その17 絶体絶命
その17
絶体絶命
いずみとひなたちゃんを降ろした後、僕は車で3分ほどのコンビニにいた。
目的は新作のカップ麺を買うため。
特に、朝のテレビ番組で紹介されていた今日発売の“ゆず塩煮卵ラーメン”は 是が非でも手に入れたいところ。
そう思いながらラーメンコーナーを眺めていると、なんとその注目の商品が1個だけ、ポツンと風前の灯のように陳列されていた。
「やった!まだ残ってた!ラッキー!」
僕はすかざずゆず塩煮卵ラーメンに手を伸ばす。
とその時、僕と同時にそのラーメンに手をかけた者がいた。
お互いが手を離さないまま、そっと顔を見合わせる。見ると制服姿の男子中学生。
僕は思った。中学生の前で大人げない行動はできない。
「いいよ。これは君に譲るから買いなさい」
そう僕が丁寧に言ったのにも関わらず、その中学生は、
「最初からオジサンのもんじゃないでしょ!」
と、僕から目をそらせてラーメンをつかんだままレジへ小走りに行ってしまった。
予想外の返答に、ポカンと口が開いたままの僕。
『なんだありゃ?人にお礼の一言も言えないのか?』
腹が立つのと同時に、どうしようもなく悔いが残るまま、トボトボと車に引き返す僕。
中学生にまで勝負に負けたようで情けなかった。
「あれ?」
その時だった。車に乗り込もうとしていた僕は、ふと目にした後部座席にひなたちゃんのオモチャを発見。
「あららら、電子レンジだ…置き忘れちゃったのかぁ……さて、どうしたものか…」
僕は数秒思案する。
『あの二人は明日もウチに来るかもしれないけど、今なら3分で戻れるし……うん、そうだ!そうしよう!今のうち返した方が間違いないや!』
僕は車に乗り込むと、すぐに来た道をUターンした。
そのきっかり3分後、僕はいずみたちの家の前にいた。
万が一、是枝くんかゆりかさんが帰って来てたらヤバいので、裏口に回って扉のそばにそっと置いて帰ろうと思っていた。そしてあとからそのことをいずみにメールすればいいのだ。
裏庭には、ゴルフのパター練習用の人工芝が敷かれていた。
是枝くんが使った形跡がある。ゴルフボールがいくつも散乱している。そのうちのひとつが裏口の扉のすぐ真下まで転がっている。
『こりゃ危ない。外に出たときボールに足をとられるじゃないか』
僕はボールを拾って、オモチャのレンジと一緒に安全な場所に置き直そうとした。
『ん?まてよ?明日の天気予報は確か雨だったような……』
僕の記憶が正しければ、明日は朝から90%の降水確率。こんなところにオモチャを置いては濡れてしまう。
『どうかこの裏口には誰もいませんように…』
僕は細心の注意を払って、ゆっくりと静かに扉を開けて、オモチャを中に置いた。
そしてまたゆっくりと音のしないように扉を閉めようとすると、リビングの方からビックリするような大声がした。
「バカヤロウ!さっさとタオル拾って隠せ!汚ねぇもん見せんじゃねぇ!」
『…えっ?誰?』
「す、すいませんっ。ではこの組んだ手を外してもいいでしょうか?」
『こっ…これは是枝くんの声だ…』
「俺に同じことを2度言わせるな!死にたいのか?」
「ひ、拾いますっ!拾いますから殺さないで下さいっ!!」
ただならぬ事が起きていることは鈍感な僕にでもすぐにわかった。
『どうしよう。。きっと強盗か何かだ。しかも凶悪そうだ。いずみとひなたちゃんは今どんな状態なんだろう?無事なのかな?』
僕の胸の鼓動は一気に高鳴り始めた。
今警察に通報してこの家を取り囲まれたら、犯人は逆上してみんなをを殺してしまうかもしれない。そう思うとウカツなことはできない。
『 どんな状況なのか様子は見れないものだろうか?』
僕は勇気を振り絞って家の中に入った。ここからリビングまでは約10メートルほど先。途中廊下を1か所曲がったところにある。まだ気付かれてはいない。
かつて僕がゆりかさんと結婚していた頃、この実家には何度も来ているから内部はよく知っている。勝手口を選ばなくて本当に良かった。あっちからだと出入りが丸見えで、すぐに捕まってしまったことだろう。
僕は廊下の曲がり角まで到達した。リビングまでは約5メートル。ここから覗けばリビングの様子が少しはわかる。
心臓が飛び出るくらいに緊張していた。この鼓動が犯人に聞こえたらどうしようと思うほど。そんなことなんてあり得ないのに。
床に腹ばいになった僕は、そっと顔の3分の1だけ出して様子をうかがった。
────いた!!
いずみとひなたちゃんが同じ柱にくくり付けられている。そのとなりの柱には是枝くんが縛られている。
ここからはちょうどその側面が見える角度。犯人の姿は見えない。きっとここからは死角だからなのだろう。
Σ( ̄□ ̄;ハッ!!
ここで僕は気づいた。犯人はおそらく凶器を持っているのに、僕は何も持たずに入って来てしまった。護身用すら持ち合わせていない。なんというおバカ!
このままじゃどうしようもない。何か武器になるもの……あっ!そうだ!
外には是枝くんのゴルフ用具があった。きっとパターもあるはずだ!
僕はゆっくり立ち上がって反転しようとしたところ、ここで最大のドジをやらかした。
廊下がスベって(ノ__)ノバタッ!っとコケてしまったのだ。
「誰だっ!」
すかさず犯人らしき男の声。
僕は再び立ち上がろうと中腰になったところを制止された。
「動くなっ!それ以上動いたらこのガキを殺す」
ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!
完全に気づかれた上に最悪のパターン。
「卓くん…」
「も…森田さん…」
いずみとひなた、そして是枝くんも僕の方を見ている。
そして姿を現した覆面の犯人も僕を凝視していた。
「なんだ、お前だったのか。丁度いい。一石二鳥だ」
「え??」
犯人の意外な言葉に驚いた。僕の顔を知ってるってこと??
「さぁて、どう始末してやろうか…」
その時僕の口からとっさに出た言葉。
「待って!目的はお金ですか?お金なら僕の貯金全部あげますから許して下さい!」
「ホホゥ( ̄。 ̄*)一体いくらあるんだ?」
「……30万ほどですが。。」
「バカヤロー!!そんなハシタ金いるかっ!!」
「やっぱりね…(⌒-⌒;」
「俺をナメてるお前から片付けてやる!」
Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lええええええ???
犯人は包丁を右手に持ち代えて僕を睨んだ。
『ダメだ…このままじゃやられる。。』
とそのとき、僕のポケットにゴルフボールが入っているのに気づいた。
『しめたっ!これだっ!』
これが唯一のチャンス。でも1発で仕留めなければこっちがやられるのには間違いない。狙いは顔面。それしかない!
犯人が1歩、また1歩近づいて来た。
僕はポケットからボールを取り出しざま、渾身の力を込めて、犯人へ向けて投げつけた。
(続く)