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その17 さよなら森田卓

その17

さよなら森田卓もりたすぐる


「悪いのは僕なんですよ。お義父さんでも是枝君たちでもありません」

「は?あんた何言ってんの?悪いのはあの人たちでしょ?」

「いいえ、僕の心に隙があったからこうなったんです。これは全て僕の責任です」

こうキッパリ言った森田だけど、顔はうつむいたままで話している。

「誰の責任とかじゃなくて、あんたを騙した人たちが憎くないの?って聞いてるの!」

「あ…いいえ。ショックでしたけど、自分に腹が立っただけです」

「うーん。。アタシには…理解できないわ。。」

 

 うつむき加減のままの森田が、微妙な間を開けて再び話し出したの。

「僕は…人に憎まれても人を憎みたくないんです。人に騙されても人を騙したくないんです。そんなヤラれたらヤリ返すような人間関係なんて醜いじゃないですか。そういう中で生きるのって僕イヤなんです」

「でもそれってあんたがバカみるだけなのよ?」

「わかってます。でもそれでいいんです。僕が悪人に仕立てられても構いません。人の踏み台にされても平気です。それでみんな和やかで喜びあって過ごして行ければ火種は消えるんです」


 (・へ・)うーん。。ちょっと違うような気がする。。

 人に憎まれても憎みたくないと言った森田の心はとてもピュアで、今までの印象からは到底想像できない発言だった。ある意味、森田を見直した。


 でも…でもこれが逆に仇になるわ。単に偽善者だと言われてもおかしくないもの。

 

 世の中にはそういう心ない人がたくさんいる。そんな人たちが大勢いる中で、森田はこれからちゃんと一人で生きて行けるのかと本気で心配したアタシ。

「でもやっぱり、あんたが犠牲になるだけじゃない。その献身的な心構えは素晴らしいと思うけど、悪人を正すことにはならないわ。野放しのままよ。またいつ騙されるかわからないのよ?」

「僕が悪人を正すなんて…そんな恐れ多いこと考えていません。それにまた騙されるかもしれませんが、そのときはそれでいいんです。それが僕の宿命なんですよきっと」


 ダメだわこれじゃ。。森田はいい人過ぎる。


「美智代さん、心配してくれてありがとうございます。でも決して僕は開き直りで言ってるわけじゃないですし、ヤケにもなってませんから安心して下さい」

「(;-_-) =3 フゥ」

 アタシはため息しか出なかったわ。

「あのですね、プラス思考で考えると僕はとてもラッキーだと思うんですよ」

「え?なんで?」

「だって、僕は左遷や異動がありませんでした。あのときは同僚みんなが僕が左遷されると思っていたはずです。それなのに今は課長に昇進もしました。この意味ってわかりますか?」

「あぁ…そのことは茜崎さんも少し触れてたわね。ゆりかパパね。。」

「はい。これはお義父さんの恩情です。僕に対するせめてものお詫びの意味があると思うんです。だからお義父さんには感謝しなければならないかもしれません」

 アタシはそれを聞いて苦笑いするしかなかった。黒幕に感謝するだなんて絶対アタシには無理!死んでも無理!

 アタシは森田に対する印象が一変した。


 こんな風に思える森田って、単なるバカ正直じゃなくて、よほど寛大な心の持ち主ってことになるの?なんかまるでどこかの宗教の信者みたい。。

「あんた…精神力が強くなったわね。すごいわ」

 数秒の間があってから森田が話す。

「…そう見えますか?美智代さん。。」

 森田の口調のわずかな震えにアタシはハッとした。

「僕は…全然強くなんかありません。。」

 なぜ森田が顔をずっとうつむいたままで話していたのか今わかった。

 アタシを見るために少しだけ上げた顔・・そこには森田の潤んでいる瞳があったの。

 涙がいつこぼれ落ちてもいいくらいウルウルに。。


「すみません。。こんなつもりじゃなかったのに。。」

「森田…」

「僕ってホントにだらしないですよね。。今まで色んなことでさんざん泣いて来て、やっと気持ちを切り替える決心をしたっていうのに。。」

 森田は涙がこぼれるのを必至で耐えていた。目線を横にズラしたり、見上げたり。。けっして手で拭こうとはしなかったの。

 それが余計にアタシの心にせつなさを感じさせた。


 森田は強いわけじゃない。。これが精一杯の強がりだったんだ。。それもこれもゆりかと完全に決別するために。。そして自分の決意を固めるために。。


 アタシは衝動的に口走ってしまった。

「森田…思いっきり泣いていいよ。アタシに遠慮はいらないよ。声出して泣いたからってあんたを軽蔑したり情けないって思ったりしないわ」

「み…美智代さん。。(┬┬_┬┬)」

「その代り泣くのは今日が本当に最後よ。さぁ、アタシの胸を貸すから遠慮しないで」

 なぜこんなこと言っちゃったのか、アタシ自身もわからなかった。

 森田は感極まって、アタシの言葉をモロ素直に受け止めてくれたようで、いつもの躊躇も恥じらいもなくすごい勢いでアタシの胸に飛び込んで来た。

 そして泣いた。。大きな声で泣いた。。

 森田は気丈に振る舞いながらも、ここまでこらえにこらえていたんだ。

 不覚にもアタシも泣いてしまった。。森田の頭を撫でながら泣いた。

 森田とゆりかに何もしてあげれない悔しさと同情の涙。。

 かつて、ゆりかが森田を結婚相手に選んだ理由が、今になってようやくわかった気がする。


 不意に、涙声の森田がアタシの胸の中でおかしなことを言った。

「僕、もうすぐ死ぬのかな…?」

「えっ?何言ってんの?」

「だって…だって今までの出来事が頭の中で走馬灯のように流れて行くんです。。」

「だから何だって言うのよ?」

「こういうときって映画やドラマでは死ぬ寸前じゃないですか。。」

 アタシは森田の頭を手のひらで軽く叩いた。

「バカね、違うわよ」

「…じゃなんで。。」

 次にアタシは叩いた箇所をそっと撫でてあげた。

「それはね・・・きっとあんたの心の奥底にも、ひとつのピリオドが打たれた証拠よ」

「・・・はい。。そう…思います。。」


“ゆりか。。あんたもバカよ。。こんなに一途でピュアな森田と離婚するなんて。。”




 こうして心ゆくまで泣いた森田は、アタシに別れを告げて自分の部屋に戻って行った。

 アタシの服は森田の涙と鼻水でグチャグチャになったけど、それはさすがに許してあげたの。森田は洗濯して返すって言ってくれたけど、あいつの下着と一緒に洗われるのもどうかなー?って悪いけど一瞬だけ思っちゃったw

 

 この夜はさすが寝付けなかったアタシ。

 色々考えさせられた。森田のことばかりじゃなくて、アタシ自身のことも含めて。。

 森田の素直さとこれからの決意はアタシも見習わなくちゃいけないと思った。

 こんなダラダラした生活は良くない。楽しく遊べる男と浅く付き合っては別れる繰り返しも良くない。

 そして、親の仕送りとフリーターでしのいでいる生活ともそろそろお別れしなくちゃ。。

 考えてみたらアタシ自身も全然進歩がなかった。森田のことをどうのこうの言えない。


 ベッドの中でじっくり考えた。なぜか逆に森田にパワーをもらったみたい。

 絶望の中から生きるすべを見つけようと決意した森田を目の当たりにしたからかもしれない。

 そしてアタシも決心したの。。


 今日をもってアタシは変わる!そう、新しい自分になるわ絶対!!

 このブログはこれで完全に終わり。

 そして前を向いて堂々と進んで行こう。

 アタシらしく。。

      第2章終わり (第3章へ続く)


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