その7 ゆりかの知った事実
英之さんの実家には、午前中のうちにお暇した。
お義母様とお義父様は私には優しかった。
哀れな未亡人になってしまった私を気遣ってくれたせいもある。
でも本当の理由はそれじゃない。
お義母様たちは知っていた。三木綾乃の自供内容を。
私同様、警察から教えてもらったそうだ。
ご両親とも、まだショックのあとが消えない表情をされていた。
親御さんにしてみれば、自分たちの大事な息子が、人を罠にかける計画を実行していたなんて、信じるに値しないのが当然の話。
私だってそうだった。警察からこの話を聞いたときは、頭を殴られたような感覚に陥った。
英之さんが三木綾乃を影で操っていたなんて…
私と卓さんの仲を引き裂くための計画だなんて…
だとしたら、私は英之さんの手の上で踊らされていただけ…
まんまと彼のシナリオ通りに動いて来ただけの話。
なぜそんなことをしたんだろう?
私と卓さんを離婚させてまで、私と一緒になりたかった理由は何?
本当に私を愛してくれていたから?
もう誰も信じられなくなる。信じられる人の基準て何?
信じても騙される。そしていつも傷つくのは私。
誰も信じずに生きた方が楽ならそうしたい。
人を騙すのは良くない。人の心を踏み躙ってまで騙すのは絶対良くない。
その結果……彼は罰を受けた。
三木綾乃も加害者であり、被害者でもある。
英之さんのご両親の心中も複雑だったと思う。
不思議なことに、自分の実の息子を信じるより先に、三木綾乃の自白をそのまま信用していたのには正直驚いた。
でもその理由は、お義母様の話を聞くとすぐにわかった。
お義母様は、私に申し訳ないと言いながらも、事の次第を丁寧に説明してくれた。
そう、英之さんは三木綾乃を以前から両親に紹介していたそうだ。
そして決定的な事実。三木綾乃は、私と卓さんが離婚する直前まで、ご両親と会食をしていたそうだ。
つまり、お義母様とお義父様にしてみれば、当然息子のところへ来る嫁は、三木綾乃だと思っていたらしい。
それだけご両親は、彼女の人柄もかっていたし、信頼できる女性と判断したそうだ。
それにもうひとつ。
私も警察から聞いてはいたが、彼女は自白の内容の中で、英之さんに暗示をかけられたと話している。全てが催眠術で指示され、暗示でマインドコントロールされる。
ご両親は、英之さんが催眠術の技術を持っていることを知っていたらしい。
私にとっても催眠術は苦い経験がある。思い出したくもないから、過去に記した日記も封印しているほど。
だから、以前英之さんが、寝付きの悪かったいずみに催眠術モドキのことをしたときは激怒したことがある。
そして三木綾乃の自白の最後を〆る言葉。
彼女はそれを、英之さんのご両親宛てにと、手紙にしたためていた。
“ご両親、ご家族の方々や友人、知人の方々にはお詫びのしようもありません。
ただ私は…ずっと英之さんが好きでした。英之さんだけを見て来ました。
彼のためなら何でもできたのに…
私は長年、解けない催眠術の後遺症で、頭が常に朦朧としていました。
そして少し自分が正気になったと感じたとき、
彼はすでに別な女性と結婚することになっていました。
それが森田卓さんの奥さんです。
私は森田さんを誘惑して、離婚に導くのに成功しました。
当時の私は、猛烈に森田さんを本気で好きになっていました。
そのとき英之さんにかけられた暗示は強固なもので、それは何か月も持続しました。
自分でも矛盾に思えるのですが、これだけ森田さんを好きになっているのに、
この使命が終わったら、きっと英之さんと結婚できるという希望も
同時に存在していたのです。
だから、その希望が完全に打ち消されたとき、私は長い長い暗示の世界から
やっと解き放たれることができたのです。
正気に戻ってからも、暗示の後遺症は何年も残りました。
なにせ、英之さん本人が私にかけた催眠を解いていないのですから。
長い時間をかけて、やっと解き放たれた私の心には、
もう彼に対する復讐の2文字しかありませんでした。
これ以上書くと、殺伐としてしまいますので、この後は省略させて頂きます。
彼の四十九日も過ぎたので、このようなお話する決心を致しました。
私がすぐに何もかもお話してしまったら、英之さんは死後までも
マスコミや社会から痛烈に批難され、葬儀も困難になるのは必至。
ご遺族も肩身の狭い思いをすると思いましたので、ここまで沈黙を守っていました。
どんな理由であれ、人を殺める行為は許されるものではありません。
本当に…本当に申し訳ありません。
お詫びして許されるとは思っていませんが、下された判決には従順に対応し、
反省の日々を過ごして参りたいと思っています。
三木綾乃”
これだけ詳細な信用性のある手紙があったからこそ、ご両親は三木綾乃にたいして思い悩んでいる。
息子を殺された恨みは当然あると思う。かと言って、その恨みを100%三木綾乃にぶつけることもできない歯痒さもある。
そして、私への配慮。
「ゆりかさん、あんたもまだ若い。いい人ができたら私たちに遠慮しないで再婚していいんだよ」
私はご両親に深く同情した。
息子が殺されたというのに、怒りのぶつける場所もない現実。
被害者でありながら、加害者でもあった息子のために苦しんでいる。
“英之さん、あなた本当にとんでもないバカ息子だわ!”
結局、今になってわかってみても、何の意味も持たない。
みんなが不幸になった。被害者も加害者も、その家族も全て…
ただ、私が自分自身のことでひとつだけわかったこと。
私も相当愚かでバカな女だということ。
男を見る目が全くないから、不幸な目にしか遭わないんだ。
いつも私は信頼できる人を見誤っている。
じゃあ卓さんは…?
彼はいい人。とってもいい人。
私は彼のせいで不幸になったわけではない。
だとしたら…だとしたら…
卓さんを不幸にしたのは私だ。。信用すべき人を排除した私の責任だ。
そう、私はいつも自ら不幸の道を選んで来たんだ。。
5分後、私は、自宅から卓さんのケータイに電話していた。
(続く)