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その4 対面・須藤源一郎

 ひなたちゃんは、父親である是枝くんの死の意味を深くは理解していないようだ。

 年齢からしてもまだ幼いのだから仕方ない。ただ、彼がいなくなり、しばらくは戻って来ないという認識はあるようで、時折とても悲しい顔をする。

 僕もひなたちゃんには、いまだ慣れない手話と口頭で、いささか曖昧な説明しかできなかった。自分でも苦笑するほどに。

 その内容は、名作ドラマや子供向け番組でもよく使われるベタな話。


「パパはね、お空の星になったんだよ。そしてね、天の方からひなたちゃんをずっと見守ってるんだよ」


 現代の小学生でもドン引きしてしまいそうな説明しか浮かばなかった僕。

 手話だから、身振り手振りや表情もオーバーアクション。

 こんな自分が妙に恥ずかしくてたまらなかった。

 でもひなたちゃん自身は、ポカンと口を半開きにしたまま聞き入ってくれた。

 そばにいるいずみもそれはわかっているようで、

「卓くん、そんな『失敗した』って顔しなくていいよ。ひなたは純粋な子だよ。冷めた子供とは違うから」

とフォローしてくれる。

「そ、そうか…なら良かったけど(^_^;)」

「ひなたは卓くんの話なら何でも聞くんだから安心して」

「そうなのかな?だったらすごく嬉しいんだけど」

「見りゃわかるでしょ。じゃないと、自分から面倒な補聴器なんてつけないもの」

「う、うん。そうかもしれないね・・・不思議だけど」

「ホント不思議だよねw」

 いずみも優しい姉の目で、可愛い妹・ひなたを微笑ましく見つめていた。


 

 不意に、背後から気配がした。振り向くと、電動車イスに乗った人物が目の前まで近づいて来る。それはまさにドキッとする瞬間。

 今日、この場所で車イスに乗っている人物はただひとり。


“須藤源一郎”通称ゆりかパパ。


 僕は緊張の極地に直面した。葬儀中は、遠くから間接的に姿は見ていたが、直接会話することも近寄ることもなかった。できれば僕もその方が良かったし、ゆりかパパだってきっとそのはずだと思ってたのに…

 

 それなのになぜ…?


「卓くん、久しぶりだね」

 ゆりかパパは笑顔ではなかったものの、機嫌が悪いようでもなかった。

「ごぶさたしてます。お父さ…じゃなくてその…あ、専務^_^;」

「そのどちらも違うな。私はもう本社を定年退職している」

 そうだった。そう言われれば知っていた。僕は緊張状態に陥ると、ろくに言葉も出ないし、しゃべれたとしてもろくな言葉ばかり出る。

「失礼しました。お、お元気そうで…」

「元気でもないさ。今もずっと入院してるんだ。私もそう長くはない」

「そうですか…」

 この僕の一言にいずみがコケた。

「卓くん、“そうですか”じゃないでしょ?否定しなきゃ(^_^;)」

「Σ( ̄□ ̄;ハッ!しまった…」

 苦笑するゆりかパパ。

 その時、ひなたちゃんがゆりかパパの元へ寄って行き、

「ジジ…ジジ」と甘えた声を発する。

 このときの緊張した僕は、再び愚かな聞き違いをしてしまう。

「ひなたちゃん、じじいじゃなくて、おじいちゃんって言ってごらん」

 いずみもゆりかパパも目が点になり、一瞬、時間が止まったように感じられた。

 その静寂な空気を破ったのがいずみ。

「卓くん…(^_^;)ひなたはジジって言ったの。ジジイじゃないから」


 Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lええっ!!?


「君も相変わらずだな」

 ゆりかパパが少し呆れ顔になった。無理もない。

「これはとんだ失礼を…(;´▽`Aアセアセ」

「そんな緊張するんじゃない。何も気にしとらんよ」

「はぁ…」


 もっと不機嫌になると思ったゆりかパパが、意外にも普通だった。年のせいである程度温厚になったせいだろうか?

「卓くん、君はいずみやひなたと随分仲がいいようだね」

 突然の質問に戸惑う僕。でもゆりかパパの疑問は当然のこと。

 いずみとならともかく、是枝くんとゆりかさんの間に産まれたひなたちゃんが、なぜ僕と仲が良いのかなんて、誰でも不思議に思うだろう。

「あの…話せば結構長くなるんですが…話します?(⌒-⌒;」

 ゆりかパパは僕を数秒じっと見て、こう言った。

「いや…知ってるからいい」

「(・_・)......は?」

 その言葉の意味の理解に苦しんでいる僕に、追い打ちをかけるようなゆりかパパの次なる言葉が。


「君にはすまないことをした…よろしく頼む…」


 そう言ってすぐにゆりかパパは車イスを反転させて去って行った。

 まるで狐につままれたような話。

「卓くん、どういうこと?何でおじいちゃんが卓くんに謝ったの?」

「いや、それはちょっと僕にも…」


 いずみには到底言えない理由。ゆりかパパこと須藤源一郎が、僕とゆりかさんの離婚劇を仕組んだ黒幕だったことなんて。

 でもこれはあくまでも、茜崎さんの推理にすぎなかった。だから僕も心の底では信じたくない気持ちでいたし、そうであって欲しくなかった。

 しかしながら、ゆりかパパのこの一言で、茜崎さんの推理が証明されたことになる。

 あの一件のことで僕に謝ったとしか考えられない。それなら全ての説明がつく。


「森田ちょっと!」

 美智代さんが僕を呼んでいる。

 僕はいずみたちから離れて足早に彼女の元へ行く。

「あんたよく、我慢できたわね」

「え?我慢?」

「だって、ゆりかには言えないけど、黒幕のジジイじゃない。私だったらハラワタ煮えくり返って何するかわからなくなるわ」

「そんな物騒な(⌒-⌒;」

「あんたはよっぽどのお人よしか、人格者かのどっちかね」

「僕は前者の方だと思いますけど。人を恨むと疲れますから」

「(;-_-) =3 フゥ…あんたらしいと言えばあんたらしいけどね」


 そこへちょうど、ゆりかさんもやって来た。口をつぐむ美智代さん。

「卓さん、パパと何話してたの?気まずかったでしょ?大丈夫?」

「ええ、僕は平気ですよ。案外、普通でした。ただちょっと…」

「ちょっと?」

「ええ、僕がいずみとひなたちゃんと仲がいいことを、前から知ってたようで…ゆりかさん、言いました?」

 ゆりかさんは目を丸くして仰天する。

「まさか!英之さんと生活している私にそんなこと言えるわけないじゃない。だいいちパパは“卓くん嫌い”だったし」

「そうですよね…(⌒-⌒;」


 うーん…何かまた謎めいてきたぞ?

 だとしたら、一体誰がゆりかパパに事情を話したんだろう?

 そしてもうひとつ気になること。。

 ゆりかパパが僕に『よろしく頼む』と言った意味をどう受け取ったらいいんだろう?

                   (続く)


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