その19 対面・三木綾乃(後編)
対面・三木綾乃(後編)
●茜崎涼の私的記録より
不思議なことが起きた。というか起こっていた。
俺は仕事とは関係ないプライベートなこととして、是枝英之という人物について探っていた。彼が裏表のない評判通りの男であるか確認するだけで良かった。
それなのに・・・それなのに事態は思わぬ方向へ行こうとしていた。
ポイントは○△商事。。
そこはあの森田卓も勤務している会社なのだ。
しかも俺が浮気調査の依頼を受けたターゲットのいる会社、つまり部長もいるのだ。
俺は驚きと共に、別な関心が沸々と湧き上がってくるのを感じた。
「三木さん、関係ない話ですみませんが、森田卓という人はご存じですか?」
「え?あ、はい。森田さんのことも調べてるんですか?」
「いえいえ、たまたまその○△商事に勤務しているのを知ってたもんですから」
「はぁ・・」
「じゃあわかったついでにちょっと聞きますが、是枝さんと森田さんとは面識があることになりますよね?」
「ええ、私も含めて同じ部署でしたので」
「失礼ですが、あなたの目から見て、森田さんと是枝さんは、プライベートで仲が非常に悪かったということはありませんでしたか?」
「いいえ、全然。むしろ仲が良かったと思いますけど」
「仲が良かった?本当ですか?」
「はい。。森田さんが個人的によくお話する人は是枝さんしかいなかったと思いますけど」
「( ̄□ ̄;)えっ?そ、そんな仲だったんですか?」
「それが何か?」
俺はこの三木綾乃のキョトンとした表情にも疑問を持った。鈍感なんだろうか?それとも普通のバカなのか?
「あのですね、是枝さんが今週結婚するお相手は、その森田卓の元奥さんだってことくらい、あなただって知ってるはずでしょう?」
一瞬、三木綾乃の口が真一文字にキュッとしまった気がした。
「ええ、知ってます。。」
「気を悪くしたらすみません。僕が今ふと思ったことはですね…」
「はぁ・・」
「是枝さんと仲が良かった同僚、つまり森田卓が離婚した。そしてその別れた奥さんと是枝さんが今週結婚しますよね。何かドロドロしたものを感じるんですが。。」
「私にはわかりません。それがわかった時には私、もうこっちに異動してましたから」
「なるほどね。。」
「私も是枝さんがそんな方と結婚するとは思いもしませんでしたし」
「では今はどう思いますか?率直な意見をどうぞ。誰にも口外はしませんが」
「…別にいいんじゃないですか?森田さんが離婚したあとなら、是枝さんだって、ゆりかさんだって自由じゃないですか?」
俺はちょっと驚いた。
「あなたは森田卓の奥さんの名前を知ってるんですね?面識がおありだったんですか?」
「ハッ…(゜〇゜;)い、いえ、ありません。森田さんがよく奥様の自慢話をされてましたから。。」
「(・。・) ほー」
ここで腑に落ちないことがいくつか出てきた。
一つ目は三木綾乃が、いとも簡単に“ゆりかさん”と言ったこと。
面識のない相手で、しかも異動してから1年以上も経つのに、すぐにゆりかの名前が出てくるものだろうか?
二つ目は森田がよくゆりかの自慢話をしていたこと。
それが本当なら、こんな仲のいい二人がなぜ別れることになったか?
三つ目、これも三木綾乃が言ったことの中にある。
“森田さんが個人的によくお話する人は是枝さんしかいなかったと思いますけど”
そう、ここだ。森田は是枝以外、プライベートな会話をする人間がいないはずなのに、三木綾乃が森田の自慢話を聞けたのはなぜか?
森田卓と三木綾乃の関係も探る必要があるかもしれない。
四つ目、これもまた三木綾乃の言葉から引用してみる。
“森田さんが離婚したあとなら、是枝さんだって、ゆりかさんだって自由じゃないですか?”
離婚したあとなら。。。
これだけ矛盾が出てくると、この言葉でさえどうにも引っかかる。
これがもしそうでなかったとしたら?
つまり、離婚する前から是枝とゆりかの仲が良かったとしたら?
いや、ゆりかは決して不倫などする女ではない。
逆に独身の是枝の方が、絶世の美女・ゆりかに惚れこんでしまう可能性が高い。
だとしたら…
だとしたら少しは納得できる部分もある。
是枝が緻密で計画的な性格であること。
目的のためなら長期的な努力もいとわないで一途に突き進むこと。
これらは学友たちの証言からもわかっている。
大仮説として、もしゆりかの再婚が、是枝の計画によるものだとしたら。。?
これは法で裁けない目に見えない犯罪だ。
罪には問われないかもしれないが、人間として卑怯きわまりない手段であり、許すわけにはいかない。
そんな男と一緒になってもゆりかが幸せになれるはずはない。
しかしこれを立証するにも証拠が何もない。ただの推測でしかない。
だがこの推測の方が正しく思えてくるのはなぜだろう?
俺がゆりかをエコひいきしてるからなのか?いや違う。
ひとつの線でこの3人が繋がった。是枝英之、森田卓、三木綾乃。
そのうち是枝と三木は同期生。彼女の証言もあいまいだ。
是枝をかばおうとしているのか、それとも。。。
・・・共犯者?
「すみません。私もう帰ってもいいですか?」
「あ…!す、すみません。僕、考えこんじゃってました?」
「ええ、かなり」
「いや本当に申し訳ありませんでした。では最後にもうひとつだけ」
「わかりました」
「森田卓は、是枝さんが結婚することを知ってるんですか?」
「たぶん…知らないと思いますけど。招待も出してないと思いますよ。普通に考えてもそうでしょう?」
「まぁそうでしょうね。友人同士なら修羅場になりかねないですもんね。でもあなたが招待されないのが不思議でなりません」
「…それは本人にでも聞いて下さい。私にはわかりません」
「是枝さんとあなたは入社も異動先も一緒でやって来た仲間だというのに、僕には本当に不思議でなりませんけどね」
「正直、私あまり記憶にないんです」
「は?記憶?何のですか?」
「前の会社で是枝さんと関わった仕事とか、あまり覚えてないんです」
「それはどうしてですか?」
「さぁ…仕事が単調で樂すぎて、やりがいがなかったからかもしれません」
「ふむ。。そうですか。。わかりました。もう結構です。今日はわざわざお時間をとっていただきありがとうございました」
俺は帰り道、またひとつの疑問にぶち当たっていた。
“記憶にない”
何なんだこの言い方?彼女が天然キャラのせいで、言葉の選び方を知らないだけなのか?
それとも俺が深く考え過ぎているだけなのか?
実際そうなのかもしれないが。。。
(続く)




