その7 過去進行形(後編)
過去進行形(後編)
●茜崎凉の私的記録より
ある会社の部長の妻から依頼された浮気調査。
いつもの単純で退屈な仕事のように思えた。
でもこの一件が、間接的にゆりかや俺に繋がるものだとは夢にも思わなかった。
石丸慎也と倉沢まりもがいるこのマンション。
ごく自然な推測からしても、おそらく二人は恋人関係だろう。
だとしたら、慎也という男はゆりかとすでに終わっているのか?それとも二股か?
あれからもう5年は経つ。男女の仲なんてどうなっていても不思議ではない。
俺はもう一度、ゆりかに会って確かめたい衝動に駆られた。
また怒られてもいい。なじられてもいい。
だがもし、ゆりかが慎也に裏切られているのに気づいてなかったとしたら、なんとか手立てを考えてやらなければならない。
俺は翌日、覚悟を決めて5年ぶりにゆりかの実家を訪ねた。
そう、玄関先で多少の会話はできたものの、結局は門前払いされてしまったあの時以来のこと。
もちろん、ゆりかが実家を離れてどこか新居で暮らしていれば、家を探す手間ができるが、依頼主の前金が結構弾んだ額を支払ってくれたから、多少の交通費や宿泊費はまかなえることができる。
俺の頭にふと娘の顔が浮かんだ。
『いずみはもう10歳くらいか。。』
5年前、いずみに一度だけ会ったことがある。ゆりかと玄関で話したあと、すぐに自分の実家に行ったのだ。
俺は、いずみが産まれて間もない頃しか対面していない。だからいずみにとってはほぼ初対面。
それなのにいずみは、人見知りもせずに、平気で俺になついてくれた。
自分で遊んでいたオモチャを俺のところに持って来て、さかんに一緒に遊ぼうと誘いに来る。もう可愛くてたまらなかった。
3年くらい前だったろうか…いずみはゆりかの元へ戻されたと親から聞いている。
俺はゆりかと会うことで緊張する反面、いずみの成長を見れる期待や喜びもひそかに持っていた。
(続く)