その22 いずみの主張
いずみの主張
「えへ…来ちゃった」
「いずみ!!」
ママが驚くのも仕方ない。英之に家で留守番してろと言われたのに、無視してひなたを連れて来ちゃったから。
「ごめんねママ。どうしても我慢できなかったの」
「…しょうがないわね。。たまたまパパがさっき急用で出て行ったからいいけれど…いたら怒鳴られるわよ」
「平気だよ。たぶん英之は人前では怒鳴らないよ。自分のイメージが第一の人だから」
「そんなこと言わないの!」
「ママもわかってるくせに…それよりも卓くんのケガも気になってたんだ」
卓くんの両手が痛々しかった。でもブサイクな顔からのぞかせる笑顔は自然だった。
ひなたが私と繋いでる手を放し、小走りで卓くんのとなりまで行き、チョコンと座った。それを見て目を見張るほど驚くママ。
「ええっ?どうして?どうしてひなたがここまで…」
「ゆりかさん、すみません。気を悪くしないで下さい。僕は別に何も仕込んだわけじゃないですから。本当です。信じて下さい」
私は不思議だった。卓くんが謝る理由なんてどこにもないのに。
「どうやらいずみもひなたも、ママが思ってた以上に卓さんにお世話になったようね」
「それに命の恩人だよ」
卓くんが照れくさそうに否定する。
「そんな大げさな…(~д~ )ゞデヘヘ」
ママの口元が少し引き締まった。
「そのことなんだけど…さっきパパが卓さんに言ったばかりなの。もう二度とあなたたちと会わないようにって」
私は驚かなかった。英之の言うことなんか予想できたもの。
「どうせそんなことだろうと思った」
「でもねいずみ、よく聞いて。ママも…パパの意見には賛成なの」
「( ̄▽ ̄;)ええっ?!何で?」
意外な言葉だった。ママと卓くんが会うのは不倫かもしれないけど、私たちは平気のはず。
第一ひなたが喜んでるし、あの家に戻ったらひなたはいつも不安定。あの場所で起きたことがリピートされて夜泣きもする…
「いずみの気持ちはよくわかるわ。でもね、卓さんがあなたたちの命を危険にさらしたのは事実なの。これからまた同じようなことが起こる可能性がないとは言えないでしょ?」
「大丈夫だよ。もう逮捕されたんだし。それに死刑じゃなくても、あいつが刑務所から出て来る頃には私も結婚してどっか別なとこに住んでるよ」
卓くんが遠慮がちに話に入ってきた。
「いずみ…んとね、犯人がどうこうってことじゃないんだよ。ママはね、親の責任として、最善で安全な道を選んでるだけなんだよ」
「でも…」
「あの犯人は僕をずっと恨んで来たようだしね。僕がいずみたちと関わってなかったらこんな事件も起きなかった。君たちを巻き添えにすることはなかったんだよ」
「それは…結果論じゃ…」
「さっき是枝くんから聞いたけど、何よりもひなたちゃんの後遺症の全責任は僕にあると思うんだ。そんな僕が大きな顔をしてこれからもひなたちゃんと遊ぶなんておこがましい限りさ」
「でも卓くんの大きな顔は治らないでしょ?」
「あの…見た目の話じゃなくてねぇ。。(^_^;)
「ごめん。ちょっとふざけちゃったw」
ママの目が少し潤んでいた。一体どんな思いなんだろう?
今のママは卓くんをどう思っているんだろう?
英之との仲はもう冷めかけている。そんなの毎日見てるだけでわかる。
家庭を顧みない英之。いつもママを放置の英之。人質になったときも、命を賭けて助けてくれたのは卓くん。
それに対して、お礼も言わずに家では卓くんの批難ばかり。あのとき一歩間違えたらって…ママにそればっかり。。
このままじゃ卓くんはただの悪者。私は英之の前では反抗できない。ママにも心配かけるし、家庭崩壊が目に見えてわかるから。
でも今なら言える!私の思ったこと。卓くんの正義を!
「ママ、訂正したいことがあるの」
「訂正?」
「うん。英之の言ったことを全部鵜呑みにしないで。あの人は私の意見なんか聞いてくれたこともないんだから」
「いずみ…」
「私たちが卓くんの巻き添えになったっていうのは事実じゃない。その前に、卓くんに会いに行ったのは私の方からなの。結果論でものを言うなら悪いのは私。私がゴミ拾いしている卓くんに近づかなければこんな事件も起きなかったよ」
「ゴミ拾い…?」
「ママ、そこはどうでもいいから。重要なのは事件そのもの。卓くんがいなかったら、私たち人質3人は全員殺されていたってことよ」
「それはわかるけど…」
「ううん、ママは現場にいないから全部わかってない。英之の個人的感情をそのまま聞いてるだけ」
「…どういうこと?」
「英之は、卓くんが一か八かの賭けをしたことや、ケータイを壊されたことばかり批難してるけど、あの時はああするしか方法がなかったと思うの」
卓くんが口をはさむ。
「いずみ、いいんだよもうそんなの…」
「しゃべってる途中なの!卓くんは黙ってて!!」
「はい…(⌒-⌒;」
私は熱くなった。これまでの悶々とした心のわだかまりを一気に出すように。
「犯人は私たちを刺す寸前だった。でもその都度、何度も制止してくれたのは卓くんなんだよ!会話を少しでも引き伸ばして時間を稼いだりしてたの」
「何度も…」
「そうよ。それでも限界ってあるでしょ。そのとき卓くんが言った言葉がママが英之から聞いたアレなの。『やれるもんならやってみろ』ってね」
「・・・・」
「そりゃ一か八かかもしれなかったけど、あのときは犯人がカチンとくる言葉でも言わなかったら、あの包丁の動きは止まらなかった。私たちは順番に殺されてた。間違いなく!」
「・・・・」
ママは言葉も出せずに黙って聞いていた。私のしゃべる勢いも止まらない。
「私、そのときわかったの。卓くんは、自分をターゲットにしているってね。犯人の気持ちを自分に向けさせようとしてるって。卓くんは武器になるようなものなんて何も持ってないのに…勝ち目なんてあるわけないのに…それなのに今まで聞いたこともない大声で犯人をビビらせる言葉を浴びせたの!」
なぜか私は泣きながら話していた。思い出すのも怖すぎて嫌な場面だけど、卓くんのあのときの勇敢な姿は脳裏に妬きついて離れない。
「そのあと犯人が卓くんを刺しに行って……私、正直卓くんが先に死んじゃうのかと思った。そのあと私たちはどうしたらいのかって。。でも卓くんは負けなかった。包丁を素手で掴んで、血まみれになった手で犯人から奪い取ったんだよ!」
私の涙にママももらい泣きしていた。
「そう…そうだったの。。ママは細かい事情は何も知らなくて…全然知らなかった…」
私はふとひなたを見た。卓くんのひざの上でスヤスヤ寝ている。卓くんがグルグル巻きの包帯した手で、やさしくひなたの頭を撫でている。
「ママ、ひなたは卓くんが大好きなの。こんなになついでるんだよ。卓くんから離れるとひなたはトラウマから抜け出せないよ。暗い子のままになっちゃうよ!」
卓くんがまた口をはさむ。
「そんなことは…買いかぶりだよ。時間が解決するんじゃ…」
「卓くんは黙ってて!!」
「はい。。(⌒-⌒;…こわっ」
私はママに懇願した。
「お願いママ、卓くんのとこに通わせて!そして英之には内緒にして!お願い!」
「一体ママ、どうしたら。。」
言うだけのことは言った。もうちょっと言いたかったけど、しつこいのも良くない。
あとはママの判断。
ママ…心配ばかりかけてごめんね。。
(続く)