第4章 〜落ち着く場所〜その1 突然の悲報
私は父のいる病室から窓の外を眺めていた。
と言っても、景色が目に入ってるわけじゃない。
中途半端な高さのビル群の中に紛れて建っている病院からの眺めなんて、風光明媚でも何でもない。
今の私はただ、風情を感じる環境にも見放され、心も癒されないまま現実と向き合わされている。
英之さんのキャバクラ通いが後を絶たない。
取締役だから、接待だの付き合いだの色々あるのはわかる。
だからって、お気に入りのキャバ譲と毎日のようにメールを交わさないと仕事ができないことはないはず。
男ってみんなそうなの?
英之さんには何でも相談してきた。また相談にもよくのってくれた。
それが結婚してからというもの、別人のように変わってしまった。
怒りっぽくなったとか、そういうんじゃないけど、ただ優しさや思いやり、いたわりが消えてしまったように思える。
確かに私は、ひなたをあんな障害のある子に産んでしまい、自分を責め続ける毎日。
そんな私を見ているのがイヤになっても仕方ないと思う。
だからって、そんな遊びに興じる理由にはならないと思うのは私の勝手なわがまま?
英之さんはひなたには好かれている。私がひなたを叱ったあとで、必ずひなたを特別な優しさで溺愛し、猫なで声でなぐさめる。
まるで私が悪者。でも彼がするのはそれだけ。まさにイイとこ取り。
もう昔のように何でも話し合えた頃のようには戻れない。
私は…是枝英之という自分の亭主に対しての愛情なんて、とっくに冷めてしまったような気がする。というか、結婚生活自体に幻滅してしまったのかもしれない。
この時ふと、卓さんのことが頭に浮かんだ。
本当は比べてはいけないのだけれど、つい卓さんと英之さんを比較してしまう。
あの頃は楽しかったな…
彼との初デートから、あんなに笑えたことは一度もなかった。
ファミレスで初めて一緒にごはんを食べたときや、砂浜でのデート。
美智代と翔子も交えて一緒に遊んだテニス。
卓さんの部屋で生まれて初めて食べたインスタント焼きそば。
卓さんは、私と結婚してからも変わることはなく、いずみにも優しく接してくれた。
あの頃は最高に幸せだった…
でも…でもやっぱり卓さんも男。。
あんな真面目な人でも甘い誘惑には勝てなかった。
隠さず、一言でもあの時言ってくれたら今頃はまだ。。
「ゆりか…何考えてる?」
ハッと我に返る私。
ベッドから父が心配そうに私を見ていた。
『いけない…現実逃避してるばかりじゃ先に進めないわ』
今思えば、とても懐かしい日々。。
そうよ…そうなのよね…あの頃のことはとうに過去の話。
それは遠い遠い思い出の話にすぎない。。
「ん…何も考えてないよ。パパ。少し疲れてるだけ」
「・・・そうか」
父が何か言いたげに、私の方へ顔を向けている。
「パパどうしたの?トイレ?連れて行くよ」
「いや・・・何でもない」
父が口を真一文字に結んで天井に視線をそらせた。
「ママ、ひなたを迎えに来たよ。おじいちゃん今日も元気?」
「あぁ、なんとか生きてるよ」
学校帰りのいずみがやって来た。おそらく今日もこれからひなたを連れて、卓さんの所へ行くのだろう。私がそのことを薄々気づいてることくらい、いずみだってわかってるはず。この子は勘がいいもの。
ここ1、2か月は週末の土日しか行かなかったのに、最近では今日のような金曜日から週3回も行くようになっている。
そんなに卓さんのところがいいんだろうか…?
なぜだろう?しかもひなたまで。。
「ママ、今聞いちゃったよ。ママは今もおじいちゃんのこと、パパって言うんだねw」
「( ̄▽ ̄;)えっ?だって…ママのパパだもの。おかしい?」
「(*≧m≦*)ププッ まぁいいよ。慣れってなんか怖いねw」
いずみはひなたが寝ているのを確認して困った顔をする。
「これじゃ起こすのもかわいそうだよね…」
「夜寝てくれたらいいんだけど…あの事件以来、なかなかね…」
困り果てたいずみが腕を組んで考えていたそのとき、私の携帯に着信があった。
「ママ、メールだよ」
「違うわ。電話よ。知らない番号だわ。どうしたらいいかしら?」
「非通知じゃないなら出てみたら?」
私は一抹の不安を抱き、通話に応じた。
「もしもし。失礼ですが、是枝英之さんの奥様でしょうか?」
事務的な声が私に確認を促す。
「はい…そうですが」
「こちらは△◎病院です。誠に残念ですが、たった今ご主人がお亡くなりになりました」
「!!!」
(続く)