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その16 ふたつの理由

 パパの昏睡状態は依然続いている。

 母はかなり疲労がたまっているようなので、付き添い控え室で仮眠を取らせた。

 今部屋にいるのは、父の他に私とコンビニから戻ったいずみとひなた。


 いずみはひなたに絵本を見せてくれている。本当にいい子。

 子供の頃から複雑な家庭環境で育ったいずみ。

 小学校に上がるまでは涼のご両親の元で。

 そして私の元へ戻って来たあとは、卓さんと3人で一緒に暮らし、その後私が英之さんと再婚したために、いずみの生活環境が幾度も変わって来た。

 大人の都合で振り回されて来たいずみ。それなのにこの子はめげないし、たくましい。だからこそ、もういずみにこれ以上の迷惑はかけれない。

 こんな何もできない母親の私にほとんど文句も言わない。

 もっと私がしっかりしなきゃいけないのに、いつまでも堂々めぐりの私。

 理屈ではわかっているのだけれど…



 私は父を見つめながら、さっきまで母と会話していた内容を振り返る。


「ママ、他の理由って一体何なの?」

「私の問いかけに、母は自分のセカンドバッグから“あるもの”を取り出した。


 ───通帳?


「これよ」

 母は私にそれを手渡した。紛れもなくこれは通帳。しかもいずみ名義。

「ママ、これって…?」

「この通帳はパパがひそかに作って管理していたものなの。卓さんがいずみの養育費をここに毎月振り込むために」

「!!!」

 それを聞いて唖然とする私。そんな取り決めなんてしていない。

「なぜ?どういうこと?もしかしてパパが無理やり卓さんから…」

「いいえ。それは違う」

 母はすぐに否定した。

「卓さんはね、あなたと離婚してから間もなく、パパの所に来て、いずみが成人になるまで養育費を払わせて下さいってお願いに来たらしいの」

「そんなこと…私、卓さんからもパパからも何も聞いてないわ」

「卓さんは言ったそうよ。このことがわかったら、ゆりかさんはきっと受け取らないだろうって。だから黙ってたのよ。パパもね」

「だからってそんな…」

「開けて見てごらん」

 母に言われてそっと通帳を開く私。そしてその積立総額を確認して言葉を失った。


 ────11,250,000(一千百二十五万)!!!


「驚いたでしょ。ママもビックリしたわ。卓さんが毎月かかさず振り込んでいたのよ」

「…信じられない。。まさかこんな…」

「自分のお給料から毎月15万円も…」

 通帳の明細にはきちんと毎月決まった期日に入金されていた。

「それが積もり積もってこんな大金に…」

「ええ。そしてそれは今も続いているの。自分の義務だから支払いますって、その一点張りだったそうよ。一体自分自身の生活費はどうしてたのかしらね…」


 私は目が潤んで通帳が見えなくなった。私の胸に熱いものが込み上げてくる。決してお金に感動したわけじゃない。自分の生活を切る詰めるほどのこんな大金を、毎月いずみのために工面していた卓さん。

 私に一言も言わずに6年間もただ黙々と……

「もう…バカよ卓さんは…バカ正直すぎるわよ。自分が犠牲になってどうするのよ」

 かすんだ目から涙が溢れ出た。そんなことも知らずに卓さんと接していた自分が情けなくて仕方がなかった。


 母がせつなそうに言う。

「パパはその通帳を長い間、気にもとめなかった。どうせ続かないだろうと思ってたから。でも今になってやっと、卓さんが実直で筋を通す人だってことに気づいたの。それまではママが何を言ってもダメだったわ」

「…パパが私と卓さんの復縁を望む理由のひとつがそれだったのね。。」

「ええ…」

 でも私はわからなかった。パパは本当に卓さんの人間性を見直したのか、それともいずみのお金を積み立てたことだけを評価したのか。

 

 私はハンカチで涙を拭いながら、母に問いかけた。

「あとひとつの理由って?」

 母がそれを口にするまでは、少し時間がかかった。言葉を選ぼうとしているのか、言うべきではないのか迷っているように思えたけど、やがて決心したようだ。

「あとひとつはね…これはママの推測なの」

「…推測?」

「長年パパと一緒にいるとね、多分そうじゃないかって思える節がたくさん見えてくるものなの」

 何やら意味深は母の言葉に 私はただ黙って聞いていた。

「もしかするとパパは…英之さんとグルだったんじゃないかって」

「・・・・・」

 ズバリな母の勘に、私は肯定も否定もできないでいた。

「どうして…そう思うの?」

 こう聞くのがやっとだ。

「パパはね、英之さんが亡くなってから、寝言でうなされながら謝ってばかりいるの」

「それは私に詫びてるってさっきママが言ったんじゃ…」

「そうれもそう。でもね、あなただけにじゃないの。卓さんにも、英之さんにも謝ってた。でもそれだけならまだそうは思わなかった」

「どういうこと?パパが寝言で何て言ったの?」

 母は目を閉じながら、思い返すような小さな声で表現した。

「パパはこう言ったの。『すまない三木くん。許してくれ。本当に申し訳ない』って」

「!!!」

「わかる?英之さんがやっていたことは、パパが裏で指示していたかもしれないのよ。パパならそれくらいのこと、やりかねない人だもの」

 

 すごい。母の推理力には脱帽する。誰にも教えてもらわずに、ここまで核心に迫れるのだ。

「でも…例えそうだとしても、それがなぜ私と卓さんの復縁に繋がるの?」

と聞いた私。

「それはね…それだけのことをしたパパの猛烈な反省なんだと思う。ゆりかにまでダメージを与えた自分の責任の重さ。それに少しでも報いるためには、ゆりかが気を許せて頼れる人…つまり卓さんと復縁してくれることが一番だと判断したからだと思うの」

                              (続く)

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