その6 過去進行形(前編)
過去進行形(前編)
●茜崎凉の私的記録より
マンションの非常階段の片隅で、5年前の記憶がまざまざと蘇ってきた。
結局当時の俺は、ゆりかに会いに行ったものの、余計にショックを受けて再び姿を消すことになる。
ゆりかは絶世の美女だ。新しい男がいても然だとは思っていた。
だが会いに行ったあの時、玄関先で慎也という男とキスを交わし、抱きしめ合っている光景を目の当たりにしてしまうとは全く予想外のこと。
なんというタイミングの悪さか!俺がとっさにした行動は、二人に気づかれないように素早く近くの物陰に隠れることだった。
「慎也、今度いつ来る?」
ゆりかが甘えた声で尋ねている。恋人ってとこか。。まだ結婚はしてないようだ。
その時の俺は物陰から息を潜め、男が立ち去るまで、その姿や顔を嫉妬の眼差しで凝視していた。嫉妬する資格もないのに。
みじめだった。こんなにコソコソとしてしまう自分が本当に情けなかった。
この二人の抱擁を見届け、ゆりかが家に引っ込んでから数分の間を置いて、俺は玄関先まで近づいた。そしてチャイムを押そうとした瞬間、ドアが開いてゆりかが出て来た。
「あっ!」
「あっ!」
お互いが驚いて同じセリフになった。
ゆりかは目がまん丸になるほど驚愕している。
「凉!!…何しに来たの?」
「やっぱりそう言われると思ったよ」
「当然じゃない!」
「わかってるよ。全て俺が悪いんだし」
「ちょっと待って!反省の言葉なんか聞きたくない。私はもう凉とはやっていくつもりもないんだし」
「それもわかってるって。ちょっとだけ顔見たかっただけさ」
「やめてよ。私といずみを見捨てたクセに!」
「ごめん。都合のいいことは充分わかってるんだ。でも今俺、何をやってもうまくいかなくて…成長したいずみの顔を一目見たら頑張れるかなって。。」
「勝手なご都合主義ね!それに知らないの?いずみはあなたのご両親が預かったままよ!自分の実家に帰ってないの?」
「あぁ、あれから一度も。。そうか…いずみはうちの親が育ててるのか。。」
「あのときは私もまだ18だったし、私が育てるって説得しても誰にも聞いてもらえなかったんだから!」
「そうか。。」
「遊びぐせの悪いあんたは消息不明になるし、今更こんなこと説明しなきゃわかんないかんて、あんたって最低よ!」
「それは認めるさ。でもさ、ゆりかの親じゃダメだったのか?何でうちの親がしゃしゃり出て来たんだ?」
「そんなこと凉が言う権利ないわよ!ご両親だってバカ息子のしでかした責任をとるつもりで必死だったと思うわ」
「なるほど・・・( ̄ー ̄; ヒヤリ」
「それに私の母も入退院を繰り返してる時期だったし、孫の面倒を見れる家庭環境じゃなかったのよ。。」
「そっか…でもさ、そろそろお前の元に戻してもいい頃じゃないのか?」
「気軽にお前って言わないで!」
「あ、わるかった。。(^_^;)でもそうだろ?ゆりかも今は社会人だろ?」
「大学出てから就職して1年経つわ。その頃からずっと凉のご両親と話し合ってるの。でもまだ無理」
「いずみに会えないのか?」
「いいえ。会いたいときはいつでも会わせてくれるわ。それはなんとか大丈夫だけど。。」
この当時の会話は俺の無知さを象徴している。
そう、俺は何も知らないでノコノコやって来ただけだった。
まわりに迷惑をかけまくっていながら、平気でこの街に戻って来たんだ。
俺はこの時、猛烈な自己嫌悪に陥った。
そして俺が再びこの街から出るきっかけというか、とどめになったのが、ゆりかの新しい彼氏、慎也の存在ということになる。
(続く)