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その15 母と私(後編)

「パパはね、ゆりかともう一度でいいから話をしたがってたの。こうなる前にね」


 私も罪な人間なんだろうか?父の願いも無視したまま時が過ぎ、今や言葉を交わすこともできなくなっている。

「謝るだけならもういいのに…」

 小声でボソッと言う私に、母はやんわりとそれを否定した。

「いいえ。ゆりか、パパはあなたにもっと別なことを伝えたかったの」

「別なこと?」

 ベッドの父を見つめていた私は、このとき不意に母の方へ首を傾げた。

 一体なんだろう?過去の忌まわしい出来事のことならもうすでに聞いている。


「本当ならパパ自身の口から話したがってたの。というか、少し話したらしいんだけど、ゆりかは聞く耳を持たなくなってしまったと…」

 

 母の言葉を聞いて私はハッとした。────あのときだ。。


 1か月前、私はこの病室で父から聞かされた衝撃の事実のあまり、父が語ったその後の言葉が耳に全く入っていなかった。

「どうやら思い出したようね。そしてあなたはそのまま帰ってしまい、それ以来、今日までパパと遭えずじまいだった」

「…うん。。」

 言いようもない後ろめたさを感じた私。

 それほどまでに伝えたいことがあるなら…それがわかっていたなら、父の話を最後まで聞いてあげれたのに。


「ねぇゆりか。これだけはわかってあげて。パパはあなたのことばかり思っていたの。あなたの先行きの心配ばかりね。ママ以上に神経が過敏になってたわ」

「それは…わかるけど」

「わかったならそれでいいの。じゃあパパの言伝ことづてを言うわね」

「うん。。」


 母は一度も父から目をそらさずにいた。 

「パパが望んでいたのはね…ゆりかと森田卓さんが復縁することだったの」

「!!!?」

 一瞬、耳を疑った。“え?何で?”と。

 あれだけ卓さんを毛嫌いしていたパパが…そしてあれほどのことをしたパパが、なぜそんなことを思っていたのか?

「ママ、それ本当の話?私、正直信じられないんだけど」

「本当よ。あなたが疑問に思うのはママもよくわかるけど、本当のことなの」

「理由がわからないわ。ママは卓さんには優しかったけど、パパは真逆だったもの」

「確かにそうね…でもね、もちろんそれにはちゃんとした理由があるの」

 私は母の顔を見つめたまま、催促の言葉を出さずに母の説明を待った。


「あれはまだ…英之さんが事件に遭う少し前だったかしら…あの茜崎が訪ねて来たの」

「( ̄□ ̄;)ええっ!?涼が?」

 予想だにしなかった母の話の始まりに、驚きを隠せない私。

 あの涼が、目の敵にされている母の前に現れるなんて、どんな意図があってのことなんだろうか?こんな優しいママでさえ、涼のことは呼び捨てにしている。無理もない。私を妊娠させて、責任も取らずに蒸発してしまった男だもの。

「そうなの。あの男がこの病室に訪ねて来たの。たまたまゆりかがいなくて、ママがここにいたときにね」

「えっ?じゃあパパも涼に会ったってこと?」

「そうよ。茜崎もそのつもりで来たって言ってたわ」

「全然わからない。なぜ涼がここに…?涼にとってもママとパパには一番会いたくないはずなのに」

「ええ。ママもパパもあの顔を見た瞬間、引っ叩いて追い返してやりたかったわ」

「でも……そうはしなかったんでしょ?」

「ええ。そうしようと思った寸前にね、あの男が言ったの。『どうか先に僕の話を聞いて下さい。その後だったら僕に対するお恨みの言葉でも何でも甘んじて受けますから』って」

「…涼がそんなことを。。で、涼は何て言ったの?」

「それがママもパパも驚いちゃったの。あの茜崎が、森田卓さんの現在の暮らしっぷりを色々と教えてくれるんだもの」

「???なんでまたそんな…涼と卓さんは何の関係もないはずなのに」

「そこの説明は聞かなかったからわからなかったけれどね、とにかく卓さんが、いずみやひなたの面倒をよく見てくれてることまで詳しく説明してくれて…特にひなたはすっかり卓さんになついているとか」


 私は戸惑った。涼はしばらく私の前には姿を見せないけれど、影でコソコソとまわりを調べていたんだ。理由はわからないけれど。

「パパの反応はどうだったの?そんな話、黙って聞いていられなかったんじゃない?」

 この質問に対する母の答えは、これもまた予想外なものだった。

「それが違うの。ママもそうだったんだけど、卓さんの人の良さに感じ入ってしまってね。強盗事件のときも彼に子供たちを助けてもらったでしょ。だからパパは余計に卓さんに対して申し訳なく思ったんだと思うわ」

 それでも私には疑問がぬぐえなかった。

「でも、パパの“卓さん嫌い”は異常だったはずよ。それに私には英之さんがいた。普通、父親ならもう二度と近寄るな!とか言わないかしら?まして信用できない涼の言葉で聞かされたのなら。。」

「ええ。そうね…確かに茜崎の言葉だけだったら、そうだったかもしれないわね」

と、ママがまた意味深なことを言う。

「どういうこと?」


 私の納得いかない顔も見ずに、いまだ父だけを一点に見つめて返答する母。

「茜崎の言うことは、いずみが私たちに教えてくれたことと同じだったからよ」

「!!────いずみが…?」

「そう。いずみは卓さんに受験勉強を教えてもらったことや、独学で手話をマスターしてひなたに教えてくれたりと、いろいろ報告してくれてたの」

「知らなかったわ…でも、パパはそれを聞いて怒らなかったの?」

「孫の嬉しそうに話す顔を見て、怒るおじいちゃんはいないわ。それにね、あなたと英之さんの関係もいずみから聞いてたから余計なのよ」

「いずみが私と英之さんのどんなことを?」

「もうすっかり仮面夫婦だって。英之さんは家庭のことはほったらかし。ひなたは可愛がるけど、面倒はみない。いずみにはいつでも出て行っていいとか平気で言ってたそうなの」

「いずみにそんなことを…」

「ゆりかも知らなかったなんてね。いずみはいい子だわ。きっとあなたに心配かけたくないからずっと黙ってたのよ」

「いずみ……」


 母の声が少し震えていた。

「パパはね、そこで初めて反省したの。猛烈にね。ゆりかを一番大事にしてくれる人のことを考えずに、地位と出世に貪欲で、将来安定した生活を約束できるキレモノの人間を、娘婿に迎えて大喜びしていたことをね」

「・・・・」

「そして英之さんが信じられない最期になった。亡くなった人を悪くは言いたくないけど、あなたもテレビで観たでしょ?英之さんを殺した女は、逆に彼に利用されていて、その恨みが爆発したものだって」

「ええ。。まぁ」

「パパはとても悔やんでいたの。こんなことになるならって」

「こんなことになるなら?」

「ええ。パパはそのあと何も言わなかったけど、ママはそのときこう思ったの。こんなことになるなら、森田卓に冷たくするんじゃなかったって」


 ママはやはり知らない。私ならパパの言葉の続きを正しく言える。

“こんなことになるなら、森田卓を騙すんじゃなかった。是枝英之とゆりかを結びつけるんじゃなかった”と。


 ママは更に話を続けた。

「…パパが森田卓さんとゆりかの復縁を望んでいたのは、そういう理由がまずひとつだったと思うの」

 私は母の最後の言葉が引っ掛かった。

「まずひとつ?まだ他にも理由があるの?」

「ええ。あと理由が…二つほどね。。」

「!!?────あと二つも?」

                   (続く)

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