その14 母と私(前編)
私と母は今、意識のない父をベッドのわきから見つめている。
いずみとひなたも連れて来たけど、とりあえず今の父は小康状態。
ひなたのおやつを買わせるために、二人共コンビニへ行かせた。
もう半年以上も前から父の寿命の宣告は受けているので、覚悟はできている。
それは昏睡状態に陥った父自身も承知の上。
ただ、この1年以内に英之さんの急死があり、そして次は父の可能性も高い。
この時ふと思った。私はとても冷酷な女なのだろうかと。
度重なる身内の不幸はショックだけれど、これは本人たちが犯した見えない罪に対する罰なのでないかと考えてしまうこと。
父の衝撃的な告白以来、毎日のようにここへ通っていた私が、病弱な母と交代した。
それまで8:2の割合で、私が父の面倒を。そして母は通院しながら自宅で療養していた。
元来、完全看護の病院なのだから、毎日来る必要はないとは言われていたけど、体力が急激に衰えてゆく寂しがり屋の父を見ると、放ってはおけなかった。
それに父は母がいると怒鳴り散らす。それが夫婦関係のお決まりなのかわからないけれど、亭主関白ぶりをいかんに発揮してしまう。
これでは母も倒れるのは時間の問題。父は病弱な母に遠慮がなさすぎる。甘えすぎるとでもいうのか…
そんな理由もあるのに、今は再び母に同じ負担をかけることになり、申し訳ない気持ちでいっぱいだったけれど、父と顔を合わせるのにどうしても抵抗を覚えていた私。
母から父の昏睡状態の知らせを受けた時、約1か月ぶりにこの病院を訪れた。
「ママ、ごめんね。私…どうしても来れなくて…」
疲れているはずの母は私に軽く微笑みながら言う。
「何があったのか知らないけど、パパはね、寝言でもゆりかに謝ってたわよ」
「えっ…?」
「すまないすまないって…パパはゆりかに対してそんなに悪いことでもしたの?」
母はたぶん全く知らない。父が私の最初の結婚生活を壊した張本人であることを。
でも今更そんなことを体の弱い母に教えるつもりもない。母まで失いたくないもの。
「ママは何も心配しないで。私は大丈夫だから」
そうは言っても不安な表情をぬぐい切れない母。
そんな母が私に向かって語りかけて来た。
「実はね…パパから言伝を頼まれてたの。ゆりかにって」
「…そう」
さほど驚きもしなかった私。
ベッドのわきに椅子を持ち込んで、二人並んで腰かけている私と母。
お互い目を合わさずに、意識のない父をただ見つめながらの会話が始まった。
(続く)