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その5 手巻きパーティ

  ウソのように平常通りの生活に戻った。

と言っても、気力が出てきたとか、生活にリズムが出て来たとか、そんなんじゃない。

 私はただ、淡々と生きていた。そう、まさにそんな感じ。

 何の喜怒哀楽もなしに、ただ淡々と…


 朝はいずみのお弁当作りから始まり、炊事洗濯を終えるといつものようにひなたを連れて父のいる病院へ。

 午後になると、学校が終わったいずみがひなたを連れに来る。

 ほとんど今までとは変わらない。英之さんがいなくなってるのに、いつもの生活リズムと同じ。

 家に閉じこもっている時間はないから、私にとってはこの方が精神的にも良いのかもしれない。


 ただひとつ違うのは、週末の土日になってもいずみたちは、卓さんの家へ行かなくなったこと。その必要もなくなったというのが正解かもしれない。

 それは卓さん自身が、週末の2日間だけ我が家に来るようになったから。


 早いもので、英之さんの四十九日法要も過ぎ、季節も移り変わろうとしていた。

「ただいま…」

 いつものように私は疲れきって病院から帰宅する。

「おかえりママ。今日は手巻きパーティだよ。もう食べてるけどw」

 いずみがにっこり微笑んでいる。見るとテーブルには、セルフで作る寿司ネタの材料がズラリ並べてある。

「すごいわね。みんないずみが準備したの?」

「うん。スーパーで手巻きセットが売ってたもん。それにちょこっと付け加えただけ」

「そう…でも普段手巻きなんてしないのに珍しいわね。何かの記念日?」

 すでに口のまわりにごはん粒のついたひなたが、一言で私に教えてくれた。

「タンジョービ♪」

「ええっ?誕生日って誰の?ママでもないし、あなたたちでもないでしょ」

 いずみが次に食べる手巻きのネタを物色しながら私に即答する。

「卓くんだよ」

「あ…」

 そう言われればそうだった。。

 しかもまだ夫婦のときにはたしか手巻きパーティーをしたはず。いずみはそれを覚えてたんだ。

「でも卓さんの姿が見えないけど?」

「さっきまでいたんだけど帰ったよ。5分前くらい前かな」

 いつもの卓さんなら、私が帰宅するのを確認してから、入れ替わりのように去って行く。

 きっと子供たち二人だけを家に残さないようにするための彼の心配りだと思う。例の事件のこともあるし…

 それなのに今日は先に帰るなんて珍しいこと。

「用事でもあったのかしら?」

 いずみが自分でチョイスした具材を、海苔の上に敷いた寿司メシと巻きながらそっけなく言う。

「違うよ。卓くんにお祝いしてあげたら照れちゃってさ。ママに顔合わせるの恥ずかしいからって帰っちゃったの」

「そんな……まぁ卓さんらしいと言えばそうだけど」

「でもね、手巻きはちゃんと5本食べて行ったから大丈夫。照れる神経と食べる神経は別みたいw」

「いずみ、失礼なこと言わないの^_^;」

「<(; ^ ー^) エへ」

「おいしそうね。ママも早く食べたいわ。着替えて来るわね」

「食べて食べて。カリフォルニア巻も作れるんだよ」

 テーブルにはアボカドやサーモン、かにスティック、クリームチーズまである。

「卓くんは一通り全部食べちゃったんだよ」

「そう。相変わらずね。あの人は食いしん坊だから、目に入ったものは食べておかないと後悔するタイプなのよ」

「へー、さすが元夫婦!」

「コラ!からかわないの!」


 やはり“卓さん効果”なんだろうか?彼が来るようになってから、ひなたの表情が明らかに変わったように思う。

 あの事件以来のトラウマ。夜になると、まるで人格が変わったかのようにおびえてしまうひなたが、今では笑顔でごはんを食べるまでにまで回復している。


 卓さん、ありがとう。。


 私は彼に、言い表せれないくらいの感謝の気持ちでいっぱいだった。



 翌日、父のいる病院に、警察の人がひとりやって来た。おそらく私服の刑事って、こういう人のことを言うのだろう。テレビに出てくる若手のカッコイイ男性とは程遠い。どうやら私を尋ねて来たらしい。

「是枝ゆりかさんですね」

「はい。そうですが…どうかしましたか?」

 その刑事さんは、ベッドに父がいるのもお構いなしに用件を話しだした。

「実はですね。やっと三木綾乃が口を割りましてね。一応報告に参りました」

「そうですか…御苦労様です」


 そう…三木綾乃は、犯行は認めているものの、動機が曖昧だった。

 メディアでは、単に片思いからくる逆恨みだと報道されただけで事件は終結している。


 ────だが、違っていた。。そんな単純なことではなかった。。


 この後、刑事さんの口から聞いた三木綾乃の自供とその真実に、私が受けた精神的ダメージは大きすぎた。

                      (続く)


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