その24 オーマイガー!!
その24
オーマイガー!!
「う!!き、きたぁぁっ…!」
何が来たかと思ったら、別に何も来たわけではなく、卓くんが急に前かがみになって自分のお腹を抑えつけた。
「ウソ!マジで?」
私は表情のゆがんだ卓くんを見て、気遣いもせずにそう叫んでいだ。
「ちょっとごめん。トイレ…」
ひさまくらで寝ているひなたをそっと床に寝かせ直すと、一目散にトイレに駆け込む卓くん。
その慌てように、申し訳ないけどついつい笑ってしまう私。
それとは対象的に、不思議そうな顔をしているママ。
「消化不良かしら…ヘンよね。せっかくラーメン生活から解放されたっていうのに」
「ママ、それが卓くんなんだよ。きっとラーメン食べたら体調良くなるよw」
「そんなわけないでしょ!」
「(*^ - ^*)ゞエへ」
ママが小さなため息をついて棚のラーメンコレクションを再び眺めながら言った。
「ホント卓さんは大変だわ。箸も持てないならこんな時だって……ハッ(゜〇゜;)」
突然ママがした驚きの表情。でもそれは私にも一瞬でわかった。
「ママ…これってマジヤバくない?」
「そ、そうね・・・^_^;」
私はママと目を合わせ、無言のまま二人同時にそっと目をやる先はトイレ。
案の定、トイレの中から卓くんの呼ぶ声が…(⌒-⌒;
「すいませーん…ゆりかさん…ちょ、ちょっといいですか…?^^;」
一瞬固まるママと私。でもここから口火を切ったのはママの方。
「ほら、いずみが行ってあげなさい」
「Σ('◇'*エェッ!?何で?ママが呼ばれたんじゃない!?」
「卓さんを介護するって言ったのはいずみでしょ!」
「ヤダよぉ〜〜!それだけは絶対にイヤ!人のおしりなんか拭いたことないもん!」
「ひなたのトイレの面倒は見てあげてたじゃないの!」
「それとこれとは別モノだよ。15の乙女がすることじゃないもん」
「介護を甘く見ている証拠ね」
「ママの方が慣れてるでしょ!」
「何でママが慣れてるのよ?」
「だって昔、卓くんのハダカとか見てたじゃない!キャ、私なんでこんなこと言ってんだろ(/−\)」
「とにかく卓さんのとこに行って、用件を聞いて来なさい」
「聞いてくるだけだからねっ!そのあとのことはママがしてねっ!」
私は緊張しながらトイレのドア越しに立って卓くんに用件を尋ねた。
「卓くん、どうかした?」
答えがわかっていても白々しく聞いてみる私。
かすかな望みは予想通りの答えではないこと。でもその思いは儚く消えた。
「ごめん…ウカツだったよ。。僕…自分のおしり拭けないんだ(^□^;A」
ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!
予想通りとは言え、リアルタイムで直に聞くと更にショックが大きくなる。
「卓くん、ウォシュレットの水圧もっと上げたら?」
「そんなのこんなアパートにないよ」
わかっていた。わかっていながら一応言うだけ言ってみただけ。
・・・もう最悪。。
「何でいずみが?僕はゆりかさんと…」
「ママが介護の練習しろって。でも私には無理。ごめんね卓くん」
「…いや、いいんだ。僕だっていずみにそんなことしてもらうわけには…もう恥ずかしくて一生いずみに合わせる顔がないよ(⌒-⌒;」
なるほど。恥ずかしいのは私だけじゃなくて卓くんも同じなんだ。
「ねぇ、いつもは実家のおばあちゃんにしてもらってたの?」
「うん…」
「でも今みたいに、おばあちゃんが帰っちゃった後に“大”がしたくなった時はどうしてたの?」
「しないよ」
「えっ?」
「夜食べないから、今までこんなことはなかったんだ。それにいつもならこの時間はおふくろがいるし」
「あぁ、そっかぁ」
茶の間からママが話しかけてきた。
「いずみ、それができたら卓さんのところへ通うのを考えてもいいわよ」
「エー(ノ≧◇≦ヽ)ノママずるーい!」
トイレの中から卓くんが言う。
「僕がバカだったんだよ。いずみにしろ、ゆりかさんにしろ、人にこんなことお願いするなんて常識知らずもいいとこさ」
「卓くん…」
「ごめんね。僕はおふくろが来るまでここにいるから、君たちはもう帰っていいよ」
「でも…おばあちゃん今日はもう来ないんでしょ?」
「明日の朝には来てくれるし、大丈夫だよ」
「そんな…」
私は何か後ろめたい気持ちになった。このまま卓くんを放置して帰るなんて…
私は数分考えた。そうだ、たかが人のおしりを拭くだけのことだ。知らない人じゃない。命の恩人の卓くんなんだ!
「卓くん、炊事手袋みたいなのある?」
「んと…薄手のは…ないなぁ」
「薄手のはいらないよ(^_^;)触った感触がわからない方がいいし」
「いずみ、無理しなくていいよ。でも台所に厚手のゴム手袋があると思うけど…」
無理しなくてもいいと言いながら、手袋のありかを教えてくれるヘンな卓くん。
LLサイズの厚手の手袋は、私の手にハメるとブカブカで、自分で見てもおかしなくらいに妙な姿だった。
そしていよいよ私はトイレのドアを開ける覚悟を決める。
「卓くん、いい?開けるよ」
「ちょっとなんか恥ずかしくてたまんないよぉ…」
「私もそうなんだからねっ!お互い我慢しようよ!」
「う、うん。。そうだね・・・(^_^;)」
こうして私がドアノブに手をかけたその時、ママが後ろから私の肩を叩いた。
「いずみ、そこまでよ。もういいわ。あとは私がするから」
とニッコリほほ笑んだママ。
「…え?」
「いいから早くどいて」
私はキョトンとしながらも、そそくさとその場をママに譲った。
「ママ、手袋あげよっか?」
「いらないわ。そんなブカブカのなんて邪魔になるだけよ。卓さん入るわね」
「は、はい…」
私はその間、茶の間に移動してトイレの方角から目をそらせていた。
ちょっとだけチラ見すると、ドアが開いたままで、ママの背中が見える。
それもそのはず。なんせ小さな和式のトイレだもの。
それに卓くんのおしりはドア側にむき出しになっているはずだから、ドアを閉めるとママは作業どころか卓くんのおしりにぶつかってしまう。
数秒か数分か…無言のままに時が過ぎた。
私はテーブルのそばに座り、ママの行動を少し考えてからハッと気づいた。
────そっか、ママは私の“覚悟”を試してたんだ。。
と、改めて悟った私。今頃気づくなんてちょっと鈍感かも?
いとも簡単に作業を終えたママと、バツの悪そうな卓くんが手を洗って戻ってきた。
「ゆりかさん、本当に申し訳ありません。いずみにも迷惑かけて本当にごめんね」
「気にしないで卓さん。どう?いずみ、わかったでしょ?人の身の回りのお世話っていうのは、きれいごとじゃできないのよ」
「うん…」
私は深く反省した。ママの言う通り。ママはいつも入院している須藤のおじいちゃんのお世話をしてるから、その大変さを身を持って体験している。
私は本当に甘かった…ただそれだけ。。
「いずみ、気持ちはわかるけど、やっぱりここに通うのは遠慮した方がいいと思うの」
「・・・・・」
「ここには卓さんのお母様がいらっしゃるから、緊急なことでもない限り大丈夫」
「でも…」
「もちろん、卓さんには感謝してる。あなたたちを救ってくれた恩人。危険な目に遭わせたっていうパパの意見もあるけれど、それは仕方のないことだったとママは判断したわ」
「だったらどうしてダメなの?」
ママが私に向き直って言う。
「今の家庭が益々バラバラになるからよ。このままだといずみとパパの関係はどうなるの?それを毎日見ているママはどうすればいいの?」
「英之なんか…どうせ私はあの人の本当の子じゃないんだし…」
「でも私たちは一緒に暮らしてるの。家族なのよ。卓さんと仲良くお付き合いしながらうちの家庭も円満になれると思う?」
それは確かにそう。私とひなたが卓くんのとこに通い詰めて、英之が面白いわけがない。それはわかる。わかるけど…
そんな中、卓くんが会話に入ってきた。
「あの…僕のことはもういいからさ、平気だからホントに」
「卓くん…」
「いずみはママの言ってることが正しいことくらいわかってるはずだろ?僕だってママの言うとおりだと思う。何よりも家庭のことを優先しなくちゃ!そして、ゆりかさんもいずみもひなたちゃんも、家族みんな元気で仲良く暮していくことが一番。それが僕の望みでもあるしね」
「卓さん、ありがとう…」
なんか卓くんの言葉が全ての〆をしているようだった。
でも、“元気で暮らしていくことが一番”と言った卓くんの言葉の中に、英之の名前が入ってなかったのは、単に省略しただけだったのかどうなのか、余計な詮索をしてしまう私ww
事実上、これで卓くんとは完全に決別することになる。
でも私はそうは思っていない。ひなたのためにも卓くんは必要。
帰り道、ひなたはママの背中で気持ち良さそうに寝ている。
今日は本当によく寝る子wあの事件以来、暗い夜は怖がって寝なくなったひなた。どれほど今日は安心しているかがよくわかる。
私はママに唐突な質問してみる。
「ねぇママ、卓くんのこと、まだ好き?」
「Σ('◇'*エェッ!?何よいきなり」
「ねぇ、好きか嫌いか言って」
「…そんなの答えられないわ」
「でも卓くんて、すごく優しいよね」
「そうね・・・卓さんはとても優しい人。第一印象や見た目以上に素敵な人よ。尊敬すべき点もたくさんあるわ」
「じゃあ好きってことだよね?」
ママが立ち止まって私にキッパリ言った。
「いずみ…感謝と愛情は違うのよ。尊敬と愛情も全然違うの」
「でも感謝から愛情が芽生えることもあるんじゃない?連ドラでよく観るよ」
「そりゃきっかけとしてはね。でもママと卓さんの場合はもう…」
ママはそれきり口を閉ざしてしまった。
私だって余計な大人の事情に口を突っ込みたくない。ママが英之と誰もがうらやむ夫婦ならそれでいい。
でも実際は違うんだもん…二人は冷めてるんだもん……だったら。。
そんな心境までは口にも出せず、家路に向かう路線バスに揺られながらボーっと窓の外を眺めている私だった。
(続く)