その11 父の告白
私はいつものように、午後から父の入院している病院に来ていた。
でも今日は私ひとり。当然、父もそれが気になったようだ。
「ひなたは一緒に来なかったのか?」
「うん。いずみが家で面倒みてるの」
「ん?今日は平日じゃなかったか?いずみは学校だろ?」
「中間テストだから午前中で帰って来たの。今日で終わりだったし」
「そうか…」
私はいつも、院内のコインランドリーで父の着替えた衣類を洗濯している。今日も早速その作業から。
「ゆりか、ちょっと待て」
洗濯物を抱えて部屋を出ようとする私を、不意に父が呼び止める。
「え?何?パパ」
「お前にちょっと話があるんだ…私の横に来なさい」
「……はい」
父の体は確実に弱っていた。昔のような迫力のある声力もなくなった。
そんな父が見せる久々の真剣な顔に私は内心驚いた。
「パパどうかしたの?体の具合が悪い?」
「そんなことじゃない。私が生きているうちに、ゆりかに言っておきたいことがあるんだよ」
「そんな縁起でもないこと言わないでよ。だったら聞かなくていい」
「ゆりか…私だって好きで死にたいわけじゃないんだ。それに言いたくて言うわけじゃないんだよ」
「???どういうこと?全然わからないけど?」
父は一呼吸して、ベッドでの姿勢を今より少しだけ起こし、ゆっくりと話し始めた。
「私はね…これから話すことで、ゆりかに恨まれても軽蔑されても仕方がないと思ってるんだ。それでもやはり…話すべきだと思ってね」
一抹の不安が頭をよぎる。父がなぜこんな突拍子もないことを言うんだろう?私が父を軽蔑するなんてあり得ないのに。
「ゆりか…私はお前に本当に申し訳ないことをした」
と急に詫びる父。
「だからわからないわよ。急にそんなこと言われても…」
父は咳払いをひとつして、更に続ける。
「ゆりかは英之くんのことをどう思ってる?」
「どう思ってるって…もうこの世にはいない人だから…」
「この世にいるとかいないとかは別問題として、この前、ここで警察から事情を聞いた上でのお前の気持ちだよ」
「あぁ…あのこと。。」
三木綾乃の自供話は、父もこの場にいたわけだから当然知っている。
「思い出したくないことかもしれんが…」
「あの時は悪夢を見ているようだった。今はそれが現実なんだってことはわかるけど…もう人を信じられないかもしれない。信じるのが怖いもん」
「そうか…そうだろうな。。本当にゆりかにはすまないことをした…」
「???}
まただ。なぜここでまた父が今詫びるのか、私には理由がさっぱりわからない。
「どうしてパパが私に謝る必要があるの?関係ないでしょう?」
「いや…違うんだ。私の責任は重いんだよ」
「だから何があったの?教えて!」
「…今のお前を更に傷つけてしまうかもしれないが聞いてほしい。このことを話すのは、お前の心の迷いを早く解いて、新たな幸せをつかんでもらいたい私の願いでもあるからだ」
「…うん。。わかった」
ベッドの上の父が、更に神妙な顔つきになっていた。
「実はね…実は…英之くんに指図してたのは私なんだよ」
「えっ?…指図って…?どういうこと?」
「…私は森田が大嫌いだった。私が昔からお前の婿に有望視していたのは是枝英之くんだったんだ」
「…だから…何なの?」
「つまり…私の思惑に反して、お前と森田卓が結婚してしまった。私はそれがどうしても我慢がならなかったんだ。月日がいくら過ぎても私は森田を気にいることができなかった。そしてついに私は、悪魔の決断を下してしまったんだよ。お前を傷つけてまでね…」
「・・・」
「お前と森田卓が別れるように仕組んでくれと指図したのは、この私なんだよ」
「!!!」
「英之くんは私の直属の有能な部下だ。彼は快く引き受けてくれた。私は早速彼を森田のいる部署へ異動させたんだ」
「・・・」
「すまんゆりか…今更どう謝っても許してもらえるとは思ってないが。。」
「そんな…そんなことって。。パパがそんな…」
私は言い知れないショックに打ちひしがれていた。
もう他の言葉は耳に入らなかった。父は話をまだ続けているようだけど、今の私はもう上の空でしかなかった。
(続く)