても平気だから。今日はその覚悟でここに来たの」

「はい。。わかりました。今でも耳について離れません。そのとき彼は私にこう言ってくれたんです」

 三木さんはまるで回想シーンを思わせるような口ぶりで、当時の記憶のままに説明した。



『綾乃、俺はお前に苦労をかける生活はさせたくない。一日も早くスピード出世をして、お前には金に困らない優雅な生活を過ごしてもらいたいんだ』

『えっ?それって…』

『綾乃、俺と結婚しよう』

『!!英之さん…』

『ダメか?』

『ううん全然。嬉しい。とっても嬉しい』

『今まで支えて来てくれてありがとう。そしてこれからも頼む。俺の出世のために協力してくれ』

『ええ、もちろん。私にできることなら何だってする』

『よく言ってくれた。実は綾乃にしかできないことがあるんだ』

『私にだけ…?』

『そう。お前にだけ。椅子に座って俺の指示に従ってくれたらそれでいい。やってくれるよな?』

                             (続く)


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