その19 攻防戦の行方・後編
攻防戦の行方・後編
今、私の目の前にいる“鼻血ブー男”がひなたに包丁を向けた。
────もうダメだ────
そう思ったとき、突然“鼻血ブー男”の体のバランスが真横に崩れた。
その原因は卓くん。ちょうど卓くんのいる位置からここまで敷いてある電気カーペットをグイッと引っ張ったからだ。
すぐに態勢を立て直そうとする鼻血ブー男の顔面に、今度は飛んできたケータイが直撃。テーブルの上に置かれていた英之のケータイを、卓くんが投げつけたのだ。
真っ二つに折れた英之のケータイ。
「貴様ぁ〜〜〜!!」
私は怖くてたまらなかった。卓くんは相手にダメージを与えるどころか、男の怒りを倍増させてしまったんだもの。
「こいつら皆殺しにしてやる!」
鼻血ブー男は逆上しながら私たちを睨んだ。
────次は本当にダメかもしれない────
私の頭に最悪のシナリオがよぎる。
その時だった。私が今まで聞いたこともない、卓くんの超ド迫力な怒声が部屋中に響き渡った。
「待てって言ってるだろがーっ!!このチンピラがーっ!!」
その声に鼻血ブー男でさえ驚きを隠せず、一瞬たじろいだ。
「…なにぃ?」
男がゆっくりと卓くんに視線を向けて口を開く。
「てめぇ、こいつらがどうなってもいいってんだな?」
これに対して、卓くんが躊躇もなく大声で叫んだ言葉に私は度胆を抜かれた。
「いいとも!!やれるもんならやってみろっ!!」
「な、なんだと!?」
意表をつかれた返答…それに耳が痛くなるくらいの大声とその迫力に、鼻血ブー男も戸惑いを隠せなかった。
卓くんはかなり興奮状態。そんな中、卓くんは話し始めた。
「いいかよく聞け!その代り、お前がその子たちに指1本でも触ってみろ!その瞬間、僕はお前をブチ殺してズタズタにしてやるからなっ!そのクラブを拾って容赦なく、お前の頭をかち割って、顔がメチャクチャになるまで…いや、形がなくなるまで叩きのめしてやるっ!いいか覚悟しとけっ!」
一瞬静まり返る間があった。私も卓くんの声にあぜんとしたが、それは鼻血ブー男も同じだったようだ。
「バカめ。どうやらお前から死にたいようだな」
男は持っている包丁の先端をゆっくりと卓くんに向けた。どうやら最初のターゲットを卓くんに変更……あっ!
私は気づいた。そっか…そうだったんだ…卓くんは鼻血ブー男を挑発して、ターゲットを自分に向けようとしてるんだ。。
それが功を奏したって言えるのかわからないけど、鼻血ブー男の関心は完全に卓くんに移ったようだ。
男が卓くんの方へ刃を向けながら歩き出した。
私は心で問いかける。
“卓くん、そんなことして勝ち目はあるの?先に死んじゃうなんてヤだよ!”
今、私はリビングの端へ歩いてゆく鼻血ブー男の背中を見ている。そしてその先にいるのは卓くん。卓くんが床に放られたゴルフクラブを拾うには距離がありすぎる。包丁に対抗するものはもう何もない。
「死ねーっ!」
小走りに突進した鼻血ブー男。卓くんは中腰で立っているだけ。手にはもちろん何も持ってはいない。
卓くんと鼻血ブー男の体が立ったままの状態で重なった…
そしてまた…言い知れぬ静寂と共に、二人の動きも完全に止まった。
(続く)